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マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーブル金沢公演
2018年2月26日(月)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」op.26
メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調, op.90「イタリア」
メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調, op.56「スコットランド」
(アンコール)メンデルスゾーン/交響曲第4番イ長調, op.90「イタリア」〜第4楽章

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーブル



Review by 管理人hs  

2月24〜26日の土,日,月は,3日連続の「石川県立音楽堂通い」となりました。この日は,今年の9月からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の芸術監督への就任が決まっているマルク・ミンコフスキさん指揮によるレ・ミュジシャン・デュ・ルーブルの来日公演が行われたので聞きに行ってきました。この公演は,OEKファンならずとも聞き逃すわけにはいきませんね。

プログラムは,メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」,交響曲第4番「イタリア」,第3番「スコットランド」の名曲3曲でした。配布されたプログラムに記載された順序は,序曲,第3番,第4番だったのですが,ミンコフスキさんらしく,直前になって変更され,序曲,第4番,第3番の順になりました。曲の長さや前半・後半のバランス的には,変更後の方が「落ち着く」感じです。

レ・ミュジシャン・デュ・ルーブルの編成は,OEKを少し上回るぐらいの,「思ったより大編成」でした。公演を聞くのは2回目ですが,メンデルスゾーンの曲をオリジナル楽器で演奏するとなると,これくらいの規模が適正かなと思いました。楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置で,下手から第1ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,第2ヴァイオリンの順に並んでいました。コントラバスはステージ奥のいちばん高い場所に3本並んでいました。ティンパニは上手奥にトランペットと並んで居ました(今回のプログラムは非常に簡素なものでしたが,コンサートマスターの名前をはじめとして,メンバー表が欲しかったところです)。

楽器は,オリジナル楽器を使用しており,ピッチもモダン楽器の場合よりも,やや低く感じました。特に管楽器については,オリジナル楽器ならではの,独特の落ち着きと素朴さを感じさせるような音が印象的でした。オーケストラ全体としても,磨き抜かれたつややかさというよりは,さらりとした軽さやほの暗さが基調となっていると感じました。この辺は最初のチューニングの時から感じられました。

というわけで,音色的には,最初に演奏された「フィンガルの洞窟」,最後に演奏された「スコットランド」の雰囲気に特にぴったりだと思いました。色の発色はやや地味だけれども,微妙な色合いの変化と重なり合いが美しい,透明水彩といった趣きがありました。演奏前のチューニングは,第2ヴァイオリンの首席奏者も立ち上がって行っていましたが,弦楽器の音には透明感が感じられました。

最初に演奏された「フィンガルの洞窟」は,OEKは頻繁に演奏している曲で,昨年秋にミヒャエル・ザンデルリンクさん指揮で聞いたばかりです。冒頭の部分は非常に穏やかで,抑制された雰囲気で始まりました。音の鳴り方もどこか素朴で,「北方の辺境にあるひなびた海岸」といった趣きがありました。ホルンなどは,バルブなしの楽器を使っていたようなので,特に独特なムードを出していました。

また,音がキビキビと動く部分などでは「聞いたことがない」ような音が浮き上がってくるようなところがありました。後半の聞かせどころのクラリネットがたっぷりとメロディを演奏する部分は,非常にじっくりと演奏しており,旅の思い出をしみじみと振り返るような深さがありました。

その後,交響曲第4番「イタリア」が演奏されました。驚いたことに,ミンコフスキさんは,「フィンガル」の演奏後,舞台袖に引っ込むことなく,指揮棒を置かずに指揮台の位置で軽く拍手を受け,そのままオーケストラの方に向かって,パッと「イタリア」の演奏を始めました。通常,序曲が終わった後は,一旦,指揮者は袖に引っ込むのが普通なので,ここにもミンコフスキさんならではの,「サプライズ」がありました。恐らく,前半で「ひとまとまり」という意図があったのではないかと思います。事実,「イタリア」の各楽章の間のインターバルも短めでした。

第1楽章は,モダン楽器の場合に比べると,やや落ち着いた音色でしたので,現代のイタリアというよりは,言ってみればメンデルスゾーンが生きていた時代のイタリアの空はこんな感じだったのかな,と想像力をかき立ててくれるような趣きがありました。リズム感は軽快で,楽しい旅の始まりといったムードをさり気なく高めてくれるようでした。その一方,ホルンの音をはじめとした管楽器の音の野趣が印象的でした。ちょっと音程が不安定になる点も含め,良い味を出していました。

第2楽章はくすんだ音色にぴったりでした。ただし,どっぷりと暗い雰囲気に落ち込んで行くのではなく,淡々とした透明感を残したまま,ぐっと深い部分に入っていくようでした。第3楽章には,上述のとおり,インターバルをあまり置かず移行しました。抑制された歌が滑らかに続いた後,トリオになります。この部分で印象的なホルンの信号では,ゲシュプトップ奏法を使って,「おや?」という感じを出していました。ティンパニの乾いた音も特徴的で,独特のレトロな気分が感じられました。

そして,第4楽章のサルタレロが,妥協のない急速なテンポで演奏されました。オリジナル楽器で演奏するのは,恐らくかなり大変だったのではないかと思います。いかにも木管楽器的な音のフルートをはじめとして,限界に挑むようなスリリングさがある一方,モダン楽器にないのどかさや優しさのようなものも感じました。

この楽章では,途中に出てくる,色々な楽器が絡み合う部分が好きです。キビキビとした推進力を持ちながら,立体感を増して行き,最後にエネルギーを解放するように全曲が締められました。

後半の「スコットランド」も,「イタリア」と同様の演奏でした。第1楽章の最初から,ひなびた雰囲気と透明感が感じられました。序奏部では,ヴァイオリンのユニゾンの音が綺麗だなと思いました。この音に導かれるように,一気に「スコットランド」旅行に入っていくといった感じでした。

主部に入ってからも,暗さと同時に軽やかさがありました。メロディの歌わせ方については,「イタリア」同様,熱くなり過ぎないけれども,所々,深い情感が沈潜していく部分もあり,どこかミステリアスな気分が漂っていました。展開部であるとか,楽章最後の「嵐」のようになる部分での激しいドラマも,モダン楽器の時とは一味違う,野性味が感じられました。

第2楽章は,「イタリア」の最終楽章同様,妥協のないテンポによる軽やかさがお見事でした。主旋律を演奏するクラリネットを支えるリズムの刻みもがとてもクリアで心地よく,生命力に溢れていました。第3楽章でも,第1楽章序奏部同様,弦楽器の音が美しく,清冽なカンタービレを楽しむことができました。テンポ自体は速めだったので,どこかはかなさのようなものを感じました。デリケートな音の交錯が進みながら,次第に深い世界に入って行くのも1楽章と同様だと思いました。

第4楽章も生命力にあふれた音楽でした。ミンコフスキさんには,ちょっと「熊」を思わせるような包容力ある雰囲気がありますが,速い部分を指揮する時は,ボクシングをするような感じになります(個人的な感想です)。この楽章でも,そのムードそのままの,運動性が感じられました。充実感と緊張感のある音の絡み合いが続いた後,ちょっと間を置いて,コーダに入って行きます。テンポ自体はそれほど大げさな変化はなかったのですが,この部分でもホルンの野性味が素晴らしく,大きく解放されたような気分になりました。オリジナル楽器を使うことで勇壮さがさらに強調されていたと思いました。そして,最後の最後の部分は,しっかりと力を込めるような意味深い音で締めてくれました。

「スコットランド」については,メンデルスゾーンの指示で,各楽章間は連続的に演奏することになっていますが,本日は,「フィンガル」と「イタリア」についても同様のスタイルだったので,演奏会全体として「フィンガル」+「イタリア」≒「スコットランド」というバランスの良い構図になっていたと感じました。

盛大な拍手に応えて(今回,平日にも関わらず,金沢以外からのお客さんもかなりいらっしゃったのではないかと思います),アンコールでは,前半に演奏された「イタリア」の第4楽章がもう一度演奏されました。「いつもよりもさらに速いテンポでお送りします」といった感じの躍動感たっぷりの演奏でした。

ミンコフスキさんの演奏については,どの部分をとってもミンコフスキさんらしさが浸透しています。が,演奏全体として見ると,オーケストラのメンバーの自発性や演奏する喜びが感じられます。演奏の雰囲気についても,重苦しくならないけれども,随所に意味深さがある。スリリングさがあるけれどもシリアスになりすぎない...と相反するものが常に共存しているような,「懐の深さ」といって良いような不思議な魅力があると思います。そして...この日も演奏曲順を急に変更したように,常にお客さんを驚かせようという「茶目っ気」もあります。

この日は,演奏開始前に会場のお客さんに向けて,マルク・ミンコフスキさんから「これからよろしく」という意味も込めて,「ごあいさつ」がありました(ゼネラルマネージャーの岩崎さんが通訳をされました)。ミンコフスキさんが「アンサンブル金沢」と発音すると,「ア」の音が鼻に掛かったようになり,「さすが(?)フランス人」と妙なところで感心してしまいました。OEKの音も変わってくるのかもしれないですね。

まずは7月のドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」公演が大変楽しみです。そして,9月以降,芸術監督に就任した後は,OEKというオーケストラのあり方であるとか,金沢という都市全体にも影響を与えてくれるのではないか,と期待が広がりました。ミンコフスキさんへの期待が益々大きくなった演奏会でした。

(2018/03/04)




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