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木米真理恵ピアノ・リサイタル:完全帰国記念凱旋公演
2018年9月16日(日)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ショパン/前奏曲嬰ハ短調, op.45(1841)
2) ショパン/舟歌 嬰ヘ長調 作品60(1846)
3) ショパン/練習曲ハ短調,op.10-12「革命」(1831)
4) ショパン/4つのマズルカ, op.30(1836-37)
5) ショパン/タランテラ変イ長調, op.43(1841)
6) ショパン/幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61(1846)
7) ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調,op.11(弦楽四重奏伴奏による室内楽版)(1830)
8) (アンコール) ショパン/ノクターン第20番嬰ハ短調遺作「レント・コン・グラン・エスプレッショーネ」(1830)
9) (アンコール) ショパン/ポロネーズ第6番変イ長調,op.53「英雄」(1842)

●演奏
木米真理恵(ピアノ)
オーケストラ・アンサンブル金沢メンバーによる弦楽四重奏(松井直、上島淳子(ヴァイオリン)、石黒靖典(ヴィオラ)、大澤明(チェロ)*7



Review by 管理人hs  

9月の1つめの3連休の真ん中の日曜日の午後,金沢市出身のピアニスト,木米真理恵さんのピアノ・リサイタルが,石川県立音楽堂コンサートホールで行われたので聞いてきました。このリサイタルですが,色々な点で,型破りでした。

金沢で活動しているピアニストの場合,大体,金沢市アートホールか石川県立音楽堂交流ホールでリサイタルを行うことが多いのですが,今回は何とコンサートホールでのリサイタルでした。また,リサイタルといいながら,後半にはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバーによる弦楽四重奏が加わり,ショパンのピアノ協奏曲第1番の弦楽四重奏伴奏版の全曲を演奏。さらには,最近発売されたご自身のCDを販売し,終演後にサイン会を開催。恐らく,木米さん自身の企画力なのだと思いますが,その「素晴らしい心意気」にひかれて,聞きにいってきました。

# 公演パンフレットの表紙に似顔絵のイラストが入っているのも珍しいかも。インパクトがあり,良いなぁとました。

木米さんは,中学校まで金沢で学んだ後,東京の音楽大学付属高校に進み,さらに,ポーランドの音楽大学などで学んでいます。今回は,8年半に渡る「音楽修行」を終えた帰国記念公演だったのですが,音楽的に研鑽を積むだけでなく,自ら活躍する場を広げていく積極性も身につけてこられたのではないかと,頼もしく感じました。

木米さんの演奏は,北陸新人登竜門コンサートやガル祭などで,何回か聞かせていただいたことがありますが,そのとき同様の,非常に安定感のある演奏でした。今回は,ポーランドで留学してきた成果を披露するかのように,オール・ショパンプログラムでした。ショパンの曲の場合,協奏曲以外については,もう少し小さめのホールの方が良いのかな,という気もしましたが。いずれも曲の美しさをしっかりと伝えてくれるような演奏ばかりでした。

前半の,プログラムは,舟歌,幻想ポロネーズなど,「小品」というよりは,「中品(こんな言葉はありませんが)」と言った方が良い,しっとり系の曲を軸に,「革命」のエチュードやタランテラなど,運動性の高い曲を交えるといった,バランスの良いものでした。

最初に演奏された前奏曲は,いわゆる「24の前奏曲」の中の1曲ではなく,別途単独で発表された作品です。ノクターンのような落ち着きを持った曲で,ショパン・プログラムへの扉を開けてくれるようでした。今回は1階席だけを使っていたのですが,ホール内に透明感のある音がゆったりと染み渡るような伸びやかさを感じました。

舟歌には,淡い音がゆったりと流れていくような気分がありました。ただし,この曲については,個人的には,最初のフォルテの低音がガツンと来るような,もう少し「濃い」感じの演奏が好みです。続く,革命のエチュードは,実はあまり実演で聞いたことはなかったのですが,それぞれの音がとても鮮やかで,心地良さを感じました。

その後,マズルカ作品30の4曲セットが演奏されました。この演奏が特に良かったと思いました。柔らかな躍動感と同時に,しっかり地に足が着いたような安心感を感じました。プログラムを見た時,各曲の間にインターバルを入れるのかなと思ったのですが,実際には一気に演奏されました。短調と長調が交錯するのですが,その推移がとても自然で,幻想ポロネーズや舟歌に対応するような,しっとり系の「中品」になっていました。

続くタランテラは,初めて聞く曲でしたが,喜びに溢れた躍動感と上品な鮮やかさのある良い演奏だなぁと思いました(ちなみに,ここまで演奏された曲はすべて,木米さんの新譜CDにも収録されています)。前半の最後は,幻想ポロネーズでしっかり締められました。曲の最初の部分で,「問い」と「応答」が続くような部分が好きなのですが,その静かだけれども多彩な雰囲気が良いなぁと思いました。

後半は,ピアノ協奏曲第1番の室内楽伴奏版が演奏されました。8月末には,いしかわミュージックアカデミー(IMA)の講師,ピオトル・パレチニさんとOEKメンバーとでほぼ同様(このときは弦楽四重奏ではなく弦楽四重奏+コントラバスとの共演でした)の演奏で聞いたばかりだったので,2ヶ月連続ということになります。これは非常に珍しいことです。

その時は,交流ホールで聞いたのですが,今回はコンサートホールでの演奏ということで,より開放感のある雰囲気の中で楽しむことができました。木米さんの演奏は,前半同様,安心して曲の美しさに浸らせてくれるような演奏でした。

第1楽章の最初の方は,オーケストラ版同様,ピアノが出てくるまでがかなり長いのですが,いつもと違った「あっさり」した感じも面白いなと思いました。満を持して,ピアノが登場する部分での堂々とした音を聞いて,「イメージどおりの音だ」と思いました。第2主題は「ただの音階」のような,とてもシンプルなメロディですが,率直かつしっとりと歌わせるような部分が良いと思いました。その後の展開部でのキラキラ感と好対照を作っていました。

弦楽四重奏伴奏版だと,オーケストラ版とは一味違った「シリアスさ」と「透明感」があります。オーケストラ版に出てくる音が出てこないと,少々物足りない気はしましたが(ホルンとかファゴットとかトランペットとか...),「秋の気分」で聞くには良いと思いました。

第2楽章は,もともと室内楽的な楽章なので,今回の編成に特にマッチしていたと思いました。木米さんは,ここでもシンプルなメロディをじっくりと聞かせてくれました。オーケストラ版だと,「春の宵」みたいな気分になりますが,弦楽四重奏版だと,「秋の夜」といった気分になります(個人の感想です)。澄んだ夜空に,中秋の名月が出ているといったところでしょうか。木米さんの清潔感のある演奏を,OEKがしっかりと盛り上げていました。楽章の後半での,「キラリン,キラリン...」とピアノが演奏する部分の意味深さも印象的でした。

第3楽章はオーケストラ版で聞く以上に清潔感があり軽快でした。細かい装飾的な音型も鮮やかに演奏しており,軽快なポーランド舞曲の世界を楽しむことができました。この楽章では,途中,ピアノがオクターブで鼻歌風(?)のメロディを演奏するところが印象的です。この編成で聞くと,サロン風の雰囲気になり,よい味が出ているなと思いました。

盛大な拍手に応えて,アンコール曲が2曲演奏されました。遺作のノクターンは,このところ(映画「戦場のピアニスト」で使われて以降でしょうか),すっかりアンコールの定番曲になりました。演奏前に木米さんは,お客さんに向かって「ご挨拶」をされていましたが,感謝の気持ちがピアノによる歌となって表れたような,温かみのある演奏でした。ちなみにこの曲の楽譜に書かれている「コン・グラン・エスプレッシオーネ(表情豊かに)」は,木米さんの新譜CDのタイトルにもなっています。

そして,さらにもう1曲,おなじみの英雄ポロネーズが演奏されました。大げさに荒々しく聞かせるのではなく,どこか端正さと立派さのある見事な演奏でした。

終演後,木米さんのCDを購入し,サインをいただいて来たのですが,OEKの定期公演の時同様,大勢のお客さんが列を作っていました。木米さんの演奏自体の見事さに加え,木米さんの活動を盛り上げようと,色々な人が協力しているのだなぁと実感しました。木米さんは,これから全国各地で,リサイタルを行う予定があるようですが,息長く,金沢で活動していって欲しいと思います。



(2018/09/22)




















公演のポスター


公演の案内


終演後のサイン会の案内。右のCDは,ショパンのピアノ協奏曲第1番の室内楽版のライブ録音CDのようでした。こちらにも興味があったのですが,今回は左側の新譜の方を購入



この日は安室奈美恵さんの引退の日。金沢フォーラスのタワーレコードに行ってみたら...盛大に宣伝をしていました。


金沢ジャズストリートも市内各地で行っていました。ポルテ金沢の地下から,良い感じのジャズ・ヴォーカル・グループの声が聞こえてきたので,1曲立ち止まって鑑賞