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オーケストラ・アンサンブル金沢第398回定期公演マイスターシリーズ
2018年2月3日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヒンデミット/序曲「エロスとプシュケ」
2) ショスタコーヴィチ/チェロ協奏曲第1番変ホ長調, op.107
3) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番〜ジーグ
4) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第1番〜プレリュード
5) メンデルスゾーン/八重奏曲変ホ長調,op.20
6) ヒンデミット/交響曲「画家マティス」

●演奏
井上道義*1-2,6指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:町田琴和)*1-2,5-6
アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ*2-4)



Review by 管理人hs  

土曜日の午後はオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演マイスターシリーズ。この日は,3月いっぱいで音楽監督を退任する井上道義さんでした。音楽監督として最後のマイスターシリーズということになります。

そのことを反映してか,非常に盛りだくさんで,編成も多彩。聴き応え十分の定期演奏会となりました。最初にヒンデミットの「エロスとプシュケ」序曲(10分以内程度)が演奏された後,ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番,メンデルスゾーンの八重奏曲,ヒンデミットの交響曲「画家マティス」が演奏されました。どの曲も30分ぐらいの長さで聴き応え十分。井上道義さんの一押しの曲をずらっと並べたプログラムでした。

最初に演奏された,ヒンデミットの「エロスとプシュケ」序曲は,活発に動き回る部分とゆったりとした中間部との対比が鮮やかな作品でした。粋な雰囲気があったのは,井上さんならではかも知れません。それと中間部ではこの日のゲストコンサートマスターの町田琴和さん(ベルリン・フィルのヴァイオリン奏者)のソロの活躍が聞きものでした。

2曲目に演奏された,チェロのアレクサンドル・クニャーゼフさんと共演したショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番は,OEKの定期演奏史に残るような凄い演奏だったと思います。ショスタコーヴィチに心酔する井上道義さんとの「奇跡の出会い(曲間の井上さんのトークの言葉です)」が生んだ名演だったと思います。

曲の最初,いきなりクニャーゼフさんのチェロがゴツゴツとした感じで登場しました。まず,その音の凄みに一気に引きつけられました。何というか根源的な強さを持ったような音で,一見泥臭い雰囲気の中から,底知れぬ奥深さのようなものが伝わってきました。この最初の部分ですが,柳浦さんが担当するコントラ・ファゴットの音がしっかり効いており,ただならぬ雰囲気を盛り上げていました。こういうのが分かるのも実演ならではです。

第1楽章全体としては,ストラヴィンスキーの「兵士の物語」を思わせる,一癖ありそうなユーモアを持った行進曲調なのですが,その後,クニャーゼフさんのチェロはうなるような雰囲気になったり,切ない高音が出てきたり,実に表情豊かでした。

この演奏を盛り上げるOEKの演奏も素晴らしいものでした。特にホルンはチェロの次に出番が多い感じで,朗々とした音で曲にアクセントを付けていました。ホルンは1本だけでしたので,ピアノ協奏曲第1番のトランペット的な役割に近い気もしました。演奏は,エキストラの女性奏者でしたが,クニャーゼフさんと対照的な真っ直ぐな音を聞かせてくれました。要所要所で,バシッと入るティンパニも効果的だったと思います。

第2楽章でも,深くしっかり歌うクニャーゼフさんのチェロを堪能できました。孤独な雰囲気と同時に豊かさや強さを感じさせる演奏でした。第2楽章の最後,チェレスタが入り,「いかにもショスタコーヴィチ」といった雰囲気になります。幻想的というのとは一味違う,どんどん深みにはまっていくような不気味さを感じました。

この第2楽章後半から第3楽章にかけては,チェロ協奏曲としては異例なほど長いカデンツァ風の部分になります。ちょっとしたピツィカート一つ取っても意味深さがあり,クニャーゼフさん自身の人生であるとか,ソ連〜ロシアの歴史のようなものまで連想させるようなスケールの大きさを感じました。この部分での「技巧を超えたような技巧」といった独特の凄みのある雰囲気が大変印象的でした。

第4楽章では,OEKのクラリネットをはじめとする木管楽器群の何かに対して警鐘を鳴らすような明確な音が印象的でした。ショスタコーヴィチらしく「走る感じ」が出てきたり,井上/OEKが全力でバックアップしていました。そして,楽章の終盤からは,第1楽章の再現のようになって,力強く終了しました。凄い世界を巡ってきたという感じの演奏でした。この曲を実演で聞くのは...調べてみると約20年ぶりのことでしたが,改めて名曲だと思いました。

この曲の後,クニャーゼフさんの独奏で,バッハの「無伴奏」から2つの楽章が演奏されました(余談ですが,ロシアのアーティストについては,「アンコール曲は2曲」ということが多いですね)。3番のジーグは野性的な雰囲気。重いのにキレが良い感じで,迫力十分。1番のプレリュードは,「ソットヴォーチェ」という感じの演奏。一気にクールダウンしてくれました。

演奏会の後半は,メンデルスゾーンの八重奏曲で始まりました。この演奏については,指揮者なしで,ゲスト・コンサートミストレスの町田琴和さんのリードで,オリジナルどおりの8人編成で演奏されました。目視で確認したところ,次の8人でした。OEKの縮図のような多国籍アンサンブルでしたね。チェロ以外は全員立ったまま演奏していました。
  • 第1ヴァイオリン:町田琴和,松井直
  • 第2ヴァイオリン:江原千絵,ヴォーン・ヒューズ
  • ヴィオラ:ダニイル・グリシン,安藤裕子
  • チェロ:ルドヴィート・カンタ,ソンジュン・キム

この曲については,過去,音楽堂の交流ホールなどでは何回か聞いたことがあります。間近で聞くと,編成の大きな室内楽だけあって,いつも「熱さ」を感じていたのですが,今回はコンサートホールでの演奏ということで,より伸びやさな印象を持ちました。演奏全体にも余裕があり,「大人のメンデルスゾーン」といった気分がありました。

まず,第1楽章冒頭の第1ヴァイオリンによる伸びやかなメロディが良いでうね。町田さんの音は凜としているのですが,それと同時に演奏全体に包容力があると思いました。強く締め付けすぎない余裕が感じられました。中間部での静かな落ち着きのある気分もとても良いと思いました。

第2楽章の少し陰りのあるデリケートで安らぎのある世界に続き,アンコールなどでもよく聞かれる第3楽章スケルツォへ。8人だけど軽い演奏で,サクサクと進む感じが快適でした。リラックスした精緻さが最高でした。

第4楽章の冒頭は,ソンさん,カンタさん,安藤さん...町田さんという感じで,低音部から順にリレーをするように始まります。この部分も何度聞いても楽しいですね。実演だと見る楽しみもある部分です。ここでも慌てすぎない演奏で,その分,自然な愉悦感がわき上がってくるようでした。ソロの掛け合いにも余裕があり,終曲に相応しい華やかさがありました。

井上道義さんは,「大編成の曲も小編成の曲も入れられるのがOEKの定期公演の魅力」と語っていました。確かにそのとおりと思いました。演奏会の「箸休め」...というには立派過ぎる演奏でしたが,ショスタコーヴィチとヒンデミットという,やや疲れる曲の間に聞くには絶好の選曲だと思いました。

その一方,この曲については弦楽合奏版というのもあるので,それを聞いてみたかったという思いもありました。正直なところ,そちらの方を期待していました。

最後に演奏されたヒンデミットの「画家マティス」は,曲名は有名なのですが,実演ではあまり演奏されない気がします。私自身,実演で聞いたのは今回が初めてでした。聞いた印象は,「CDで聞くより,ずっと楽しめる。ヒンデミットは聞き映えがする」というものでした。通常のOEKの編成にかなりの数のエキストラが加わっており(第2ヴァイオリン以下の弦楽器を2人ずつ増強,ホルンを4人に増強,トロンボーン3本,テューバ1本を追加,打楽器4人ぐらいでしょうか),強奏したときの音に安定感と芯の強さがありました。

曲は中世の宗教画からインスパイアされた3つの楽章から成っています。宗教画の雰囲気にふさわしく,ロマンティックになりすぎずに色彩感を感じさせてくれるのが良いと思いました。

# 以下の写真は,休憩時間に流れていたスライドショーです。各楽章に対応した絵...のはずです。

第1楽章「天使の合奏」は静謐な雰囲気で始まりました。編成が大きいだけあって,透明感と音の厚みとが両立して,会場全体を大きく包み込むような響きでした。この「拡大OEK」の響きはとても鮮やかで,500年前から絵が蘇ってきたような気分の盛り上がりを感じました。

主部に入るとどこか古典的な感じになります。それと同時に木管や金管の充実感のある響きも良いなあと思いました。トロンボーン3人のバランスの良いハモリを聞くと宗教的な気分になるし,松木さんのフルートのシュッとした響きが聞こえると,光が差し込んでくるような気分になります。きらめきと充実感が共存したような響きが素晴らしく,ヒンデミットの曲には,しっかりと作り込まれた工芸作品のような充実感があるなと思いました。

第2楽章「埋葬」は間奏曲的な楽章で,くすんだような雰囲気の中から,ここでもフルートやオーボエが美しく浮き上がっていました。低音部のしっかりとした音の上に祈りの気分がにじみ出てくるような楽章でした。


第3楽章「聖アントニウスの誘惑」は,やはり全曲のクライマックスですね。序奏部で弦楽器の深い音が続いた後,いきなり爆発的な音が入ります。この応酬が印象的でした。その後,主部になると,音楽全体の運動性が増し,音の厚みも増してきます。金管楽器の音を聞いていると,ちょっとジャズっぽい雰囲気になったり,吹奏楽コンクールの自由曲に出てきそうな(?)充実感たっぷりの響きになったり,華やかかつスケール感たっぷりに盛り上がっていきます。「拡大OEK」の演奏は,この気分をしっかりと伝える充実した演奏だったと思います。

ヒンデミットについては,もっと地味で難解な印象を持っていたのですが,オーケストラの響きに浸る喜びを感じさせてくれるような曲でした。さらに井上/OEKの演奏には,交響曲という名前に相応しい密度の高さもありました。伸びやかさだけではなく,和音の美しさであるとか,各楽器のソロの受け渡しであるとかに,バランスの良さがあるのが良いと思いました。井上さんの,この曲に対するも思いがしっかり反映した,大変聞き映えのする演奏だったと思います。

美しいメロディが次々出てくる,といった曲ではないので,確かに親しみにくい部分もあったのですが,ヒンデミットについては,もっと評価されても良い作曲家だと思います。ヒンデミットの作品では「ウェーバーの主題による交響的変容」あたりも,そのうち聞いてみたいものです。

井上道義さんの音楽監督としての在任期間も残りわずかとなってきましたが,この日の演奏は,最高の置き土産になるような演奏ばかりだったと思います。

(2018/02/06)




公演の立看板


公演の案内にも,節分のイラストが描かれていました。


もてなしドーム下には,金沢らしいオブジェが飾られていました。