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原田智子J.S.バッハを弾く金沢公演
2018年1月30日(火)19:00〜 金沢市アートホール

バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調, BWV.1003
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調, BWV.1004
バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調, BWV.1005

●演奏
原田智子(ヴァイオリン)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のヴァイオリン奏者,原田智子さんのソロ・リサイタルが,金沢市アートホールで行われたので聞いてきました。今回のプログラムは全部バッハ。その無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ集の中から3曲が演奏されました。

原田さんのリサイタルは,過去に何回か聞いたことはあるのですが,「最初から最後までヴァイオリン1本だけ」というのは今回が初めてかもしれません。金沢でバッハの「無伴奏ヴァイオリン」がまとめて演奏される機会は,少ないので,平日の夜でしかも雪が降っていたのですが,聞きに行くことにしました。

演奏の方は,この演奏会のタイトルである「原田智子バッハを弾く」そのまんまでした。原田さんは,予定調和的ではない,オリジナリティにあふれた,しかも説得力十分のバッハを弾ききっており,大変聞き応えがありました。

演奏された曲は,ソナタ第2番,パルティータ第2番,ソナタ第3番の3曲でした。パルティータ第2番の最後の楽章の「シャコンヌ」が特に有名ですが,すべての曲のすべての瞬間に原田さんの個性が出ていると感じました。この日配布されたプログラムには,原田さん自身が執筆した,大変分かりやすく,しかも内容のある素晴らしい解説が掲載されていました。演奏の方にも,その文章に通じるような,バッハに対する思い入れが反映されていると思いました。そして,それに見合った個性的な表現が取られていました。

最初にソナタ第2番が演奏されました。ソナタについては,緩-急-緩-急という形でテンポの対比があるのが特徴です。原田さんの演奏は,のびのびとメロディを歌わせるというよりは,研ぎ澄まされた音をじっくりと積み重ねていくような趣きがありました。音楽がすっと流れていくというよりは,常に何かを語っているように感じました。第1楽章や第3楽章など緩徐楽章で特にその特徴が出ていたと思いました。

第2楽章のフーガについても快速に走る,というよりはじっくりと堅固な雰囲気を出していました。第4楽章も丁寧に演奏される一方で,最後の音を結構ぶっきらぼうな感じの音で締めるなど,常に何かを感じさせてくれる深遠さがありました。

きれいな音だけではない,意味を感じさせる演奏というのが原田さんのバッハの素晴らしさだと思いました。

パルティータ第2番は,5曲から成る組曲です。このうち5曲目の「シャコンヌ」だけがとても長い,独特の構成を取っています。この曲でも,緩やかな楽章でのしみじみと語る感じとテンポの速い楽章でのキビキビとした運動性と意外性が特徴でした。第3楽章「サラバンド」などではたっぷりと歌うというよりは,いくつかある選択肢の中からリアルさのある音を特に選んで使っているような雰囲気がありました。

ヴァイオリンの音はとてもよく鳴っていたのですが,例えば第5楽章「シャコンヌ」などでも,熱く燃えたぎるような感じにはならず,常にしっかりとコントロールされているような知的な雰囲気を感じさせてくれました。表現の幅もとても広く,いくつかある弾き方の中から,「これだ」というスタイルを吟味して演奏していると感じました。ノンビブラートでややぶっきらぼうな感じで強い表現を感じさせたり,「シャコンヌ」の最後では,フッと終わって虚無的な空気を漂わせたり,例えば,ギドン・クレーメルあたりの演奏に通じるような,一筋縄では行かない現代性を感じました。センチメンタルでロマンティックな甘さとは別世界のバッハでした。

後半はソナタ第3番1曲だけでした。ただし,この曲を含め,各曲とも繰り返しをしっかり行っていたせいか,演奏時間がかなり長く,聞き応え十分でした。

この曲の構成もソナタ第2番と同様の緩-急-緩-急で,第2楽章にフーガが入ります。違うのは調性で,こちらの方はハ長調です。ただし,第1楽章の演奏には「シャコンヌ」同様,どこか虚無的な雰囲気が漂い,最初から別世界に導いてくれるようでした。

第2楽章「フーガ」は,ここでも歌わせすぎることはなく,フッと立ち止まって考えごとをするような意味深さを感じました。鬼気迫るような激しさはなかったのですが,常に独特の雰囲気を漂わせているようなところがあり,原田さんの個性を感じさせてくれました。寂寥感を持った第3楽章の後,対照的な軽やかさと繊細さを持った第4楽章で締められました。常に知的に抑制されたような気分があり,バッハに相応しい演奏だと思いました。

ヴァイオリン・リサイタルでは,アンコール曲が演奏されることが多いのですが,この日はなし。3曲に全力を注ぐ潔さも良かったですね。

以上のとおり,隅々まで原田さんの表現意欲が溢れた演奏で,その点では少々疲れたのですが,それは心地よい疲労感でした。演奏後の原田さんは,何もなかったように平然とニコニコされていました。「さりげなく凄い」原田さんのバッハの世界を堪能できた公演でした。近い将来,是非,原田さんの演奏による無伴奏の「残りの3曲」の演奏会にも期待したいと思います。プログラムの解説は,大変素晴らしいものでしたので,「レクチャーコンサート」というのもありかも知れませんね。

(2018/02/06)




公演のチラシ