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直江学美&黒瀬恵デュオ・コンサートNHK交響楽団第1コンサートマスター篠崎史紀を迎えて Vol.6
ソプラノ,オルガン,ヴァイオリンが奏でるアール・ヌーボーの世界
2018年1月28日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,J.S.=グノー(黒瀬恵編曲)/アヴェ・マリア
2) フランク(黒瀬恵編曲)/天使の糧
3) ヴィターリ(黒瀬恵編曲)/シャコンヌ
4) ギルマン/オルガン・ソナタ第1番〜第3楽章「フィナーレ」
5) シュトラウス,R.(黒瀬恵編曲)/4つの最後の歌(「春」「9月」「眠りにつくとき」「夕映えの中で」)
6) (アンコール)シュトラウス,R.(黒瀬恵編曲)/献呈

●演奏
直江学美(ソプラノ*1-2,5-6),黒瀬恵(パイプオルガン),篠崎史紀(ヴァイオリン*3,5-6)



Review by 管理人hs  

1月後半の恒例になりつつある,ソプラノの直江学美さんとパイプオルガンの黒瀬恵さんに,NHK交響楽団のコンサートマスター,篠崎史紀さんがゲストで加わるコンサートが行われたので,聞いてきました。

今回のテーマは「アール・ヌーヴォーの世界」ということで,19世紀から20世紀前半の,ロマン派末期作品,もっと限定して言うと,リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」を中心としたプログラムが演奏されました。20世紀前半は,いわゆる「現代音楽」など無調の音楽が出てきた時代ですが,シュトラウスのこの曲は,1950年,作曲者の死後に出版された作品です。時代の流れに逆らうように(時代のことは考えていなかったのだと思いますが),後期ロマン派音楽の残照を思わせるような気分を持った,美しい作品です。この曲を一度実演で聞いてみたかったというのが,この日,聞きに行った大きな理由です。

今回は,ソプラノ,ヴァイオリン,パイプオルガンという,このコンサートのならではの独特の編成・編曲で演奏されましたが,豊穣な響きを保ちながらも,晩年ならではの簡潔なスタイルで書かれたこの曲の魅力がしっかりと伝わってきました。

ステージは右の写真のような形でした。ソプラノとヴァイオリンは通常のステージで演奏していました。

直江さんの声は,ソプラノではあるのですが,しっとりとした落ち着きがあるので,晩年のシュトラウスの曲のムードにぴったりでした。第1曲「春」は,不安げで怪しい気分で始まった後,直江さんのしっとりとした声に篠崎さんのヴァイオリンがしっかりと寄り添う感じで進んでいきました。第2曲「9月」では,シンプルな歌がオルガンの音に包まれる癒やしの音楽となっていました。

後半の2曲は,さらに深い世界に入っていく感じで,ずっと浸っていたいような心地よさがありました。

第3曲「眠りにつくとき」については,途中のトークで篠崎さんが,「すべての曲の中でもベスト3に入るぐらい好きな曲。3曲目は私の葬儀の音楽として使って欲しい」と語っていましたが,そのことがよく分かるような演奏でした。オリジナルでもヴァイオリンのソロが入る曲で,しみじみとした情感が感動的に広がっていました。全体を包み込むようにパイプオルガンの響きが加わることで,どこか宗教音楽を思わせるような祈りの気分も出ていました。最後は,少しずつ高音に上っていくように終わるのですが,まさに魂が天に上っていくようでした。

第4曲「夕映えの中で」は,まず序奏部のたっぷりとした響きが「夕映え」的でした。ロマン派音楽の最後の光を感じさせてくれる点でも「夕映え」と言えます。曲の最後の部分で,鳥の声を思わせるトレモロが独奏ヴァイオリンに出てくるのですが(オリジナルはフルートだと思います),その繊細さも絶品でした。曲が終わった後の余韻も素晴らしいものでした。

最後に,アンコールで同じリヒャルト・シュトラウスの「献呈」が歌われました。「4つの最後の歌」の気分を壊すことなく,健全な感謝の気分が伝わってくるような歌でした。

一つ残念だったのは,各曲の間に拍手が入ってしまった点です。そのたびに,あの世からこの世に引き戻される...そんな感じだったかもしれません。

前半はソプラノとオルガン,ヴァイオリンとオルガン,オルガン独奏,と変化に富んだ内容になっていました。

最初のバッハ=グノーの「アヴェ・マリア」では,くぐもった感じの控えめなオルガンの響きの上に,直江さんの落ち着きのある声が広がっていました。フランクの「天使の糧」の方は,より透明感のあるオルガンの伴奏の後,童謡を思わせるシンプルな歌が続きました。曲想にふさわしい,親しみやすさと暖かみがありました。

その後,篠崎史紀さんが長い上着をひるがえして颯爽と登場し,じっくりとヴィターリのシャコンヌを演奏しました。オルガンによる凄みのある低音に続き,丁寧かつスケール感たっぷりに変奏が演奏され,終盤に向けて,じわじわと盛り上がっていきました。篠崎さんのヴァイオリンの暖かみのある音も素晴らしいと思いました。

この日のプログラムのテーマは,「アール・ヌーヴォ」でしたので,バロック時代に作られたこの曲だけは仲間はずれかなとも思ったのですが,19世紀になって再発見されて,人気が出た曲という点で,つながりがあります。「1900年頃のムード」という意味では,ヴァイオリン演奏が趣味という設定になっているシャーロック・ホームズが,「もしもシャコンヌを弾いたら?」といった雰囲気があると思いました。それにしても,パガニーニを思わせるような長い上着をひるがえしての篠崎さんの演奏。こういう雰囲気がいちばん似合うヴァイオリニストではないかと思います。

この日の直江さん,黒瀬さんのドレスも素晴らしいものでした。直江さんは,地元石川の素材を生かした水色のドレス,黒瀬さんの方もお母さんからもらった着物をリメイクしたドレス。石川県を音楽で活性化するとしたら,こういうのもありだなぁと思いました。

前半の最後は,黒瀬さんのパイプオルガン独奏で,ギルマンのオルガン・ソナタ第1番の第3楽章が演奏されました。力強さ,輝き,明るさのある素晴らしいオルガンの響きに加え,ソナタという名前にふさわしいまとまりの良さがありました。曲の中間部で,ホッと一息つくように音色が急に優しい感じに変化し,見事なコントラストを付けていたのも印象的でした。

この演奏会は,コンサートホールを使っての演奏でしたが(パイプ・オルガンを使うので当たり前ですが),小ホールでの室内楽公演を思わせるような親近感を感じました。また,会場の雰囲気もとても和やかでした。このことは,演奏の間に,篠崎さんを交えての楽しいトーク・コーナーがあったことにもよりますが,直江さん,黒瀬さんのお2人の音楽活躍がしっかりと地元の音楽ファンの間に定着していることを反映しているからだと思いました。

さて,この3人による演奏会ですが,次回はどういう切り口になるのでしょうか?カニがある限り,篠崎さんは冬の金沢には来られるようなので,是非,次回にも期待したいとと思います。

PS. 会場にフードピア2018のリーフレットが置いてあったので中を見てみると,しっかり直江さんと黒瀬さんが出演する予定になっているのを発見。料亭でクラシック音楽というのも,面白いかもしれません。

  

(2018/02/03)




公演の案内。この日は地下の交流ホールでは,全く同じ時間帯に地下の交流ホールで,池辺晋一郎さんのトークイベントをやっていたようです。


公演のチラシとプログラムの表紙です。アール・ヌーヴォーがテーマということで,ミュシャ風の滑らかな曲線を使ったデザインでした。

終演後,サイン会がありました。ン

篠崎さんの著書『ルフト・パウゼ』を販売していましたので,購入して標題紙にサインをいただきました。


直江さんと黒瀬さんのサインです。演奏後にアーティストと会話ができるというのは,とても良いですね。


音楽堂前の道路。気温があまり上がらないので,なかなか解けないですね。