OEKfan > 演奏会レビュー
クリストフ・エッシェンバッハ指揮トンヨン・フェスティバル・オーケストラ金沢公演
2018年4月13日(金)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) イサン・ユン/Bara(1960)
2) ガーシュイン/ピアノ協奏曲へ調
3) (アンコール)ジョプリン/イージー・ウィナー
4) ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調, op.95「新世界から」

●演奏
クリストフ・エッシェンバッハ指揮トンヨン・フェスティバル・オーケストラ*1-2,4
ツィモン・バルト(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

韓国のトンヨンを中心に,世界のトップアーティストが集うトンヨン国際音楽祭という音楽祭が毎年行われています。その音楽祭の中心を担うオーケストラとして結成されたのがトンヨン・フェスティバル・オーケストラです。このオーケストラのアジア・ツァーの最終日の公演が金沢の石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聴いてきました。指揮はクリストフ・エッシェンバッハでした。

このオーケストラは,2015年にもクリストフ・ポッペン指揮で金沢公演を行っていますが,今回の特徴は何と言っても,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーが大々的に参加していたことです。オーケストラ・アンサンブル金沢設立30周年記念ということも関係していたのかもしれません。


ピンクでマークしたのがOEKらしきメンバーです。

その他,香港シンフォニエッタのメンバーも加わっていました。コンサートマスターも,この両オーケストラのコンサートマスターが担当していました(上の写真のとおり,OEKのサイモン・ブレンディスさんと香港シンフォニエッタのジェームズ・カドフォードさんがコンサートマスターでした)。今回のツァーでは,これらのオーケストラの出身国を巡る形で,韓国,香港,金沢で演奏会が行われました。

今回の公演の注目は,現代を代表する巨匠指揮者,クリストフ・エッシェンバッハがアジアの多国籍オーケストラとどういう音楽を作るのだろうか,という点です。エッシェンバッハさんは,昨年はNHK交響楽団に客演し,ブラームスの全交響曲やベートーヴェンの第九を指揮されましたが,本日演奏されたドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」もそれらに連なるような大変スケールの大きな演奏だったと思います。

「新世界」については,超人気の名曲過ぎて,奏者側からすると新鮮味が薄く感じられる可能性があります(OEKの場合は,室内オーケストラなので,滅多に演奏しませんが)。今回のトンヨン・フェスティバル・オーケストラの演奏は,一期一会的な音楽祭用のオーケストラということもあるのか,響きが大変新鮮だと思いました。2曲目にガーシュインのピアノ協奏曲が演奏されたので,「新世界」だけがポイントではなく,この2曲を中心に「アメリカ」に焦点を当てたプログラムと言えます。

まず最初に,トンヨン出身の作曲家ユン・イサンの「Bara」という,かなり前衛的な作品が演奏されました。トンヨン国際音楽祭は,現代音楽を積極的に取り上げることもコンセプトの一つになっているようで,今回の演奏についても,確かにとっつきにくかったのですが,点描的な音の中から意味深さのようなものを感じることができました。

曲の構成としては,室内楽的な静かな緊張感を持った雰囲気が続いた後,ティンパニなどを核として大きく盛り上がり,最後は意味深な小太鼓の音で終了という,といった感じの曲でした。一言で言うと,どこか不機嫌な感じで,何かへの不満を表明しているように感じました。現代曲については,やはり曲目の解説がもう少し欲しい所です。ちなみに故岩城宏之さんがこの曲の録音を残しているのを発見しました。さすがですね。
http://tower.jp/item/3793249

続いて演奏された,ツィモン・バルトさんをソリストに迎えてのガーシュインのピアノ協奏曲は非常に個性的な演奏でした。実演で聴くのは初めての曲でしたが,軽い音楽と思われがちなガーシュインをこれだけ濃く深く演奏し尽くしたバルトさんの力量に感服しました。気軽に楽しく楽しみたいという人には,重過ぎる演奏だったかもしれませんが,ここまで徹底すると,「もしもブラームスがジャズの影響を受けたら...」といった趣が感じられ,すごいと思いました。

オーケストラの編成は,ホルン4,トランペット3,トロンボーン3,打楽器3+ティンパニということで,かなりの大編成でした。第1楽章の冒頭から,そのパワーがしっかりと感じられました。「ノリが悪いかな?」と思わせるほどの,やや粘着した感じの重苦しさもありましたが,この辺はエッシェンバッハさんらしさと言えそうです。

バルトさんは,いかにもパワーのありそうな雰囲気の方で,体格も逆三角形的でした(3階席から見ていたせいもあるかもしれません)。しかしそのピアノは大変,丁寧かつ念入りで,遅めのテンポの中から意味深さをしっかりと感じさせるような音楽を聞かせてくれました。もちろんガーシュインらしく,軽妙な部分もありましたが,華やかに動き回るといった感じではありませんでした。チャールストン風の音楽(我が家にあったCDの解説など書いてあった表現)といったムードとは違っていましたが,クラシック音楽の協奏曲としての聞き応えがあると感じました。

ちなみにこの楽章にはムチの音が入っていました。ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調にもムチの音が入りますが,年代的にはガーシュインの曲の方が早く書かれています。その影響を受けて,ラヴェルも入れてみた...ということも考えられるのかもしれませんね(私の憶測)。

第1楽章の最後の部分ので強靱なタッチとキレ味の良い技巧。さらにはキラキラとした音の華やかさ。グリッサンドまで入って,音楽が大きく盛り上がって終了しました。ここで盛大が拍手が入ってしまいましたが(「ブラボー」入りでした),それも納得というエンディングでした。

第2楽章はブルース風の楽章になります。ホルン,クラリネット,トランペットなどの楽器が活躍することもあり,ラプソディ・イン・ブルーの中間部に通じるようなけだるいムードが出ていました。ここでもバルトさんのテンポは耽美的な雰囲気を感じさせるほど遅く,ちょっと気まぐれなファンタジーの世界が広がっていました。こんなに深くて良い?と思わせるような音楽でした。ちなみにこの楽章には,イングリッシュホルンも入っていました(OEKの水谷さん担当)。ますます,ラヴェルのピアノ協奏曲との関連が感じられます。

第3楽章には,重く進撃するような雰囲気がありました。大仰過ぎる気もしましたが,ここでもピアノの技巧が冴えており,念を押すように堂々と演奏されたティンパニの音とともに,大きな盛り上がりを作って全曲が閉められました。

全曲を通して感じたのは,バルトさんとエッシェンバッハさんは,演奏の方向性がとてもよく合っているなぁということです。このコンビならではのガーシュインだったと思います。

その後,アンコールで,スコット・ジョップリンのラグタイム音楽の中から「イージー・ウィナー」が,バルトさんの独奏で,演奏されました。あまりにも重厚なラグタイムで(音が色々付け加えられていたのではないかと思います),最初はミスマッチかなと思ったのですが,次第にその過剰な大げささがユーモアとなって感じられました。

後半は「新世界から」が1曲だけ演奏されました。前述のとおり,スケールの大きさや意味深さと同時に新鮮さを持った演奏だったと思います。

第1楽章最初の序奏部から提示部に掛けては,所々で,深く思いに耽るような意味深い間のようなものがあり,まず「エッシェンバッハさんらしいなぁ」と思いました。特に提示部の繰り返しをする瞬間,大見得を切るようにテンポを落としていたのが,特徴的でした。ホ短調ということで,もともと短調の曲ですが,そのほの暗いシリアスさが,とても新鮮でした。

提示部の後半に印象的に出てくるフルートのソロ。そして,それを引き継ぐヴァイオリンもとても丁寧に意味深く演奏されていました。

その後の楽章では,色々なモチーフががっちりと絡み合い,「いかにもシンフォニック」といった充実感を持って,スケールの大きな音楽が展開していきました。エッシェンバッハさんの指揮については,ガーシュインの雰囲気からすると,かなり大仰な演奏になるのでは,とも予想していたのですが,第2楽章,第3楽章については,むしろ速目のテンポで,大変前向きな感じのする演奏でした。

第2楽章の有名な「家路」のテーマは,情緒たっぷりという感じではなく,どこか爽やかな気分の中に透明な哀愁が漂う,といった趣きでした。ちなみに,この楽章を含め,イングリッシュ・ホルンについては,OEKの水谷さんが担当していました。よく通る音でくっきりと聞かせてくれました。第2楽章の最後の部分は,室内楽の雰囲気になり,さらりと寂しさを表現していました。ここでは,先日,OEKを退団したばかりのカンタさんが活躍していました。この2人以外にも,要所要所でOEKメンバーがしっかりと活躍していたのが嬉しかったですね。

第3楽章もストレートな表現による,若々しく瑞々しい音楽になっていました。トリオの部分では,ひっそりとした,繊細な雰囲気になっていました。ここでもテンポを大きく落とすことなく,流れの良さを感じさせてくれました。

第4楽章へのインターバルはほとんどなく,ほぼアタッカでつながっていました。ここでも堂々とストレートに音楽が進んでいきました。シンバルの音が入った後(この音はちょっと変だった?),曲想が変わっていくのが,個人的には大好きです。クラリネットの音などを中心にファンタジーの世界に飛翔するような雰囲気があったのが素晴らしいと思いました。フッと音楽が沈み込みながら,意味深さを感じさせてくれる辺り,エッシェンバッハさんらしいなと思いました。

楽章の最後の方では,ホルンの聞かせどころがありますが,スムーズでくっきりとした音が素晴らしいと思いました。ブラーヴォという感じでした。楽章最後の部分では,大きく盛り上がった後,澄んだ音を長〜く伸ばし,フッと終了。この何とも言えないくっきりとした清潔感と儚さが素晴らしいと思いました。アンコールはありませんでしたが,この雰囲気で十分だと思いました。

今回のオーケストラのメンバーの中には,元OEKのティンパニ奏者だった,トム・オケーリーさんも加わっていました。懐かしかったですね。相変わらず迫力十分の演奏で,各曲とも演奏全体を引き締めていたのも印象的でした。

個人的には,3年前の時のように,金沢では滅多に聞けない,マーラーの交響曲辺りを取り上げて欲しいなという思いもあったのですが,聞き慣れた名曲を新鮮な響きとスケールの大きな表現で楽しむことができたのは良かったと思います。この音楽祭には,毎回,有名指揮者やソリストとが登場していますが,今後,さらにアジアを代表する音楽祭へと発展し,金沢公演の方も継続して欲しいと思います。

(2018/04/21)






公演の立看板


トンヨン・フェスティバル・オーケストラを歓迎する貼紙

以下は開演までのスライドショーです



井上道義さんの退任にともない,音楽堂内外の看板なども新しいものに変更になっていました。

花束が写っていたので,井上さんが出演した最後の定期公演の写真ではないかと思います。

音楽堂の外の例の巨大ポスターも撤去されていました。


正面の方は音楽祭モードに


チケットの売り上げも好調で,売り切れの公演も出てきています。