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オーケストラ・アンサンブル金沢第405回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2018年7月30日(月)18:30〜 石川県立音楽堂コンサートホール

ドビュッシー/歌劇「ペレアスとメリザンド」(全5幕,フランス語上演,ステージ・オペラ形式)

原作:モーリス・メーテルリンク
演出:フィリップ・ベジア,フローレン・シオー
衣装:クレメンス・ペルノー
照明:ニコラ・デスコトー
映像:トマス・イスラエル
舞台制作:ボルドー国立歌劇場,石川県立音楽堂

●演奏
マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)

ペレアス:スタニスラフ・ドゥ・バルベラック(テノール)
メリザンド:キアラ・スケラート(ソプラノ)
ゴロー:アレクサンドル・ドゥハメル(バリトン)
アルケル:ジェローム・ヴァルニエ(バス)
ジュニヴィエーヴ:シルヴィ・ブルネ=グルッポーソ(メゾ・ソプラノ)
イニョルド:マエリ・ケレ(アキテーヌ・ユース声楽アカデミー・メンバー)
医師・牧童:ジャン=ヴァンサン・プロ(バス)
合唱・助演:ドビュッシー特別合唱団



Review by 管理人hs  

9月からオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の芸術監督に就任する,マルク・ミンコフスキさん指揮による,ドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」の公演が石川県立音楽堂コンサートホール行われたので聞いてきました。この公演は,2017/2018のOEKの定期公演シリーズのトリの公演でしたが,それに加え,今年1月,ボルドー国立歌劇場で行われたオペラ公演を,ほぼそのまま持ってきた公演ということで,ミンコフスキさんの「就任記念」公演に相応しい,スペシャルな定期公演でした。

今回は,「ステージ・オペラ形式」ということで,オーケストラがピットに入るのではなく,ステージに乗ったまま,その周辺で,歌手たちが歌い,演じるというスタイルでした(ちなみにこの公演の翌々日に東京オペラシティで行われた公演は,「セミ・ステージ形式」で,もう少し簡素化された形で上演されています。)。

 分かりにくいですが開演前のステージです。

ボルドー公演の詳細は知らないのですが,今回の公演は,映像を大々的に使っていた上,衣装の方は通常のオペラと同様でしたので,通常のオペラを観たのと同様の印象が残りました。「ペレアスとメリザンド」は,メーテルランクの象徴主義文学が原作ということで,具体的な大道具などを使って上演するのは,むしろ変な気がしますので,今回のような,半分抽象的な映像を使った演出は,この作品の性格にぴったりなのではと思いました。

何よりも,ステージ上で演奏することで,オーケストラの音や細かいニュアンスがしっかりと聞こえてくるのが良かったと思います(何と言ってもオーケストラの「定期公演」なので)。開演が18:30,終演が21:30過ぎということで,さすがに長い作品でしたが,映像の力と相俟って,全く退屈することなく,ドビュッシーとメーテルランクの世界を楽しむことができました。アリアっぽいアリアがほとんどない,「オペラ」らしくない作品であることは確かでしたが,古い時代のオペラよりは,近代的な演劇に近い分,予想以上に,なじみやすい作品だと思いました。

ミンコフスキさん指揮OEKは,冒頭の前奏部分から大変じっくりと演奏していました。私にとっての「ペレアスとメリザンド」の印象は,色で言うと「グレー」です。今回の上演には,まさにその通りの雰囲気がありました。こってりとしたテンポで始まった後,「森」や「泉」が静かに動き,流れ出し,登場人物たちが出会い...。今回は,映像を大々的に使っていたのが特徴でしたが,そのことにより,場面ごとの切り替えに時間がかからず,音楽の流れと映像の変化とが非常にスムーズに連動していました。

映像を投影していたスクリーンはステージ奥と,ステージ前(オーケストラの前)の2カ所にありました。前方のスクリーンは,可動式の半透明(紗幕(しゃまく)と言うようです)だったので,オーケストラが透けて見えます。この2つを組み合わせることで,本当に多彩で立体的なイメージが広がっていました。映像の色合いは,基本的にモノトーンで,「森」「泉」「城」といった,メーテルランクの原作で象徴されているものが映像として投影されていました。この映像は,動画になっており(プロジェクションマッピングでしょうか?),時々揺らぎがあるのが面白い効果を出していました。特に冒頭部の「揺れる森」の雰囲気はリアルかつ幻想的でした。

# この方式で,ワーグナーの楽劇もステージ・オペラ形式で上演できるのでは?と期待半分で思ってしまいました。

第1幕1場は,ゴローとメリザンドの出会いの場です。ゴローを歌うアレクサンドル・ドゥハメルさんの声には,透明感と同時に威力があり,メリザンドを歌う,キアラ・スケラートさんの声には,可憐さとミステリアスな雰囲気とが同居していました。

第2場になると,映像の力でパッと城の中に切り替わります。この映像がいちいち「格好良い」のが素晴らしかったですね。今回の演奏は,各場の間の「間奏」の音楽が短い,オリジナルバージョンによるとのことでしたが,映像を多様した今回の上演スタイルに合っていたと思いました(ただし...通常版よりどれだけ短かったのか,聞き慣れていないため,実感はできませんでした)。第3場は,「森に覆われた城」の雰囲気。上述の前と後ろのスクリーンによって立体感と動きの感じられる森となっていました。

第2幕第1場は,メリザンドがゴローからもらった大切な指輪を「庭園の泉」に落としてしまう場です。メリザンドの表情を見ていると,確信犯的に落としていた辺りが意味深でした。映像の方は,大きく指輪が投影されており,大変分かりやすいものでした(分かりやす過ぎ?)。メリザンドの純真で凜とした声と,ハープなどを交えた,きらめくような音とがしっかりマッチしていました。後から考えると,この「指輪の喪失」が悲劇の始まりだったように思えます。そう考えると,ワーグナーの「リング」の本歌取りと言えるのかもしれません。

第2場は,メリザンドが指輪を無くした「正午」に,ゴローは落馬してしまい,ベッドで寝ているという場です。この辺が「象徴主義」的な部分でしょうか。続く,第3場は,ゴローの命令で,メリザンドとペレアスが連れだって,海辺の洞窟に指輪を探しに行く場です。

ストーリーの大筋とは関係なさそうな部分なのですが,この部分では,音楽と映像の連動が特に鮮やかでした。洞窟の中に月明かりが差すと浮浪者が見えるというシーンですが,音楽の効果と相俟って陶然としてしまいました。さらに別世界を見せてくれた感じでした。

第3幕第1場は,城の塔の上からメリザンドが長い髪を垂らすシーンで有名です。この「長い髪」も見事に映像化されており,ビジュアル面でのいちばんの見せ場になっていた気がしました。メリザンドは,コンサートホールのオルガンステージの部分に立っており,その周辺に髪の毛を表現した繊細かつ鮮やかな映像が投影されていました。ステージ上方にきらびやかなドレスを着た女性が立っているという点で,一瞬,紅白歌合戦での小林幸子を想像してしまいましたが,このホールにぴったりの演出だと思いました。そして,この世の人間でないような,浮遊感を感じました。音楽とビジュアルとが一体となった,しっとりとしたキラキラ感が大変印象的な部分でした。この部分は,「ロメオとジュリエット」のバルコニーのシーン同様の「愛のシーン」ということで,2人の歌唱も大変美しいものでした(右の写真は,翌日の北國新聞の朝刊の1面です。この場面の写真を使っていました。)。

その後の第2場と第3場は,対になっていました。ゴローとペレアスの兄弟が地下の暗い穴倉を通り抜けて照らすに出る,という部分ですが,ここでも映像の力が圧倒的でした。ホラー映画的な不気味な雰囲気のある第2場がステージ上部,そこを通り抜けた後の第3場が下のステージというコントラストも面白いと思いました。確か少しくすんだ感じの「青空」が広がっていたと思うのですが,下のステージで演じることで,空の広がりを強く感じました。

第4場は,ゴローが息子のイニョルドに,ペレアスとメリザンドの居る城の中の部屋を覗かせる場になります。イニョルド役のマエリ・ケレさんの恐怖に満ちた純粋な声が,ゴローの狂気を強調しているようでした。この部分では,窓を思わせる映像と瞳のアップがさらに雰囲気を盛り上げていました。

今回,公演ポスターのビジュアルにも使われていたとおり,人の顔(特に目の部分)のアップが随所に使われていました。ストーリーの中には,見つめ合うシーンや,覗いたりするシーンがありますが,そのことを象徴していたのかもしれません。

この場が終わった後,休憩となりました。

「普通のオペラ」っぽい雰囲気のある第4幕第1場に続いて,第2場は,ゴローとペレアスの祖父・アルケル王の見せ場となります。今回は,ジェローム・ヴァルニエさんが演じていましたが,非常に紳士的でリリカルな雰囲気があり,しみじみと聞かせてくれました。その後,ゴローがメリザンドを罵る,「狂乱の場」というか「DVの場」となります。アルケル王の紳士的で大人のムードと好対照を成していました。この場では,背景の映像が段々と傾いていき,ゴローの心理状態を分かりやすく表現していました。

「イニョルドと羊飼い」による第3場では,意味ありげな台詞が続きます。この辺りになると,謎が謎のまま残されるのが,段々と快感(?)になってくるように思えて来ました。

続く,第4場は,ドラマの流れ的には,全曲のクライマックスです。ペレアスとメリザンドによる「愛のシーン」は,いかにもドビュッシー的です。「ジュテーム」と言った後,甘く盛り上がるのがロマン派のパターンですが,ドビュッシーの場合,一瞬沈黙します。ワーグナー的な「愛の場」と正反対のインパクトの強さを残してくれました。

ただしその後に続く,ペレアスによる「君の声は,春の日に海を渡ってきたようだ」の部分では,ストレートに愛の喜びを歌っていました。ペレアス役については,バリトンで歌われることも多いようですが,今回は,テノールのスタニスラス・ドゥ・バルベラックさんを起用したことで,強く直線的で若々しい声の魅力を堪能できました。

その後,門が締まる描写となります。CDで聞くよりも,生演奏で聞くと大変分かりやすい部分で,見事な「効果音」になっていると思いました。そして,この音が悲劇のトリガーとなって,ゴローがペレアスを刺す場になるのですが,その前に出てくる,ペレアスとメリザンドが抱き合う場での陶酔感も素晴らしいと思いました。この辺りで,映像の方は,「星が降る」といった雰囲気になっていたと思いますが,メリザンドの声の透明感とぴったりでした。

緊迫感と美しさが合わさった雰囲気に続き,ゴローがペレアスを刺します。ここでは,映像が赤く変わっていました。ここまでモノトーン中心だったので,非常にドラマティックに感じられました。音楽の方も,フニャっとした印象のあるドビュッシーにしては珍しいほどのドラマティックな盛り上がりがありました。

ゴローについては,この人が出てくる度に,ドラマが巻き起こる感じで,意外にヴェリズモ・オペラに近いキャラクターなのではと思いました。その極致がこの殺害の場だったと思います。アレクサンドル・ドゥハメルさんの声は説得力と迫力十分でした。

第5幕では,「メリザンドの死」が描かれます。ミンコフスキ指揮OEKは,「死」を前にした,抑えた陶酔感を感じさせる美しい演奏を聞かせてくれました。

メリザンドは「死の床」に付いている...はずですが,今回は立ったまま演じていました。これまでの流れからすると,いきなり,メリザンドがベッドの上に寝ているのも唐突感があるので,この方がスタイリッシュなのかなと思いました。

国王アルケルについては,原作を読んだ感じでは,非常に老いたキャラクターだと思っていたのですが,ジェローム・ヴァルニエさんの歌は,どこか知的で,特にこの幕では,「いいこと言っているなぁ」と思わせてくれました。「おまえは,魂というものが分かっていない」といった感じで,ゴローをたしなめるセリフを聞きながら,今回のアルケル王については,老人キャラというよりは,賢者的なキャラという印象を持ちました。

その後,すっとメリザンドは死んでしまうのですが,その後,背景の映像が夕暮れの景色のような色合いにスッと変化しました。この変化が鮮やかでした。

その後,オペラ全体の終結部となり,弔いの鐘の音と淡いロマン的な雰囲気の中で全曲が閉じられます(鐘の音が入るとは知りませんでした)。この最後の部分の雰囲気は素晴らしいと思いました。管楽器のデリケートな弱音が続くので,管楽器奏者の皆さんはプレッシャーだったと思いますが,精緻さと温かみが合わさったような音世界は,ミンコフスキさんならではかも,と思いました。

全曲を通じてみると,映像の力で分かりやすくなっていたとはいえ,色々と謎な部分はあります。メリザンドの死因は?その後,ゴローはどうなる?ゴローとペレアスの父はいるのか?...そういった謎を謎のまま残しつつも,音楽の方は安らかな和音で解決しているのが面白いと思いました。

今回の上演については,大道具の代わりとなる洗練され尽くしたような映像,生きの良い歌手たちによる瑞々しくも知的な歌,そして,ミンコフスキ指揮OEKによる映像にぴったりの音楽,といった要素が非常に高い水準で揃っていたと思います。

音楽的にみると,特にペレアス,メリザンド,ゴロー,アルケル王といった,主要な役柄の歌手たちの歌唱が素晴らしいと思いました。粒ぞろいの高水準だったと思います。特にメリザンド役のキアラ・スケラートさんの声には,瑞々しさの中に落ち着きがあり,安心して楽しむことができました。より直線的で,瑞々しい声のペレアス役,スタニスラフ・ドゥ・バルベラックさん共々,これから,どんどん活躍の場を広げていくことでしょう。

というわけで,初「ペレアスとメリザンド」をしっかりと楽しむことはできました。今回の上演は,ボルドー国立歌劇場の総監督も務めているミンコフスキさんの存在があったから実現したものだったと思います。今回の成功を契機に,金沢とボルドーのオペラ面でのとつながりが強くなって欲しいなと思いました。

その一方,やはり,オペラは総合芸術ということで,音楽のウェイトが相対的に下がります。芸術監督就任後については,先日の記者会見で語っていたとおり,ミンコフスキさん指揮によるオペラ公演に期待する一方で,是非,次回はOEKの基本レパートリーである古典派の交響曲などを,ミンコフスキさん指揮でストレートに聞いてみたいものだと思いました。

(2018/08/08)




公演の立看板

おなじみレンゴーさんから,花束が届いていました。


この日の公演は,18:30開演。いつもより早めに到着(仕事は早退しました)。夕暮れ時の音楽堂の雰囲気も良いですね。



音楽堂の壁面の巨大ポスターも,ミンコフスキさんに交替していました。