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平成29年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ 歌劇「トスカ」金沢公演
2017年11月8日(水)19:00〜金沢歌劇座

プッチーニ/歌劇「トスカ」(全3幕,日本語字幕付原語上演)

演出:河瀬直美

●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
合唱:金沢オペラ合唱団,児童合唱:OEKエンジェルコーラス

●配役
トス香:ルイザ・アルブレヒトヴァ
カバラ導師・万里生:アレクサンドル・バディア
須賀ルピオ:三戸大久
アンジェロッ太:森雅史
堂森:三浦克次
スポレッ太:与儀巧
シャル郎:高橋洋介
看守:原田勇雅
牧童:田中千恭



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)はほぼ年1回のペースで,「全国共同制作プロジェクト」という形でオペラ公演に参加しています。全国各地のコンサートホール等を使って行うオペラということで,セットなどはそれほど大規模ではありませんが,それを補う形で,色々と工夫のされた設定や,斬新な演出で上演されています。

今年は,映画監督の河瀬直美さんの新演出+オペラ初演出による「トスカ」でした。「トスカ」は,本来はローマを舞台とした作品ですが,河瀬さんの演出では,古代の「牢魔」という場所が舞台になっていました。1日の出来事を描くという点はオリジナルと同じでしたが,役名が「トス香」「カバラ導師」...になるなど,舞台全体としては,和風〜無国籍風のテイストがありました。セットの背景は,神社を思わせるような感じで,途中,柏手を打って,深々と礼をしたりするシーンが何回も出て来たので,オリジナルのキリスト教の教会を神道に変更していたのだと思います。

こういう一ひねりのある設定の「トスカ」でしたが,全曲を通じて,河瀬さんの美意識と作品に込められた豊かなドラマとがストレートかつ丁寧に表現された,何よりもまずビジュアル的に美しい舞台になっていました。

河瀬さんの演出は,映画監督らしく映像をふんだんに活用したものでした。舞台の背景部分に巨大な暖簾のようなスクリーンを設置し,そこに各幕ごとに美しい映像を投影していました。第1幕は富士山,第2幕は水のイメージ,第3幕(休憩は入らず第2幕から連続していました)は月がメインになっており,各幕の気分が鮮やかに切り替わっていました。

この暖簾型スクリーンをくぐる形で人物が出入りします。ステージ奥から常に強い光が出ているので,登場するたびに,非常に大きなシルエットがスクリーンいっぱいに広がることになります。これが効果的でした。特に悪役スカルピアの登場の場は,音楽の迫力と相俟って,格好良さと怖さを兼ね備えた雰囲気を作り上げていました。

その他,曲の雰囲気に合わせて,急に花の絵に変わったり,トスカがスカルピアを殺害する瞬間,花火の映像に切り替わったり,幕切れではスクリーン一面がロウソクになったり,スタイリッシュでインパクトの強い映像を使っていました。流石だと思いました。

演出の意図としては,「悲惨で救いのない感じにならないように」という方向性があったようで,スカルピアとトスカの死については,リアリズムの演出とは一味違う,幻想味がありました。

スカルピアは,通常は第2幕の最後でトスカに殺害された後,床に放置されたまま幕が降ります。今回はそのまま第3幕に入り,牧童の歌が始まった後,牧童に導かれるように暖簾をくぐって退場していました。牧童の声には,天使的な明るさがありましたので,「スカルピアは,救われて天国に行った?」と感じさせる演出でした。ただし,全体が神道的な感じだったので,「天国」というわけではないと思います。その点では,やや意図がわかりにくかったかもしれません。

一方第3幕切れのトスカの死の方は,通常は城壁から飛び降りて自害という結末になります。今回は,舞台の上の方まで上っていった後,暖簾の後ろに回り,飛び降りるのではなく,飛び立つ形になっていました。これをシルエットを使ってうまく表現していました。雰囲気としては,サモトラケのニケの石像を思わせるシルエットになっていました。今回のポスターの表紙でも,羽ばたくイメージを使っていましたので,この演出は今回の公演のキモと言えます。

神話や伝説の中には,「亡くなった後,白鳥になってモンゴル方面(?)に渡りました」的なものがよくありますが,どこかそういう雰囲気を感じました。スカルピアも含め,「命の永続性」のようなものを描くことで,ドロドロとしたドラマとは一味違った軽やかさを出していたと思いました。

この辺の「死なない演出」については賛否の分かれる部分だったと思いますが,個人的には,これも「あり」と思いました。

音楽面では,何といっても広上淳一さん指揮OEKの作り出す,じっくりと丁寧に情感を描くような音楽が素晴らしいと思いました。第1幕冒頭は,石川県立音楽堂コンサートホールで聞くよりは,生々しい音の迫力がありました。最初の「スカルピア和音」(これは私の造語ですが,「トリスタン和音」に匹敵するような独創的な和音だと思います)からグッと深く突き刺さるようでした。

「歌に生き恋に生き」「星はきらめき」の2大アリアも,どちらもこれまで聞いたこともないくらいの,じっくりとしたテンポでスケール感たっぷりに歌われました。近年,広上さんは,大変じっくりと音楽を聞かせてくれることが多いのですが,このアリアの演奏にもその充実ぶりが反映していると思いました。

ただし...「星はきらめき」の方は,背景に大きな大きな月が出ていたので,「月はきらめきでは?明るすぎて星は見えない?」などと心の中でツッコミを入れながら聞いていました。

主役トスカのルイザ・アルブレヒトヴァさんの声には,常にドラマを内面に秘めたような暗さと強さがあり,この役柄にぴったりだと思いました。「歌に生き恋に生き」は,床に座った状態で,この場だけは,スポットライトが当たったような形で歌っていたのも面白いと思いました。

カバラドッシ役のアレクサンドル・バディアさんの方は,美しい声でしたが,やや声が浅い感じがして,存在感ではトスカに負けている気がしました。第2幕途中で「Vittoria(勝利だ)」と高らかに歌う聞かせどころがありますが,この部分もやや線が細い印象を受けました。その分,悲運の好青年といった感じが出ていたと思いました。

ちなみに「星はきらめき」の時,スクリーンには「辞世の句」みたいなものが表示されていました。この「和のイメージ」が妙にハマっているなぁと感じました。

この主役2人のデュオの場面については,第1幕の前半,これまで富士山だった背景が突如花柄模様に変わったのが印象的でした。「おおっ」という感じになりました。花の感じがとても品が良く気に入りました。上述のとおり,第2幕切れでスカルピアがトスカに刺される場では,「一面花火」に変わったり,その後,スカルピアが床に横たわっている場では,「一面ロウソク」に変わったり,ドラマの要所要所で大胆かつ鮮烈な印象を残してくれました。

スカルピア役の三戸大久さんは,素晴らしく包容力のある,瑞々しさのある声でした。素晴らしいと思いました。ドロドロした悪役というよりは,むしろ紳士的な雰囲気があると思ったのですが,これがとても新鮮でした。第3幕の最初で救済(?)されたのも納得という感じでした。スタイリッシュな映像中心の「トスカ」にぴったりのスカルピアだと思いました。

第2幕の後半については,生々しい殺人ドラマが展開する点で,ヴェリズモオペラ風なのですが,今回の上演については,視覚面では,リアルな雰囲気は薄く,第3幕の前半までは,やや非現実的なファンタジーのような気分が勝っていたと感じました。この辺が今回の,暗くなり過ぎない「トスカ」の特徴だったのではないかと思います。

脇役の歌手たちも,国内の実力のある若手歌手が揃っており,安心して楽しむことができました。もしかしたら,それぞれにカバラドッシやスカルピアを演じられる人たちばかりだった気がしました。今回の難点としては,脇役の歌手たちの衣装がみんな同じような感じで,私の観ていた「高い席」(遠くの席)からだと,よく判別がつきませんでした。

合唱団の皆さんの出番では,やはり第1幕後半の「テ・デウム」の部分のスケール感が素晴らしいと思いました。最近絶好調の広上さんらしい,エネルギーが充満した巨匠的な迫力を秘めた幕切れでした。

第2幕切れ,殺害されたスカルピアの頭上に燭台を2つ並べるというのは,オリジナル通りでした。この部分で流れる,静かだけれども緊張感溢れる音楽も「トスカ」の聴きどころの一つだと思います。広上さん指揮OEKによる深い音楽はドラマに素晴らしい奥行を与えていると思いました。

第3幕では,大胆にアレンジしていた幕切れ部分以外にも,幸福感の象徴のような感じで,子供の笑顔の写真が出てきたリ,意表を突く映像の連続でした。

今回の「トスカ」は,広上さんとOEKの作り出す,スケールの大きさと情感の豊かさを持った演奏と河瀬さんによる鮮やかなインパクトを残す映像が全体の基調を作り,その上で歌手たちが生き生きと活躍していました。河瀬さんの演出や映像については,これまで観たことのないような大胆さがありましたが,何よりも観ていて大変美しく,それがプッチーニの美しさと強さのある音楽と合わさることで,さらに効果を上げていたと感じました。恐らく,賛否はあったと思いますが,河瀬さんらしさがしっかりと感じられた点で,大変完成度の高い舞台になっていたと思いました。

(2017/11/14)



公演のポスター


金沢歌劇座の入口






今回の公演についての新聞記事など


オペラの時は赤じゅうたんになる金沢歌劇座のロビー