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スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団金沢公演
2018年6月23日(土) 17:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) スメタナ/交響詩「モルダウ」
2) ドヴォルザーク/チェロ協奏曲ロ短調, op.104
3) (アンコール)カタロニア民謡/鳥の歌
4) ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調, op.95「新世界から」
5) (アンコール)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第8番ト短調, op.46-8
●演奏
レオシュ・スワロフスキー指揮スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団*1-2,4-5
ルドヴィート・カンタ(チェロ*2-3)



Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂コンサートホールで,スロバキア・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演が行われたので聞いてきました。演奏されたのは,スメタナの「モルダウ」,ドヴォルザークのチェロ協奏曲と交響曲第9番「新世界から」という,超名曲3曲でした。あまりにも名曲ばかりなので,行こうかどうか迷ったのですが,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の前首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんがソリストとして登場するということもあり(そして,チケットが比較的安価だったこともあり),土曜日の夕方に聞きに行くことにしました。

「超名曲」と書いたのですが,金沢の場合,OEKの編成が大きくないこともあり,大都市圏に比べると,この3曲が実演で取り上げられる機会は少ないと思います。今回,改めてスロバキア・フィルの演奏でこれらの曲を聞いてみて,何回も演奏してきたことによる,磨き上げられたサウンドが素晴らしいと思いました。派手に鳴り響くというよりは,どの曲も,弦楽器を中心全体とした安定感のある落ち着いたトーンがベースになっていました。石川県立音楽堂コンサートホールにぴったりで,山や森といった自然の美しさを思わせるバランスの良い響きでした。こういうのをヨーロピアン・サウンドと言うのかなと思いました。

もちろんどの曲についても,クライマックスでは,金管楽器やティンパニが大活躍するのですが,エネルギーの大きさは伝わっても,うるさいと感じることはありませんでした。「本場の演奏」という表現は,好きではないのですが,これらの曲は数え切れないほど演奏してきた曲だと思いますので,完全に手の内に入った演奏だったのではないかと思いました。

しかも今回演奏された曲は,どの曲からも指揮者や奏者の「思い」がしっかりと伝わって来ました。ルーティーンワークに陥るのではなく,前向きさが伝わってきました。このことは,今回の指揮者,レオシュ・スワロフスキーさんの力が大きかったのではないかと思います。それと,やはり,30年ほど前まで,スロヴァキア・フィルに在籍しており,その後,OEKに移籍したカンタさんとの共演ということも大きかったと思います。

最初に演奏されたのは,スメタナの「モルダウ」でした。前述のとおり,冒頭のフルート2本による「水源」の部分から,落ち着いた雰囲気がありました。演奏自体はすっきりとベトついたところはなかったのですが,常にしっとりとした安心感がありました。中間の民族舞曲風になる部分での素朴さ,「月夜」の部分の穏やかさなど,といても親しみやすい演奏だったと思います。最後の「激流」の部分も,写実的というよりは,音楽的に盛り上がっており,浮ついた感じはしませんでした。最後の「チャン,チャン」の2音もビシッと引き締まっていました。

続いて,ドボルザークのチェロ協奏曲です。この曲をカンタさんの独奏で聞くのは,3回目ですが,今回の演奏には「万感の思い」が秘められていると感じました。もちろん,カンタさんの演奏スタイルは,いつも通りの平然とした自然体でしたが,高音の弱音で歌わせる部分については,スロヴァキアへの望郷の念と金沢の聴衆(本日は大入りでした。駐日スロヴァキア大使も来られていたようです)への感謝の気持ちが滲み出ていました。その姿が感動的でした。

 過去2回の演奏はCD化されています

第1楽章は,クラリネットのほの暗い音で始まります。続く弦楽器の音にも渋さがありました。この序奏部ですが,カンタさんはすでにオーケストラのメンバーと一緒に演奏していました。後半の「新世界」の時もそうだったのですが,「スロヴァキア・フィルのメンバーと一緒に演奏したい」ということが,この日のカンタさんの「願い」だったのでは,と思いました。ホルンによる第2主題も聞き所です。たっぷりとした音の中にほのかに甘いヴィブラートがかかり,心なしか「スラヴ風味」の漂う音でした。

カンタさんの独奏チェロの方も,しっかりとヴィブラートをかけて,たっぷりと歌っていました。3階席で聞いていたので,最初の方は少し音が遠いかなと思っていたのですが,次第に耳がなじんできました。ここでも「思いのこもった」第2主題の歌わせ方が印象的でした。かつての同僚(大半は入れ替わっていると思いますが)と紡ぎ出す幸福な時間だったのではないかと思いました。第1楽章の終結部の充実感に満ちた音も見事でした。

第2楽章は,木管楽器の音とカンタさんのチェロとの深々とした対話から始まりました。しっかりとした歌と心地よい安心感に包まれた至福の時間でした。ここでも,カンタさん得意の「泣かせる高音」が印象的でした。カンタさんのチェロのしっとりとした湿度を持った音によるモノローグにも味がありました。

第3楽章は,オーケストラのしっかりとした歩みで始まった後,カンタさんのチェロの音が出てきます。平然としつつも「熱い」音が素晴らしいと思いました。のびのびとした感じもある,スケールの大きな演奏でした。

この楽章では,後半,音楽が明るくなって,別の世界への「あこがれ」のような気分が出てくる部分が好きです。コンサートマスターと独奏チェロとの重奏になり,なんとなくヴァイオリンの方が目立つ部分なのですが,この日のスロヴァキア・フィルのコンサートマスターは若い方で,瑞々しい音を聞かせてくれました。大先輩のカンタさんとの,実に味わい深いデュオでした。この素晴らしい「絡み」の後,万感の思いがあふれ出てくるような終結部になりました。この「思い」をしっかりと受ける,オーケストラの音の充実感が素晴らしいと思いました。

地元ならではの熱い拍手が鳴り止まず,アンコールでは,カザルスがホワイト・ハウスで演奏した録音で有名になった「鳥の歌」が演奏されました。このカザルス編曲版は,よくよく考えるとピアノ伴奏が付いていますが(ミエチスラフ・ホルショフスキーが担当していますね),今回はチェロ独奏での演奏でした。そのせいか,非常にはかなく,せつなく響いていました。カザルスの演奏には平和への思いが込められていましたが,カンタさんの演奏からは,演奏生活を振り返る,懐かしさのような思いが伝わってくるようでした。

後編に演奏された「新世界」交響曲も素晴らしい演奏でした。センチメンタルになることなく,上述のとおりのヨーロピアンサウンドで,充実感あふれる音楽を聞かせてくれました。

「新世界」の方は,4月上旬にクリストフ・エッシェンバッハ指揮のトンヨン・フェスティバル・オーケストラで聞いたばかりでしたが,力みすぎているような所はなく,この曲自体が持っている魅力をストレートに引き出したような演奏だったと思います。この曲では,前述のとおり,カンタさんがメンバーの中に加わって演奏していたのですが,「再会の喜び」や「一緒に音楽をできるうれしさ」のようなものが,自然に音楽に表れていたと思いました。

第1楽章の序奏部は,カンタさんも加わったチェロ・パートの演奏で始まりました。甘過ぎないけれども,甘い。熟成されたような落ち着きのある音で,一気に「新世界」の世界に誘ってくれました。ホルンの爽快な音などを核とした力強い演奏の後,フルート〜ヴァイオリンに美しいメロディが出てきますが,そのなんとも言えない「ゆらぎ」が魅力的でした。提示部の繰り返しはしていませんでした。

その後も,慌てず,力まず,大らかな雰囲気で音楽が続き,コーダでは,ストレートに気持ちの良い音を聞かせるトランペット(この部分もチェックポイントですね)を中心にビシッと締めてくれました。

第2楽章は,たっぷりとしているけれどもスーッと清潔に音が流れるイングリッシュホルンの音が美しかったですね。その後も色々な思いが去来するようにメロディが多彩に登場。自然に「30年ぐらいの思い出」を振り返ってみたくなる曲です。途中,鳥の鳴き声のようなフレーズが木管楽器に出てくるのも,郷愁に結びつけてしまいたくなります。

第3楽章は,前楽章と対照的に躍動感のある楽章ですが,「本物の血が騒いでいるのかな?」と思わせるような自然な勢いを感じました。中間部でののどかな雰囲気や,スラヴ舞曲的な部分での,豊かな歌が良いなぁと思いました。レガートで気持ちよく歌わせているのが印象的でした。

第4楽章には,そのまま,ほぼアタッカでつながっていました。すっきりと力強く,明快さのある出だしでしたが,その中には熱い思いが籠もっているようでした。この日のティンパニは,どの部分でも非常に力強く引き締まった音を出していました

シンバルが「シャーン」と静かに演奏された後(唯一の出番ですね),クラリネットの音に導かれて,別世界に入っていくような感じになります。その後の「回想シーン」的な部分も良かったですね。しみじみとした歌にあふれていました。曲の最後,ゆったり大きく盛り上げた後に,澄んだ音が静かに残りました。

終演後の拍手は盛大でした。なかなか鳴り止まなかったですね。スタンディング・オベーションをしている人もいました。その拍手に応えて,アンコールでスラヴ舞曲第8番が演奏されました。恐らく,この曲は「新世界」の後のアンコールの定番曲だと思います。生き生きと流れるような演奏で,スワロフスキーさんは自ら楽しむように指揮をされていました。メンバーの方にグッと近寄ったり,見ていて楽しい指揮ぶりでした。

この日の客席には,OEKのメンバーの姿もちらほら見かけました。カンタさんを囲む会を中心とした,熱心なファンも多かったと思います。やはり,30年近くOEKに在籍したスロバキア出身のカンタさんの存在は大きかったと思います。確実に金沢とスロバキアの距離を縮めてくれたと思います。これを機会に,是非またスロヴァキア・フィルには金沢公演を行ってほしいものです。

今年の6月は,川瀬賢太郎指揮OEKでシューマンの「ライン」(ドイツ)とチャイコフスキー(ロシア)プログラム,下野竜也指揮OEKでイタリア・プログラムも聞いていたので,今回のチェコ・プログラムと合わせて,公演ごとに世界各国を巡っているような気分です。考えてみると贅沢なことだなぁと感じています。

(2018/06/30)





公演の立看板


公演のポスター


公演の案内

音楽堂の入口付近に,「歓迎スロヴァキア・フィル御一行様(多分,そういうことが書かれているのだと思います)」の横断幕が出ていました。




スロヴァキアワインの販売も行っていました。


終演後,スワロフスキーさんとカンタさんのサイン会が行われました。


カンタさんがスロヴァキア・フィルに属していた頃のCD(NAXOSレーベルのスラヴ舞曲集,ズデニエック・コシュラー指揮)を持参して,カンタさんにお尋ねしたところ,「この録音に参加している」と言われたので,記念にサインをいただきました。


こちらは公演プログラムです。スワロフスキーさんとカンタさん(もう一回いただきました)の両者にいただきました。