OEKfan > 演奏会レビュー
神田松之丞と篠井英介が誘う講談&オペラ「卒塔婆小町」
石川県立音楽堂 日本の室内オペラシリーズ
8月19日(日) 開演 14:00 石川県立音楽堂 邦楽ホール

第1部
新作講談「卒塔婆小町」
●講談:神田松之丞

第2部
石桁真礼生/オペラ「卒塔婆小町」(1幕3場)

●演奏等:
原作:三島由紀夫「近代能楽集」から,台本:石桁真礼生,演出:知久晴美,監修:池辺晋一郎
田中祐子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)
配役:
ナビゲーター: 篠井英介,老婆・小町: 家田紀子(ソプラノ),詩人: 小林由樹(バリトン),男A:古村勇樹(テノール),女A:石川公美(ソプラノ),男B・巡査:西村朝夫(バリトン),女B:直江学美(メゾ・ソプラノ),男C:国谷優也(バス),女C:仲谷響子(アルト),その他
舞踊: ミヤザキ・ダンススタジオ



Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂の邦楽ホールでは,年1回ぐらいのペースで,「日本人作曲家による室内オペラ」の上演を行っています。昨年は,落語の「死神」と池辺晋一郎さん作曲によるオペラ版「死神」を組み合わせた公演が行われましたが,今年は,「卒塔婆小町」がテーマでした。

今回のオペラは,もともと能として作られた作品を,三島由紀夫が「近代能楽集」として戯曲に翻案した版に基づいたもので,作曲と台本は石桁真礼生です。演奏時間は45分程度ということで,このオペラと組み合わせる形で,前半では,講談師の神田松之丞さんによる,新作講談「卒塔婆小町」が披露されました。

この講談ですが,三島由紀夫版ではなく,オリジナルの能を翻案した講談になっていました。かつて美貌を誇り,今は100歳の老婆となった小野小町のお話です。若い頃,自分を恋慕した深草少将に,「百夜私のもとに通ってきたら,あなたの恋を受け入れましょう」と語りますが,少将は九十九夜まで通ったところで死んでしまい,成就できず怨霊に...というのがオリジナルのストーリーです。

台本については,すべて松之丞さんにお任せになっていたようで,その裏話が,「アフター・トーク」で披露されました(1週間前まで台本ができていなかったそうです)。アフター・トークは,演劇の後に行われることが増えているのですが,とても良い企画だと思いました。

金沢で講談を聞く機会は,非常に少ないのですが,まず松之丞さんの声に惹かれました。マイクは使っていましたが,小さな声の部分でもクリアに染み渡るようにセリフが聞こえました。マクラの部分で,「講談は,ストーリーを克明に表現するもの」と説明されていましたが,まさにそのとおりでした。スラスラとセリフが連なっていくのも心地良かったですね。「男はつらいよ」の寅さんのセリフのイメージでした。要所要所で,台をパンパンと叩くのも講談ならではの手法です。これもまた新鮮でした。「ストーリーの流れを作り,盛り上げていく」という点で,オペラに共通する部分もあると思いました。

本編の展開の方は,オリジナルの能に基づいているだけあって,ひんやりとした感触のある深さのようなものを感じました。前半のマクラの部分は,落語を聞くような面白さでしたが,その後は,しっかりと古典を聞いたような充実感が残りました。

後半のオペラの方は,小編成のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がピットに入り,かなりしっかりとした大道具のある舞台で演じられました(右の写真参照。終演直後に撮影したものです)衣装の方も現代風になったり鹿鳴館風になったり,変化に富んでいました。全体は1幕構成でしたが,途中,鹿鳴館時代にワープする場が入っていましたので,全体は3部構成という感じでした。この辺の時空を超える辺りが,能と共通する部分ですね。

幕が開くと,アベック(死語?)が数組たたずむ,現代の(1950年代?)夜の公園。声楽アンサンブルの皆さんによる,不気味な合唱が漂う中で始まりました。この声楽アンサンブルには,石川公美さん,直江学美さん,仲谷響子さんといった,石川県ではおなじみの歌手の皆さんが参加していました。

そして,「ちゅうちゅうたこかいな」という意表を突く歌詞で老婆の歌は始まります(落ちているタバコを拾う場)。一見コミカルな歌詞ですが,音楽の雰囲気と相俟って,怪談噺が始まるようなホラー的な気分が漂いました。全曲を通じて,音楽の方は,覚えやすいメロディが出てくる感じではなく,「現代音楽」風の難解さありましたので,特に最初の方については,オペラというよりは演劇の雰囲気に近い気がしました。

今回の上演では,場面の転換ごとに,ナビゲーター役の篠井英介さんが登場し,語りで雰囲気盛り上げていました。ドラマの流れにメリハリを付いていたので,とても良かったと思いました。

その後,老婆(実は小町)役の家田紀子さんと詩人役の小林由樹さんのやりとりになります。そして,80年前(だったと思います)の鹿鳴館時代にワープ。老婆の時は全く顔を見せていなかった家田さんは一気に若返り,白いドレスに変身。この部分では,男女ペアのダンサーも登場し,鹿鳴館でワルツを踊る「往事の華やかさ」が鮮やかに表現されていました。この部分は,三島の原作では,「詩人の幻聴」としてのみ登場するのですが,石桁さんは,「主役(詩人)の眼にうつる世界を観客にも共有させるべき」という発想で改編し,三島由紀夫もその成果を認めた,とのことです(プログラムに書いてあった記述です)。この改編が,このオペラのポイントと言えそうです。

音楽的に見ても,この部分での,家田さんと小林さんを中心とした迫力のある声が聞きものでした。コンパクトな大きさの邦楽ホールならではの良さだと思いました。特に家田さんの方は,最初と最後は老婆役,中間部ではドレスを来た「小町」役ということで,45分の間で,若さと老いと演じ分けており見事でした。貫禄のある雰囲気と悟りの気分がしっかり伝わって来ました。若さと熱さを持った小林さんの声とのコントラストも良いと思いました。

その後は,小町が「私を美しいと言った男は残らず死んでしまう...」と言っていたにも関わらず,このNGワードを詩人が言ってしまい,詩人の恋愛は成就せずに終わってしまいます。その後,暗転し,第1場と同様の老婆とアベックのいる公園に戻ります。

田中祐子さん指揮のOEKは小編成の割に打楽器を沢山使っていたこともあり,大変ダイナミックで色彩的なサウンドを聞かせてくれました。邦楽ホールでのオペラ上演は,この点でもメリットがあると思います。

全曲が終わった後は,前半に出演した松之丞さんも加わってのカーテンコール。さすがの松之丞さんもどこか照れくさそうでした。

「三島作品を通して存在する「命」とそこにつながる「愛と美」を考えさせてくれる」と演出の知久晴美さんは,プログラムに書かれていました。実のところ,なかなかそこまで理解できなかったので,講談の内容と合わせて,しっかりと反芻してみているところです。それと,原作の能の「卒塔婆小町」も一度観てみたいものです。

アフタートークの中で,講談とオーケストラのコラボのことが半分冗談交じりで語られていましたが,実際,この邦楽ホールに特にぴったりだと思うので,第2弾が実現することを期待したいと思います。既存のオペラを講談+室内オペラに編曲するというのもありだと思います。「ガル祭」の中の企画でも良いかもしれませんね。

PS. アフタートークは,田中祐子さん,神田松之丞さん,篠井英介さんによって行われました。この中では,上述のとおり,松之丞さんが,1週間前まで台本を考えていたことが披露されましたが,三島版の「ちゅうちゅうたこかいな」をダブらせるわけにはいかないと考え,能の方から作ることにしたそうです。オペラだと「ちゅちゅう...」も上手く音楽に乗ると思うが,講談だと...違和感ありそう,とのことでした。その代わり,「あなたは何者?」というセリフはダブらせたとのことです。色々深く考えていらっしゃるのだな,と感心しました。

(2018/08/23)




公演の立看板


この日は公演の集中日でした。音楽堂の3ホールとも使われていました。