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オーケストラ・アンサンブル金沢第402回定期公演マイスター・シリーズ
2018年6月9日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 武満徹/波の盆(1996)
2) 武満徹(岩城宏之編曲)/系図:若い人たちのための音楽詩(1992)
3) シューマン/交響曲第3番変ホ長調,op.97「ライン」
●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
語り:谷花音*2



Review by 管理人hs  

9月からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の常任客演指揮者に就任する川瀬賢太郎さん指揮による,OEK定期公演マイスターシリーズが行われたので聞いてきました。前回,川瀬さんがOEKを指揮した時は,現代曲中心のプログラムだったので(井上道義前音楽監督からの”無理難題”的なミッションだったとプレトークの中で紹介されていました),今回は,「いちばん好きなシューマンの「ライン」を持ってきた」とのことです。

その一方で,川瀬さんにとっては,「OEK=岩城さん時代から日本人現代作曲家を積極的に取り上げているオーケストラ」というイメージも持っており,その路線を踏まえて,前半は武満徹の後期の作品が2曲演奏されました。考えてみると,岩城宏之さんが亡くなられたのは,丁度6月の今頃でしたので,岩城さんに捧げる演奏にもなっていたと感じました。

今回の公演ですが,プログラム的にも内容的にも,9月の就任に向けての期待をさらに膨らませてくれるものだったと思います。

最初に演奏された「波の盆」は,武満さんの曲の中でも特に美しい曲といわれている曲です。この曲はもともとはテレビドラマ用の音楽で,OEKもその主題歌(?)の部分をCD録音していますが,今回演奏されたのは,それよりはかなり長いもので,ドラマの色々な場面(嵐のような音楽になったり,パレードのような音楽が出てきたり,不吉な感じになったり...)の音楽をつなげたような構成になっていました。プログラムの解説に書かれていた演奏会用組曲版だったのかもしれません。この辺は,やや不明確でした。

最初の一音から,「後期タケミツ・トーン満載」といった感じでした。キラキラとした光としっとりとした音の流れとが,マイルドに溶け合っていました。音のバランスが絶妙で,空気が柔らかく変わったように感じました。この日のコンサートマスターは,6月から客員コンサートマスターに就任した水谷晃さんでしたが,よく練られたサウンドを堪能することができました。最後はテーマ曲の部分が再現し,過去を振りかえるような感じでしっとりとまとめられました。

ちなみに,このテレビドラマは,ハワイの日系移民のお話で,「日本人だけれどもスピリットはアメリカ人」といった,複雑な心情を描いたドラマのとのことです。演奏前のトークで川瀬さんが語っていました。この単純ではない情感は,武満さんの音楽にぴったりだと思います。機会があれば観てみたいドラマです。

続く,「系図」は,谷花音さんのナレーション付きで演奏されました。もともとはかなり大きな編成用の作品ということで,今回は,故岩城宏之さんがOEK用に編曲した「門外不出版」で演奏されました。プログラムにも,「ご遺族のご許可をいただき演奏」というコメントが付けられていました。

さてこの演奏ですが...谷花音さんのナレーションにすっかり参りました。武満さんも岩城さんも草葉の陰で涙を流しているのでは...と思わせるほど,パーフェクトな語りと雰囲気だったと思います。谷さんは,今14歳。水色のシンプルなワンピースで登場すると,何かそれだけで,「系図」の世界に空気が変わりました。爽やかさと同時にどこかすぐに壊れてしまいそうな危なさが同居しているように思いました。

小柄な方だったので,もう少し幼く見えたのですが,コンサートホールのお客さんを前に,全く臆することなく,かといって,舞台慣れし過ぎている感じもなく,14歳の谷さんにできる最良の語りを聞かせてくれたと思いました。曖昧さがなくクリアで,どの言葉もはっきりと耳に届きました。谷さんは,子役として既に芸能界のキャリアを積んでいますので,プロの仕事として「少女役」を演じていたのだと思いますが,曲の雰囲気に本当にぴったりで,演じているか素のままなのか分からないような自然さがありました。

曲が始まり,最晩年の武満さんの音楽が聞こえてきただけで,胸に迫るものがありました。不気味だけれども,美しく透明感のある前奏的な部分に続いて,「むかし,むかし」と谷さんのナレーションが始まると,これだけで,ウルッとなってしまいました。この曲を実演で聞くのは2回目ですが(1回目は岩城さん指揮OEK+吉行和子さんのナレーションによる,昔話風の味わいのある演奏),今回は全てに新鮮さを感じました。

最初の方で,ホルンがくっきりと演奏するフレーズが,その後もフルートなどにたびたび出てきました。こういった音楽が,ライトモチーフのようになって,「系図」の世界で描いている「家族崩壊」的な内容を優しく包み込んでいるんだな,と感じました,スチールドラムの演奏するモチーフも度々出てきましたが,こちらはちょっと不安げな気分を盛り上げているように思えました。

谷川俊太郎さんの詩には,「テレビではNG」的な言葉(漢字ドリルにもなっていますが...)が2カ所ほど出てくるので,個人的には,聞いていて少々恥ずかしい部分があるのですが,谷さんのナレーションは,教科書を読むような「表現読み」的なしつこさがなく,サラリとクリアしていました。曲は「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」と続きます。全体に速目のテンポで,率直に聞かせてくれました。このベタ付かない感じが,谷さんの語りとよくマッチしていました。

曲の中では,何と言っても「おかあさん」の部分が泣かせます。最近,何とも言いようのない幼児虐待のニュースがありました。どうしてもそういうものと重ねてしまいたくなります。最後に出てきた「お母さん戻って!」という言葉が,どういう状況を意味するのか想像するしかありませんが,この部分の音楽と詩を聞きながら,子どもの言葉の純粋さ(または,純粋さの残っている子どもの言葉)の根源的な強さのようなものを感じました。

「おじいさん」「おばあさん」からは,谷川さんの詩の持つ「ハッ」とさせるような観察力の鋭さが伝わってきました。美しい響きの中に,「老い」の持つ残酷さのようなものが同居していると思いました。「おとうさん」は,交響曲で言うところの「スケルツォ」的な,ちょっとユーモアを交えた雰囲気がありましたが,ここでも「ずっと生きていて」といった谷さんの率直な語りが雰囲気を締めていました。

そして,最後の「とおく」。この部分で初めて,海の匂いを感じさせるようなアコーディオンの音がしっかりと登場します。このアコーディオンは,いわゆる「おいしい役」ですね。誰もがいいなぁと感じたのではないでしょうか。そして,この部分は,何となく武満さんの音楽のルーツのように思える部分です。最晩年の曲で使われているのは象徴的な気がします。この透明感のある響きで,すべてが昇華され,将来への期待がつながったように感じました。

今回の演奏は,もしかしたら「2018年6月の今」でないと実現できない演奏だったのかもしれません。是非,谷さんには,将来いつかこの日の演奏会のことなどを思い出して欲しいものです。

後半演奏されたシューマンの「ライン」は,上述のとおり,川瀬さんの大好きな曲ということで,万全の演奏だったと思います。川瀬さんは,もちろん「若手指揮者」ですが,この曲の演奏からは,曲全体の設計をしっかりと構築した上で,エネルギーを要所要所で発散させるような「老練さ」のようなものも感じました。お見事という演奏だったと思います。

第1楽章は,ゆったりとふんわりとした雰囲気で始まりました。強いアタックで始まるかなと予想していたので,「おっ」と思いましたが,何ともスケールの大きな包容力のあるラインの流れが始まりでした。その一方,水谷さんを中心とした弦楽パートなどには,力強く引き締めるような部分もあり,弛緩した感じはしませんでした。それと,4人のホルンの力強い響きからは,まさに「オーケストラの魂」といった前向きさが伝わってきました。

その後の楽章も慌てすぎることなく,ラインの風景を楽しむような余裕のある,ニュアンス豊かな音楽が続きました。第2楽章では,ゆったりとしたゆらぎと同時に,精緻な音の刻みがその流れを支えていることが分かりました。途中出てくる,ホルンの高音も良かったですねぇ。第3楽章は暖かい雰囲気に包まれた間奏曲で,ヴィオラやチェロなど内声部の歌の味が良いと思いました。OEKの編成はいつもよりは大きかったのですが,こういった部分は,室内オーケストラならではなのかもしれません。

第4楽章の「ケルンの大聖堂」の部分では,この楽章の冒頭で満を持して登場する3人のトロンボーンを中心とした和音をはじめ,楽章の随所で,渋さと壮麗さの同居した音楽を楽しむことができました。先週,音楽堂のパイプオルガンの演奏を聞いたばかりだったので,この楽章をパイプオルガンで演奏しても面白いかもと想像しながら聞いてしまいました。各声部に次々とメロディが受け渡されていくような立体感も良いなぁと思いました。

最終楽章には,第4楽章からアタッカでつながっているような感じで,気分がスッと一転しました。じっくりとした味わいとリラックスした気分が同居した雰囲気で始まった後,終盤でしっかりエネルギーを解放していました。川瀬さんは,広上淳一さんのお弟子さんということになりますが,今回の指揮振りをみて,しっかりとエネルギーをため込んだあと,ここぞというときに強く発散させる辺りに共通する部分があるのではと思いました。指揮台の上で一瞬ジャンプしたように思えましたが,これもまた広上さん的だったかもしれません。

曲の最後の最後の部分では,金管楽器が気持ちよく沸き立つように音楽を盛り上げてくれたのですが,こういった部分に漂う「格好良さ」は,井上道義さんに通じる部分があるなと思いました。トランペットにキューを出す時,敬礼をするような感じで左手を上に持ち上げる指揮の動作も,井上さんに少し似ているなと思いました。

アンコールはありませんでした。これも良かったと思います。これから川瀬さんとOEKとの共演が積み重なっていくんだな,という期待がますます高まった公演でした。

川瀬さんとOEKは,6月12日に「OEK30周年特別公演」として,小松市でチャイコフスキーの交響曲第5番なども演奏するということで(OEKが単独で演奏するのは大変珍しい曲です),こちらへの期待も大きく広がりました(この公演については,別途,レビューをまとめています)。

(2018/06/16)




公演の立看板

チラシの方には,谷花音さんもしっかり写っています。



定期公演のパンフレットのデザインが変更になりました。

表紙の方もかなり雰囲気が変わりました。比較のために,以前のものと並べてみました。

終演後,サイン会があったので川瀬さんからサインをいただきました。このスペース,サイン用にちょうど良いかも。

谷花音さんにもいただきました。


終演後,もてなしドーム地下で行っていた,雑貨×作家マーケットを眺めてきました(眺めただけです)。