OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第403回定期公演フィルハーモニーシリーズ
2018年6月21日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ブリテン/マチネ・ミュージカル, op.24
2) ロータ/ハープ協奏曲
3) (アンコール)ロータ(ロータ編曲)/映画「ゴッドファーザー」〜愛のテーマ
4) ロッシーニ/歌劇「シンデレラ」序曲
5) ロッシーニ/歌劇「絹のはしご」序曲
6) ロッシーニ/歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
7) ロッシーニ/歌劇「セミラーミデ」序曲

●演奏
下野竜也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)*1-2,4-7
吉野直子(ハープ*2-3)



Review by 管理人hs  

下野竜也さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニー・シリーズを聞いてきました。下野さんが以前,OEKの定期公演に登場した時,スッペの序曲4曲を後半に並べる意表を突くプログラムだったことがありますが,今回はその「姉妹編」のような形で,後半にロッシーニの序曲4曲が演奏されました。そして,そのロッシーニに合わせる形で,前半にブリテンのマチネ・ミュージカルと,吉野直子さんをソリストに迎えて,ニーノ・ロータのハープ協奏曲が演奏されました。前半・後半とも,イタリアにちなんだ「一ひねり」のある曲が並びました。まず,このプログラミングの斬新さが,下野さんの素晴らしいと思いました。

前半最初に演奏された,ブリテンのマチネ・ミュージカルは,タイトルを見るだけだと,イタリアと関係なさそうですが,実はロッシーニの曲をブリテンがオーケストラ曲にアレンジして,バレエ組曲にしたもので,見事に後半の序曲集と対応していました。ロッシーニの音楽の持つ親しみやすさに,20世紀の音楽らしい鮮やかさが加わり,大変聞き映えのする音楽になっていました。

1曲目の「行進曲」は,ちょっとチープな感じのするトランペットのファンファーレが入るなど,全体にウィットが効いていました。パリッと小粋で明快な響きがロッシーニの世界にぴったりでした。2曲目の「ノクターン」にはチェレスタが入っていました。映画音楽的な心地よさを感じました。3曲目の「ワルツ」を聞きながら,「20世紀に作られたバレエ組曲といえば...」とちょっとショスタコーヴィチの曲などを思い出しました。が,ブリテンによる編曲には,皮肉な感じはなく,非常に健康的で,素直にオーケストラの音の美しさと凛としたキレの良さを楽しませてくれました。

フルートやオーボエが活躍する,のんびりとした「パントマイム」の後,終曲の「常動曲」となりました。生き生きとしたユーモアのある作品で全曲を締めてくれました。この日の演奏は,どの曲についてもそうだったのですが,下野さんは,OEKからビシッと引き締まったクリアな響きを引き出していました。安心して,ロッシーニの世界に遊ぶことができました。

続くハープ協奏曲の作曲者のニーノ・ロータは,往年の映画音楽の大家として有名な方ですが,本人としては,「クラシック音楽の作曲家」と呼んで欲しかったようです。今回演奏されたハープ協奏曲は,吉野さんの説では「日本初演かもしれない」とのことです。明確なことは言えないのですが,演奏される機会の非常に少ない作品といえます。

聞いた印象は,どこかロドリーゴのアランフェス協奏曲を思わせる雰囲気があるなぁと思いました。古典的でラテン的な「空気感」の漂う,大変魅力的な作品と感じました。楽章の構成も,「アランフェス」と似ていると思いました。

第1楽章は,地中海的なカラッとした感じにミステリアスな気分が加わったような楽章でした。この曲での楽器編成は,第1曲目のブリテンより,一回り小さくなっていましたが,どこか壮大エキゾティックな気分を感じました。吉野さんのハープを聞くのは,5月に行われた「楽都」音楽祭以来です。その時同様,繊細かつ鮮やかな音楽を楽しませてくれました。カデンツァの部分での優雅さも印象的で,最後は静かに楽章が閉じられました。

第2楽章では,寂しさと幻想的な美しさとが交錯していました。ここでも,吉野さんのクリアな演奏が見事でした。静かでミステリアスな気分で終わる終結部も良い雰囲気でした。第3楽章には,華麗さと品の良さがブレンドした躍動感がありました。各楽章,それぞれに別の世界を楽しむことができました。

吉野さんのハープの音を聞いていると,いつの間にかどこか現実離れした世界に運ばれたような感覚になります。時間の流れ方が違う,澄んだ世界に浸ることができました。最終楽章は,最後の音がパタっと止むように終わるのですが,時の流れがパタっと止んだような不思議な寂寥感を感じました。

その後,アンコールでロータの映画音楽の名曲,「ゴッド・ファーザー」から「愛のテーマ」が,ハープ独奏で演奏されました。素晴らしく独創的なアレンジだったので,終演後のサイン会の時,吉野さんにお尋ねしたところ,ニーノ・ロータ自身によるハープ用のアレンジとのことでした。ちょっと艶を消したような感じの音で始まった後,この曲ならではの美しいメロディが出てきました。どこかニヒルで虚無的なムードも漂う,実に格好良い演奏でした。

というわけで,ロータのハープ曲については,「新たな定番曲」として,レパートリーに定着していって欲しいなと思いました。

後半は,ロッシーニの序曲が4曲演奏されました。最初プログラムを見たときは,「4つをまとめて,4楽章の交響曲のように聞かせる趣向かな?」と予想していたのですが,下野さんは,1曲演奏するたびに,袖に引っ込み,さらに各曲ごとに楽器編成が違っていましたので,「4皿からなるロッシーニ・フルコースを満喫」といった気分になりました。

正直なところ,ロッシーニの序曲で,「ウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」「泥棒かささぎ」以外については,これまで区別がつかなかったのですが(今回,この3曲を見事に抜かしていたのも下野さんらしい選曲だったと思います),楽器編成からして全然違うのが面白いと思いました。CDで聞くよりは,ずっと楽しめると思いました。

最初に演奏された「シンデレラ」とその次に演奏された「絹のはしご」には,打楽器は全く入りませんでした。そのことにより,弦楽器中心の澄んだ響きが際だっていました。「アルジェのイタリア女」では,トルコ風の鳴り物とピッコロが活躍。そして,「セミラーミデ」では,トロンボーン3,ホルン4となり,ちょっとした交響曲を思わせるようなスケールの大きな響き。そして,どの曲についても,前半のマチネー・ミュージカル同様の,メリハリの効いた引き締まったを楽しむことができました。

ロッシーニの序曲は,大まかにいうと,序奏部の後,木管楽器が大活躍する主部になり,最後はロッシーニ・クレシェンドで締め,というパターンです。このパターンにも色々なバリエーションがあるのが面白いと思いました。

序奏部では,「絹のはしご」の冒頭のヴァオリンの響きの瑞々しさ(この日もコンサートマスターは水谷晃さんでした)が大変鮮やかでした。「セミラーミデ」の序奏部での,たっぷりと歌ったホルンも素晴らしいと思いました。

そしてOEKの木管楽器メンバーの鮮やかな演奏がどの曲でも楽しめました。素晴らしかったですね。特に加納さんのオーボエが「絹のはしご」をはじめ,大活躍でした。美しさの極致といった素晴らしい音でした。松木さんは,フルートとピッコロを持ち替えて演奏されていました。特に「アルジェのイタリア女」での雄弁で軽快なピッコロの演奏が実に爽快でした。

何よりも「ロッシーニ・クレッシェンド」を4連発(正確にいうと,1曲の中に2回ずつぐらい出てくるので,8連発かもしれません)で聞くと,「癖になってしまう」ようなところがあります。ただ単純に音量を増すのではなく,色々な楽器の音を緻密に積み上げながら,大変自然な流れで盛り上がっていくのが素晴らしいと思いました。トリで演奏された「セミラーミデ」での安定したスピード感が心地よく,終演後も,頭の中でずっとクレッシェンドが続いているようなワクワク感が後に残りました。

やっぱり下野竜也さんのプログラミングと音楽作りは,最高と再認識した定期演奏会でした。

(2018/06/27)





公演の立看板


プレコンサートはロッシーニ作曲のチェロとコントラバスのための二重奏曲。この組み合わせの曲は少ないのですが,とても楽しめる作品ですね。


終演後,下野さんと吉野さんによるサイン会がありました。

下野さんのサインです。持参したNAXOS盤です。


吉野さんのサイン。「楽都」音楽祭の時に演奏していたモーツァルトのピアノ・ソナタK.545をはじめ,ピアノ曲をそのままハープで演奏したものが中心のアルバム。このアルバムは,大変気に入っています。