OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第401回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2018年3月17日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) プーランク/オーバード(朝の歌):ピアノと18楽器のための舞踊協奏曲,FP51a
2) (アンコール)モシュコフスキー/15の練習曲,op.13〜第6番へ長調
3) ハイドン/交響曲第6番ニ長調,Hob.I-6「朝」
4) ハイドン/交響曲第7番ハ長調,Hob.I-7「昼」
5) ハイドン/交響曲第8番ト長調,Hob.I-8「晩」
6) (アンコール)武満徹/3つの映画音楽〜「ワルツ」

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3-6,反田恭平(ピアノ*1-2)
トーク:井上道義



Review by 管理人hs  

井上道義さんのオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音楽監督としての最後の定期公演を石川県立音楽堂で聞いてきました。人気若手ピアニストの反田恭平さんも出演するとあって,非常に沢山のお客さんが入っていました。ホール全体にはどこか華やいだ雰囲気があり,節目となる記念すべき演奏会の内容も,よく晴れた天候同様,大変晴れ晴れとしたものになりました。

最初に井上さんと反田さんが共演した曲は,プーランクの「オーバード(朝の歌)」という作品でした。終演後のサイン会で,反田さんにお尋ねしたところ,井上さんからの提案で選曲されたとのことで,まさにOEKの編成にぴったり,かつ,反田さんの雰囲気にぴったりの作品でした。この日の井上さんは,最後ということもあってか,演奏会全体を通じて非常に饒舌で,バレエ音楽でもあるこの作品のストーリーをとてもわかりやすく説明してくださりました。

「狩りの女神 ダイアナが主人公。途中ニンフ(妖精)の踊りが出てきたり,ダイアナが大暴れしたり,お化粧をしたり...本当にそうなんだから...最後は男が寄ってこない寂しさを表現...」といった調子の「お手紙」を井上さんから反田さんに事前に送っていたようで,その内容を読みながらの楽しい解説でした(井上さんは,結構大きなタブレットのようなものを使っていたと思います)。

楽器の編成は,サブタイトルに書いてあるとおり18楽器でした。次の楽器が入っていました。
ヴィオラ2,チェロ2,コントラバス2,オーボエ2,フルート2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン2,トランペット1,ティンパニ1

 
開演前にステージを撮影。こんな感じの配置でした。上に写っているのは「井上さんとの11年の思い出のアルバム」のスライドショーです。

よく見ると...ヴァイオリン抜きというのが大変変則的でした。OEKの編成で演奏できる室内オーケストラ的編成ということで,くっきりとした明快な響きと伸び伸びと闊達な反田さんのピアノとが相俟って,井上さんの語ったストーリーが鮮やかに表現されていました。
冒頭まず金管楽器で全体の枠を作るようにファンファーレが演奏された後,反田さんのピアノが生き生き,スカッと入ってきました。速いパッセージでも常に余裕があり,OEKメンバーと一体になって,音楽を前向きに進めているようでした。

プーランクの音楽らしく,気まぐれに音楽が変化するのも楽しい曲でした。途中,急に古典的になりモーツアルトの曲のようになったり,ティンパニ(おなじみの菅原淳さんでした)が雄弁に活躍したり,木管楽器が表情豊かに演奏したり,変幻自在といった感じでした。

最後の部分では,カンタさんのチェロを中心として,ダイアナの諦めにも似た心情をたっぷりと感じさせてくれました。その深い表現が特に印象的でした。

この曲は,井上さんにとっても反田さんにとっても,そしてOEKにとっても演奏するのが初めての作品でした。こういう曲を「最後の」演奏会に加える辺り,井上さんは常に前向きだなぁと感心します。そして,若い奏者を育てていこうとするスタンスも一貫しているなぁと思いました。

アンコールでは,反田さん得意のアンコールの一つ,モシュコフスキーの練習曲の中の1曲が演奏されました。非常にテンポの速い曲でしたが,反田さんは,汗一つかかず,非常に軽く鮮やかなタッチ演奏していました。その雰囲気が粋でセンスが良いなぁと思いました。

後半はハイドンの交響曲第6〜8番「朝」「昼」「晩」が演奏されました。こちらも各曲ごとに,井上さんのトークを挟みながら演奏されました。解説なしでも気持ちよく楽しめる作品ですが,「ハイドンがエステルハージー候の下で働くようになって間もない若い頃に書いた曲で,優秀なオーケストラのメンバーを生かすためにソリスティックな部分が多い」とか「「朝」では日の出の様子や目覚めた人たちの様子を描写している」...といったことを聞いてから聞くとさらに楽しめます。解説を入れるかどうかは,好みが分かれるところですが,井上さんの「クラシック音楽を幅広い人たちに広めたい」というアウトリーチしようとする気持ちは,OEK在任中,ずっと一貫していたなと改めて思いました。

演奏の方は,ハイドンの意図どおり,オーケストラの首席奏者たちがソリスティックに活躍する部分の多い曲で,「ハイドン版オーケストラのための協奏曲」的な楽しさに溢れていました。特に活躍していたのは,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさん,チェロのルドヴィート・カンタさん,コントラバスのマルガリータ・カルチェヴァさん,そして,フルートの松木さやさんでした。特にヤングさんは,相変わらずの安定感でした。どの曲もちょっとした協奏曲を思わせるほど,出番が沢山ありました。

「朝」は,第1楽章の序奏部の霞んだような空気感と,徐々に太陽が出てきて,エネルギーが高まっていくような雰囲気の対比が見事でした。その後,主部に入ると,松木さんのフルートで「いかにも朝」といったメロディを爽快に演奏されました。ハイドンの交響曲については,この曲以外でもフルートの出番は比較的多いのですが,この曲では,第4楽章でも大活躍でした。「朝」と言えば,グリーグの「ペールギュント」を思い出しますが,「朝といえばフルート」の原点がこの曲かもしれませんね。

第2楽章はヤングさんのヴァイオリンソロやカンタさんのチェロを中心に,脱力しながらも,じっくりと朝の雰囲気を楽しませてくれました。第3楽章のメヌエットでは,3部作ともコントラバスとその他の楽器の見せ場になっていました。井上さんは,トークの中で,エステルハージー候はコントラバスを弾いていたのではという説を語られていましたが,なるほどという感じでした。カルチェヴァさんを中心にどっしりと味わい深い音楽を聞かせてくれました。第4楽章は,これまでの楽章の総決算という感じでソロ楽器の饗宴といった楽しさがありました。

今回の演奏は,古楽奏法を意識した感じではなかったと思いますが,井上さんの指揮は,基本的にとても折り目正しく,ソロ楽器が多彩に活躍する華やかさと同時にきっちりまとまった清潔感が感じられました。

「昼」についてのトークでは,「衛兵の交代」「遊びが入る」といったことが語られました。まず第1楽章が,衛兵の交代を思わせる行進曲調でした。思い返せば,井上さんはこういう行進曲をちょっと大げさに演奏するのが大好きですね。そして,とても様になります。

第2楽章はこの曲の白眉でした。ヤングさんの独奏ヴァイオリンがオペラのアリアを思わせるような短調のメロディをじっくりと歌いました。この楽章では,井上さんならではの演出があり,途中,フルート奏者2名が袖から出てきて,立ったまま演奏していました。この部分では,音楽が明るく転調しており,美しく光が当たっているように思えました。

井上さんのトークでは,「フルートを演奏する良い所のお嬢様のための見せ場」という設定だったそうです。2人のうちのエキストラの方が「お嬢様」役でこの楽章にのみ登場していました。カデンツァ風の部分での,ヤングさんとカンタさんの掛け合いの濃密さも聴き応えがありました。考えてみれば,ヤングさんとカンタさんの共演でもいろいろな曲を聞いてきましたが,これからはなかなか聞けなくなるのだな,と少々寂しくなりました。

第3楽章ではコントラバスに加え,ホルンのソロも楽しむことができました。第4楽章はどこかユーモラスな感覚がありました。この楽章以外でもそうだったのですが,ヤングさんと第2ヴァイオリンの首席奏者の江原さんのハモリも美しかったですね。

「晩」については,まだ深夜ではないということなのか,第1楽章などは,軽快に浮き立つような気分がありました。宴会が待ち遠しくて,気分がウキウキとしている,といったところなのでしょうか(これは私の想像です)。

第2楽章になると各楽器のソロやハモリの感じがどこかロマンティックなムードになり,少し晩らしい感じになります。コントラバスとヴァイオリンの活躍する第3楽章メヌエットの後,第4楽章は,ここでもヤングさんの見せ場となります。

「嵐」というタイトルどおり,ヴィヴァルディの「夏」に通じるような,「嵐」の描写音楽となります。冒頭から,高音と低音が細かく動く急速で軽やかなパッセージが独奏ヴァイオリンに出てくるのですが,ヤングさんの繊細かつ鮮やかなスピード感がお見事でした。「ブラーヴォ!」と声を掛けたくなる鮮やかさでした。途中,きらめくような音型がフルートが定期的に出てきていましたが,もしかしたら稲光なのかなと思いながら聞いていました。

というわけで,最初から最後まで,OEKメンバーのソリスティックな活躍を前面に出した,生き生きとした音楽となっていました。「最後の演奏会」としては,かなり異例な選曲だったと思いますが,井上さんとしては,OEKとの共演の原点に立ち返ろうというと意図があったようです。井上さんがはじめてOEKと共演した時(本当の最初は,渡辺暁雄さんの代役でしたが)に演奏した曲がこのハイドンの「朝」でした。その時の「面白さ」が忘れられないといったことを途中のトークで語っていましたが,この曲が,OEK音楽監督としての活動の原点にあったのだと思います(その後,「朝」「昼」「晩」としてもう一度取り上げています)。

今から200年以上前,ハイドンによってとても面白い曲が書かれた。それを現代の演奏会でさらに面白く聞かせたい。そのためにはOEKはぴったり,という気持ちを常に持っていたのだと思います。その「回答」が,本日の演奏だったのではないかと思います。

井上さんといえば,派手なパフォーマンスの印象も強いのですが,今回のハイドンの演奏を聞きながら,見事なバランス感覚だと思いました。曲全体として,お客さんがいちばん心地よく楽しめるような,リラックスした伸び伸びとした気分を作ると同時に,OEKメンバーにとっても最高のパフォーマンスを発揮できるような,しかし,スリリングな感じも失わないような...大変バランスの良い音楽作りだったと思います。井上+OEKの原点であり完成形となる演奏だったと思いました。

終演後は,今回で退任する井上さんだけでなく,定年になるカンタさん,そして,コントラバスのカルチェヴァさんに花束が贈呈されました。カルチェヴァさんは,客演の首席奏者として頻繁にOEKに参加していましたが,今回の演奏会を最後に,OEKを離れるとのことです(ご家庭の事情)。カルチェヴァさんは,笑顔が大変魅力的な方で,OEKのベースをしっかりと支えてくださっていたので,非常に寂しくなります。今回の花束は,本当にサプライズだったらしく,カルチェヴァさんも感極まっていました。その光景を見て,きっとOEKメンバーにも愛されていたんだろうなぁとしみじみ思いました。

そしてこの花束に応え,大勢のお客さんにプレゼントをするような形で,アンコールが演奏されました。ハイドンつながりで,「お別れ」と言えば,「告別」かなとも思ったのですが,そんな安易な選択ではなく,井上さんが愛した,非常に魅力的な小品が演奏されました。武満徹作曲の映画「他人の顔」のワルツ(作品名としては,「3つの映画音楽」の中のワルツ)でした。

この曲は岩城さん時代から,何回か演奏されてきた定番のアンコール曲ですが,本日の演奏は,格別にキザで(良い意味です),したたるように陶酔的な演奏でした。カルチェヴァさんの涙を見た後だったので,この演奏を聞きながら,お客さんの方にも涙は伝染していたようです(終演後の雑踏の中から,(最後の曲を聞いて)「泣けたわぁ」という主婦の方の声が聞こえてきました。)。

そして,井上さんの踊るような指揮姿を最後に目に焼き付けてくれました。途中,井上さんは指揮の動作を止め,OEKの作る音の流れに身を任せていましたが,いろいろな思いが去来していたのかもしれませんね。

OEKの音楽監督を退任するとはいえ,井上さんがOEKを全く指揮しなくなるというわけではないと思います。一つの節目ということになります。一時代を築いてくれた井上音楽監督に心から感謝をしたいと思います。ありがとうございました。

(付録)
OEKの定期では,本当に何回も井上さんからサインをいただきました。過去にもらったものを再掲載してみたところ,大変なことになりました。多分,これ以外にももう少しあるはずです。これだけ何回もサインをしていただいた,井上さんに改めて感謝したいと思います。



 
 
   
 
  

  
   
 
   


(2018/03/24)




公演の立看板


このパネルはラ・フォル・ジュルネ金沢の時に大活躍していましたね。


反田さん宛の花


プレコンサートはカンタさんの独奏で,コダーイの無伴奏チェロソナタの抜粋

本当に大勢の方が聞いていました。


終演後のサイン会。今回は非常に長い列ができていました。


マスコミを含め大勢の人に取り囲まれています。



反田恭平さんには,5年ほど前のライブ盤にサインをいただきました。「このCDには,アンコール曲も入ってますよ」と反田さんから教えてもらいました。


そして井上さんのサイン。今回だけは特別に日付を入れていただきました。


音楽堂の外側に貼ってある巨大ポスター。井上さんらしく(?)光輝いています。