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音楽堂室内楽シリーズ第1回:OEKチェンバーコレクションT
2017年7月12日(水) 19:00〜 石川県立音楽堂交流ホール |
1) ベートーヴェン/七重奏曲, op.20
2) ウイントン・マルサリス/フィドラーズ・テール(日本初演)
3) ウイントン・マルサリス/フィドラーズ・テール〜The Blues on Top
●演奏
坂本久仁雄(ヴァイオリン),石黒靖典(ヴィオラ*1),大澤明(チェロ*1),今野淳(コントラバス),遠藤文江(クラリネット),柳浦慎史(ファゴット),金星眞(ホルン),藤井幹人(トランペット*2-3),村岡俊昴(トロンボーン*2-3)
石川県立音楽音楽堂で定期的に行われている室内楽公演シリーズ。2017年度の第1回は,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバー等による,七重奏曲2曲が演奏されました。もともとこのシリーズでは,「大きめの室内楽」が取り上げられることが多かったのですが,管・弦・打が全部揃った室内楽となると,司会の柳浦さんが語っていたとおり,「オーケストラの最少のエッセンス」のように感じられ,大変聞きごたえがありました。
前半に演奏された,ベートーヴェンの七重奏曲は,各パート1人ずつの「超室内オーケストラ」的な響きのする曲です。若い時期のベートーヴェンの作品らしく,どの楽章にも生き生きとした推進力と,前向きの明るさがありました。
この演奏で良かったのは,各メンバーの存在感がしっかりと発揮されていたことです。第1ヴァイオリンの活躍が目立つ曲なので,坂本さんが全体を引っ張っていましたが,大澤さんのチェロ,今野さんのコントバスなど,要所要所で熱い響きを聴かせてくれました。
第1楽章冒頭のシンフォニックでありながら親密感のある独特の響き,主部に入ってからの心地よいスピード感とニュアンスの豊かさ。OEK全体の演奏そのままの魅力が感じられました。
そして今回は,金星さんが演奏していた,バルブの付いていないナチュラル・ホルンが威力満点でした。要所で野趣たっぷりの音を聞かせたり,ゲシュトップフト奏法による,不思議な響きを聞かせたり,これまでに聞いたことのない雰囲気を味わわせてくれました。この響きと対照的だったのが,遠藤さんのクラリネットで,大変気持ちよく,流れるような歌を聞かせてくれました。
その後の楽章は緩徐楽章,メヌエット(このメヌエットは,ピアノ・ソナタ第20番の第2楽章としても知られていますね),変奏曲と続きます。これらの楽章は中期以降のベートーヴェンには,ない初々しさがあり,別の魅力を持っていると思います。司会の柳浦さんは,「5月の新音楽祭ではこの曲を演奏しなかったので,今回取り上げた」とおっしゃっていましたが,まさに「風と緑」の気分にはぴったりの曲です。
第5楽章スケルツォの冒頭では,金星さんのナチュラルホルンが大活躍。中間部でのチェロの大澤さんの熱い歌も聞きものでした。最終楽章は,第1楽章に対応するような作りの楽章です。序奏部では,金星さんのホルンの音がマーラーの曲か何かのように,非常に不気味に響いていました。主部に入ってからは,大変エネルギッシュで,充実感がありました。ヴァイオリンのカデンツァ風のパッセージも鮮やかでした。
後半に演奏された,ウィントン・マルサリス作曲の「フィードラーズ・テール」の演奏は,「OEKが本格的なジャズを演奏してしまった!」という点で画期的な演奏だったと思います。もともとは,ストラビンスキーの「兵士の物語」の組曲版と組み合わせるためにマルサリスが作曲した作品ということで,「兵士の物語」と全く同じ楽器編成(7人編成)です。ストーリー展開も,兵士の物語のパロディのような感じになっています。ただし,「兵士の物語」の組曲版よりは,かなり演奏時間は長かったと思います。
「兵士の物語」でもヴァイオリンが活躍していたので,オリジナルの「ストラヴィンスキー風味」もかすかい残っていたのですが,曲が進むにつれて,マルサリス色,というかジャズ色が強くなっていくように感じました。ベートーヴェンの七重奏曲の時同様に,各奏者のソリスティックな活躍が印象的でしたが,特に藤井さんのトランペットの,マルサリスに成り切ったような,濃い演奏が最高でした。多彩なリズムを刻んでいた渡邉さんのドラムスも見事でした。
曲目は次のとおりです。参考までに対応する(と思われる)「兵士の物語」の曲名をカッコ書きで入れてみました。
- Fiedler's march (兵士の行進)
- Fiedler's soul (兵士のヴァイオリン)
- Pastorale (パストラール)
- Happy march (王様の行進)
- Little concert piece (小さいコンサート)
- Tango, Waltz, Ragtime (タンゴ,ワルツ,ラグタイム)
- Devil's dance (悪魔の踊り)
- The great Chorale (大きいコラール)
- The blues on top (悪魔の凱旋行進曲)
最初,ステージが真っ暗の状態で,7人がソロソロと入場。ドラムとベースが音を刻む中,他の楽器も入ってくるという感じで,実にクールな雰囲気がありました。
最初の曲は全員で演奏していたと思うのですが,ちょっとしたビッグバンド風に聞こえる感じでした。皆さん,当然のことながら,楽譜を見て演奏されていましたが,譜面通り演奏すると「ジャズ」になってしまうマルサリスの曲もすごいと思いました。そして,何よりも,しっかりスウィングして,ジャズも演奏できてしまう,OEKのメンバーの適応力の高さにも感服しました。よくぞこの曲を選んでくれた,と感謝したくなりました。
タイトルどおり,ヴァイオリンが活躍するのですが,坂本さんは,いつもどおりファッショナブルな衣装で,曲の雰囲気にぴったりでした。赤と黒のシャツが似合うのは坂本さんしかないと...ということはなく,クラリネットの遠藤さんも赤と黒のシャツでした。やはり悪魔的な配色ということになると,この組み合わせですね。
今回使われていた7種類の楽器は,ドラムスを除くと,弦・木管・金管ともに,高音と低音を1つずつ組み合わせる形になっていました。これは,オリジナルの「兵士の物語」同様なのですが,この真ん中が抜けた(特にヴァイオリンとコントラバスがそうですが)サウンドが独特でした。
「タンゴ,ワルツ,ラグタイム」は,本当に「タンゴ?」という感じでよく分かりませんでしたが,7曲目の「悪魔の踊り」の方は,妙に明るいラテン系のリズムになり,不協和音でさえも魅惑的に感じられました。
そして,最後に「ブルース」が演奏されました。どこまで譜面に書いてあるのか分からなかったのですが,藤井さんによる,ミュートなども使った嘆くような音は,まさにブルースでした。ハッピーエンドというよりは,どこかシニカルなムードがある点で,「兵士の物語」と共通していると感じました。
全曲を通じると,アドリブがなかった点で,やはりクラシック音楽だったのかもしれませんが,今回の演奏については,是非,ジャズ音楽のファンにも聴いてもらいたかったと思います。お客さんと演奏者との距離の近さもジャズに通じる部分があると思いました。
演奏後は大きく盛り上がり,予定外のアンコールとして,最後の「ブルース」がもう一度演奏されました。OEKメンバーも心なしか,楽しそうな表情で演奏していました。
というようなわけで,前半・後半ともに大変面白い内容でした。特に後半のマルサリスの作品に挑戦したのは,OEKならではだと思いました。この際,ジャズ・ファンとクラシック音楽ファンの相互乗り入れ可能な演奏会というのを企画しても面白いかもと感じました。
(2017/07/17)
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公演のポスターと案内


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