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梨ばろっこ in 金沢アートグミ:フーガの技法
2018年3月16日(金)19:30〜 金沢アートグミ

バッハ,J.S./フーガの技法, BWV.1080
バッハ,J.S./コラール「汝の玉座の前に今やわれは歩み出て」

●演奏
アンサンブル30(櫻井茂,折口未桜,清水愛架,阿部真紀子(ヴィオラ・ダ・ガンバ),廣田雅史(バロック・ヴァイオリン),丸杉俊彦(フラウト・トラヴェルソ),渡辺真知子(バロックリコーダー),安岡厚子(チェンバロ))
オルガン,ナビゲーター:黒瀬恵



Review by 管理人hs  

富山市を中心に活動している古楽アンサンブルユニット,アンサンブル30(さんじゅう)の演奏会が金沢市のアートグミで行われたので聞いてきました。今回の演奏会のポイントは,何と言ってもバッハの晩年の謎に満ちた大曲「フーガの技法」の全曲が演奏されたことです。それに加え,これまで行ったことのない会場,「アートグミ」にも興味がありました。「初めて実演で聞く曲」「長い曲を全部」「初めての場所」という,私にとっては,「行ってみたくなる」条件が,しっかりと揃った演奏会でした。

ちなみに演奏会のタイトルに入っている「梨ばろっこ」というのは,アンサンブル30主催の古楽コンサートシリーズに付けているタイトルとのことです。「梨」の由来などは次のページをご覧ください。
http://ensemble30.wixsite.com/ensemble30

バッハの「フーガの技法」については,何の楽器で演奏するかはっきりと指定されていないこともあり,色々な楽器で演奏されることがありますが,今回はアンサンブル30のメンバー8人(ヴィオラ・ダ・ガンバ4,バロックヴァイオリン,フラウト・トラヴェルソ,バロック・リコーダー,チェンバロ)+黒瀬恵さんのオルガンで演奏されました。

 

フーガ16曲,カノン4曲,そして,本来は「フーガの技法」からは外れるようですが,オリジナル版に終曲として載せられているコラール1曲の全20曲が演奏されました。途中休憩を入れて,約2時間,バッハのポリフォニーの世界に浸ってきました。演奏会の開始時間が19:30というのも,「金曜日ならでは」のプレミアムな感じがあってたまには良いなぁと思いました。

バッハといえば,厳しく厳格なイメージもあるのですが,アンサンブル30の皆さんの演奏は,古楽器で演奏していたこともあり,どこか穏やかで,急ぎすぎないおおらかさを感じました。特に4挺のヴィオラ・ダ・ガンバ(色々な大きさの楽器があることを初めて知りました)の作る音に穏やかな雄弁さがあり,全体のベースを作っていると思いました。

面白かったのは,ほぼ曲ごとに編成が違っていた点です。例えば,第1曲はヴィオラ・ダ・ガンバのみで演奏していましたが,その後,フラウト・ドラヴェルソ(横笛)やバロック・リコーダー(縦笛)が加わったり,バロック・ヴァイオリンが加わったり,地味ながら多彩な世界が広がっていました。研究の結果,「フーガの技法」については,バッハ自身は,チェンバロのために書いたと言われていますが,複数の声部を聞き分けるには,今回のように色々な楽器で分担する方が分かりやすいのではないかと思いました。

以下,今回演奏された順に各曲のタイトルを示し,私で調べた情報や感想を加えていきたいと思います。

1 Contrapunctus 1 原型による単純フーガ
「フーガの技法」のすべての曲に使われる基本主題による4声のフーガ。CDで聞いていると(特に夜に),少々不気味に感じることもあったのですが,ヴィオラ・ダ・ガンバの音で聞くと,どこか,はかなげで優しい感じに聞こえました。ヴィオラ・ダ・ガンバにはチェロのようなエンドピンがついていないのですが,文字通り「地に足が着いていない」ような浮遊感を感じました。

2 Contrapunctus 2 原型による単純フーガ
フラウト・トラベルソが入ってきました。横笛の古楽器については,マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・ドゥ・ルーブルの時も感じたのですが,現代のフルートのような流麗さがなく,ちょっとたどたどしい感じになります。そこに味わいがありますね。

3 Contrapunctus 3 転回主題による単純フーガ
バロック・リコーダーが入ってきました。後の方で楽器紹介のトークがあったのですが,アルト・リコーダーの音域だったと思います。ノン・ヴィブラートのスーッとした感じが良いなと思いました。

4 Contrapunctus 4 転回主題による単純フーガ
確かこれもヴィオラ・ダ・ガンバ4挺だったと思います。

今回,知的に構成されたフーガを延々と聞く演奏会に参加して,もしかしたらカーリングの試合を見ているのと結構似ているのでは?と思ったりしました(「そだね」と言っていただけるかな?)。「氷上のチェス」ならぬ「譜面上のチェス」といったところでしょうか。その後,「モグモグ・タイム」ならぬ,「チューニング・タイム」になりました。古楽器のせいか,その後もとても丁寧にチューニングをされていました。

5 Contrapunctus 5 変形主題 転回 1種類の時価 反行フーガ
黒瀬さんによるオルガン独奏だったと思います。弦楽器ではなく鍵盤楽器で聞くと,ちょっと近未来的になるなと思いました。

6 Contrapunctus 6 変形主題 転回 2種類の時価 反行フーガ
配布されたリーフレットによると「in Stylo Francese」ということで,「フランス序曲」のような付点リズムが多用された音楽でした。この曲は全員で演奏していたような感じでした。

7 Contrapunctus 7 変形主題 転回 3種類の時価 反行フーガ
この曲は,[per Augment et Diminut 拡大と縮小のため」ということでさらに複雑になっていきます。正直なところ,各声部を聞き分けるような耳はないのですが,複雑になるほど,静かな陶酔感が増してくるなと思いました。

8 Contrapunctus 8 2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ
3声のフーガということで,ヴィオラ・ダ・ガンバ3挺による演奏でした。どこか熱気があるなぁと思いました。

その後,1回目の休憩が入りました。

トイレに行くために,会場の外に出てみたところ,近江町市場のすぐ上の飲食店街に出ました。
 

9 Contrapunctus 9 新主題と主要主題による二重フーガ
ナビゲータの黒瀬さんによるトークとメンバー紹介,楽器紹介の後,9曲目以降が始まりました。9曲目は「a4 alla Duodecima 12度のための4声部曲」と題されています。その意味は...よく分からないのですが,最後の方で主題が浮き上がって聞こえてくるところが良いなぁと思いました。

以下のフーガについては,曲の解説を読んでもよく理解できない(すみません).ということで省略させていただきます。

10 Contrapunctus 10 新主題と変形主要主題による二重フーガ
11 Contrapunctus 11 2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ
12 Contrapunctus 12a 主題の変形による投影フーガ
13 Contrapunctus 12b 主題の変形による投影フーガ
14 Contrapunctus 13a a3 変形主題とその転回による投影フーガ
15 Contrapunctus 13b a3 変形主題とその転回による投影フーガ


この辺で,チェンバロが入る曲もあったと思います。ここまででフーガ15曲が終了し,2回目の休憩になりました。この日は,会場で「梨ばろコーヒー」も販売していました。せっかくなので,「ロ短調ミサBWV.232」と名づけられたコーヒーを一袋購入。このコーヒーについては,以下の通り,別途ブログにまとめたので,併せてご覧ください。
http://oekfan.blogspot.jp/2018/03/30bwv232.html



その後は,次のとおりカノンが4曲演奏されました。

16 反行と拡大によるカノン
17 8度のカノン
18 10度のカノン
19 12度のカノン


このコーナーでは2人の奏者が,「差し」で対話をするような演奏になっていました。このスタイルも面白いと思いました。最後の「12度のカノン」は,どこかメロディアスな感じで,甘い香りがする(気のせいか)と思いました。どこかで聞いたことがあるような気がするのですが,思い出せません。

最後のチューニングの後,途中で終わっている「未完のフーガ」が演奏されました。

20 未完のフーガ
黒瀬さんの解説によると,3つの主題が出てくるフーガで,最後にBACHを意味する主題がオルガンに出てきます。最後の曲らしく,全員でたっぷりと演奏されましたが,途中でブツっと終了。ちょっとドキっとした後,「追いかけっこ」の世界から離れて,全楽器で,コラール「汝の玉座の前に今やわれは歩み出て」がしっとりと演奏されました。

このコラール自体は,「フーガの技法」とは関係ないのですが,未完フーガで終わるのもどうも...ということで,オリジナル版の楽譜には載せられているようです。

フーガやカノンが続いた後なので,メロディがしっかりと出てくると,何とも言えない解放感を感じました。「フーガの技法」のトリに相応しいと思いました。特にヴィオラ・ダ・ガンバの脱力感が良いなぁと思いました。

会場のアートグミは,もともとは北國銀行内の会議室のような感じの部屋だと思いますが,しっかりと音が聞こえ,文字通り「室内楽」という感じのある部屋でした。金庫(今は使っていないと思いますが)の上の部分にバッハの肖像画が飾られている前での演奏というのは,かなり不思議な光景でしたが,アットホームな雰囲気のある室内楽用の会場として十分に使えると思いました。



アンサンブル30の皆さんは,通常は富山で活躍されているのですが,金沢にはこういった古楽アンサンブルはありませんので,是非また,別の切り口の古楽の演奏会を金沢で行って欲しいと思います。

(2018/03/21)




北國銀行武蔵が辻店の隣に出ていた公演チラシ。


こちらは会場前の案内