OEKfan > 演奏会レビュー
百万石歴史のみち交流祭「いしかわ芸能新時代」若き才能の輝き
『いしかわ国際ピアノコンクール』から世界に羽ばたく
2017年9月3日(日) 14:00〜 北國新聞赤羽ホール

1) メンデルスゾーン/幻想曲 嬰ヘ短調「スコットランド・ソナタ」op.28
2) リスト/死の舞踏:怒りの日のパラフレーズによるS.525/R.188
3) ショパン/マズルカ op.50(3曲)
4) バーバー/ピアノソナタ op.26
5) バッハ,J.S./トッカータ ホ短調
6) シューベルト/幻想曲 ハ長調 D.760「さすらい人」
7) ヴェルディ=リスト/「アイーダ」から神前の踊りと終幕の二重唱 S.436/R.269
8) ブラームス /7つの幻想曲 op.116〜第1,2,3番

●演奏
塚田尚吾*1-2, 中川真耶加*3-4, 小嶋稜*5-6, 竹田理琴乃*7-8(ピアノ)



Review by 管理人hs  

北國新聞赤羽ホールで行われた「若き才能の輝き『いしかわ国際ピアノコンクール』から世界に羽ばたく」という4人の若手ピアニストが登場する演奏会が行われたので,聞いてきました。登場したのは,過去,このコンクールに登場し,優秀な成績を収めたことのある,塚田尚吾 さん(富山県出身),中川真耶加さん (愛知県出身),小嶋稜さん (大阪府出身),竹田理琴乃さん (石川県出身)の4人でした。

塚田さんと竹田さんについては,今年の春に行われたガルガンチュア音楽祭でのベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏に参加するなど,金沢の音楽ファンにはお馴染みの方です。今回聞きに行こうと思ったのは,塚田さんや竹田さんと同世代の実力のある若手が一気に聞けることと,演奏された曲の渋さにあります。今回演奏された曲は上のとおりだったのですが,「さすらい人」幻想曲を除くと,かなりマニアックな雰囲気の曲ばかりです(塚田さんの演奏した「死の舞踏」は,以前,塚田さんの演奏でどこかで聞いたことがあります)。個人的には,未知の曲を開拓していくことと未知の演奏者を聞くことが大好きなので,その両方を目当てに聞いてきました。

今回特徴的だったのは,各奏者が自分自身のことや選んだプログラムについて,5分程度のスピーチを行ったことです。このコンクールでも曲についてのスピーチを行ってもらっているようですが(他のコンクールでは例はあまりない?),スピーチとセットで聞くと,楽しみが増すなぁと思いました。お客さんが喜ぶような話をしたり,曲についての説明をするためにはは,一種,「常識的な発想」が必要になります。「アーティストは演奏の内容だけで勝負」というのが理想だとは思いますが,大半の聴衆が演奏する曲についてほとんど予備知識を持っていないクラシック音楽(特に今回のようなマニアックなプログラムの場合)を面白く聞かせようという場合,演奏者によるトークはかなり重要だと思います。今回の演奏を聞いて改めてそう思いました。

今回の演奏は,4人とも大変水準が高く,どの演奏も面白く聞くことができました。

塚田さんの演奏では,最初に演奏されたメンデルスゾーンの「スコットランド・ソナタ」という曲がいいなと思いました。メンデルスゾーンの「スコットランド」といえば,交響曲第3番を思い出します。その冒頭の気分と共通するしたひんやりとした空気があると思いました。塚田さんの音には,がっちりとした重みに加え,高級感のようなものがあります。3つの楽章それぞれに違ったキャラクターを持っていましたが,全曲を通じて,スコットランドの風土を想起させる良い演奏だと思いました。近年,コンクールで弾かれる機会が増えている曲とのことでしたが,一般的にももっと聞かれるようになるのではと感じました。

「死の舞踏」の方は,もはや塚田さんの十八番だと思いました。冒頭の重く不気味なタッチから自信に溢れていました。塚田さんの解説にあったとおり,途中,光が見えるような部分があったり,多彩なタッチを楽しむことができました。楽々と演奏するグリッサンドの連続なども「見もの」でした。ただし,この曲ですが,最後の方は「これでもか,これでもか」という感じで続くので,結構しつこさがありますね。

次に登場した中川さんは,まず,しっとりとした落ち着きのある流れをもったマズルカを3曲演奏しました。ショパンの晩年の作品ということで,深さを感じました。op.50-3だけは,聞き覚えがありましたが,ダイナミックさを感じました。

その後,中川さんのトークがありました。中川さんは,いしかわミュージックアカデミーへの参加がきっかけて金沢とのつながりが出来たそうです。その後,次に演奏するバーバーのピアノ・ソナタについての解説があったのですが,これがとても面白いものでした。この解説を聞いた後ということで,大変面白くこの曲を聞くことができました。

ホロヴィッツが初演した曲で,一見,難解そうな作品な雰囲気があったのですが,楽章ごとに際立った個性を楽しむことができました。第1楽章は,「付点+連打の連続の楽章」ということで,プロコフィエフのピアノ・ソナタに通じる剛性感を感じました。中川さんのピアノの音も素晴らしく,聞いていてわくわくしました。

第2楽章はキラキラとした感じの短めの楽章,第3楽章は12音技法を使った「鬱々とした楽章」でした。この第3楽章については,「バーバー自身の雰囲気と重なるのでは」ということでした。中川さんの師匠のピアニスト,野島稔さんはバーバー本人に会ったことがあるそうですが,部屋に入って来たとたんに暗い雰囲気になるような方だったそうです。ただし,そこまで陰鬱で難解な感じはせず,奥行きのある美しさのようなものを感じました。ショスタコーヴィチの緩徐楽章などに通じる雰囲気もあると思いました。

最後の楽章はスピード感のあるフーガで,どこかジャズ的な気分があると思いました。技巧的な華やかさや若々しさもあり,とても楽しめました。実演で聴くのは初めてでしたが,プロコフィエフのソナタ並みに聞かれて良い曲だと思いました。この曲に接することができたのが,この演奏会のいちばんの収穫でした。

小嶋さんは,かなり個性的な歌わせ方をする方だったと思います。バッハのトッカータは,「ピアノで演奏するバッハ」ということを意識した演奏でした。しっかりとした落ち着きがあると同時に,後半に行くにつれて勢いを増していく,計算された演奏だったと思います。

シューベルトの「さすらい人」幻想曲は,シューベルトの曲の中でも特にダイナミックで技巧的な作品です。冒頭の和音から堂々とした安定感が感じられました。ただし,速いパッセージでは少々窮屈な感じに聞こえる部分がありました。また,全曲を通じて,結構テンポが揺れるというか,独特の伸び縮みがあるように思いました。反対に第2楽章に当たる部分では,じっくりとしたメロディの歌わせ方が素晴らしいと思いました。第3楽章から第4楽章に掛けても,ダイナミックな音の動きを楽しむことができましたが,やや細部の詰めが甘いと感じました。

最後の竹田さんについては,毎回毎回完成度の高い演奏を聞かせてくれて,感心するばかりです。最初の曲は,ヴェルディの歌劇「アイーダ」の中のメロディをリストがパラフレーズしたものでした。初めて聞く曲でしたが,ちょっとエキゾティックなメロディを豊かな情感を伴って鮮やかに演奏しており,一気に曲の世界に引き込まれました。全曲を通じて,暗めの曲なのですが,竹田さんの音には技の見事さに裏付けられた軽やかさがあり,美しいメロディがすっきりと聞こえてくるのが素晴らしいと思いました。音のダイナミックレンジも広く,見事にオペラの一場面を描いていました。最後の部分での高音の美しさも印象的でした。

演奏会の最後,ブラームスの7つの幻想曲op.116の中から3曲が演奏されました。ブラームスの晩年の作品で一見地味な印象のある曲でしたが,曲想に応じた情感の動きが鮮やかに引き出されており,聞きごたえがありました。2曲目の静かなモノローグも良かったのですが,3曲目での暗い情熱が湧き出てくる感じが特に良いと思いました。

4人の演奏を聞いて,演奏者それぞれに,音楽の流れのようなものを持っているなぁと思いました。演奏者それぞれに,呼吸のタイミングのようなものがあり,それが演奏全体に反映していると感じました。それは曲によっても変わるし,誰が良いというものでもないのですが,その違いを楽しめることが,こういった複数の奏者が登場する演奏会の楽しみだと感じました。

いしかわ国際ピアノコンクールについては,やはり,もう少し広報に力を入れてもらい,ピアノに関心がない人にもピアノ演奏に目を向けてもらう機会になれば,良いなと思います。4人それぞれに30分以上演奏していたので,トータルで2時間30分ぐらいかかりましたが,定期的に行っても良い企画だと思いまいした。

PS. 演奏会のサブタイトルに「百万石歴史のみち交流祭」と書いてあるのが...少々謎でした。

(2017/09/10)



公演の案内


ホールの雰囲気

赤羽ホールの外観

ホワイエからの眺め