OEKfan > 演奏会レビュー
アンサンブル・ミリム第2回金沢公演:J.S.バッハ モテット全曲演奏会
2018年2月5日(月)19:00〜 金沢市アートホール

バッハ,J.S./モテット「すべての国よ,主を賛美せよ」BWV.230
バッハ,J.S./モテット「恐れることはない」BWV.228
バッハ,J.S./モテット「イエスよ,わが喜び」BWV.227
バッハ,J.S./モテット「霊は弱いわたしたちを助け」BWV.226
バッハ,J.S./モテット「来たれ,イエスよ,来たれ」BWV.229
バッハ,J.S./モテット「主に向かって新しい歌をうたえ」BWV.225
(アンコール)バッハ,J.S./モテット「イエスよ,わが喜び」BWV.227(一部)
(アンコール)バッハ,J.S./モテット「すべての国よ,主を賛美せよ」BWV.230(一部)

●演奏
アンサンブル・ミリム(指揮:根本卓也,清水梢,和田友子,松浦藍,椿山芳(ソプラノ),高橋ちはる,横町あゆみ(アルト),谷口洋介,真木喜規(テノール),浅地達也,浜田広志,小藤洋平(バス))



Review by 管理人hs  

2月5日,金沢市アートホールで行われた,アンサンブル・ミリムによるバッハのモテットの全曲演奏会を聞いてきました。この日の金沢は,朝からずっと雪が降り続き,「このまま降り続くと大雪になりそう...」という状況で,出かけようかどうか迷ったのですが,バッハのモテット全曲を精鋭を集めた声楽アンサンブルの演奏で聞く機会は滅多にないことなので,がんばって(?)聞いてきました。

アンサンブル・ミリムは,指揮者を含めて12人編成の声楽アンサンブルです。楽器による伴奏はなく,全曲ア・カペラによる清々しさのあるステージでした。アンサンブル・ミリムは,バッハ・コレギウム・ジャパン,東京混声合唱団,新国立劇場合唱団など,国内のプロの合唱団等のメンバーによる声楽アンサンブルで,根本卓也さんの指揮のもと,美しさと強さを兼ね備えたような,大変質の高い音楽を聞かせてくれました。最初の「一声」を聴いただけで,パッと目が覚めるような鮮やかさがありました。

バッハのモテットの全曲をまとめて聴くのは今回初めてだったのですが。6曲を連続して聴いてみて感じたのは,「色々なタイプの曲があるなぁ」ということでした。最後に演奏された「主に向かって新しい歌をうたえ」の凜とした華やかさ,11曲からなる「イエスよ,わが喜び」のシンメトリーな感じの構成感。この2曲以外も,それぞれに生き生きとした表情を持っており,退屈することなく楽しむことができました。

アンサンブル・ミリムのメンバーは,個々のメンバーの声が素晴らしいので,各曲のクライマックスの部分などでは,ちょっとした声の饗宴に参加するような趣がありました。色々な声部の声が飛び交い,絡み合いながら,大きく盛り上がっていく感じが素晴らしいと思いました。この日の会場の,金沢市アートホールで聞くのにピッタリのボリューム感でした。

この日の編成ですが,曲によってメンバーの配置が変わっていました。中央部に男声,両端に女声というシンメトリカルな配置が基本でしたが,曲によっては,3,4人で歌うような曲があったり,視覚的にも飽きることがありませんでした。

最初に演奏された「すべての国よ,主を賛美せよ」BWV.230は,全員で歌われました。ガタガタの雪道を運転してきて,ややぐったりしていたのですが,最初の一声を聞いて,シャキッと目覚めました。特にソプラノ・パートの凜とした真っ直ぐな声の美しさが印象的でした。最後の「ハレルヤ」の部分も華麗でした。

続く「恐れることはない」BWV.228を聞きながら,言葉がよく聞こえるなぁと感じました。配布されたプログラム中で,指揮の根本さんは「今夜お聞きいただく演奏は古楽に慣れた人々の耳からすれば荒っぽくもあり,合唱に慣れた人々の耳からすれば滑らかさに欠けるかも知れません。しかしそれは,全てバッハが語りたかった抑揚で皆さんに語りかけるための挑戦」といったことを書かれていました。私自身,ドイツ語が全部聞き取れるわけではないのですが,”nicht"など特定の語がしっかり強調されており,非常に明確に言葉が伝わってくるな,と感じました。

曲の最後の方は半音階で下降していくようなフレーズが何回も出てきて,その念押しの強さと何とも言えない立体感のある世界にしっかり巻き込まれたました。

バッハの曲自体,強調したい語句を何回も何回も繰り返していたので,アンサンブル・ミリムの歌は,「言葉をしっかり伝える」という意味で,「バッハに忠実」な演奏だといえます。そういえば,「ミリム」という単語自体,ヘブライ語の「言葉」という意味だということを思い出しました。

前半の最後に演奏された,「イエスよ,わが喜び」BWV.227は,11の短い曲からなる20分ぐらいの作品です。この日演奏された曲の中ではいちばん長い作品でした。6曲目に配置されたフーガを中心に,コラールと聖書の「ローマ人への手紙」に基づく合唱曲とが交互に出てくる,シンメトリカルに構成された作品で,編成の方も多彩でした。雰囲気としては,「ミニ受難曲」的な多彩さとまとまりをもった曲のように感じました。静かに締められた最後の曲の深さが印象的でした。

休憩後は,「霊は弱いわたしたちを助け」BWV.226で始まりました。前半は三拍子系の動きのある雰囲気で始まり,後半は,ルター作のコラールで,素朴な敬虔さとどっしりとした安定感のある「ハレルヤ」で雰囲気で締められました。プログラムを読むと,この曲だけは,器楽伴奏の楽器編成も書かれていましたが,器楽入りでの演奏というのも一度聞いてみたいものです。

続く「来たれ,イエスよ,来たれ」BWV.229でも,最初の"Komm,Jesu,komm..."という歌詞の"Komm"の音がよく聞こえてきました。その後も「コン,コン,コン...」と狐のように音が飛び交っていました。その入念な歌がとても良いと思いました。後半は凜とした雰囲気になり,華やかに盛り上がって行きました。

最後の「主に向かって新しい歌をうたえ」BWV.225は,3つの部分からなる曲です。今回演奏された曲の中では,一番有名な曲だと思います。第1部は,音が飛び交うような雰囲気の中に,会場全体が次第にしっかりと包み込まれていくようでした。2部は,ゆったりとしたコラール風に始まり,第1部と対照的な気分を作っていました。第3部には,第1部同様,合唱版「ブランデンブルク協奏曲」的な音の動きの面白さがありました。キビキビとした勢いとすっきりとした強さのある演奏で,プログラムのトリに相応しい盛り上がりを作っていました。

アンコールは,2曲演奏されましたが,いずれも先に演奏されたモテットの中の一つの曲でした。モテットという曲自体,各曲が小宇宙のようなところがあります。演奏を聴いている間は,雪のことは忘れ,6つの小宇宙に遊ばせてもらった演奏会でした。

アンサンブル・ミリムのメンバーは,12人中3人が石川県出身ということで,これからも「第2の故郷」という感じで,金沢公演を期待したいと思います。とりあえずは,3月の北谷直樹さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢の定期公演に,12人中数名の方が,ラ・フォンテヴェルデという声楽アンサンブルのメンバーとして,再度来られるようです。数年前のラ・フォル・ジュルネ金沢びテーマが「バロック音楽」だったのですが,例えば,その時聞いた,モンテヴェルディの声楽曲などを,是非,もう一度聞いてみたいものです。

いずれにしても...次回は,もう少し気候の良い時に聞いてみたいものです。(自分自身も含め)皆様お疲れ様でした。

PS. この日は,ホールの近くのコインパーキングに駐車していたのですが,終演後はかなりの積雪に。出ようと思ってもタイヤは空回り。たまたま除雪をされていた,駐車場の管理人さんらしき人に窮地を救ってもらい,ようやく脱出できました。雪の日の裏道は危険だと再認識しました。

(2018/02/14)





掲示されていた公演チラシ。この日は,さすがにお客さんの入りは良くなかったですね。