OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢 第393回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
9月20日(水) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ペルト/ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌
2) ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, op.61
3) ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調, op.68「田園」

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング), 神尾真由子(ヴァイオリン*2)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演2017/2018シリーズは,井上道義音楽監督指揮による,ベートーヴェン中心のプログラムで開幕しました。今年の春に行われた,「ガル祭」のテーマは,「ベートーヴェン」で,その時にヴァイオリン協奏曲と交響曲第6番「田園」も演奏されています。この音楽祭に井上さんは参加していませんでしたので,その「アンコール」を井上音楽監督の指揮で楽しむといった位置づけになるのかもしれません。「田園」については,「ナチュール」がテーマだった,1年前の最後の「ラ・フォル・ジュルネ金沢」の時に井上さんが取り上げていますので,そのアンコールとも言えます。

前半はまず,ペルトの「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」が演奏されました。振り返ってみると,井上さんは,ペルトの曲を取り上げる機会も多かったですね。この曲は,神秘的な和音が静かに始まった後,ベルの音に合わせて次第に音量を増し,また静かになる...といった感じの曲でした。和音自体には大きな変化はなく,最初から最後まで同じ雰囲気が続いているだけ,といった曲なのですが,ずっと浸っていると,哀し気な気分だけではなく,その中に色々な色合いが見えてきます。それが大変魅力的でした。

演奏会の最初に演奏することで,日常生活の空気から,アートの空気へと切り替えてくれる,緩衝地帯になっているような気がしました。この古いのか新しいのか分からないムードは癖になりそうです。

なおこの演奏では打楽器の渡邉さんは,最初から最後まで下手側の舞台裏でベルを叩いていました。袖のドアは開けたままになっていましたが,この間接的に聞こえてくる,音量のバランスが生々し過ぎない感じでとても良いと思いました。

続いて,金沢ではすっかりお馴染みとなったヴァイオリン奏者,神尾真由子さんとの共演で,ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。神尾さんについては,先月8月19日,ほぼ1カ月前にOEKとメンデルゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏したばかり。さらには,11月21日には,ロシア国立ウリャノフスク交響楽団との共演でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏します。この短期間の間に金沢で,いわゆる「3大ヴァイオリン協奏曲」を1人の奏者が全部演奏する,というのは(たまたまこうなったのだと思いますが),「金沢史上初」なのではないかと思います。

今回のベートーヴェンについても,井上/OEKと神尾さんとがじっくりと四つに組んで,じっくりと聞かせてくれる聞きごたえのある演奏でした。雰囲気としては,1カ月前に聞いたメンデルスゾーン同様,「演歌的」と言って良いほど,滴るような音を聞かせてくれる演奏でした。個人的には,「ロマンティック過ぎるかな」「チャイコフスキー的なベートーヴェンだな」と思ったのですが,「さすが神尾さん」とも思いました。

第1楽章の管弦楽の呈示部は,じっくりとしたテンポで,大切なものを慈しむような丁寧な雰囲気で始まりました。OEKがベートーヴェンの曲を演奏する場合,コントラバスを3人に増強するのは,慣例のようになっていますが,この日についても,コントラバスの音がしっかりと効いていました。室内オーケストラ編成ながら,堂々とした土台を作っていました。続いて出てくる,第2主題の晴朗さの中に少し翳りのある雰囲気も素晴らしいと思いました。

その後,おもむろに独奏ヴァイオリンが入ってきます。この曲は,管弦楽のみによる呈示部が長いので,ヴァイオリンは結構待たされます。そのせいか,最初の入りの部分は,ちょっとぎこちない感じがしたのですが,その後,次第に神尾さんらしさが,広がっていきました。

神尾さんの場合,聴けば「神尾さんの演奏だ」と分かる,しっかりとした個性を持っていると思います。ヴィブラートをしっかりとかけた滴るような音,これぞソリストという感じの突き抜けて聞こえてくる音,過剰なまでに耽美的な雰囲気。どの楽章もゆっくり目のテンポで,じっくりと聞かせてくれました。第1楽章については,やや停滞し過ぎている感じもしましたが,この曲の中に潜んでいる「情感」と「歌」を思う存分引き出していました。井上/OEKによる,非常に気合いの入った充実した演奏と組み合わさることで,この曲のもつスケールの大きさ(45分以上かかっていたと思います)をしっかりと体感させてくれました。

カデンツァは,一般によく聞かれているクライスラーのものでした。このカデンツァの方が,スムーズに音楽が流れていくように聞こえたのが面白いと思いました。その後,しんみりとした名残惜しさの気分を残しつつ,堂々と第1楽章が締められました。客席からは,拍手がパラパラと入ってしまいましたが,その気持ちも分かるような,聞きごたえのある第1楽章でした。

第2楽章もまた,じっくりとしたテンポの「神尾節」による演奏でした。この楽章では,中間部で弦のピツィカートの上でデリケートに独奏ヴァイオリンが歌う部分がとても良いと思いました。

第3楽章も神尾さんは,しっかりとした音でたっぷりと聞かせてくれました。井上さんは,神尾さんが小さい頃からよく知っている「旧知の仲」ということで,互いに存分に主張をしながらも,しっかりと音が噛み合っているような充実感があると思いました。オーケストラの音の充実感,カデンツァの部分での優しさと柔らかさ。すべての部分を堪能させてくれました。最後は,しっかりと念を押すように,気合十分の音で全曲を締めてくれました。

演奏後のサイン会の時,井上さんに「随分,じっくりとしたテンポでしたね?」と質問してみたところ,「そう?これが標準」とおっしゃっていました。演奏中は,井上さんが神尾さんのテンポに寄り添っているのかな,と思ったのですが,双方合意のテンポ設定だということが分かりました。OEK恒例の,演奏後のサイン会については,ちょっとしたインタビューができるのが嬉しいですね。

 
今回は,このCDにサインをいただきました。井上さんとOEKによるCDには,ほとんどサインをもらっているので,このCDしか残っていない感じでした。

後半では,前述のとおり「田園」が演奏されました。その演奏を聞いて,やはり井上さんとOEKの「田園」は最高だと思いました。ベートーヴェンの交響曲については,OEKの演奏で何回も聞いており,井上さん指揮の「田園」を聞くのも3回目なのですが,その度にこの曲に対する「愛」のようなものを感じます。今回の演奏は,井上道義指揮による総決算の「田園」だったと思います。

第1楽章の冒頭から,「田園に着いたばかりの新鮮な気持ち」が溢れていました。この曲の最初の部分は,大きな音ではないのですが,井上さんの指揮の動作は,とても大きく,生き生きとした新鮮な気分がすっきりと浮き上がってきました。自然の持つ美しさが沸き出てくるような楽しさを感じました。

この楽章は同じ音型の繰り返しがとても多いのですが,そういう部分からも,「田園の日常」といった気分が伝わってきました。派手ではないけれども退屈しない,静かな喜びが溢れているようでした。

そして「田園」では,全曲を通じて,木管楽器が活躍します。この日のトップ奏者は,オーボエが加納さん,フルートが松木さん,クラリネットが遠藤さんでしたが,その瑞々しい音の競演も聴きものでした。

第2楽章では,ベースとなる「流れるような」雰囲気が見事でした。その上で絡み合うOEKの各パートの音の動きを聞いているだけで飽きません。森の中の自然そのものの持つ饒舌さのようなものを感じました。そして,この楽章を実演で聞くたびに,曲の中に隠されている「色々な音」を発見する喜びがあると感じます。気のせいか,毎回,音の聞こえ方が違うような気がします。例えば,楽章最後の「鳥の声」の部分は,オーボエの音が結構鋭い感じで,今回は,クリアでドラマティックな印象があると思いました。

第3楽章以降は,音による祭り・自然・感謝の気持ちの描写音楽です。1年前のラ・フォル・ジュルネ金沢の時も同様だったのですが,3楽章途中に「嵐」のメンバー6人(ジャニーズではなくトランペット2名,トロンボーン2名,ティンパニ,ピッコロ奏者の皆さんです)が上手側から入って来て,視覚的にもドラマを印象付けていました。特に岡本さんのピッコロの「ピーッ」という音がとてもソリスティックに聞こえました。

第3楽章はやや抑え気味に始まった後,途中でパッとエネルギーが開放されるようでした。あまり田舎くさくない,スマートな熱狂のある祭りだと思いました。

第4楽章から第5楽章に掛けても,前回聞いた時よりもスマートな感じに聞こえましたが,第5楽章の途中,曲想が盛り上がってきて,井上さんが大きく両手を広げるのを見ると,やはり「井上さんの田園だなぁ」と熱い気分になります。ただし,この日の演奏からは,喜びを一杯に表現する,というよりは,嬉しさと感謝を噛みしめているような抑制した感動のようなものを感じました。

アビゲイル・ヤングさんがリードする弦楽器の音からは,滑らかさと同時に熱さが伝わってきました。そして最後の部分の名残り惜しさ。繰り返しになりますが,井上さんの「田園」はやっぱりいいなぁと思いました。

この日のお客さんの拍手からも,いつもにも増して熱さが伝わって来ました。今シーズンは,この公演を含めて,井上さんは3回OEKの定期公演に登場します。本日の演奏を聞いて,その総決算のような演奏が期待できると感じました。

(2017/09/27)



公演の立看板