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オーケストラ・アンサンブル金沢設立30周年特別公演:オーケストラ・アンサンブル金沢×兵庫芸術文化センター管弦楽団合同演奏会
2018年1月23日(火) 19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ハイドン/交響曲第44番ホ短調 Hob. I-44「悲しみ」(OEK)
2) フォーレ/「ペレアスとメリザンド」組曲,op.80 (PAC)
3) チャイコフスキー/「フランチェスカ・ダ・リミニ」op.32 (合同)
4) チャイコフスキー/大序曲「1812年」op.49 (合同)
5) (アンコール)スーザ/行進曲「星条旗よ永遠なれ」 (合同)

●演奏
佐渡裕指揮オーケストラ・アンサンブル金沢*1,3-5;兵庫芸術文化センター管弦楽団*2-5(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
プレトーク:佐渡裕



Review by 管理人hs  

「今晩は大雪になりそう?」という警戒が進む中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)設立30周年記念特別公演として行われた,佐渡裕さん指揮による,OEKと兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の合同演奏会を聞いてきました。幸い金沢の雪は,演奏会の開始時点ではさほどでもなく,交通の乱れなどはありませんでした。

この日のプログラムは,前半がOEKとPACがそれぞれ単独で演奏した後,後半は両オーケストラがチャイコフスキーの管弦楽曲を合同で演奏するという構成でした。まず,後半の曲の中に,実演で演奏される機会が少ない幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」が入っていたり,OEK単独演奏としてハイドンの交響曲第44番「悲しみ」が入ていたり,金沢で聞く機会の少ない曲が入っていたのがうれしかったですね。こういうプログラムが組めるのも,実力と人気を兼ね備えた佐渡さん力だと思います。

ハイドンの交響曲第44番「悲しみ」は,いわゆる「シュトルム・ウント・ドランク」時代の作品で,ハイドンとしては珍しい短調の作品です。ただし,この日の演奏は,鋭く攻撃的な悲しみというよりは,しっとりと肌に染み入るような深さを感じました。第1楽章の最初から,OEKの音には,少しくすんだような味わいを楽しむことができました。

第2楽章は端正でたっぷりとしたメヌエット。この楽章も短調で始まりました。続く第3楽章は,この曲の白眉かもしれません。全体にあふれる品格の高さと透明感を持った静けさが大変印象的でした。上質な時間に包まれて,別世界に遊ばせてくれるような素晴らしい演奏でした。

第4楽章は,前楽章と対照的に,キビキビ,生き生きとした音のうねりが素晴らしく,生命力とスピード感にあふれていました。全曲を通じて,OEKの美質をしっかりと引き出した素晴らしい演奏だったと思います。

2曲目のフォーレの「ペレアスとメリザンド」組曲は,PACオケが設立当初に何度も演奏してきた曲とのことです。佐渡さんお得意のレパートリーといえそうです。OEKで言えば,プロコフィエフの古典交響曲に当たる曲なのだと思います。

ちなみにこの曲でのPACのメンバーですが,コンサートミストレスは,OEKのアビゲイル・ヤングさんが担当していました(今回の公演は全曲ヤングさんが担当)。その他,よくよく見るとOEKメンバーがちらほら参加しているようでした。

第1曲が始まったとたんに,軽やかさな透明感と同時に音楽が大きく広がり,スケールの大きさを感じました。この曲に限らず,木管楽器などのソロはとても雄弁で,オーケストラを背景にすっと浮かび上がってくるようなかつ遠近感を感じました。

軽やかな運動性を持った第2曲に続き,第3曲の有名なシシリエンヌとなります。この曲では,フルートのしっかりとした充実感を持った音が見事でした。このオーケストラのメンバーは3年ごとにオーディションで世界各国から選ばれたアーティストが参加しているとのことですが,ソリストとしての実力を持った方も多数参加しているのではないかと思いました。

第4曲は葬送行進曲的な曲で,ここでもスケールの大きさを感じましたが,ここでも暗くなりすぎない透明感と洗練された美しさが漂っており,フォーレの音楽の魅力をしっかり伝えていました。最後の余韻も素晴らしいと思いました。

佐渡さんと言えば,テレビ画面での映像の印象か「汗,汗,汗」という印象を持っていたのですが,非常に爽やかで洗練された音楽を作る方だと思いました。そして強引にオーケストラを引っ張るというよりは,しっかりと自発性を引き出すような懐の深さを感じました。佐渡さんの演奏を実演で聞くのは,実は初めてだったのですが,よい意味で裏切られました。

後半は,お楽しみの合同演奏によるチャイコフスキー2曲でした。「フランチェスカ・ダ・リ・ミニ」は,ダンテの「神曲」に基づく,「地獄めぐり」を描いた曲ですが,有名な「ロメオとジュリエット」序曲同様に,激しい部分とロマンティックな部分の対比が楽しめる作品で,ストレートに大編成オーケストラによる多彩な表現力を楽しむことができました。

テンポはもたれるような感じではなく,くっきりと音によるドラマが広がっていました。ここでも木管楽器やホルンなどの意味深でドラマを感じさせるようなソロが活躍していました。オーケストラの響きについては,題材的に,もっと不健康な気分が欲しいかなとも思いましたが(不倫がテーマですね),終結部でのパーカッションの強烈な連打をはじめ,圧倒的な響きの魅力に浸ることができました。ティンパニ,大太鼓,銅鑼,シンバルが並んでいたと思いますが,これだけ壮絶に強打が続く曲も珍しいと思います。

最後に演奏された「1812年」については,終盤に出てくる大砲がどうなるのかな?という楽しみがあります。今回は...正真正銘,小細工なしの大砲が登場しました。これには皆さん大喜びでした。舞台下手側には,前の曲が終わった後,考えてみるとやや不自然な「スペース」が作られ,曲の終盤で,ソロソロと大砲が入場。「ドカン!」という音はシンセサイザーだったような気がしましたが,その音と同時に白い煙が立ち上り,「おお!」「芸が細かい!」という感じのインパクトがありました。

ステージ上の下手に大砲がありました。終演後1階席まで降りて,撮影

さらに演奏の方も,純音楽的に見事でした。冒頭のチェロとヴィオラの合奏の音の透明感,キビキビとした音楽の運び,中盤に出てくるヴァイオリンの音の清々しさ...色物的な感じとはひと味違った,密度の高い音楽となっていました。そして,大砲が登場するのと連動して,パイプオルガンのステージにバンダ(別働隊)のトランペットとトロンボーンの皆さんが登場(メンバー表を見たところ,金沢にある吹奏楽団「百萬石ウィンドオーケストラ」のメンバーが担当されているようでした)。この音もうるさくなることはなく,気持ちよく音楽に華やかさを加えていました。

曲の最後の部分は,「いかにも佐渡さん」という感じで,キリッと引き締めてテンポアップし,爽快に締めてくれました。見た目のインパクトだけではなく,音楽面でも「正しい1812年」を楽しませてくれました。

大いに盛り上がった会場からの拍手に応え,アンコールとして佐渡さんお得意のスーザの行進曲「星条旗よ永遠なれ」がシャキっと演奏されました。この曲は,佐渡さん指揮シエナ・ウィンド・オーケストラの演奏会のアンコールの定番曲ですが,元をただせば,佐渡委さんの師匠でもある,レナード・バーンスタインにつながると思います。中間部でのピッコロ3人によるソリの部分も華やかでした(3人の奏者は,立って演奏していたので,高校吹奏楽部の演奏の時のように拍手してあげたかったのですが...拍手が起きなかったのが唯一の心残りです)。

「1812年」同様,コーダの部分では,格好良くテンポアップするなど,佐渡さんらしさ満載でした。このコーダの部分では,全員起立していました。かなり無理がありましたが(腰が痛くなりそう?),チェロ奏者の皆さんまで立って演奏していたのが驚きでした。しかもOEKの大澤さんと早川さんはロシアと米国の国旗をこの部分で取り出していました(スロバキアの国旗も登場していましたが...これはやや意味が分からなかったかもしれません)。佐渡さんの指揮にしっかり応えるサービス精神でした。

というようなわけで,この演奏会の間は,ホールの外の積雪状況をすっかり忘れさせてくれました。合同演奏ならではの,お祭り的な華やかさと同時に充実のプログラムを充実した演奏で楽しませてくれた,創設30周年の始まりににふさわしい演奏会となりました。

PS. 開園前に佐渡さんによるプレトークがありました。長年,「題名のない音楽会」で司会を担当されていただけあって,ポイントがしっかりとまとまっていて,とても聞きやすく,しかも楽しい内容でした。OEKの歴代音楽監督の岩城宏之さんと井上道義さんについての,思い出話などが紹介されました。特に,1990年代前半,ブザンソンの指揮者コンクールで優勝後,フランスで活動を始めたばかりだった佐渡さんが岩城さんとボルドーで出会った時のエピソードが大変楽しいものでした。延々とお酒を飲みながら,「ずっとOEKの話ばかりされていた」と言うことを聞いて,改めて,OEK創設者の思いの強さを再認識することができました。「30周年」にぴったりの内容でした。

(2018/01/06)




公演の立て看板


開園までの時間,OEK創立30年にちなみ,30年間を振り返るスライドショーが投影されていました。上の写真は1988年の設立当初の写真です。