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オーケストラ・アンサンブル金沢第391回定期公演マイスターシリーズ:モーツァルト オペラの愉しみ
2017年7月8日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/交響曲 第25番 ト短調 K.183(173dB)
2) モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲 K.527
3) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」より けんかの二重唱「お先にどうぞ」
4) モーツァルト/歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」K.588より 二重唱「私あの栗色のほうがいいわ」
5) モーツァルト/コントルダンス ニ長調「雷雨」K.534
6) モーツァルト/歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」K.588より アリア「女が15才になれば」
7) モーツァルト/歌劇「皇帝ティトの慈悲」K.621より アリア「行こう、だが愛しい人よ」
8) モーツァルト/歌劇「ポントの王、ミトリダーテ」序曲 K.87(74a)
9) モーツァルト/歌劇「ポントの王、ミトリダーテ」より二重唱「私が生きることがかなわなくても」
10) (アンコール)モーツァルト/バレエ音楽「レ・プティ・リアン」序曲

●演奏
辻博之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
鷲尾麻衣(ソプラノ*3-4,6,9),鳥木弥生(メゾ・ソプラノ*3-4,7,9)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2016/2017定期公演マイスターシリーズでは,モーツァルトの作品を取り上げてきました。その「トリ」は,辻博之さん指揮による,モーツァルトのオペラのアリアを中心としたプログラムでした。今回の特徴は,有名アリアではなく,ソプラノとメゾ・ソプラノによる二重唱を中心とした,比較的知られていないアリアを集めていた点にあります。特に演奏会の最後を,モーツァルトが14歳の時に書いた,歌劇「ポントの王ミトリダーテ」の中の二重唱で締めるというのは,考えてみると,とても大胆でした。

辻さんによる明るく,分かりやすい解説に加え,鷲尾麻衣さん,鳥木弥生さんという「華のある」2人の歌手が加わり,辻さんが語っていた「初めてモーツァルトを聞く人でも,何十年も聞いて来た人とでも楽しめるプログラム(辻さんのトークに出て来た言葉です)」という意図はしっかり実現されていたと思います。

演奏会の前半では,モーツァルトの交響曲第25番が演奏されました。6月末には,アビゲイル・ヤングさんの弾き振りで29番を聞いたばかりでしたが,その時同様に,室内オーケストラらしからぬ,力強さを感じさせてくれる演奏でした。辻さんは,トークの時などは大変にこやかなでしたが,指揮棒を大きく振り下ろした瞬間に,シリアスでビシっと締まった音楽が始まり,すごいと思いました。

第1楽章の冒頭は,弦楽器の音に鋼のような強さがあり,迷いのない音楽となっていました。楽章の途中,いつもは聞こえてこないような,内声部の「隠れメロディ」のようなものがふっと浮き上がってくるのも面白いと思いました。オーボエは,一瞬ヒヤっとする部分もあったのですが,水谷さんのクリアで哀愁を持った音はこの曲の気分にぴったりでした。

第2楽章は,くぐもった音による脱力した気分のある音楽が続きました。不安と同時に静かな美しさのある音楽となっていました。第3楽章は,速目のテンポでキビキビと演奏され,どこか悪夢に取り憑かれたような不安な気分がありました。その一方,トリオの部分では,完全に木管メンバーに任せ,真っ当な現実世界にふっと戻ったような安定感のある気分にさせてくれました。そして,すごく速いテンポの第4楽章。汗をかいて走る全力疾走という感じではなく,ここでも何かに追われているような不安が気分がありました。

この楽章ごとの,振幅の大きさは,実に「アマデウス的」だなぁと思いました。辻さんの指揮は,大変明確で,曲全体として,くっきりとした形を示していました。それと同時に,曲の中に含まれている,色々な感情を鮮やかに描き分けていました。辻さんは,ネットで調べてみるとまだ30代前半の方でした。「しゃべって振れる」指揮者ということで,今後さらに活躍の場を広げていくことと思います。

後半は「ドン・ジョヴァンニ」序曲で始まりました。この日は,バロック・ティンパニを使っており,菅原淳さんの一撃が演奏全体を引き締めていました。どこかギリシャやローマの古典の時代の石像を見るような格調の高さを感じました。全体的にテンポの流れも自然で心地よく,すべてがくっきりと整理されていました。

辻さんとOEKは,今年の秋,映画『アマデウス』を生演奏付きで上映するという,注目の企画に参加します。この曲と交響曲第25番については,まさに「予告編」といったところでした。

続いて,鳥木さんと鷲尾さんが登場し,モーツァルトのオペラの中の二重唱を2曲歌いました。最初の「フィガロ」の中の「けんかの二重唱」については,数年前に井上道義さん指揮,野田秀樹演出で上演された,例の和風「フィガ郎」を思い出します。その時の過激な和訳を思い出すと,今回の2人の重唱は,「女の戦い」を大変優雅に表現していたと思いました。きっと今回の方が本来の歌なのだと思います。

辻さんはレチタティーヴォの部分では,立ったままチェンバロを演奏し,その後は指揮に専念という形でした。この辺も「アマデウス」的ですね。ちなみに今回の字幕についても,辻博之さんが担当されていました。イタリア語は分からないのですが,「超訳」といった感じで,大変分かりやすい訳だったと思います。

「コジ・ファン・トゥッテ」の中の二重唱「私あの栗色のほうがいいわ」の方は,「女子会トーク(これも辻さんが書いていた言葉です)」といった趣きがありました。コンサートホールで聞くお2人の声には,たっぷりとした余裕があり,2人の声がしっかり絡み合うにつれで,どこか艶っぽい気分にさせてくれました。機会があれば,是非,この2人で「コジ」の全曲を期待したいと思います。

後半の後半では,まず,スネアドラムなどが活躍する,コントルダンス「雷雨」が間奏曲的に演奏されました。とても短い曲でしたが,ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の最後の方に入っていそうな描写的な音楽で,楽しませてくれました。

その後,鷲尾さんによる「コジ」の中のデスピーナのアリア,鳥木さんによる,「皇帝ティートの慈悲」の中のアリアが歌われました。

鷲尾さんの歌った,デスピーナは,いわゆる「年増の女中役」です。それにしては瑞々しく,艶やかな声でしたが,大変表情豊かな「聞かせる歌唱」でした。

鳥木さんの歌ったアリアの方は,OEKのクラリネット奏者の遠藤さんによるオブリガートが,大々的に活躍し,演奏会用アリアという感じの聞きごたえのある歌を楽しませくれました。鳥木さんの声には,常にドラマを秘めているので,「オペラ・セリア」にもぴったりだと思いました。

この曲は,女性が男性役を歌ういわゆる「ズボン役」(元々はカストラートが歌っていたようです)ということで,鳥木さんは白いスーツで登場。ステージが一気は華やかになり,客席からは,宝塚の舞台を観るような(...実は観たことがないので想像ですが),「わーっ」という感じの声なき声が聞こえてきました。

最後は,歌劇「ポントの王、ミトリダーテ」の序曲(イタリア的で瑞々しい作品。一部だけの演奏だったと思います)に続いて,二重唱「私が生きることがかなわなくても」が演奏されました。辻さんが「今,いちばん好きな二重唱」と語っていた通り,モーツァルト14歳の作品とは思えない立派な曲でした。お2人の声は,どちらもこってりとした感じがしましたが,曲が進むにつれて,段々と,2人の歌手によるコロラトゥーラの応酬のような感じになり,充実した気分で全曲を締めてくれました。

アンコールでは,お2人の歌手の声も聞けるかな,とも思ったのですが,やはり「オーケストラの定期公演」ということで,OEKのみの演奏で,モーツァルトの「レ・プティ・リアン」の序曲が演奏されました。タイトルとは違い,OEKの編成にぴったりの(クラリネット2本,トランペット2本も入っていました)充実した響きで,演奏会全体を締めてくれました。

個人的には,やはり「交響曲で終わる」定期演奏会が好みですが,こういう「知られざる曲」を再発見させてくれる企画も面白いと思います。例えば,5月の「新音楽祭」のワクの中にあると,ぴったり来るのでは?と思わせるような演奏会でした。

というわけで,辻さんについては,企画力も含め,今後のOEKとの共演に期待したいと思います。とりあえずは11月の「アマデウスLive」が大変楽しみです。

PS. 定期公演としては珍しく,途中,数回,トークやインタビューが入りました。鷲尾さんの方は,「出産後,復帰初出演」ということで,「忘れられないステージになりました」とのことです。

(2017/07/12)





公演の立看板


演奏会前のロビーコンサートの案内。先日の「ふだん着ティータイムコンサート」でも演奏された作品ですね。

終演後,サイン会がありました。


指揮者の辻博之さんのサインです。


鷲尾麻衣さんのサインです。サイン会の途中にビールが出て来たことに感激されていました。


鳥木弥生さんのサインです。会場で藤原歌劇団メンバーがヴェルディのアリアなどを歌ったアルバムを販売していたので購入し,その解説書にいただきました。次のようなデザインのCDです。