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オーケストラ・アンサンブル金沢第396回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2017年11月30日(木) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

エルガー/「夜の歌」「朝の歌」作品15
バートウィッスル/ヴィルレー(泉をじっと見つめている間)(2008)
ディーリアス/劇付随音楽「ハッサン」〜間奏曲,セレナード
ブリテン/シンプル・シンフォニー , op.4
ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調, op.92
●演奏
デイヴィッド・アサートン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:ジェームズ・カドフォード)



Review by 管理人hs  

11月後半のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のフィルハーモニー定期公演には,OEK初登場となる,デイヴィッド・アサートンさんが登場しました。アサートンさんは英国出身で,ロンドン・シンフォニエッタの指揮者としても知られた方です。個人的には,「今シーズン屈指の公演になるに違いない」と期待していたプログラムでした。

プログラム前半では「お国もの」の英国の音楽が,後半ではOEKが過去何回も演奏してきたベートーヴェンの交響曲第7番が演奏されました。協奏曲が入らないプログラムということで,どちらかというと地味目のプログラムと言えますが,期待通りの充実した音楽を楽しむことができました。

前半の英国音楽については,OEKはこれまであまり演奏してこなかったのですが,こうやってまとめて聞いてみると,実に味わい深いと思いました。押しつけがましいところはないのに,しっとりとした情感がホール全体に染みわたりました。アサートンさんは,思ったよりも立派な体格の方で,その「かくしゃく」とした指揮ぶりが印象的でした。そして,その音楽には,何ともいえない風格が滲み出ていました。

最初に演奏された,エルガーの「夜の歌」と「朝の歌」は,2曲セットになった親しみやすい作品で,夕べの祈りから爽やかな朝へと,心地よく情感が推移していきました。エルガ―といえば「威風堂々」のイメージがありますが,「夜の歌」では特に,その中間部を思わせるような高級感のある弦の響きが印象的でした。「朝の歌」の方は,オペラのアリアを思わせるような美しく,少し熱気を伴った音楽が続きました。どちらの曲もとても聞きやすく,しっかりと音が響いていましたが押しつけがましくならないのが,イギリスらしさ,そしてアサートンさんらしさだと思いました。

バートウィッスル作曲のヴィルレーは,この日演奏された曲の中では唯一21世紀の作品でした。どういう曲か予測がつかなかったのですが,各楽器1名ずつ12楽器による,「ほとんど室内楽」的な曲でした。目視で確認したところ,次の楽器がいました。

弦五部,オーボエ,フルート,クラリネット,ファゴット,ホルン,トランペット,トロンボーン

14〜15世紀フランスの「ヴィルレー」と呼ばれる歌曲定型を基に作られていただけあって,ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」をより先鋭にしたような,古いのか新しいのか分からない,不思議な雰囲気が漂っていました。やや難解な感じもしましたが,キラキラ感のある響きとどこかユーモアのある気分の融合も面白いと思いました。

ディーリアスの劇付随音楽「ハッサン」の中の「間奏曲」「セレナード」もまた,「英国音楽って本当にいいものですねぇ」と言いたくなるような作品でした。最初の音を聞いた瞬間から,「ポエムだなぁ」という感じになり,ホールの空気が一転しました。クリアだけれども不思議なサウンドは,どこか武満徹の曲を思わせるような味があると思いました。バグダッドを舞台にした奇想天外なお話ということで,ほのかにエキゾティックな気分もありました。

そのまま「セレナード」の部分になるのですが,ここでは,この日のゲスト・コンサートマスターのジェームズ・カドフォードさんのソロが大活躍していました。静かに澄みきった世界が続き,このままずーっと,ディーリアスの世界に浸ってたいたいなと思いました。

ちなみにカドフォードさんは,アサートンさんが桂冠指揮者をつとめる香港シンフォニエッタのコンサートマスターをされている方のようです。アサートンさんの信頼の厚い方なのだと思います。
https://hksl.org/musicians/james-cuddeford/

前半最後は,ブリテンのシンプル・シンフォニーが演奏されました。名前からすると軽く見られがちな曲ですが,この日の演奏は,第3楽章の「センチメンタルなサラバンド」を中心に,とても聞きごたえのある演奏でした。

アサートンさんの作る音楽は,第1楽章から,力み過ぎることのない,「中庸の美」といった感じの余裕のある音楽でした。その中の随所に若々しく新鮮な気分が溢れており,素晴らしいなぁと思いました。第2楽章での精彩に満ちた,ノリ良く,軽やかなピツィカートと中間部でのダイナミックな表現との対比も印象的でした。若々しいと思いました。

第3楽章のサラバンドは,美しさと鮮烈さのある音楽でした。時に痛切に,時に暖かく,じっくりと「歌」を聞かせてくれました。中間部でのヴィオラやチェロの歌も聞きごたえがありました。第4楽章は,ビシッと力強く聞かせてくれました。前半の最後に相応しい充実した音楽で,拍手が長く続きました。

このように前半は,結構曲数が多く,しかも曲ごとに編成が違っていたので,ステージマネージャーさんが大活躍でした。ディーリアスの前では,何かの準備に時間が掛かっていたようで,なかなかアサートンさんが登場せず,ここでもステマネさんが一声アナウンスを入れていました(よく聞こえなかったのですが)。

前半は,英国音楽の多様性を感じさせてくれると同時に,全体に通底するような,英国的品の良さやユーモアを感じさせてくれるような素晴らしいプログラミングでした。

このまま後半も英国音楽だけでも良いかもと一瞬思ったのですが,後半のベートーヴェンの交響曲第7番でも,虚飾を排しつつ,随所で味わい深さを感じさせてくれる,ベテラン指揮者ならではの演奏を楽しませてくれました。アサートンさんの指揮には大げさに盛り上げようとする感じはないのですが,全曲を通じて,自然ににじみ出てくるような熱さがありました。そして,風格がありました。

この演奏では,コントラバス3人(OEKがベートーヴェンを演奏するときはいつもですが),ホルン3人に増強していたことも効果的だったのだと思います。ちなみにこの日の楽器の配置は,今ではかえって珍しくなった「下手から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロと高い順に並ぶ普通の配置」でした。やはりこの配置には,合理性があるのだなと何となく感じました。

第1楽章の序奏部から,そのストレートな音楽がとても気持ちよく感じました。この虚飾のない気持ち良さは,全曲を通じて一貫していました。主部に移行していく部分も大げさではなく,音楽から誠実さが伝わってくるようでした。この部分でのフルートの松木さんの軽快な音も印象的でした。呈示部の繰り返しは行っていませんでした。

楽章の後半では,徐々にベテランらしい重みが感じられました。この曲の隠れたチェックポイントは,第1楽章と第4楽章のコーダに出てくる,バッソ・オスティナートだと思っているのですが,この部分も素晴らしいな,と思いました。低音部が執拗に同じ音型を繰り返す上に高音部で緊張感を高めていく部分です。ヴィオラのダニール・グリシンさん,チェロのルドヴィート・カンタさん,コントラバスのマルガリータ・カルチェヴァさんを中心とした低音部の迫力は室内オ―ケストラとは思えないほど威力抜群でした。

第2楽章は,しなやかなレガートが続く一方で,デリケートさと渋い寂寥感を持った音楽を聞かせてくれました。中間部での「一瞬の平和な気分」との対比や,後半のフガートの部分での丁寧な演奏も印象的でした。最後は意味深さを残し,余韻を感じさせて締めてくれました。

若々しく弾むような部分と,大らかな包容力を感じさせるような中間部との対比をしっかり聞かせてくれた第3楽章の後,快速でキリッと引き締まった第4楽章が続きました。音楽全体が実に若々しく,OEKメンバーも敬意を持って,アサートンさんの指揮に反応しているなぁと思いました。スマートさと同時にビートの効いた躍動感がありました。音楽が停滞することはなく,凄味のようなものも感じさせてくれました。コーダも,大変ノリが良く,しっかりコントロールされつつも,勢いに溢れた素晴らしい音の流れを作っていました。

全曲を通じて,大げさ過ぎず,整っているのに,音のドラマがしっかり伝わってきました。というようなわけで,今回初顔合わせだったアサートンさんとOEKとの組み合わせはとても良いと思いました。アサートンさんについては,現代音楽が得意ということで,もっと冷たい雰囲気の方かと予想していたのですが,音楽の奥には,常に熱さを秘めていると思いました。特に前半の英国プログラムについては,これまで「盲点」のようになっていましたので,是非,続編を期待したいと思います。CDなどで聞くと地味な印象なのは確かなのですが,実演で浸って聞くと格別,という気がしました。

(2017/12/07)




公演の立看板


終演後はアサートンさんのサイン会が行われました。持参したのは,アサートンさん指揮ロンドン・シンフォニエッタによる,クルト・ワイルの作品集。このCDは,2000年のOEKの定期公演(金沢市観光会館時代)で岩城宏之さん指揮でワイルの三文オペラ組曲とヴァイオリン協奏曲が取り上げた時に買ったものです。