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オーケストラ・アンサンブル金沢第395回定期公演マイスターシリーズ
2017年11月18日(土) 14:00〜石川県立音楽堂コンサートホール

1) メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第18番変ロ長調, K. 456
3) (アンコール) スクリャービン/左手のための2つの小品〜ノクターン 変ニ長調,op.9-2
4) ヨスト/ゴースト・ソング(2017)
5) モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調, K. 543

●演奏
ミヒャエル・ザンデルリンク指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサーサートミストレス:町田琴和)*1-2,4-5,ゾフィー=マユコ・フェッター(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

もう金沢の冬も間近といった雰囲気の冷たい雨の中,ミヒャエル・ザンデルリンクさん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスターシリーズを聴いてきました。今シーズンのマイスターシリーズのテーマは「ドイツ,音楽の街」」ということで,ドイツの色々な都市にちなんだ音楽や演奏家が登場するという趣向です。その第1回目が,今回の「フランクフルト」でした。ただし,演奏された曲やアーティストとどういうつながりがあったのかは,実はよく分かりませんでした。

演奏内容は素晴らしいものでした。10月のシュテファン・ヴラダーさん指揮のフィルハーモニー定期でもモーツァルトのピアノ協奏曲と交響曲が取り上げられましたので,その続編のようなところがあったのですが,今回のザンデルリンクさん指揮のモーツァルトは全く別の味わいを出していました。同じ洋食でもシェフによって味付けや盛り付けが違っているのを楽しむような,定期会員ならではの贅沢さを味わうことができました。

先月のヴラダーさんのモーツァルトは筋肉質に引き締まった感じがあったのですが,ザンデルリンクさんの方は,もう少し肉付きがよく,現役の大相撲で言うところ豪栄道ぐらいの(変なたとえですみません)バランスの良さを感じました。

最初に演奏されたメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」は,OEKが頻繁に演奏している曲です。冒頭の静かな部分から,しっかりと効いた低音の上に透明感あふれる弦楽器のメロディが流れ,見通しよく全曲を俯瞰できるような心地よさを感じました。第2主題の部分もまた美しいメロディですが,こちらはチェロパートの豊かな歌いかたに引かれました。ザンデルリンクさんは,元々はオーケストラのチェロ奏者ということで,「ここはチェロの見せ場だ!」という思いが溢れていたのかもしれませんね。

その後も静かな部分と激しい部分の対比がかなり明確に付けられているのが特徴的でした。音楽が内側から盛り上がり,それに応じてテンポも速くなるような感じがあり,(これはかなり的外れな感想かもしれませんが)フルトヴェングラーが室内オーケストラを指揮して,もっと現代的にしたらこんな感じなのかなとも思ったりしました。

中間部以降,木管楽器が明確にフレーズを演奏し,音が飛び交う感じも良かったし,最後の方のクラリネットの見せ場(この部分を毎回楽しみにしています)での,しっかりと抑制されてじんわりと響くような遠藤さんの演奏もお見事でした。

というわけで,序曲というよりは,小交響詩といった感じの充実した演奏でした。

2曲目に演奏されたモーツァルトのピアノ協奏曲第18番では,ソフィー=マユコ・フェッターさんがソリストとして登場しました。フェッターさんのピアノもザンデルリンクさん同様,前月のヴラダーさんとは対照的な演奏で,現代的な優雅さのようなものを感じさせてくれました。余裕をもったテンポ感で,各楽章ともに透明感だけではなく,品の良い香りが漂うような素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

この18番については,CDなどで聴いた印象だと,第1楽章がタンタカ・タン・タンと始まるパターンは,天才アマデウスにしては,「ワンパターン」過ぎでは,17番や19番と「区別がつかない」などといつも思っていたのですが,本日の演奏を聴いて初めて好きになりました。

第1楽章の冒頭から,静かに微笑みをたたえているような穏やかさが魅力的でした。フェッターさんは,鮮やかな赤と黒のドレスで登場。演奏が始まるとかなり大きな動作で演奏していたこともあり,見るからに華やかな雰囲気がありました。演奏の方は,大変軽やかかつ明快で,モーツァルトのピアノ曲の雰囲気にぴったりでした。余裕のあるテンポで,流れの良い自然な瑞々しさを感じさせてくれました。

第2楽章の憂いに満ちた透明感も最高でした。この曲の白眉と言っても良い演奏でした。この楽章の雰囲気には,歌劇「フィガロの結婚」などのアリアとして登場しそうな詩的な雰囲気がありました。フェッターさんのじっくりと聞かせてくれるけれども,重すぎないタッチが染み渡りました。オーケストラの方とは,対話するように進み,ほのかな明るさが見えてくるあたりも聞きものでした。

第3楽章は「狩のロンド」といった感じで,ここでも慌てず軽快に,リラックスした演奏を聞かせてくれました。曲の解説を調べてみると,ロンドの途中,拍子が二重になる部分があるとのことで,「言われてみれば,ちょっとぎこちなさがあるかな?」と思ったのですが,そういった部分も含め,ほのかにユーモアが漂うようでした。

全曲を通じ,ピアノとOEKの両方とも,微妙な感情の変化が自然に曲の流れの中に滲んでおり,一言でいうと「詩的で素敵な演奏」でした。

その後,フェッターさんはアンコールでスクリャービンの左手のためのノクターンを演奏しました。この曲は,結構,アンコールで出てくる曲です。この時,演奏する直前に,赤いドレスの上に羽織っていた黒のパーツ(何と呼ぶのでしょうか?カーディガン?)をステージ上で脱ぎ捨てて(?)演奏を始めました。落語のような感じだなと一瞬思ったのですが,黒と赤のドレスだったのが,真っ赤のドレスに変わり,会場は「オッ,魅せてくれるなぁ」という雰囲気になりました。こういうのも生の演奏会ならではの楽しみだと思います。

もちろん演奏の方も,左手一本で弾いているとは思えない鮮やかさでした。左手を高音で弾くのを見ていると,どこか苦し気に感じてしまうのですが,それもまた演奏のロマンティクな魅力を加えているように感じられました。

3曲目には,日本初演となる弦楽合奏のみによるヨスト作曲の「ゴースト・ソング(2017年)」が演奏されました。この曲は大変聞きやすい曲で,バルトークやペルトなど,これまでOEKが演奏してきた20世紀の弦楽合奏曲につながるような,リズムの面白さや神秘的な雰囲気を楽しむことができました。

曲の最初は,かなり厚くシリアスな響きで始まりました。いくつかの部分に分かれているようで,深さを感じさせる部分,繊細な音の組み合わせがミニマルな感じで続く部分,ピアソラの曲のように鮮烈な音の動きがある部分...弦楽合奏の多彩な魅力が詰め込まれたような作品でした。最後は不思議な詩情を持った和音で静かに閉められました。

OEKの定期公演では,「プログラムの3曲目に弦楽合奏の新曲が入る」パターンが多い気がします。そして面白い曲が多いと思います。というわけで,個人的には,この「3枠」で演奏される曲を密かに楽しみにしています。

最後に演奏された交響曲第39番は,実は,個人的に今いちばん好きな交響曲です。やや大げさですが,「この曲があれば生きていけるかな」と思っている曲です。

第1楽章の冒頭のテンポ感は,もはやカラヤン,ベームといった時代の重いテンポではないのですが,古楽奏法を意識した演奏に多い,さらっと軽く乾いた感じはなく,昔ながらのモーツァルトに近い,ずっしりとした重みを感じさせてくれるような演奏でした。このことが,まず私の波長にピタリと合いました。

ちなみにこの日の楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置で,コントラバスが下手奥,その前にチェロがいました。管打楽器の方は,オーボエが入らない珍しい曲で(チューニングもクラリネットからスタートしていました),通常オーボエの居る場所にクラリネットがいました。そして,上手奥にトランペットとバロック・ティンパニが並んでいました。

序奏部では堂々とした感じの中に陰影がある雰囲気が大好きです。特にフルートがふっと浮き上がってくる部分が好きなのですが,この日の松木さんの輝きのある音はいつもながら素晴らしいと思いました。そして,OEKならではの精緻さと音の溶け合いのすばらしさを感じることができました。

さりげなく主部に入った後,キレよくしなやかな音楽が続きます。この辺の光と影,喜びと悲しみが交錯するバランス感が素晴らしいと思いました。

呈示部の繰り返しを行った後,展開部に入ったところで,これまで聴いたこともないような大きな休符が入りました。なんとも言えない深淵な雰囲気が漂い,音楽評論家の宇野功芳さんがご存命だったら,絶賛したのでは?などと勝手に思いながら聞いていました。ところどころこういう感じでニュアンスの変化を際立てたり,音楽のエネルギーがぐっと高まったりするところが素晴らしいと思いました。指揮棒を振る勢いが余ったのか,何か指揮台付近からノイズが聞こえたのですが,実は熱さを秘めた方なのかもしれないですね。表面的には古典派らしく整っているけれども,大きな力や豊かな歌を感じさせてくれるような,聴き応えを感じました。

第2楽章も,穏やで暖かみのある中に少し不安がよぎる音楽で,内側に常に情が溢れているような音楽でした。良い意味で「若さ」のある音楽だなぁと思いました。「フィンガルの洞窟」の時も思ったのですが,対旋律や合いの手のようなフレーズをしっかりと浮き上がらせるような立体感も素晴らしいと思いました。

第3楽章は,軽快なメヌエットというよりは,しっかりと踊れそうなドイツ舞曲といった趣きがありました。優雅さに野性味が加わった演奏を聞きながら「やはりこのテンポだ」と思いました。中間部ではクラリネットの歌がゆったりとわき上がってきて,なんとも言えない幸福感を感じました。それと同時に翳りも感じさせてくれます。「やはりモーツァルトはいい」とこういう演奏を聞くと思います。

第4楽章は,繊細な雰囲気で始まった後,ここでも堂々と速過ぎないテンポでしっかり聞かせてくれました。全曲を通じて,ニュアンスの変化をしっかり味わうことのできる,とても良いテンポ感だったと思います。この楽章については,「フッ」と終わってしまうはかなさが良いと思っていたのですが,この日の演奏は,最後に向かってじわじわと盛り上げ,ズシッと締めてくれました。プログラム全体を締めるには,こういう演奏も良いなぁと思いました。

この日のコンサートミストレスは,ベルリン・フィルのヴァイオリン奏者の町田琴和さんでした。数年前のラ・フォル・ジュルネ金沢以来の登場だったと思います。この日のOEKの弦は,非常にしなやかで,ザンデルリンクさんの要求にしっかりと応えていたと思いました。

ザンデルリンクさんについては,単純に新しいスタイルを追求するだけではなく,色々な過去の演奏スタイルを踏まえた上で,いちばん自分の表現に合ったスタイルを選んでいるように感じました。既に指揮者としてのキャリアも長い方ですが,これからどういう指揮者になっていくのか見守る楽しみもある指揮者だと思いました。是非,再度OEKに客演して欲しいものです。

(2017/11/23)



公演の立看板

終演後は,ザンデルリンクさんのサイン会がありました。


シューマンのチェロ協奏曲を弦楽合奏伴奏版と弦楽四重奏版にアレンジしたものを組み合わせた,「非常にマニアック」なCDを持参。