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オーケストラ・アンサンブル金沢第400回定期公演マイスターシリーズ
2018年3月10日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヴェラチーニ/序曲(管弦楽組曲) 第6番 ト短調
2) ゼレンカ/2つのオーボエ,ファゴットと通奏低音のためのソナタ第5番ヘ長調, ZWV181-5
3) ヴィヴァルディ/弦楽と通奏低音のための協奏曲ト短調, RV156
4) 焼き直されたヴィヴァルディ : アレンジ、リメイクされたヴィヴァルディの作品によるパスティッチョ・コンチェルト
バッハ,J.S./チェンバロ協奏曲ハ長調,BWV594〜第1楽章(原曲:ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲ニ長調, RV.208「ムガール大帝」)
北谷直樹/オルガンと弦楽のためのアリア(原曲:ヴィヴァルディ/歌劇「ダリウスの戴冠」RV.719〜アリア「私は空しい望みに惑わされはしない」)
リヒター/「四季」〜「春」第1,3楽章(原曲:ヴィヴァルディ/「四季」〜「春」.RV.269)
リヒター/「四季」〜「夏」第3楽章(原曲:ヴィヴァルディ/「四季」〜「夏」.RV.315)
5) バッハ,J.S./ミサ曲ロ短調, BWV232(抜粋)
第4曲「グロリア」
第5曲「エト・イン・テラ・パクス」
第8曲「ドミネ・デウス」
第9曲「クイ・トリス」
第11曲「クォニアム」
第12曲「クム・サンクト・スピリトゥ」
第22曲「サンクトゥス」
第26曲「アニュス・デイ」
第27曲「ドナ・ノビス・パチェム」
6) (アンコール)バッハ,J.S./ミサ曲ロ短調, BWV232〜第4曲,第5曲

●演奏
北谷直樹指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
声楽:ラ・フォンテヴェルデ,北谷直樹(チェンバロ),アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演3月のマイスターシリーズには,北谷直樹さんが指揮・チェンバロで登場しました。北谷さんについては,「OEKの古楽担当」という感じですっかり常連になっています。毎回,意外性のある選曲と知的で熱い演奏を聞かせてくれています。この日の公演も,その期待どおりの素晴らしい内容でした。

今シーズンのマイスター定期は,「ドイツ音楽紀行」ということで,毎回,ドイツの都市がテーマになっています。今回はドレスデンがテーマでした。これまでのマイスターシリーズでは,それほど「お題」に忠実な感じはしませんでしたが,さすが北谷さん。しっかりドレスデンにちなんだ曲を並べてきました。

ドレスデンが音楽都市として知られるようになったのは,17〜18世紀のザクセン公,アウグスト2世の存在が大きいということで,このアウグスト2世の時代のドレスデンにちなんだ作曲家の作品がプログラムの柱になっていました。

ヴェラチーニ,ゼレンカといった知り人ぞ知るという作曲家の曲が,前半の最初に演奏されましたが,それぞれ大変楽しめる作品でした。

ヴェラチーニの序曲は,バッハで言うところの「管弦楽組曲」に当たるもので,プログラムの北谷さん自身の解説に書かれていたとおり,大変キャッチーで魅力的な作品でした。そしてト短調ということで,なんともいえない哀愁が漂っていました。

プログラム前半ではOEKのメンバー立ったまま演奏していましたが(前半は曲ごとに編成が違っていたので,その入れ替え時間の節約の意味もあったのかもしれません),オーセンティックな雰囲気と同時に,演奏全体にダイナミックさがあると思いました。透明感としっとりとした雰囲気が大変魅力的でした。

楽器の配置は,意外なことに対向配置ではありませんでしたが,通奏低音としてチェンバロやオルガンに加え,テオルボ(金沢でもおなじみの高本一郎さんでした)が加わっていたのが特徴的でした。北谷さんはチェンバロを弾きながらの指揮で,その対面にオルガンとテオルボが座っている形になっていました。管楽器としては2本のオーボエが加わっており,演奏にみずみずしさを加えていました。

全体は4楽章構成で,最後はメヌエットで終わるという異例な形でした。プログラムに書かれていたとおり,ユニゾンで書かれたメヌエットというのも珍しいですが,そのシンプルな大胆さがとても面白いと思いました。

演奏の途中,北谷さんが「今日のお客さんはおとなしいですね。もう少し拍手してもよいですよ」といったことを言われたのですが,最初の曲の楽章数がプログラムに明記されていなかったので,「どこで拍手を入れようかな?」と戸惑ったことも影響していたと思います。

続く,ゼレンカの2つのオーボエ,ファゴットと通奏低音のためのソナタ第5番は,ほとんど「室内楽」の演奏でした。こちらも,プログラムの解説に書いてあったとおり,超絶技巧が延々と続くようなパッセージがあるなど,大変充実した作品でした。こういう新たなレパートリーを発掘してくれるのは,OEKファンとしてもうれしいですね。

曲の最初の楽章はユニゾンで開始していたので,なんとなく前の曲のエコーを聞くようでうれしくなりました。木管のくっきりとした音と,低音のずっしりとした音の動きの絡み合いが大変心地よく感じられました。

第2楽章は静かな短調になり,なんとなく「バッハの受難曲の途中に出てきそう」といった感じの時の経過をしっとりと感じさせるような曲でした。第3楽章は躍動感のある曲で,特に木管楽器の息つく間もないパッセージの連続が大変スリリングでした。水谷さん,加納さん,柳浦さん,お疲れ様でした。演奏後の演奏者の晴れやかな笑顔を見て,聞いている方も嬉しくなりました。

続くヴィヴァルディの協奏曲も大変魅力的な作品でした。最初のヴェラチーニ同様,ト短調で統一感が図られており,曲の最初の部分を聞いただけで,ちょっとロマンティックな気分を感じさせるほど,魅力的な雰囲気がありました。弱音で始まった後,一気に音が爆発するようなコントラストも印象的でした。強拍と弱拍の感じが,「中・弱・強・弱」といった感じで,現代のポップスに通じる印象がると思いました。

ヴィヴァルディについては,「同じような協奏曲を大量に作ったワンパターンの作曲家」ということも言われますが,それも演奏次第であり,各曲ごとに工夫の凝らし甲斐があるのでは,と感じました。この曲は弦楽器のみでの演奏でしたが,ヴィブラートを控えめにした透き通る音も印象的でした。

前半の最後は,「焼き直されたヴィヴァルディ」ということで,非常に凝った作りになっていました。自分または他人の作品を寄せ集めて新しい作品を作ることを「パスティッチョ」というとのことですが,このコーナーは,北谷さんの感性でヴィヴァルディを再構成するとこうなるといった,面白い試みになっていました。ここで,今回の定期公演のもう一つのテーマが,「パスティッチョ」だということがここで明らかになりました。

まず,原曲のヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲をバッハがオルガン独奏曲に編曲したものの第1楽章を,北谷さんがさらにチェンバロ協奏曲にアレンジしたものが演奏されました。ここでは重厚な感じで始まった後,北谷さんのチェンバロの涼しげで鮮やかな妙技を楽しむことができました。

続いて,ヴィヴァルディのオペラのアリアを北谷さんが,オルガンと弦楽のための曲に編曲したものが演奏されました。今度は北谷さんは小型のオルガンを演奏しながらの指揮でした(オルガンはチェンバロとは90度向きを変えて配置していましたが,こういう置き方は珍しいかもしれません)。濃くなりすぎることなく,しっとりとした哀感を感じさせる曲でしたが,オルガンが加わることで,その効果がさらに深まっていたと思いました。

さてその後ですが,マックス・リヒターという現代の作曲家が,ヴィヴァルディの「四季」にインスパイアされて「改造」した曲の中から3つの楽章が演奏されました。「四季」の中のおなじみのフレーズの一部を切り取って,その部分だけを繰り返し繰り返し演奏していましたので,ヴィヴァルディがミニマルミュージック化したようなスリリングな面白さがありました。

曲の終わり方は,予定調和的ではなく,スパっと断ち切れるようになっていたのも現代的でした。ここでは,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんのソロが圧倒的でした。自然に熱気が高まっていくような迫力たっぷりの演奏でした。最後に演奏された「夏」の第3楽章は(もともとそんな感じはありますが),まさに「ロックなヴィヴァルディ」でした。演奏後,ストップモーションになっていたのも格好良かったですね。

後半は,バッハのロ短調ミサの抜粋が演奏されました。最初プログラムを見た時,「なぜ抜粋なのだろう?」と疑問に思ったのですが,もともとこの曲は,ドレスデン王のために書かれたパスティッチョ的な作品ということで,最晩年のバッハが自分の過去の作品を寄せ集めて作ったような作品です。寄せ集めと言いつつ,非常に完成度が高いのですが,今回は,北谷さん自身がそれを再構成したプログラムと言えます。

演奏された曲は「グローリア」の一部,「サンクトクス」,「アニュスデイ」がベースでした。合唱の方は大編成の合唱団ではなく,声楽アンサンブル,ラ・フォンテヴェルデのメンバーを中心に古楽界で活躍する歌手を16名集めた精鋭でした。OEKの演奏同様,ヴィブラートの少ない,すっきりとした透明感のある素晴らしい合唱でした。音量的にも音楽堂コンサートホールで聞くのにぴったりだと思いました。

トランペット3本が加わる,「グローリア」の最初から透明感のある祝祭的な気分がありましたが,北谷さんの選曲の意図としては,声楽を聞かせるだけではなく,OEKメンバー,特に管楽器メンバーを協奏曲的に活躍させようという意図も感じました。フルート2本が活躍する曲,オーボエ3本が入る曲,そして,狩のホルンが大活躍する曲など,オーケストラの定期公演に相応しい形に再構成されていたと思いました。

「グローリア」の後,「エト・イン・テラ・パクス」と続き,「天と地と」という感じで対比されるのは定番なのですが,室内楽的な編成のオーケストラと合唱で聞くことで,非常に鮮やかなコントラストが生まれていました。

ラ・フォンテヴェルデの皆さんは曲によってはソロも担当していました。第8曲「ドミネ・デウス」では,ソプラノの鈴木美登里さんとテノールの谷口洋介さんが,ステージ最後列からするすると前に出てきて,フルート2本のオブリガードとともに,慎ましい喜びにあふれたハモリを聞かせてくれました。

第11曲「クォニアム」では,小笠原美敬さんのバスのソロを盛り立てるように金星さんが演奏していた,小型のホルンが大活躍でした。終演後のサイン会で北谷さんにおたずねしたところ,「狩のホルン」(多分,コルノ・ダ・カッチャ)といったことをおっしゃられていました。「ホルン奏者は,こういう楽器をいっぱい自分で持っていますね」とのことで,さすがと思いました。ちょっとポストホルンを思わせるような,少し甘さのある感じが独特の気分を出していました。

第12曲「クム・サンクト・スピリトゥ」は,ミサ曲前半の締めの曲ということで,「グローリア」とセットになるような感じてトランペットが活躍し,ブランデンブルク協奏曲を思わせるような感じで晴れやかに締めてくれました。

第22曲「サンクトゥス」もまたトランペットが活躍する曲というとで,前曲からの気分が連続している感じでした。この曲ではオーボエ3本も入り,後半のフーガでさらにキビキビと盛り上がっていました。

第26曲「アニュス・デイ」はカウンターテナーの独唱の入る曲でした。おめでたい曲の後だったので,上杉清仁さんのノンヴィブラートで歌われた,静かで落ち着きのある声がしっかりと耳に染み込みました。スムーズ過ぎない感じだったので,気持ちがより強く伝わってくるようでした。

全曲の最後は,オリジナルの全曲の最後でもある第27曲「ドナ・ノビス・パチェム」でした。平和そのものを感じさせてくれるような澄んだ響きの合唱に落ち着きのあるOEKの響きが加わり,現在,平和に暮らしていることのありがたみをしみじみとかみしめました。音楽は次第に盛り上がり,最後は力強く,しっかりと祈りをかみしめるように締めくくられました。この部分での音の溶け合い方が素晴らしく感動的でした。

2011年3月11日,北谷さんは当初,福島にいるはずだったのですが,たまたまスケジュールを変更し東京に居たとのことです。「今生かされているという感覚とそれに感謝する気持ち」とプログラムに書かれていましたが,そのことがしっかりと伝わってくる演奏だったと思います。

アンコールでは,ミサ曲の中の「グローリア」「エト・イン・テラ・パクス」が再度演奏されました。どうもこのアンコールは予定外だったようで,北谷さんについてもミンコフスキさん同様,「サプライズ」好きなんだなと思いました。

北谷さんは,古楽演奏の専門家ですが,学究的な冷たさはなく,演奏の透明感をベースとしつつ,常にお客さんを楽しませよう,演奏を盛り上げようという,熱い前向きな気持ちが伝わってきます。今回も,その通りの気分が伝わってくる,素晴らしい公演だったと思います。北谷さん自身,独立した指揮者というよりは,アンサンブルのリーダーといった雰囲気があり,演奏会全体の雰囲気も「北谷直樹と仲間たち」といった趣きになります。そこがまた,北谷さんのコンサートの魅力だと思います。

(2018/03/17)




公演の立看板


マイスターシリーズのポスター

終演後サイン会が行われました。

北谷直樹さんのサインです。

ラ・フォンテヴェルデの皆さんには,モンテヴェルディのマドリガーレ集のCD(会場で発売していました)の第1巻にいただきました。




6人の方から頂きました。モンテヴェルディのマドリガーレ集については,是非,金沢での公演も期待したいと思います。



楽都音楽祭のチケットも絶賛発売中


売り切れも出てきているようですね