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落語・オペラ「死神」(石川県立音楽堂日本の室内オペラシリーズ第1回)
2017年8月10日 (木) 19:00〜 ; 8月11日(祝金)17:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) 落語「死神」
2) 池辺晋一郎/「死神」(全2幕,日本語,室内オーケストラ版)

●演奏
落語:古今亭志ん輔*1
台本:今村昌平*2,演出:西川信廣*2
松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー*2,
合唱:室内オペラ合唱団*2
沢崎恵美(ソプラノ*2),二渡加津子(メゾソプラノ*2),泉良平(バリトン*2),所谷直生(テノール*2)



Review by 管理人hs  

落語「死神」をオペラ版「死神」と合わせて楽しむという,石川県立邦楽ホールならではの「2本立て」企画があったので聞いてきました。私は,2回あった公演のうち,8月10日の夜公演の方を聞いてきました。

もともと「死神」という作品は三遊亭圓朝の落語で,ブラックユーモア的味わいのある名作として知られています。これをもとに,映画監督として有名だった今村昌平さんが脚本を書き,お馴染み池辺晋一郎さんが音楽を付けてオペラ化したのが,今回のオペラ版です。演出は,文学座等の演劇作品を数多く演出されている西川信廣さんでした。

この両者のいちばんの違いは,オペラ版では,死神が艶っぽい女性になっている点です。そのことによって,ドラマ全体に華やかさが増し,人間の生命力(特に女性の生命力)が強調されたいたように感じました。

池辺さんによるオペラ版や約2時間かかるもので,死神役のソプラノの沢崎恵美さんと葬儀屋役のバリトンの泉良平さんを中心に物語が進みます。儲からない(?)葬儀屋をたぶらかし,死神の言う通りにやっているうちに葬儀屋は,「難病でも治す名医」のようになりお金持ちになっていきます。その展開は落語と共通するのですが,オペラ「カルメン」のように,風采の上がらない男性がどんどん「運命の女」にのめり込んでいく感じはオペラならではの面白さでした。

何といっても死神役の沢崎さんのシュッして妖艶な感じが,このキャラクターにぴったりでした。第2幕の最初に1つアリアがありましたが(この曲以外は特にアリアはなかったと思います),この曲を中心に魅力を発散していました。瑞々しさのある声も大変魅力的でした。ただし,本当の悪女というよりは,落語が原作という味も残っており,どこかユーモラスな雰囲気も出していました。

泉さんの方は,凶暴な(?)妻に支配されてい,風采のあがらない。「○○○な」(この部分が大人向けの理由だったのだと思います)葬儀屋役で,前半はそのとおりの雰囲気があったのですが,死神と接しているうちに,段々と自信が出てきて,格好良く見えてくる辺りが面白いと思いました。泉さんの堂々たる声は,オリジナルが落語と思えない,スケール感を作品に加えていました。

最後,死神の手先になっていることへの罪悪感に目覚めるあたりは,「落語」にない部分です。さらに,色っぽい死神のお蔭(?)で○○○は治ったようで,妻に「子ども」が出来ていました。ただし,この「子ども」の父親は,妻と別の若い葬儀屋との間の子ども(?)という可能性もあり,謎を残した形になっていました。

この辺の葬儀屋の妻の「たくましさ」というのは,考えてみると死神と同様とも言え,やはり男性より女性の方が絶対に生命力はあるなぁと感じました。この葬儀屋の妻約の二渡加津子さんの迫力のある歌と演技も印象的でした。

このオペラ全体としては,合唱団が大活躍していました。第1幕はまず回り舞台を活用したプロローグで始まりました。色々な職業のコスプレ(?)をした合唱団が登場し,社会の縮図を見せてくれました。

その後の場でも,合唱団の皆さんは,ヤクザ役,医者役,看護婦役,キャバレーのホステス...多彩な役柄で登場していました。大変さと同時に,楽しさもあったかもしれませんね。

池辺さんの音楽は,特に沢崎さんの歌う曲などには,ちょっとシュプレッヒシュティンメを思わせる難解な感じの曲が多かったのですが,合唱団の曲には,「ふしぎだな,ふしだな」など,親しみやすく分かりやすい曲が比較的多く,オペラ全体が暗くなるのを防いでいたと思いました。それと,今村さんの脚本自身がそうなのだと思いますが,「どこか昭和」な雰囲気が感じられ(例えば,交通事故の件数などは,現在よりずっと多かったはずです),それが味となって感じれました。

池辺さんの音楽には,現代音楽風のシリアスさと昭和風の分かりやすさが混在させることで(途中,懐メロが1曲入りましたね),オペラ全体を観やすくかつ,深みのあるものにしていたと思いました。松井慶太さん指揮の小編成のOEKも,打楽器やピアノなど多彩な楽器が加わることで,ドラマに彩りと緊迫感を加えていました。

# 右の写真がOEKメンバーの配置です。客席の最前列をピットとして使っていました。下手側にピアノ,上手側に打楽器を配置し,その間に室内楽編成のOEKメンバーがいました。

この「死神」の設定で面白かったのが,葬儀屋と医者とが紙一重だということです。死ぬか生きるかで一瞬で切り替わってしまう辺りに,ブラックユーモア的な面白さと怖さを感じました。

第2幕は前述のとおり,死神のアリアで始まりました。この曲を聞きながら,西洋の室内オペラ(例えば,R.シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」とか)を上演してもらっても面白いのでは,と感じました。

そして,最後の場ですが,やはり,落語同様,沢山のろうそくが出てきました。人間の生命をロウソクに例えるというのは,やはり,外すわけにはいきませんね。この部分での背景に「死神マスク」がうごめく中での「ロウソク沢山」という雰囲気は,やはりこのオペラのいちばんの見せ場だと思いました。

このオペラは,何回も色々な編成で再演されてきているそうですが,人間の生命力のはかなさと逞しさの両方を感じさせてくれる点で,落語同様に名作といっても良いのではないかと思います。

前半の古今亭志ん輔さんによるオリジナル版も素晴らしいものでした。志ん輔さんの声は,口跡が良く,落語を滅多に聞かない私のような者にも,この落語のストーリーがくっきりと伝わってきました。語り口に軽さと渋みとが両立しており,死を扱っているにも関わらず,重苦しくなくなることなく,生命のはかなさのようなものを実感できました。

というわけで,オリジナルのシンプルな味,オペラ版のスケール感の両方を楽しめた今回のような機会は大変貴重だったのではないかと思います。少々終演時間が遅くなりましたが(当初アナウンスしていた終演時刻よりもかなり遅く,21:45頃まで掛かりました。「夏休み前」特別公演といったところでしょうか),落語にぴったりの,石川県立音楽堂邦楽ホールならではの好企画だったと思いました。

PS.ロウソクは生命のたとえによく使われるのですが,実際に染色体の一部に「テロメア」というロウソクのような部分があるそうです。次のような番組で取り上げられています。個人的に,結構感心があります。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3974/

PS.ずっと以前,ミュージカル「死神」というのを観たことがあったので,調べてみると,やはり同じ落語をもとにしたもので,オペラ版同様,「女死神」だということが分かりました。作:藤田敏雄,音楽:いずみたくによるものでしたが,何といっても,死神役の夏木マリさんのインパクトが今でも印象に残っています。
← 我が家に残っていたパンフレットです。

(2017/08/18)




公演のポスター(邦楽ホール側は背後にライトがついた掲示版です)

こちらはコンサートホール側の立看板。日本画を思わせる,素晴らしいデザインだったと思います。



いしかわ国際ピアノコンクールというのを行っていたのですが,やや宣伝不足だった気がします。