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オーケストラ・アンサンブル金沢第392回定期公演フィルハーモニーシリーズ
7月18日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) エスケシュによるオルガン即興演奏
2) シューベルト/交響曲 第7番(旧第8番)ロ短調, D.759「未完成」
3) サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番 イ短調, op.33
4) エスケシュ/オルガン協奏曲第3番「時の4つの顔」(新曲・委嘱作品)

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*2-4,ルドヴィート・カンタ(チェロ*3),ティエリー・エスケシュ(オルガン*1,4)
プレトーク:池辺晋一郎



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2016/2017定期公演フィルハーモニーシリーズの締めくくりは,井上道義音楽監督の指揮による,石川県立音楽堂のパイプオルガンを大々的に使ったプログラムでした。プログラムの中心は,OEKの今シーズンのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーで,オルガン奏者でもあるティエリー・エスケシュ作曲によるオルガン協奏曲第3番という新作でした。

これまでのOEKの定期公演では,新曲は前半に演奏されることが多かったのですが,30分以上かかる未知の曲を最後に持ってくるというのは,余程,エスケシュさんに対する信頼がないとできないことです。実際,最後の曲に相応しいスケール感とストーリーを持った作品でした。

エスケシュさんは,まず,前半最初に,井上道義さんが提示したテーマによる即興演奏を行いました。井上さんの出した「お題」(広上淳一さんのような感じで,鍵盤ハーモニカで演奏)は,次に演奏される「未完成」交響曲に基づくもので,どこか悪戯っぽい気分がありました。演奏が始まった瞬間,多彩な音のパレットを持ったオルガン奏者だなと思いました。それと音の使い方のセンスがとても良いと思いました。「未完成」の”香り”を漂わせつつ,華やかに締めてくれました。

今回,エスケシュさんとOEKは,金沢公演の後,パイプオルガンが設置されている3つのホール(那須野が原,松本,川崎)をめぐるツァーを行います。各会場のオルガンの性能や音色に応じた形で即興演奏を行うとのことです。追っかけるわけではないので,聞き比べはできませんが,なかなか楽しい企画だと思います。

続いて,おなじみシューベルトの「未完成」交響曲が演奏されました。この曲は,トロンボーンが入るので,OEKはそんなに頻繁に演奏しているわけではありませんが,名曲中の名曲です。恐らく,そのことを意識してか,この曲では,ステージ下手側にヴァイオリン,ステージ最後列にコントラバス,その前にチェロとヴィオラ。そして上手側に管楽器と打楽器を集めるという,非常に変則的な配置を取っていました。

ただし,この配置については,数年前の北陸新人門登竜門コンサートの時に井上さんが「未完成」を演奏した時も同様でした。「「未完成」については,この配置の方が良い」という,井上さんの確信に基づく配置だったと思います。

実際,冒頭から正面奥の高い場所に配置したチェロやコントラバスの音がとてもよく響いていました。弦の刻みもクリアに聞こえてきました。管楽器の方は,上手側に集めることで,管楽器パート全体としての存在感が明確になっていたように聞こえました。響きがとても美しく,厚いと感じました。

この日の演奏ですが,第1楽章は,大変じっくりと演奏されていました。チェロによる第2主題の悟ったような静けさをはじめ,天国的な美しさが漂っているようでした。呈示部の繰り返しは行っていませんでしたが,これだけじっくりと演奏されれば,大満足でした。展開部での,死の気配を感じさせるような不気味さと美しさとが同居したような気分も見事でした。

第2楽章は何の衒いもなく,中庸のテンポで始まりました。この楽章では,特に木管楽器が聴きものですが,今回の配置だと特に厚みのある高級感のある響きに聞こえました。クラリネットの遠藤さん,オーボエの加納さん,フルートの松木さんによる,メロディの受け渡しも素晴らしく,美の世界に浸らせてくれました。そして,楽章の最後では,この世から離脱して,透明感を増していくような気分がありました。

甘くロマンティックな気分よりも,曲自体に備わった純粋な美しさをじっくりと堪能させてくれる,素晴らしい演奏だったと思います。あらためて「未完成」は良い曲だなぁと再認識しました。

前半最後は,OEKの首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんの独奏で,サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番が演奏されました。

第1楽章冒頭は,スピード感たっぷりに実に格好良く始まりました。全曲を通じて,生き生きとした音楽と流れと,ノーブルなチェロの音色を楽しむことができました。

第1楽章では,一瞬,カンタさんのチェロが乱れる部分がありました。例えば私だったら(ものすごく変なたとえですが...何事につけ),動揺して,その後,ムタムタ(金沢弁)になってしまう気がするのですが,カンタさんは,その後も平然と気持ち良い音楽を聞かせてくれました。その辺のリカバリー力に,ベテラン奏者のすごさを感じました。

第2楽章には,室内オーケストラにぴったりの軽妙さがあります。カンタさんのチェロはここでも大変優雅でした。第3楽章から第4楽章にかけては,再度第1楽章の暗い情熱が蘇ってきます。随所で,静かな大人のロマンを湛えながらも,流れるように速いパッセージを見事なフォームで聞かせるカンタさんの演奏はお見事でした。

後半では,再度エスケシュさんが登場し,自作のオルガン協奏曲第3番が演奏されました。これが世界初演ということになります。この作品ですが,まず,編成で目立っていたのが,打楽器の多さです。3人の打楽器奏者が,色々な楽器を持ち替え,オルガンと絡み合うことで,非常に独創的な響きを作り出していました。

「オルガンの大曲=重厚」という先入観を持っていたのですが,第1楽章「起源」は,冒頭からどこか可愛らしさのある高音が印象的で,いきなり予想が裏切られました。上述のどおり,打楽器を大々的に使っている点も特徴で,特に金属系の打楽器とオルガンの音が重なりあうことで,「この音は一体何の音だろう?」という,電子音を思わせるような不思議な響きが続出していました。

曲は4つの部分から成っており,古い時代から現代へと,音楽の歴史を辿るといったコンセプトを持っていました。聴けば何時代の音楽か分かる...というほどの明快さはありませんでしたが,各部分ごとに違った雰囲気で作られており,全曲を通して,壮大なスケール感を感じました。

第2楽章「仮面」では,リズミカルでラテン的な気分,第3楽章「ロマンス」では,深く不思議な音を楽しむことができました。現代的な響きの曲でもオルガンの音が加わることで聞きやすい音になるのが面白いと思いました。

第4楽章「夜の後に」はリズムの時代となり,打楽器とオルガンが一体となって,大衆的でありながら,鋭さのある響きのある音楽となりました。オルガンとリズムの取り合わせというのは,意外に面白いなと思いました。

全曲を通じてエスケシュさんの使うオルガンの音には,どこか透明感があると思いました。オルガンの音だけが盛大に目立つことはなく,オーケストラの各楽器の音と一体となって,「これまでにない音」をブレンドしているように感じました。OEKの編成自体も,いつもよりもやや大きめでしたが(トロンボーンが加わっていました),オルガンが加わることで,室内オーケストラというよりは,フル編成オーケストラのような音になっているように感じました。

というわけで,オルガンだけが目立つ協奏曲というよりは,オーケストラとオルガンが一体となった,幻想的で壮大な叙事詩といった気分のある曲だと思いました。

これでOEKの2016/2017シーズンも終了です。シーズン最後も実にOEKらしいプログラムを楽しむことができました。特にパイプオルガンを活用した,壮大な作品については,今後も期待したいと思います。

PS. この公演のチラシは,石川県立音楽堂に飾ってある百々俊雄作のオーケストラとパイプオルガンをモチーフとして描かれたパステル画をそのまま使ったものです。これは「金沢百景」というシリーズで描かれた作品の一つで,しっかり石川県立音楽堂の中に展示されています。デュフィのオーケストラをモチーフにした作品を思わせる作風でとても好きな絵です。この作品をデザインしたグッズなどあれば,欲しいものです。

左が音楽堂内に飾られている作品。右が実際のオルガン
 

(2017/07/22)



公演の立看板


次期マイスターシリーズのポスターが掲示されていました。

エスケシュさん,カンタさん,井上道義さんのサイン会がありました。

エスケシュさんのサイン


カンタさんには,かなり昔に購入したアルペジョーネ・ソナタなどが入ったCDにいただきました。

そして,井上道義さんには...

この日の公演パンフではなく,7月15日で大阪で行われたバーンスタインのミサのプログラムにいただきました。