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東京大学音楽部管弦楽団サマーコンサート2017:金沢公演
2017年8月6日(日) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
2) ショスタコーヴィチ/交響曲第9番変ホ長調,op.70
3) チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調,op.74「悲愴」
4) (アンコール)ドイツ民謡/歌声ひびく野に山に」

●演奏
三石精一*1-3;川野将太郎*4指揮東京大学音楽部管弦楽団



Review by 管理人hs  

東京大学音楽部管弦楽団のサマーコンサートが石川県立音楽堂コンサートホールで行われて来たので聞いてきました。東京大学音楽部管弦楽団は,数年前のラ・フォル・ジュルネ金沢に出演したことがありますが,演奏旅行(学生オーケストラでツァーというのがまず,凄いのですが)で金沢に来るのは...初めてのことかもしれません。

今回聞きに行こうと思ったのは,やはりラ・フォル・ジュルネ金沢での好印象が残っているからです(それと,ツイッターでの宣伝の力です)。調べてみると2011年の「シューベルト」の時に来ています。その時も,聞いているうちに「大学生が演奏している」ということを忘れそうでしたが,今回も同様でした。どのパートにも不安定なところはなく,ロシア音楽を集めた充実のプログラムをしっかり楽しむことができました。

最初のグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲は,プログラムの解説には「速弾きの練習の成果をお楽しみに」と書かれていましたが,そこまで猛烈な速さではなかったと思います。しっかりと音を鳴らし切った余裕のある演奏でした。冒頭からティンパニの野性的な強打が素晴らしく,低弦を中心とした重心の低いサウンドがグリンカにぴったりだと思いました。

2曲目のショスタコーヴィチの交響曲第9番は,今回,特に楽しみにしていた曲です。もともとディヴェルティメント風の軽さのある曲ですが,第1楽章の冒頭から気負ったところのない,脱力感が素晴らしいと思いました。今回の指揮者は,東大のオーケストラを長年指揮されている,超ベテラン指揮者の三石精一さん(東大オケの終身正指揮者とのことです)でしたが,その落ち着きのある指揮ぶりが,自然な「軽み」を生んでいたと思いました。

この曲には,ソリスティックな部分も沢山出てきます。要所で出てくるピッコロの存在感。印象的な音型を「お呼びでない?」という感じで何回も演奏するトロンボーンのとぼけた味。切れ味良く演奏されていたコンサートマスターのソロ。どれもイメージどおりの演奏でした。

楽器の配置では,小太鼓がヴァイオリンのすぐ後ろに居たのが特徴的でした。ショスタコーヴィチの曲の場合,「小太鼓が突然乱入してきて盛り上がる」的なところがあるので,より指揮者に近い場所で,機敏に反応するための配置だと感じました。

第2楽章では,静かでミステリアスな味のあるクラリネットに続き,弦楽器が静かにじわじわと盛り上げます。この部分もじっくり聞かせてくれました。

第3楽章は余裕のあるスケルツォでした。しっかり盛り上がった後,途中,トランペットの気持ちの良い音が爽快に決まっていました。そのまま,第4楽章になり,トロンボーンとテューバによる荘重なファンファーレになります。実にバランスの良い音でした。そして第5楽章への導入となるファゴット。このソロは,とても長く,意味深のものでしたが,見事に聞かせてくれました。

第5楽章では,後半,タンブリンなどのパーカッションが盛大に加わって,ちょっとチープな感じで盛り上がった後,本当に軽やかに締めてくれました。東大オケの演奏も素晴らしかったのですが,三石さんの若々しさも素晴らしいと思いました。

後半はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」でした。チャイコフスキーの交響曲については,アマチュア・オーケストラが頻繁に取り上げるレパートリーですが,熟練の演奏という感じで,特に安心して楽しむことができました。

この曲についても,第1楽章の冒頭から深刻になり過ぎることなく,しっかりとした美しい音を楽しませてくれました。特に始まってすぐ出てくる,ヴィオラ・パートの音が美しいなぁと思いました。第2主題も甘く成り過ぎることなく,ロマンの香りをほのめかせつつ,美しく聞かせてくれました。この曲では,フルートやクラリネットも活躍しますが,それぞれソリストのようにしっかりと聞かせてくれたのが素晴らしいと思いました。

例のppppppの弱音の後に始まる強烈な展開部も神経質になり過ぎることなく,鮮やかに決めてくれました(今回は,プログラムの曲目解説が非常に充実していたので,それを見ながら書いています。右の写真のように,一部楽譜を使ったものでした。)。その後,金管が炸裂する部分は,一瞬ちょっとヒヤリとする部分がありましたが,凄味のある盛り上げを聞かせてくれました。楽章最後では,テューバを加えてのしみじみ感(好きな部分です)を堪能させてくれました。


第2楽章の暖かみのあるチェロの音と中間部でのちょっと不吉な雰囲気のあるヴァイオリンも良い味わいを出していました。第3楽章は堂々たる演奏でした。安定感のあるテンポでクリアに始まった後,次第に熱くなり過ぎることなく,巨大に盛り上がって行きました。この部分では,個人的には大太鼓の腹に応える強打とシンバルの強打の連携をいつも楽しみにしているのですが,迫力と鋭さのある素晴らしい音で◎でした。

楽章の後,間違って「拍手がはいるかな?」とも思ったのですが,無事入りませんでした。そのお蔭で,楽章の後の「静寂」をたっぷり味わうことができました。プログラムには第3楽章最後の部分の楽譜が掲載されていましたが,最後に休符が入っていることの意味が分かりました。祭りの後の静寂のような気分になりました。

そして,第4楽章に入っていきますが,クールかつ盛大に盛り上がった第3楽章の後だと,大変情感豊かでウェットに響いていました。見事なコントラストでした。クライマックスの部分では,ミュートを付けたホルンの不気味な音が大変効果的でした。銅鑼の音は大変静かでした。その後,しんみりとした気分になっていきます。最後部分での力をふり搾るように続く,コントラバスの鼓動のような音も印象的でした。

最後,東大オケの伝統となっているアンコールがありました。プログラムの裏表紙に「歌声ひびく野に山に」というドイツ民謡の譜面が印刷されていたので,何かあるな?と思っていたのですが,最後にこれを会場のお客さんと一緒に輪唱をするという楽しい趣向でした。客席下手側が第1声部,中央が第2声部,上手側が第3声部に分かれて歌ったのですが,結構,客席から声が聞こえてきたので,OBやOGも結構聞きに来ていたのかもしれないですね。

短い曲なので,3回繰り返したのですが,説明の仕方が,「中央の方は2と2/3回,上手側の方は2と1/3回となり誠に申し訳ありません」という感じで実に丁寧で,これがまたユーモアにつながっていました。東大オケは設立100年近くになるとのことですが,こういう「伝統」があるのも,名門大学らしくて良いなぁと思いました。ちなみにアンコールで指揮をしたのは,地元石川県出身の川野さんでした。

今回の演奏会については,東大オーケストラのツイッターの宣伝の力で聞きに行こうと思ったようなところもあるのですが,SNSの活用については,恐らく,プロオーケストラの方が学ぶべきところが多いと思いました。北陸新幹線の開通後は,東京と金沢の距離も縮まったので,機会があれば,また金沢公演を期待したいと思います。

(2017/08/18)




公演のパンフレット

※いつもレビューの時には立看板などを撮影していたのですが,今回,は残念ながら撮影しそこなってしまいました。