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オーケストラ・アンサンブル金沢 岩城宏之メモリアル・コンサート
2017年9月2日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 三木 稔/序の曲
2) サン=サーンス/ミューズと詩人 op.132
3) モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
4) (アンコール)エンゲラー/おもちゃの交響曲〜第1楽章
5) (アンコール)モーツァルト/ディヴェルティメントK.136〜第1楽章

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
三橋貴風(尺八*1), 野坂操壽(二十五絃箏*1), 本條秀慈郎(太棹三味線*1)
アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*2),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2)



Review by 管理人hs  

毎年この時期に行われている岩城宏之メモリアル・コンサートを聞いてきました。例年,この演奏会では,その年の岩城宏之音楽賞受賞者とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が競演するのが恒例だったのですが,今年は受賞者はなしということで,過去の受賞者の中から,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさん(10回岩城宏之音楽賞受賞者)と首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタ(第4回岩城宏之音楽賞受賞者)さんがソリストとして登場し,井上道義指揮OEKと共演しました。

 
過去の受賞者の写真パネルが展示されていました

演奏したのは,サン=サーンスの「ミューズと詩人」という曲でした。ヴァイオリン、チェロ、管弦楽のための二重協奏的作品で,OEKが演奏するのは今回初めてです。ほとんど知られていない作品ですが,何といってもサン=サーンスの作品です。メロディが美しく,とても気持ちよく楽しむことができた。曲の最初から,滑らかでしっとりとした雰囲気が漂っており,曲の魅力がしっかり伝わってきました。

ややセンチメンタルな雰囲気もあったのですが,ヤングさんとカンタさんが演奏すると,ちょっと抑えの効いた大人のロマンといった雰囲気になります。

ヤングさんは,いつもどおり集中力抜群の演奏でした。力んでいるわけではないけれども,ぐっと迫ってくるような迫力を感じました。カンタさんの演奏は,自然体の中に,渋さと甘さがブレンドされていました。ハープの入った,品の良い色彩感のあるOEKの演奏と合わせて,大人の対話を楽しませてくれるような演奏になっていました。曲の後半は華やかに盛り上がり(トロンボーンなども入っていました),感謝の気持ちでいっぱいといった気分になりました。

こういう知られざる佳曲の発掘というのは,是非,これからも継続していって欲しいと思います。

今回の公演のもう一つのポイントは,最初に演奏された,邦楽器とオーケストラが共演する,三木稔「序の曲」という作品でした。OEKは岩城さんの時代から邦楽器との共演を伝統的に行ってきましたが,この曲では,尺八,二十五絃箏,太棹三味線という3つの楽器が登場しました。邦楽器とオーケストラによる協奏的作品というと,武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」を思い出しますが,この曲については,あの曲のような緊迫感溢れる作品ではなく,「序の曲」というタイトルどおり,大きく盛り上がる前のイントロダクション的な雰囲気を持った作品でした。

実際,「序の曲」「破の曲」「急の曲」の三部作の最初の曲ということで,ちょっとインパクトが弱い印象はありましたが,オーケストラだけで演奏された曲の最初の部分から,静かな透明感や艶っぽさがあり,しっとりと包まれるような,攻撃的ではない暖かさがありました。

今回登場した,邦楽器もそれぞれに良い味わいを出していました。まるでハープのようにオーケストラと溶け合って艶やかな気分を出していた野坂操壽さんの二十五絃箏。豊かさを感じさせてくれた本條秀慈郎さんの太棹三味線。そして,通常より大きめの楽器で曲全体にアクセントを付けていた三橋貴風さんの尺八(オーケストラも弦楽器だけだったので,唯一の管楽器でした)。これらがオーケストラと一体となって,スケール感と暖かみを感じさせる演奏を楽しませてくれました。

演奏後,井上道義さんが3人の方にインタビューをしたのですが,これも面白い内容でした。三橋さん演奏していた尺八については,通常の「一尺八寸」ではなく,「二尺四寸」とのことでした。フルートに模して言うと,「アルト尺八」といったところでしょうか。

本條さんの演奏していた,三味線も通常より大きい太棹三味線で,しかも本條さん用に作られたオリジナル楽器とのことでした。特別に楽器の裏面を見せていただきましたが,穴が開いていました。そのせいかどうか分かりませんが,通常よりも暖かみのある響きがすると感じました。

野坂さんの演奏していた箏は,通常は十三弦ですが,この日の箏は,何と二十五弦でした。野坂さんが開発した楽器とのことです。箏については1弦で1音を出すのが原則ということなので(琴柱である程度調整はできますが),より表現力の広い楽器ということが言えそうです。

演奏会の後半では,モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」が演奏されました。いうまでもなく,モーツァルトの交響曲の総決算のような堂々たる作品です。そして,今回の演奏も,これまで築いてきた井上/OEKのつながりの強さをしっかり感じさせてくれるような,堂々たる構えと余裕を持った演奏でした。

冒頭部から,適度な柔らかさと芯の強さを持ったオーケストラの響きが最高でした。石川県立音楽堂に最適化された音という感じでした。この曲では,バロックティンパニを使っていましたが,その音が響きの核になって,バランスの取れた音の世界が始まりました。

井上さんとOEKが録音しているCDの演奏同様,どっしりとしたテンポで始まった後,滑らかに流れ過ぎることなく,ちょっと間を置いているのも特徴的でした。この日の演奏では,第1楽章も第4楽章も呈示部の繰り返しを行っていたので,演奏時間的にも,「大交響曲」的なスケール感がありました。

第2楽章には,穏やかな暖かさの中に一抹の寂しさが滲んでいるようでした。テンポは遅過ぎることはなく,静かに時間だけが流れていく,という感じでした。ここでも各楽器のバランスが素晴らしく,「井上さんが全部の楽器を演奏しているのでは?」と錯覚するような一体感を感じました。

第3楽章もバランスの良いメヌエットですが,その中にふっとインスピレーションが湧き上がるといった趣きがありました。中間部では生き生きとダンサブルな感じになり,井上さんらしいウィットも感じました。この日の首席コントラバスは,マルガリータ・カルチェヴァさんでしたが,いつもながら,思い切りの良い存在感のある音が冴えていると思いました。

第4楽章は生き生きとしているけれども,はじけ過ぎない安定感のある演奏でした。音楽の見通しが良く,曲の設計がよく分かるようなクリアな演奏だったと思います。曲の途中からは,どんどん力感が高まり,音の厚みや彫の深さも出てきます。こういう曲を聞くと,古典派の曲の中にもドラマがあるなと感じます。

曲の最後の部分では,ちょっとテンポを落とし,その後,ホルンが基本主題を大きく呈示します。この部分が爽快だなぁと感じました。締めの部分も壮麗で,力強くじっくりと演奏会を締めてくれました。

全体的には堂々としたスケール感を感じさせつつ,OEKの柔軟性も生かした演奏で,ちょっとした間の取り方,ニュアンスの変化など,この組み合わせならではの表情の豊かさがありました。井上さんは,アンコールの時,「希望を感じさせる曲だ」と仰っていましたが,まさにそういう演奏だったと思います。「ジュピター」を聞くのは,意外に久しぶりの気がしますが,改めて完成度の高い作品だと思いました。

最後に,楽しく,爽快な,モーツァルトらしいアンコールが2曲演奏されました。

まず,演奏後のトークで,井上さんはなぜかヴィオラ・ジョークの話をされました。この日,エキストラでヴィオラを演奏していた安藤裕子さんに「どういうのがある?」と質問し,安藤さんは「ヴィオラは「上」と「下」に挟まれていて小心者が多い。フェルマータが付いた白い音符を演奏すると,とてもうまくトリルがかかる」といったものを紹介されました(不正確かもしれません)。個人的にはとても面白いと思ったのですが...やや難しかったかもしれません。が,そこがまた,ヴィオラらしいところかもしれません。

で,このヴィオラ・パートですが,アンコールの準備のため袖に引っこみ,再登場し,「おもちゃの交響曲」の第1楽章が演奏されました。「子どもは希望である」という井上さんの思いを意識した選曲で,童心に戻って,ヴィオラ・パートの皆さんは「おもちゃ」を律義に演奏されていました(この曲の編成がヴィオラ抜きだとは知りませんでした)。その他,太鼓と笛は打楽器とフルートの方が担当していたと思います。

ちなみにこの曲の作曲家ですが,転々としています。ものすごく昔は,ハイドン作曲と言われていましたが,その後,モーツァルトの父上のレオポルド作曲に変わり,近年では,エトムント・アンゲラーという人の作曲ということに落ち着いているようです。

その後,もう1曲アンコールが演奏されました。すばらしいスピード感と透明感に溢れたディヴェルティメントK.136の第3楽章でした。風が吹き抜けるようでした。井上さんは,「ディヴェルティメントは遊びの音楽」と語っていましたが,この曲の「タン・タン・タン(休符),タン・タン・タン(休符)」という基本的なリズムを大げさに強調した指揮ぶりで,視覚的にも遊びの感覚を楽しませてくれました。

このアンコールでの,井上さんのトークを聞きながら,来年からは,こういう雰囲気を味わう機会が減ってしまうんだな,と少々淋しくなりました。

井上さんはアンコールの時のトークの中で「何事にも終わりがある。だからこそ,そこまでは一生懸命やりたい」(不正確かもしれません)といった言葉をおっしゃられていましたが,このことは,音楽についても言えるし,人生についても言えるし...井上さんとOEKとの関係についても言える言葉だと感じました。色々な点で名残惜しさを感じた演奏会でした。

(2017/09/10)




公演の立看板


毎回,北陸銀行さんが協賛


ステージ上には例年通り岩城さんの写真が飾ってありました。


HABが収録を行っていました。