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オーケストラ・アンサンブル金沢第403回定期公演マイスターシリーズ
2018年7月7日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

シュトラウス,R./メタモルフォーゼン, TrV290
ワーグナー/ジークフリート牧歌, WWV103
ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調, op.21
(アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲

●演奏
アレクサンダー・リープライヒ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

全国的に梅雨前線による大雨が続く中,2017/18のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズのトリとなる,アレクサンダー・リープライヒさん指揮による演奏会を聞いてきました。リープライヒさんは,毎年のようにOEKに客演している,ドイツ出身の「常連」指揮者です。

今回のプログラムは,マイスターシリーズの通しテーマ「ドイツ,音楽の街」にちなみミュンヘンがテーマでした。リープライヒさん自身,ミュンヘンで活躍されていたということがまずポイントになります。今回演奏された3曲の中では,特にリヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」がミュンヘンにちなんだ作品です。それ以外に,ワーグナーの「ジークフリート牧歌」とベートーヴェンの交響曲第1番が演奏されました。

今回の公演は,「協奏曲なし」で,シュトラウスについては弦楽合奏のみ,ワーグナーについては,管楽器が少なめ。さらにトリがベートーヴェンの交響曲第1番ということで,かなり地味目の内容でしたが,その分,室内オーケストラとしてのOEKの本領が発揮された公演だったと思います。

まず,前半に演奏されたメタモルフォーゼンですが,「23の独奏弦楽器のための」とサブタイトルに書かれているとおり,一見、普通の弦楽合奏のように見えながら,実は23人全員が独立したパートを弾くという独特の書法で書かれています。配置も変わっており,正面奥にコントラバス3人,上手側の奥にヴィオラ5人,その前にチェロ5人。下手側にヴァイオリン10人が並ぶというレイアウトでした。チェロ以外は全員立ったままで,「全員がソリスト」的な扱いになっていました。全員に譜面台があるというのも新鮮でした。

この編成のとおり,小編成の割に中低音が充実しており,冒頭のチェロ,それに続くヴィオラの重奏の部分をはじめとして,演奏全体にほの暗い気分が漂っていました。「戦争の記憶」についての「悲しみ」に加え,「滅びの美」のような気分が緻密に描かれていると感じました。

途中,音楽がやや明るくなり,「憧れ」や「希望」が感じられる部分になります。こういった部分でも,「タタタ・ター」というベートーヴェンの「英雄」の葬送行進曲を思わせるモチーフが執拗に繰り返され,アビゲイル・ヤングさんのヴァイオリンを中心に,色々が感情が高ぶってくるように,「ソリストたち」の音が飛び交っていました。その立体感が素晴らしいと思いました。実演ならではの面白さでした。

曲の最後の部分では,大きく息を吸うようなタメを作った後,本物の「葬送行進曲」のモチーフが出てきて,荘厳な感じで締めてくれました。確かに,重苦しい作品でしたが,その中に時折,シュトラウスならではの甘さが入り,「ビター&スイート」風味になっていたのも良かったと思いました。

続くワーグナーの「ジークフリート牧歌」の方は,ワーグナーにしては例外的に爽やかな作品です。妻ゴジマへの「朝起きたらびっくり。サプライズ誕生日プレゼント」ということで,冒頭から朝のすがすがしさがありました。前半に演奏された「メタモルフォーゼン」とは対照的な澄んだ世界が広がりました。

この曲をOEKが演奏するのは,意外に少ないのですが,OEKにぴったりの作品です。透明感のあるクールな弦に,ソリスティックに管楽器が彩りを加える感じが最高でした。中間部は丁寧で緻密な音楽の運びでした。ホルンのソロが軽快に出てきて,ワーグナーの楽劇の気分もほのかに漂います。最後の方ではトランペットも加わるのですが,他の楽器に溶け合いながらもしっかり聞こえてくる音色が素晴らしいと思いました。

最後は名残惜しさを交えて,静かに締められました。全曲を通じて,平穏な世界をしっとりと描いた「誠実な思い」の籠もったプレゼントになっていたと思いました。

演奏会の最後に演奏されたのは,ベートーヴェンの交響曲第1番でした。考えてみると,この日のプログラムは,演奏された順に作曲された年代がだんだんと古くなっていましたが,逆に古い作品ほど,編成が大きいというのが,とても面白いと思いました。そして,このベートーヴェンにはトリにふさわしい聞き応えがありました。前半の2曲は,かなり地味目でしたので,とても鮮やかに感じられました。リープライヒさんの個性がよく現れた素晴らしい演奏だったと思います。

リープライヒさんが,袖から登場して,オーケストラの方を向いた途端に,曲が始まりました。第1楽章の序奏部の最初の音から,ピンと弾けるような強さがあり,実に新鮮でした。その後の音楽にもしなやかさ,力強さ,勢いがありました。

リープライヒさんの指揮は過去何回か聞いてきましたが,常に音楽がビシッと引き締まっており,クールな雰囲気があります。その感じが実に新鮮でした。主部に入ってからも,速めの演奏で生き生きと進み,弦楽器と木管楽器との掛け合いの面白さも感じられました。音楽のすべてがしっかりと整理されており,曖昧なところがない演奏だったと思います。

第2楽章も速めのテンポで,さらりと,しかし緻密に演奏されていました。透明感と清潔感の漂う中に生き生きとしたリズムとダイナミックさもあり,聞いていて楽しくなるような演奏でした。第3楽章は一応「メヌエット」楽章ですが,スケルツォそのものでした。格好演奏だな,と思いました。個人的には,トリオの部分の木管のハーモニーの部分が大好きなのですが,ここでの美しいレガートも素晴らしいと思いました。

第3楽章の後,その勢いのまま,アタッカで第4楽章に入っいましたが,その最初のティンパニの一撃には驚きました。今回の演奏では,バロックティンパニを使っていましたが,この部分以外でも,随所で強烈な響きを作っており,第1交響曲にして「あっと言わせてやろう」というベートヴェンの気概が伝わってくるような力強さがありました。聞きながら,ティンパニが大活躍する,交響曲第8番を先取りするような気分があるな,と思いました。

第4楽章は第3楽章の延長のような感じで,流れるようなノリの良さが感じられました。最後は,スカッとクールに締めてくれました。

オーケストラの音自体には硬質で,ひんやりとしているけれども,音楽の底には常に熱いパッションが流れている。そして時折,思いが爆発する。そういう感じの演奏だったと思います。何より,自信に満ちた表現が素晴らしいと思いました。

アンコールでは,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。ベートーヴェンの交響曲第1番に通じる,前向きで,カチッと引き締まった気分があり,この日のアンコールにぴったりだと思いました。

OEKは前日の夜(!),名古屋公演を行った後,移動して金沢公演を行ったのですが,大雨のせいで移動は大変だったのではないかと思います(楽器の搬送も)。西日本では大変な被害が出てしまった今回の豪雨でしたが,そういった中で実現した演奏会ということで,演奏会実現のために費やされたエネルギーが,音楽の方にもしっかり反映していたのではないかと感じました。関係者の皆様お疲れ様でした。

(2018/07/11)





公演の立看板

「カデンツァ」最新号の表紙が,ゴーゴー・カレーだったので,石川県立音楽堂の隣の店に行ってみたところ,ずらっとカデンツァが掲示されていました。





川瀬賢太郎さんのサインも掲示されていました。

終演後,リープライヒさんのサイン会が行われました。持参した,バッハのCDにいただきました。



このCDですが,ヒラリー・ハーン,マティアス・ゲルネ,クリスティアーナ・シェーファーの方が「主役」です。なかなか味わい深いCDでです。