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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2017秋の陣
2017年10月21日(土)14:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

第1部 ベートーヴェン物語
1) ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」〜第2楽章
2) モーツァルト/モテット「踊れ,喜べ,汝幸いなる魂よ」〜アレルヤ※*
3) モーツァルト/ねぇ,お母さん聞いて(キラキラ星変奏曲)※*
4) モーツァルト/歌劇「魔笛」〜パパパの二重唱 ※
   ※青島広志詩・編曲「こんにちはモーツァルトさん」から
5) モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」〜手紙の二重唱
6) モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス
7) ベートーヴェン/アデライーデ
8) ベートーヴェン/自然における神の栄光
9) ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」〜第1楽章
10) ベートーヴェン/君を愛す
11) ベートーヴェン/エリーゼのために
12) シューベルト/のばら
13) ベートーヴェン/即興曲第3番変ト長調,op.90-3
14) ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱付き」〜歓喜の歌

●演奏
白河俊平*1,5,7-11,13-15,清水志津*2-4,12(ピアノ)
石川公美(ソプラノ*5,6,8,14),水上絵梨奈(メゾ・ソプラノ*5,6,8,14),近藤洋平(テノール*6-8,14),門田宇(バリトン*6,8,10,14),OEKエンジェルコーラス*3-5,12

第2部 モーツァルト
1) 菊池洋子による公開レッスン
2) モーツァルト/4手のためのピアノ・ソナタ変ロ長調, K.358
3) モーツァルト/4手のためのピアノ・ソナタニ長調, K.381
4) モーツァルト/ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調,K.333
5)(アンコール)モーツァルト/トルコ行進曲

●演奏
菊池洋子,林礼士*2,寺松未夢*3(ピアノ)
レッスン受講生:鈴木仁子*1,為永結子*1



Review by 管理人hs  

今年の春の連休期間中に行われた「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭」の関連公演として「秋の陣」と題した演奏会が石川県立音楽堂邦楽ホールで行われたので聞いてきました。

今回のこの音楽祭のテーマは,「ベートーヴェン」ということで,公演の前半は「ベートーヴェン物語」と題して,北陸を中心に活躍する若手声楽家,ピアニストとOEKエンジェルコーラスの皆さんがベートーヴェンとその前後の作曲家たちの作品を演奏しました。「〜物語」とあるとおり,ベートーヴェンの生涯を石川公美さんの語りを交えて,たどりながら,声楽曲やピアノ曲を聞くという構成になっていました。

石川公美さんの語りはとても分かりやすく,全体の流れもとてもスムーズでした。ソナタの全曲を聞くという形ではなかったので,「ベートーヴェン入門編」のような感じで,「石川県のクラシック音楽のすそ野を広げる」といったことを意図するような公演と感じました。

ただし,この日の演奏は,どの曲も素晴らしく,しかも,意外に演奏される機会のない,ベートーヴェンの声楽曲を楽しむことができました。テノールの近藤洋平さんの非常に若々しい声による「アデラーデ」,バリトンの門田宇さんによるたっぷりとしたクリアさのある「君を愛す」の2曲を実演で聴くのは初めてのことだったのですが,ベートーヴェンもメロディメーカーなんだなぁと改めて思いました。

「自然における神の栄光」は,石川公美さん,水上絵梨奈さん,近藤さん,門田さんの四重唱で歌われました。大昔,私が高校生の頃,合唱で歌ったことのある曲で懐かしくなりました。4人編成だと,クリアや上品さを感じました。邦楽ホールだと若手歌手たちの瑞々しい声を間近で楽しむことができますので,ダイナミックさあるなと思いました。

ベートーヴェン以外では,まず,OEKエンジェルコーラスの合唱で,青島広志さん詩・編曲による,「こんにちはモーツァルトさん」の中から3曲が歌われました。エンジェルコーラスのステージは,少々お行儀が良過ぎのような気もしましたが,澄んだ響きは,ウィーンの音楽に児童合唱はぴったりだと思いました。それと,青島さんのこの曲は面白いなぁと思いました。特に「キラキラ星変奏曲」の「小言も理屈も要りません」といった歌詞が音楽にぴったりで,モーツァルトと青島さんの才気のようなものを感じました。

歌劇「フィガロの結婚」の中の「手紙の二重唱」では,石川さんと水上さんによる至福のハモリを楽しむことができました。石川さんの緑のドレスと水上さんの赤のドレスの対比も鮮やかでした。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は合唱で歌われるのが普通ですが,今回は4人で歌われました。合唱の方が全体が柔らかな雰囲気になりますが,クリアな世界も面白いと思いました。

前半では,白河俊平さんのピアノで,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「悲愴」の第2楽章,「月光」の第1楽章,エリーゼのために,シューベルトの即興曲op.90-3が演奏されました。これらも聴きものでした。どの曲もピアノの音が非常に美しく,とても流れの良い演奏になっていました。特にシューベルトの即興曲は個人的に大好きな曲だったので(この曲が演奏されると知らなかったので),得した気分になりました。デリケートになり過ぎず,自然な音の流れに乗った演奏は,この曲のイメージどおりでした。

この即興曲の前に,同じくシューベルトの「野ばら」が,OEKエンジェルコーラスの合唱で歌われました。1番の歌詞だけはオリジナルのドイツ語で歌われており,素晴らしいと思いました。

前半の最後は4人の声楽家によって「歓喜の歌」が歌われて,締められました。

後半はモーツァルトのピアノ曲ばかりが演奏されました。金沢でもお馴染みの菊池洋子さんによる公開レッスン及び菊池さんと地元奏者による連弾の後,菊池さんのソロで,ピアノ・ソナタ第13番が演奏されました。後半も,「地元の子供たち」を絡めた企画ということで,「クラシック音楽のすそ野を広げる」ような内容でしたが,こちらも大変面白いものでした。

最初にモーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタK.381の第1楽章について,菊池さんが公開レッスンを行いました。最初に2人の子供たちの連弾で演奏されたのですが...これが本当にしっかりとした演奏で驚きました。これ以上,どう指導されるのだろうか?と思ったのですが,さすが菊池さん。「2人の演奏はしっかり仕上がっている。これは一つの考え方だけれども...」と前置きをした後,もしかしたらモーツァルト演奏の「ツボ」につながるようなアドバイスをされました。モーツァルトの音楽を鑑賞する上でも参考になりました。次のような感じです。
  • どの音もきっちりと弾き過ぎているかも。
  • モーツァルトについては,軽やかさの欲しい部分がある。力を抜くところは抜く。
  • トレモロについてはそれほどしっかり弾く必要はなく,響きを作る感じで。
  • 軽やかに弾くときは,それに合った指使いに変えると良い。
  • モーツァルトの場合,ひじを回して演奏する必要はあまりない。

抽象的なアドバイスではなく,技術的なアドバイスになっているのが素晴らしいと思いました。

その後,菊池さんと地元のピアニストによる,4手のためのソナタが2曲演奏されました。こちらは,菊池さんが低音に加わることで,どこか大船に乗ったような幸福感が感じられました。高校生と共演した,K.381のソナタはボリューム感,力強さ,キレの良さのバランスが良く,特に素晴らしいと思いました。

ちなみに,今回レッスンに使われたK,381の第1楽章ですが,一瞬,「フィガロの結婚」のケルビーノのアリア「恋とはどんなものかしら」を思わせるメロディがふっとよぎり,ちょっと嬉しくなります。今回の演奏を聞いて,好きな曲になりました。

最後は,K.333のピアノソナタが菊池さんのソロで演奏されました。やはり連弾で演奏する場合よりは,1人で演奏する方が自由度が高く,より柔軟で流れるような気持ち良さと健やかさをもった演奏を聞かせてくれました。平穏な世界が段々と深まって行くような第2楽章。クッキリとした明快で陰影のある世界が広がる第3楽章。この曲も良い曲だな,と思いました。

アンコールでは,ちょっとアドリブ的な音が入った「トルコ行進曲」が快適なテンポで演奏されて,演奏会は終了しました。

菊池さんのトークによると,「ここだけの話(?)ですが,来年の音楽祭のテーマは...モーツァルトなのかもしれませんね」とのことでした。こじんまりとした感じで行われた「秋の陣」でしたが,来春のエリア・コンサートはこれで万全と思わせるような内容でした。。

(2017/10/28)




公演のポスター

公演の案内。音楽堂では,学会関係もよく行われていますね。





ステージの様子