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岩城宏之メモリアルコンサート2018
2018年9月8日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) プロコフィエフ/古典交響曲ニ長調, op.25
2) モーツァルト/シェーナとロンド「どうしてあなたを忘れられましょう」K.505
3) 池辺晋一郎/この風の彼方へ:オーケストラのために(OEK委嘱作品,世界初演)
4) モーツァルト/交響曲第35番ニ長調, K.385「ハフナー」

●演奏
ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
吉田珠代(ソプラノ*2),居福健太郎(ピアノ*2)



Review by 管理人hs  

9月上旬恒例の「岩城宏之メモリアルコンサート」を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。このコンサートでは,毎回,その年の岩城宏之音楽賞受賞者とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演していますが,今年は,福井県出身のソプラノ歌手,吉田珠代さんが登場しました。さらに今回の注目は,9月にOEKのプリンシパル・ゲストコンダクターに就任したばかりの,ユベール・スダーンさんが指揮をすることです。そしてOEKのコンポーザー・オブ・ザ・イヤーである,お馴染み池辺晋一郎さんの新作が初演されました。

 ステージの上手には岩城さんのポートレートが飾ってありました。

新作の初演,新しいアーティストの発掘というだけで岩城さんらしいのですが,今回は,その他に演奏された曲が,プロコフィエフの古典交響曲とモーツァルトの「ハフナー」交響曲ということで,岩城&OEKの「お家芸」と言って良い曲が並びました。過去の「メモリアルコンサート」の中でももっとも,岩城さんらしさの漂う演奏会だったと思いました。

まず,ユベール・スダーンさんの指揮が素晴らしかったですね。古典交響曲も「ハフナー」交響曲も,既にOEKと何回も演奏してきたような自然さで,気負ったところのない正統的な演奏を聞かせてくれました。

最初に演奏された古典交響曲は,風刺を効かせて,結構毒のある感じで演奏することもできると思いますが,スダーンさんの指揮は,どっしり聞かせる部分と,さらりと聞かせる部分のメリハリが効いており,「正調・古典交響曲」といった感じでした。

第1楽章は,力強く,骨太な響きで始まりました。中庸のテンポでのしっかりと引き締まった音楽で,揺るぎのない安定感と自信に満ちていました。第2楽章は,比較的速めのテンポでさらりとした透明感のある演奏を聞かせてくれました。「しっかりと脱力」した,絶妙のバランスの良さのある演奏でした。

第3楽章も大げさになることはなく,しっかりと心地の良い音楽を聞かせてくれました。全員納得のテンポ感でした。第4楽章も速めのテンポでしたが,慌てた感じにならず,洗練された味わいがありました。この曲では,フルートやピッコロが大活躍しますが,松木さん,岡本さんのコンビがいつも通りの気持ちの良い演奏を聞かせてくれました。

というわけで,既に「長年連れ添った仲」を感じさせるような,余裕たっぷりの純古典交響曲となっていました。

続いて,今年の岩城宏之音楽賞受賞者の吉田珠代さんが登場しました。吉田さんが歌った曲は,モーツァルトのコンサート・アリア「どうしてあなたを忘れられましょう」という,私自身,初めて聴く曲でした。編成が変わっており,ソプラノに加え,第2のソリストという感じでピアノが加わる曲でした。

冒頭,しっとりとした弦楽器の演奏に続いて,その弦の響きにぴったりの落ち着いたムードで,吉田さんの声が入ってきた瞬間,「素晴らしい!」「上質な声だなぁと思いました。曲全体を通じて,落ち着きがあり,常に余裕を感じさせてくれました。

後半は華やかさを増してくるのですが,コロラトゥーラ的な装飾的な部分は,ピアノにお任せしている感じで,全曲を通じて,落ち着いた美しさを感じさせてくれました。この後半部分については,もう少し華やかさがあっても良いかな,とも思ったのですが(ステージからやや遠い,3階席で聞いていたせいかもしれません),その分,品の良さのようなものを感じさせてくれました。ピアノは居福健太郎さんという方が担当していましたが,吉田さんの声にしっかりと絡み,曲を盛り上げてくれました。ピアノの音が加わることで,曲全体の立体感や陰翳が増していると思いました。

後半は,2017/2018シーズンのOEKノコンポーザー・オブ・ザ・イヤーのお馴染み池辺晋一郎さんによる新作でした。OEKの委嘱作品で,今回の演奏が世界初演ということになります。この曲もまた,素晴らしい作品でした。「この風の彼方へ」ということで,ちょっと武満徹さんの曲のタイトルを思わせる感じでしたが,詩的な要素を素材にしている点でも共通する部分があると思いました。

曲の最初の部分はピチカートっぽい弦楽器の音と打楽器各種が混ざったような音で始まり,フルートやクラリネットがそれぞれ,意味深でソリスティックなフレーズを演奏します。この出だしの部分から,強くひかれました。特に松木さんのフルートの瑞々しくもミステリアスな感じが良かったですね。その後もコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんをはじめとして,色々な楽器のソロが出てきたりしましたが,池辺さん自身が演奏前のトークに語っていたとおり,OEKのメンバーの顔をイメージして「当て書き」したのではと思わせるほど,OEKにフィットした音が響いていました。

ちなみに,この日はエキストラ奏者が比較的多く,トランペットは,元NHK交響楽団の関山さんが担当されていました。キラッと光るような音を聞かせてくれていました。そして,首席チェロ奏者はルドヴィート・カンタさんが「エキストラ」でした。

曲の後半では,弦楽器が不協和音でザッザッザッザッザッ....といった「春の祭典」を思わせるようなリズムで演奏する部分があったり,池辺さん自身プログラムノートで「3.11以降の僕のライトモチーフ」と書かれていた,何かを深く語りかけるようなフレーズが出てきたり(「多分これかな?」と感じる部分がありました),現代世界に漂う漠然とした気分をしっかり伝えてくれるような不安な空気感を感じました。最後の部分には,どこか浄化されたような,諦観が漂った美しさがありました。

演奏前のトークで,「スダーンさんはとても細かく練習を行っていたので,イメージどおりの音が響いた。一音も修正の必要がなかった」と池辺さんは語っていましたが,円熟の池辺さんによる会心作だと思いました。この作品は,機会があれば,是非,再演していって欲しいものです。

演奏会の最後は,「ハフナー」交響曲でした。この曲については,今年の「ガル祭」の時にリッカルド・ミナーシさん指揮のザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団による,盛大に花火を打ち上げるような感じの演奏の印象が強いのですが(これはインパクトのある演奏でした),スダーンさんの指揮による演奏は,古典交響曲同様に楽章間のバランスがよく,現代のスタンダードといった感じの洗練されたモーツァルトだったと思います。

第1楽章の冒頭部は,コンパクトにすっきりとまとまった感じでした。大げさにならす,折り目正しい音楽を聞かせてくれました。ちなみに,この曲だけは,バロック・ティンパニを使っていました。この日は,お馴染みの菅原淳さんが担当されていましたが,晴れ晴れとした空気が広がるような演奏でした。

第2楽章については,ロマンティックにたっぷりと演奏されるのも実は好きなのですが(私の原点は,ブルーノ・ワルター指揮による大昔の録音なので...),この日の演奏は,「文字通りのアンダンテです」というリズム感を感じさせる演奏で,とても新鮮に感じました。ドソミソ,ドソミソといった伴奏音型がしっかり聞こえて来たのですが,それがうるさくなく,心地良く散策をするような雰囲気が出ていました。中間部での,脱力してしっとりと流れる感じとの対比も効果的でした。

第3楽章のメヌエットも速めの演奏でしたが,中間部では時々,人を食ったように長〜く延ばす部分があったり余裕たっぷりのウイットを感じました。第4楽章は,大変引き締まった演奏でした。この楽章に限らず,曲全体に神経質になりすぎない,緻密さがあり,すべての点で理にかなった節度のある演奏だなぁと思いました。

これから,スダーンさんはOEKと,ウィーン古典派の曲を多く取り上げてくれると思いますが,「万全の演奏を聞かせてくれそう。安心」という期待感が湧きました。そういえば,スダーンさんは,ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の指揮者だったんだなぁということを思い出しました。

というわけで,プログラム的には一見地味目で,時間的にも短めでしたが,「メモリアル・コンサート」の趣旨にぴったりの内容だったと思います。特にスダーンさんへの期待がさらに高まりました。OEKの芸術監督は,マルク・ミンコフスキさんが就任しましたが,OEKを指揮する頻度からすると,スダーンさんの方が,やや多くなる感じです。この日の公演では,スダーンさんは,岩城さんの精神を引き継ぐような感じで,OEKの基本的なレパートリーを見事に聞かせてくれました。図らずも,スダーンさんの「襲名披露」公演になっていたように感じました。スダーンさんは,10月の定期公演にも登場し,シューベルト,モーツァルト,ハイドンといった作品を指揮されます。この公演にも大いに期待したいと思います。

(2018/09/15)






















公演の立看板


例年通り北陸銀行さんがスポンサー



この日はサイン会がありました。

スダーンさんのサイン。風通しがよく,躍動感のあるサインですね。


吉田珠代さんのサイン


池辺晋一郎さんのサイン(と書くまでもなく,明瞭に読み取れます)。


秋の学会シーズンということで,音楽堂の他のホールでは,日本麻酔科学会東海北陸支部の集会を行っていました(全国大会かと思って今のですが...さすが規模が大きいですね)。