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加納律子オーボエ・リサイタル
2018年5月26日(土) 14:00 金沢市アートホール

1) ヘンデル/オーボエ・ソナタ第3番へ長調,HWV.363a
2) ヴィヴァルディ/オーボエ・ソナタ ハ短調,RV.53
3) バッハ,C.Ph.E./トリオソナタ ニ長調,Wq.151
4) クープラン/趣味の融合,または新しいコンセール コンセール第6番変ロ長調
5) バッハ,J.S./オーボエ・ソナタ ト短調,BWV.1030b

●出演
加納律子(オーボエ),辰巳美納子(チェンバロ),懸田貴嗣(チェロ*1-4),松木さや(フルート*3)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のオーボエ奏者,加納律子さんのリサイタルが金沢市アートホールで行われたので聴いて来ました。加納さんは,OEKに入団して20年とのことです。早いものです。今回は,それを記念しての初リサイタルということになります。

初リサイタルというのは意外だったのですが,その分,加納さんが演奏したいと思っていたバロック音楽を集めた充実のプログラムとなりました。OEKファンとしては聞き逃せない内容でした。今回配布されたプログラムの解説(中根庸介さんによる,とても分かりやすく,充実した内容でした)に書かれていたとおり,バロック音楽は,もともとバロック時代のオーボエを想定して書かれています。現代のオーボエは高性能であると同時に,演奏するのに非常にエネルギーが必要ということで,現代の楽器でバロック音楽を演奏することは,見た目以上に重労働のようです。

しかし,今回の加納さんの演奏は,そういう「大変さ」を感じさせることなく,通奏低音のメンバーやOEKのフルート奏者の松木さやさんと共に,晴れやかで鮮やかなバロック音楽の世界を楽しませてくれました。

今回演奏された曲は,ヘンデルのオーボエ・ソナタ第3番へ長調,ヴィヴァルディのオーボエ・ソナタ ハ短調,C.P.E.バッハのトリオソナタ ニ長調,Wq.151,クープランのコンセール第6番,J.S.バッハのオーボエ・ソナタ ト短調,BWV.1030bということで,一般的には知られていない曲ばかりでしたが,小ホールで聴くオーボエを中心とした室内楽は大変聴き応えがあり,存分に楽しむことができました。

加納さんのオーボエの音は,いつもOEKの中で聴いている時同様,真っ直ぐで,力のある気持ちの良い音を聴かせてくれました。小ホールで聞いたこともあり,いつも以上に音の豊かさを感じました。

最初のヘンデルのソナタは,緩急が交互に出てきた後,最後はメヌエットで終わる変わった構成の曲でしたが(「王宮の花火の音楽」もメヌエットでおしまいでしたね),上品な華やかさのある世界を楽しませてくれました。特にメヌエットの部分の輝かしい音はいかにもヘンデルらしいと思いました。

ヴィヴァルディの曲は,全体にほの暗い歌に溢れていると同時に,技巧的な作品でした。
第3楽章だけは,通奏低音のチェンバロがお休みになり,チェロとオーボエの対話のような感じになっていました。その深さと孤独感が大変印象的でした。反対に最終楽章は,変奏曲のように次々と音楽が湧き出てきて,息継ぎをしているのだろうか?と思わせるぐらい吹きっぱなしという感じでした。曲が終わった後,大きく息をついていらっしゃいました。ただし,その音楽には,常に余裕が感じられました。

今回の通奏低音は,チェンバロの辰巳美納子さんとチェロ(エンドピンのないチェロでした)の懸田貴嗣さんが担当していましたが,どの曲でも,その安心感のあるベースの上に,加納さんがしっかりとコントロールされた,迫力たっぷりの音を聴かせてくれていました。

前半最後のC.P.E.バッハの曲は,古典派に一歩近づいているだけあって,今回演奏された曲の中で,いちばん聞きやすい作品でした。そして,この曲では松木さんのフルートもお見事でした。加納さんの「妹分」という感じで,ぴったりと息の合った,「極上のハモリ」を聴かせてくれました。この華麗で晴れやかな品の良さは,お2人のキャラクターそのものだと感じました。第2楽章での,松木さんのフルートの爽やかだけれども「濃い感じ」も素晴らしいと思いました。

演奏後の加納さんのトークで,「実は,今日が私とさやちゃんの誕生日」という秘密(?)が披露されましたが,相性の良さの理由はここに合ったか,と妙に納得してしまいました。

後半はまず,クープランのコンセール第6番が演奏されました。プログラムの解説を読んで,第4曲「悪魔のエール」というのが気になったのですが...「どこが悪魔?」という感じでした。曲の方は,ヘンデル,ヴィヴァルディとまたひと味違った,軽やかな明るさのようなものがあり,フランス王宮の雰囲気(と想像しているだけですが)に浸ることができました。舞曲系の楽章が多いこともあり,最終楽章のシチリアーノをはじめとして,品の良い流動性を楽しむことができました。

そして,最後は「やっぱり締めはJ.S.バッハ」という感じでチェンバロとの「差し」の組み合わせでソナタが演奏されました。元々はフルート・ソナタで,こちらのバージョンでは聴いたことのある曲でしたが,「まさに名品」という感じの,充実感がありました。

曲の最初の部分から,チェンバロとフルートが結構独立的に動いている感じで(ちょっと合わせにくそうな感じ?),シンプルな編成なのに立体感を感じました。加納さんのオーボエからは,フルート版とはまた違った,艶やかさや哀愁を感じました。チェンバロとオーボエとが対位法的に音が絡み合ううちに,静かな多次元空間に入っていくようでした。

第2楽章のしっかりとした歩みと豊かさのある静謐さに続き,第3楽章では,2人だけで演奏しているのに広がりのある世界を楽しませてくれました。演奏全体に着実さがあるのが良いと思いました。

今回,加納さんは,地元の作家・安井美星さんのデザインした,和風テイストのある美しいドレスで演奏しました。安井さんご本人も客席に来られていましたが,こういう音楽以外での「コラボ」も素晴らしいと思います。演奏後,加納さんは「金沢に来て20年」の感謝の言葉をお客さんにしっかりと伝えていました。「高校生の頃からOEKに入りたかった」「ドイツから帰国後,最初に受けたオーディションがOEK。それに合格して入団」ということで,加納さんとOEKとは「運命」みたいなご縁で結ばれていたようですね。

この日の会場にも,加納さんを応援しようお客さんが大勢集まっていたと思います。加納さんの真摯にオーボエを演奏する姿が,しっかりと金沢のお客さんにも受け止められていることが分かりました。今回は加納さんの初めてのリサイタルとのことでしたが,これを機会に第2回,第3回...と続けて欲しいと思います。この日はOEKメンバーの姿を客席で見かけましたが,OEKの木管楽器メンバー総出演の演奏会があっても面白そうだと思いました。

(2018/06/01)




公演のチラシ


開演前のステージ

加納さんのあいさつの中にもあったとおり,この日の金沢は,以下の写真のとおり,とても気持ちの良い快晴でした。

いしかわ四高記念公園


しいのき緑地から見た金沢城の石垣