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オーケストラ・アンサンブル金沢第394回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2017年10月18日(水) 19:00開演 (18:15開場) 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調, K. 467
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調, K. 491
3)(アンコール) リスト/コンソレーション第3番
4) モーツァルト/交響曲第41番ハ長調 「ジュピター」K.551
5)(アンコール)モーツァルト/カッサシオン ト長調, K.63〜アンダンテ

●演奏
シュテファン・ヴラダー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
シュテファン・ヴラダー(ピアノ1-3)



Review by 管理人hs  

10月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニーシリーズは,「常連」になりつつあるシュテファン・ヴラダーさんによるモーツァルトのみによるプログラムでした。OEKの定期公演の場合,古典と現代曲を組み合わせることが多いので,「オール・モーツァルト」というのは,意外に珍しいことです。今回はヴラダーさんが登場するということで,前半は弾き振りの形になっていました。

まずプログラムの並びが面白いと思いました。ピアノ協奏曲第21番→24番→交響曲第41番ということで,ハ長調→ハ短調→ハ長調という見事なシンメトリーになっていました。実は,「ジュピター」は,9月にも井上道義さん指揮OEKで聞いたばかりなので,2カ月連続の演奏だったのですが,これがまた,ガラッと違った雰囲気になっていました。今回の公演はこの,指揮者によってガラッと変わってしまうOEKの適応力の素晴らしさに感嘆しました。

前半の2曲のピアノ協奏曲は,速いテンポによる演奏でした。特に第21番はとても速いテンポだったと思います。個人的には,この曲については,第2楽章を中心に少々ロマンティックな甘さのある演奏が「デフォルト」になっているので,もっとおっとりとした演奏が好みではあるのですが,速いパッセージが続いても崩れることのない,一本筋のとおったような演奏も素晴らしいと思いました。

ヴラダーさんはお客さんに背を向け,ピアノの蓋を全部取り外す形で演奏していました。そのせいもあるのか,ピアノの音は,オーケストラとしっかりと溶け合い,全体として室内楽的な雰囲気があると感じました。弾き振りならではの演奏だったと思います。その分,ヴラダーさんのピアノの音自体は,ややこじんまりとした感じに聞こえました。

第1楽章は速いテンポで一気に演奏されたのですが,ヴラダーさんのピアノに乱れはなく,余裕がありました。途中,右手で演奏,左手で指揮...といった感じで,結構きっちり指揮をされており,結構マメな方だなと思いました。時折,短調になる部分での自然なニュアンスの変化が付けられており,単調さはありませんでした。

第2楽章もテンポは速く,弦楽器にもさらりとした感触がありました。上述のとおり,夢見心地で演奏されるのも良い楽章ですが,「くっきり・生き生き・美しく」演奏されたこの日の演奏も魅力的でした。この楽章では,木管楽器などに出てくる「タタタタタタ...」の連続も印象的でした。第1楽章の最後もそうだったのですが,はかなくスッと終わるのも,ヴラダーさんの特徴かもしれません。

第3楽章も快速なテンポで,ヴラダーさんの名技性を発揮していました。指がよく回り,ノンストップのスピード感がありました。それでもバリバリと弾きまくる感じではなく,カデンツァの部分などでは,ちょっと悪戯っぽいユーモアのセンスを感じさせてくれました。そして,そのままの勢いで全曲が終了しました。

第24番の方は,「ハ短調」ということで,よりベートーヴェン的な響きのする曲です。ヴラダーさんの演奏の硬質な感じにぴったりだと思いました。この曲も基本的に速いテンポで,甘さに溺れるようなところはありませんでした。それに加え,OEKの木管楽器とピアノとの「対話」が素晴らしく,短調と長調の陰影のコントラストだけではなく,ピアノと管楽器のコントラストも楽しむことができました。また,第1楽章などの中間部などでは,深く染みる音をしっかり聞かせてくれました。

ちなみにカデンツァについては,モーツァルト自身のカデンツァは両曲とも残っていないので,後世の人が作ったものだったと思いますが,いずれもモーツァルト〜ベートーヴェンの時代の雰囲気にマッチしたものでした。

第2楽章は,まず,ピアノのシンプルでくっきりとした音が印象的でした。その後に続く木管楽器との室内楽的な対話にも闊達さがありました。その後,ピアノの方は装飾音を色々加えていましたが,とても自然で嫌味なところはありませんでした。

第3楽章は,折り目正しく,クールさのあるテーマの後,変奏が続きます。ここでも,ピアノと木管楽器の対話が良いなぁと思いました。最後の方では,一瞬長調になるのですが,そういった部分での希望を感じさせる明るさが特に耳に染みます。最後は,悲しい気分を秘めたまま終了。この解決編は,後半の「ジュピター」に続くといったところでしょうか。

その後,ヴラダーさんのピアノ独奏によるアンコールが演奏されました。これはモーツァルトではなく,リストのコンソレーション第3番が演奏されました。一貫性がないとも言えるのですが,冒頭の深い音からその世界に魅了されました。モーツァルトの世界を壊すことなく,滑らかで高級感のある世界が続きました。これは是非,ヴラダーさんのリサイタルも聞いてみたいものだと思いました。

後半は交響曲第41番「ジュピター」だけが演奏されました。この日のOEKは,バロック・ティンパニを使い,弦楽器のヴィブラートがほとんどない,古楽的な奏法が特徴的で,特に「ジュピター」では,第1楽章の冒頭からハッとさせるような,体脂肪率ほとんどゼロといった感じの筋肉質で引き締まった演奏を聞かせてくれました。

前月に聞いた,井上道義さん指揮による「ジュピター」も,OEKによる演奏の一つの典型だった思いますが,それとは全く違うアプローチで,生気と力感に溢れる「ジュピター」を聞かせてくれたヴラダーさんの手腕は素晴らしいと思いました。

これはこの日演奏されたどの曲にも言えたのですが,指揮者の主張がスッと伝わってくるような論理的な明快さのようなものを感じました。情緒的に甘く溺れるようなところが全くなく,基本的に速目のテンポでビシッと引き締まった中に美しさのある音楽を聞かせてくれました。特に両端楽章は,これまでに聞いた「ジュピター」の中でも特に快速の演奏だったと思います。

第1楽章は,キビキビとした推進力だけではなく,微妙な強弱,間の取り方なども明快で,すべてが鮮やかにバシッと決まっている爽快さを感じました。

ちなみにこの日の演奏は,第1楽章,第4楽章の繰り返しを行っており(第2楽章については不明),演奏時間は30分以上掛かっていました。それでも全く弛緩することのない,クールさと明晰さに,ライブならではのスリリングさが加わった見事な演奏になっていました。

第2楽章は,第1楽章と対照的に,柔らかさとさりげなさをベースとした中にフッと不安がよぎるような味わいがありました。この楽章もテンポは速目でしたが,繊細さと大らかさが両立しており,全体として充実感がありました。

第3楽章は,力強く引き締まったメヌエットでした。中間部はテンポを落とすことなく,2拍子のような感じで演奏しているのが特徴的でした。

第4楽章は,第1楽章に対応するような形で速目のテンポによるキビキビとした躍動感のある音楽が続きました。この楽章は対位法的な音の絡みも聴きものですが,木管楽器を中心に各楽器の音がしっかりと聞こえ,透明感と充実感のある世界が広がりました。各楽器の対比だけでなく,静動,強弱,明暗の対比も明確でした。

最後の方,ホルンが力強く出てくる部分が印象的です(この日はプログラムでは金星さんと書いてありましたが,別の女性が演奏していました)。オーケストラと溶け合ったよい音を響かせた後,コーダの部分では,各種の絡み合いが厳しくも明快に続きながら高揚していきます。いちばん最後の音が短くバシッと終わっていたのも実に爽快でした。

アンコールでは,カッサシオンの中の1つの楽章が演奏されました。以前にも一度聞いたことのある曲だと思います。「ジュピター」でのピンと張りつめた空気とは対照的な,リラックスしたムードの漂う美しい曲が弦楽合奏の弱音でしっとりと演奏されました。

演奏後は,お客さんから盛大な拍手が起こると同時に,OEKメンバーも大歓迎しているようでした。OEKの音を,メンバーと一緒になって「自分の音」に変えたヴラダーさんの指揮者としての素晴らしさを楽しむことのできた演奏会でした。この日は,特にアナウンスはなかったのですが,ステージ上にマイクロフォンがかなり沢山並んでいました。もしかしたら何かの収録かレコーディングを行っていたのかもしれません。是非もう一度,聞いてみたい,完成度の高い演奏でした。

(2017/10/22)




公演の立看


プレコンサートは,全部聞けなかったのですが,上記のとおりの大変長いタイトルの曲。作曲者の名前も長いですね。英国国歌の「God save the queen (or king)」による変奏曲です。以前にも聞いたことがありますが,坂本さんと大澤さんのお得意の「華麗過ぎる曲」ですね。


ヴラダーさんが客演するたびに,NAXOSから出ているベートーヴェンのピアノ協奏曲にサインをいただいてきました。今回で完結しました。