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Free Range Ensemble presents バッハ×舞曲
2018年7月24日(火)19:00〜 金沢市アートホール

1) コレルリ/ソナタ ニ短調, op.5-12 「ラ・フォリア」
2) バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番ニ短調,BWV.1002
3) タルティーニ(クライスラー編曲)/ソナタ ト短調 op.5-2「悪魔のトリル」
4) サン=サーンス/ハバネラ op.83
5) グルック(クライスラー編曲)/メロディ(精霊の踊り)
6) チャイコフスキー/ワルツ・スケルツォ op.34
7) (アンコール)フバイ/チャールダーシュの情景第4番, op.32「ヘイレ・カティ」

●演奏
上島淳子(ヴァイオリン),松井晃子(ピアノ)



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の第1ヴァイオリン奏者,上島淳子さんとピアニストの松井晃子さんによる Free Range Ensembleの演奏会が金沢市アートホールで行われたので聞いてきました。上島さんについては,OEKメンバーによる室内楽公演などでは,何回も聞いたことはありますが,デュオ・リサイタルを聞くのは今回が初めてのことです。

上島さんは,とても落ち着いた雰囲気のある方です。が,その音は意外なほど堂々としており,金沢市アートホールにぴったりと最適化された充実した演奏を聞かせてくれました。

プログラムのメインは,上島さんが,毎回のように演奏している,バッハの無伴奏ヴァイオリンの中のパルティータ第1番でした。このパルティータ自体,各種舞曲を集めたものですが,それ以外の曲についても,色々な時代の舞曲を集めていたのが,今回のプログラムのとても面白いところでした。今回演奏された「舞曲」をざっと並べると次のような感じになります。

ラ・フォリア,アルマンド,クーラント,サラバンド,ブーレ,シチリアーノ,ハバネラ,ワルツ,スケルツォ。それ以外に「精霊の踊り」が加わります。ダブっている舞曲がないのが素晴らしい点です。

上島さんは,そのイメージどおり,常に落ち着いて演奏されていました。演奏の情感としては,甘くなり過ぎることはなく,節度が感じられるのが特にバッハの雰囲気にぴったりだと思いました。バッハの演奏に限らず,急速なパッセージで平然とは,バリバリと演奏していたのが,実にクールで上島さんらしいと思いました。

前半は,コレルリの「ラ・フォリア」で始まりました。この曲は,「コレルリの主題による...」といった作品のテーマとして知られている作品ですね。「ラ・フォリア」はスペイン起源の古い舞曲です。低音の上に変奏曲が展開...ということで,正直なところ,「シャコンヌ」やら「パッサカリア」と区別が付きません。一言でいうと「荘重系」(こういう言葉はありませんが)の変奏曲です。

この曲については7月7日のOEK定期公演のプレコンサートで,上島さんがチェロの大澤さんと一緒に演奏していたのですが(この時の美しい音が忘れられず,今回聞きに行くことにしました),今回はピアノ伴奏版でした。いろいろな版・編曲があるようです。

上島さんの音は上述のとおり,たっぷりとしたもので,ややのっぺりとした感じはしましたが,暑い日が続く中,音を聞いた瞬間「生き返った!」気がしました。変奏の方も安定感があり,どこか美しい静物画をじっくりと味わっているような印象を持ちました。最後のカデンツァの部分も壮麗でした。

続く,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番の方も,慌てず騒がず,しっかりと演奏されていました。この曲集については,今年の1月,同じOEKの第1ヴァイオリンの原田智子さんによる演奏(別の曲ですが)を聞いたばかりですが,同じパートでも全く個性が違うのが面白いですね。それをまとめるのが指揮者やコンサートマスターの仕事(ご苦労)ということが言えそうです。

ゆったりとした楽章での崩すことのない,しっかりとした演奏も良かった野ですが,テンポの速くなるクーラント(コレンテという表記のようです)での生き生きとした表現も印象的でした。このパルティータは4つの楽章からなっているのですが,それぞれ「ドゥーブル」という変奏が付いているので,実質8楽章のようになります。クーラントのドゥーぶるについては,輪をかけて音楽の勢いが増し,息もつかさぬ緊迫感を味わわせてくれました。

後半の最初のタルティーニの「悪魔のトリル」と呼ばれるソナタもバロック音楽ですが,クライスラー編曲版ということで,徐々にロマン派の音楽になっていきます。この曲は後半のキビキビとしたトリルの部分が有名ですが,最初の楽章は,実は,ゆったりとしたシチリアーノです。ここで「舞曲」というテーマにつながります。この日のピアノは,おなじみの松井晃子さんでした。特に後半の楽章での生き生きとした演奏が素晴らしく,上島さんのヴァイオリンを盛り上げていました。この曲にも最後の部分にカデンツァがありました。平然とバリバリと弾きまくる,平常心の凄さとスケール感を感じさせてくれました。

次のサン=サーンスのハバネラでは,松井さんのピアノの作り出す妖しげなムードの上に,上島さんのヴァイオリンの滴るような美しい音が登場。夏の夕暮れのムードだな,と想像しながら聞いていました。濃厚過ぎないのが,今年の猛暑にはちょうど良いなと思いました。途中,音楽が一転するのですが,松井さんの力強いピアノともども,そのダイナミックな音楽の変化が素晴らしいと思いました。途中,ヴァイオリンの高音にポルタメント(グリッサンド?)が出てくるのですが,そのすっきりとした美しさもとても印象的でした。

続くグルックの「メロディ」は,「精霊の踊り」と呼ばれているものですが,フルートの演奏で有名なメロディは,この曲には出てきません。淡い哀しみがしっかりと伝わってきました。

プログラムの最後は,チャイコフスキーのワルツ・スケルツォでした。こういった曲だと,もう少しリラックスしてもらっても良いかなとも思いましたが,楷書のようなスタイルで,しっかりと演奏するのが上島さんのスタイルなのだと思います。力強く,線の太い音楽で演奏会を締めてくれました。

この日の客席は,満席というわけではありませんでしたが,とても熱い拍手が多く,上島さんから「暑い中,ご自愛ください」というご挨拶の後,舞曲集の「締め」にぴったりの「チャールダーシュ」がアンコールとして演奏されました。

チャールダーシュといっても,定番のモンティの曲ではなく,フバイのチャールダーシュが演奏されました。最初の方は「初めて聴く曲だな」と思って聞いていたのですが,最後の急速な部分で,ブラームスのハンガリー舞曲に出てくるメロディが登場し,ウキウキとした気分の中で演奏会を締めてくれました(調べてみると,ハンガリー舞曲集の最後の第21番の最後に出てくるメロディでした。)。

上島さんの演奏は,どの曲についても,すべてをおろそかにしない「楷書」の演奏という感じで,聞いていて安心感を感じました。じっくり,くっきりと演奏の中から,曲の持つ良さがストレートに伝わってきました。プログラミングの面白さと同時に弦楽器の音の生む「安心感」を実感できた演奏会でした。

(2018/07/29)




公演のチラシ