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音楽堂室内楽シリーズ第4回:ビートルズ・ゴー・バロック
2018年2月25日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヘンデル/合奏協奏曲ト長調, op.6-1
2) ブレイナー/ビートルズ合奏協奏曲第1番(ヘンデル風)
3) ハイドン/チェロ協奏曲第1番ハ長調, Hob.VIIb-1(カデンツァ:ピーター・ブレイナー)
4) ブレイナー/ビートルズ合奏協奏曲第2番(ヴィヴァルディ風)
5) ブレイナー/ビートルズ合奏協奏曲第4番(コレルリ風)
6) ブレイナー/エルヴィス合奏協奏曲第3番〜この胸のときめきを
7) ブレイナー/ビートルズ合奏協奏曲第3番(バッハ風)〜イエロー/サブマリン
8)(アンコール) ブレイナー/ビートルズ合奏協奏曲第3番(バッハ風)〜イエロー/サブマリン

●演奏
ピーター・ブレイナー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢メンバー
独奏:松井直*1, 若松みなみ*1, 原田智子*2, 江原千絵*2,ヴォーン・ヒューズ*4 , トロイ・グーキンズ*5, 坂本久仁*5(ヴァイオリン),早川寛*1, ルドヴィート・カンタ*2,3,ソンジュン・キム*5(チェロ),加納律子(オーボエ*6),松木さや(フルート*7-8)



Review by 管理人hs  


今年度最後の「音楽堂室内楽シリーズ第4回」として行われた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーによる演奏会「ビートルズ・ゴー・バロック」を聞いてきました。「室内楽」にしては,編成が大きく,指揮者もいたので,「スペシャル版」といったところでしょうか。

この「ビートルズ・ゴー・バロック」という名称ですが,1990年代にNAXOSレーベルから発売された企画物CDのタイトルです。ビートルズの作品をバロック音楽の合奏協奏曲風に編曲して楽しもうというコンセプトのアルバムで,世界的に話題を集めました。今回はそのCDの編曲と指揮を担当した,ピーター・ブレイナーさんを指揮者として招き,このCDに収録されている曲の中から数曲が演奏されました。

このブレイナーさんですが,実は,OEKの首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんとも旧知の仲で,約30年前に,カンタさんとブレイナーさんのコンビで,同じくNAXOSレーベルからハイドンのチェロ協奏曲集のCDをリリースしています。この録音は,「ジャズ風のカデンツァが突如出てくる!」ということで話題を集めました。今回は,ビートルズのアレンジものに加え,この「ジャズ風カデンツァ版」ハイドンも演奏されました。

というようなわけで,かなりマニアックであると同時に誰でも楽しめるコンサート...特にNAXOSレーベルのファンにとっては,興味津々のコンサートとなりました。

今回は「ビートルズ・ゴー・バロック」の中から3つの「合奏協奏曲」が演奏されました。それぞれ,ヘンデル風,ヴィヴァルディ風,コレルリ風という設定になっていました。

この中では,ヴィヴァルディの「四季」のパロディというのが,一目瞭然だった合奏協奏曲第2番(ヴィヴァルディ風)がいちばん分かりやすかったと思います。特にツボにはまったのが,第2楽章「ガール」です。オリジナルでは「トゥトゥトゥトゥ...」とバックコーラスが入るのが印象的ですが,それがそのままバロック音楽風に入っており「ぴったりだ」と感嘆しました。第3楽章「アンド・アイ・ラブ・ハー」では,「春」の2楽章風になっており,「犬の声」のヴィオラがしっかり入っていました。第5楽章「ヘルプ」の元気良さもヴィヴァルディにぴったりでした。

一つ気になったのは,独奏者の数です。他の曲は複数の独奏者が居たので合奏協奏曲だったのですが,この曲だけはヴォーン・ヒューズさんだけが独奏者でした。つまり,「ヴァイオリン協奏曲なのでは?」と思ったのですが...細かいことを言うのは野暮ですね。

合奏協奏曲第4番(コレルリ風)も,曲の構成が,「しっかりコレルリ」になっていました。特に第2楽章がフーガ風(+ちょっとジャズテイスト)の「ミッシェル」,第3楽章がクリスマス協奏曲にできそうな静かな雪の夜といった気分のあった「グッド・ナイト」が良いなぁと思いました。第4楽章の「キャリー・ザット・ウェイト」については,プログラムを見た時,「ビートルズにこんな曲あったかな?」と思ったのですが,音楽を聞いて分かりました。アルバム「アビー・ロード」の中の長大なメドレーの中の1曲でした。

この「アビーロード」とか「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」については,アルバム自体が組曲のようになっているようなところもあるので,アルバム全体をパロディにする,という路線もあるかなと思ったりしました(が,相当難易度が高いかもしれませんん)。

合奏協奏曲第1番(ヘンデル風)については,巧く溶け込みすぎていて,「本当にビートルズ?」といった曲もありましたが,逆に言うと,バロック音楽とビートルズの相性の良さを示していたのかもしれません。さすがに,メロディがちょっとブルースっぽくなると,パロディだと気づきましたが,違和感をあまり感じませんでした。第5楽章の「ペニー・レイン」は,オリジナル自体にピッコロ・トランペットが入っているなど,もともとバロック音楽のパロディのようなアレンジだったと思います。今回のアレンジでも,ヘンデルらしい喜ばしい感じが出ていて良いなぁと思いました。

演奏会の最初に合奏協奏曲の「サンプル」として,ヘンデルの「本物の」合奏協奏曲が1曲演奏されました。その後,この曲と全く同じ楽章数+ソリストでビートルズ風合奏協奏曲が演奏されました。こうやって比較してみると,楽章のテンポの変化についても,オリジナルに忠実だということが分かりました。

そして,OEKファンとしてうれしかったのは,ソリストが曲ごとに次々と交替していた点です。今回登場した,OEKのヴァイオリンとチェロのほとんどの方がソリストを担当していました。どこか,学校の授業中,順番に指名されて,立ち上がって発表をしていくような趣きがあり,見ていて楽しかったですね。

演奏の方は,古楽奏法的な感じではなく,しっかりとヴィブラートを掛けて演奏していましたが,それがとても良いと思いました。ブレイナーさんの指揮の下,難しいことは言わず,のびのびと楽しんで演奏しましょうといったところがあり,バロック音楽の楽しさを気持ち良く感じることができました。

前半の最後では,もう一つの目玉のカンタさんの独奏による,ハイドンのチェロ協奏曲第1番が演奏されました。この曲を実演で聞くのは,昨年の夏以降,3回目なのですが,今回は1階席で聞いたこともあり,オーケストラとソリストとのやりとりの面白さを特に強く感じることができました。滑らかで美しいOEKの合奏と,率直で平然とした安定感のあるカンタさんの音が,見事に溶け合っていました。

ジャズ風のカデンツァについては,意外にシリアスな感じで,さすがにちょっと唐突かなと思いましたが,「滅多に聞けないものを聞けた」というお得感(?)がありました。

平然と演奏された快速に飛ばした3楽章の超絶技巧も良かったのですが,2楽章全体に溢れていた暖かな歌は,カンタ&OEKならではのアットホームさだと思いました。

後半の最後では,オーボエの加納律子さんを加えての「この胸のときめきを」(この曲だけはエルヴィス・プレスリーの曲です)とフルートの松木さやさんを加えての「イエローサブマリン」が演奏されました。管楽器が加わると,彩りが増すので,演奏会の最後の「締め」にピッタリでした。

加納さんのオーボエですが,いつもにも増して,音が素晴らしく,客席に「うっとり」といった空気が漂っているのが見えるようでした。曲自体,ロックンロールではなく,もともとイタリアのカンツォーネ風の曲なので,マルチェルロのオーボエ協奏曲の第2楽章あたりと区別が付かないぐらいのハマり具合でした。

最後の「イエローサブマリン」は,もともと鼻歌風の軽い曲なのですが,松木さんのフルートで演奏すると,どこかゴージャスになります。最後の方では,ブレイナーさんの合図の下,「ヘイ!」の掛け声も入り,楽しくお開きとなりました。

ブレイナーさんは,編曲兼指揮者兼チェンバロということで,まさにマルチタレントな方でした。指揮しながら奏者の方に歩いて行って,ぐぐっと近寄ったり,アンコールでもう一度演奏された「イエローサブマリン」では,お客さんにも「ヘイ!」と言わせたり(客席からは,自発的に手拍子も起こっていました),エンターテイナー的な雰囲気もある方だと思いました。

この日のプログラムは,「室内楽シリーズ」の枠を超えた編成で,音楽を聞く楽しさをしっかりと伝えてくれました。NAXOSでは,これ以外にも色々と企画物CDを出しているので,これを機会に,NAXOS提携(?)シリーズなどを期待したいところです(右の写真のとおり,NAXOSさんからブレイナーさん宛に,花輪が届いていました)。

PS. ビートルズのアレンジもの企画ならば,フランソワ・グロリューというピアニストが,ビートルズの有名曲を「モーツアルト風」「バッハ風」「ショパン風」...といった感じで演奏する企画アルバムがとても面白かったのですが,これも久しぶりに聞いてみたくなりました。
(2018/03/03)






公演のポスターと案内

終演後,ブレイナーさんとカンタさんのサイン会が行われました。

会場でもブレイナーさんのCDを売っていましたが,たまたま20年以上前に購入した「エルヴィス・ゴーズ・バロック」のCDを持っていたので持参。NAXOSでは例外的な,派手な色使いです。

カンタさんには,ドヴォルザークとマルティヌーの協奏曲を井上道義指揮OEKと共演したライブCDにいただきました。


実はブレイナーさん指揮のハイドンのチェロ協奏曲集のCDには,既に去年の7月にカンタさんのサインをいただいています。次のような感じです。