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オーケストラ・アンサンブル金沢大阪定期公演
2018年9月23日(日) 14:00〜 ザ・シンフォニー・ホール(大阪)

1) ハイドン/交響曲第90番ハ長調, Hob.T-90
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番ニ短調, K. 466
3) (アンコール)バッハ,J.S./平均律クラヴィーア曲集第1巻〜第1曲前奏曲
4) ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調, op.67「運命」
5) (アンコール)シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」間奏曲第3番

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
小山実稚恵(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

9月20日に石川県立音楽堂コンサートホールで行われた,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2018/19シーズンの開幕の定期公演に残念ながら行けませんでしたので,大阪への日帰り小旅行を兼ねて,ザ・シンフォニー・ホールでの大阪定期公演を聞いて来ました。指揮は,9月からOEKの常任客演指揮者に就任した川瀬賢太郎さん,ピアノ独奏は,日本を代表するピアニストの一人,小山実稚恵さんでした。

本当は,金沢の定期公演をそのまま大阪定期公演に振り替えてもらえると,とても良かったのですが,金沢公演のチケットを返却して音楽堂マネーに交換した上で,改めてチケットぴあで購入しました。その席ですが,私自身,これまで座った中でも「最高!」と思える席になってしまいました(自分で選んだのですが...)。図らずも,OEKの素晴らしさと同時に,日本初のクラシック音楽専用ホールの素晴らしさも実感できました。

 
左が今回の私の座席から見たステージ。ステージとの距離感がとても近い印象でした。

今回のプログラムですが,常任客演指揮者に就任した川瀬さんの,ご挨拶がわりのプログラムであると同時に,OEKファンからすると,川瀬さんはOEKのコアなレパートリーであるウィーン古典派の作品でどういう解釈を聞かせてくれるのだろうか,という試金石のような内容でした。そしてその結果は...期待を上回るような,素晴らしさでした。

今回のプログラムはチラシに「ハイドン!モーツァルト!!ベートーヴェン!!!」と書かれていたとおり,ウィーン古典派の3人の重要作曲家を3段ロケットのように聞かせるという趣向でした。

最初に演奏されたハイドンの交響曲第90番は,オーケストラの響きは筋肉質に引き締まっているのに,オーケストラはよく鳴っており,しっかりとしたボリューム感を感じさせてくれました。このコンセプトは,どの曲についても同様だったと思います。

序奏部からコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんを中心とした弦楽器の響きが大変充実していました。ヤングさんは,第2の指揮者のように,切れ味よくニュアンス豊かな音楽をリードしていました(毎回,そうだと思いますが,今回は近くの座席だったので特にそう感じました)。第1楽章では,その後,「タタタタタタ」という基本モチーフが出てきましたが,緻密にクリアに演奏されて,音楽ががっちりかつ瑞々しく構築されていくのが心地良かったですね。精密さと自在さが共存したような,ハイドンにぴったりの演奏だったと思います。

この曲では,いつものことながら,フルートの松木さんの高級なシルクの肌触り(...何となく書いているのですが)といった感じの音が見事でした。聞く人の気持ちを幸せにするような音でした。オーケストラ全体の音のバランスも素晴らしく,OEKメンバーの一人一人の音がソリスティックに聞こてくるようでありながら,全体がしっかりまとまっていました。

第2楽章は,長調と短調が交錯する,ハイドンによくあるタイプの変奏曲です。これがまた絶品でした。平穏なメロディが続く中,時折,短調が混ざり込み,暗雲がよぎるあたり,私たちの日常生活そのものだと思いました。短調の部分では,大きな間を入れ(その他の曲でも,大きな間を入れることがありましたが,川瀬さんの特徴かもしれません),暗い深淵を一瞬見せてくれるようでした。その後,救いの光が差し込んでくるように松木さんのフルートが入ってきたり,カンタさん(この日は「客演」でした)のチェロが入って安心感が加わったり,平穏な中のドラマをじっくり感じさせてくれました。

第3楽章は,十分な華やかさと優雅さのあるメヌエット。美しいしなやかさと勢いのあるヴァイオリンが印象的でした。トリオでは,オーボエの水谷さんが,協奏曲のソリストのように,非常に美しい音をじっくりと楽しませてくれました。

そしてこの曲の最大のポイントは最終楽章でした。最初の方は,フィナーレらしく,軽くなりすぎない充実した響きが続きました。この充実した展開のまま,爽やかに終了と思わせつつ,音楽は継続。

ここではネタをばらしてしまいますが,実は,この曲には,「終わった!」と見せかけて,「まだ続くよー」というハイドンならではのユーモアが仕込まれています。川瀬さんはご丁寧に「終わりましたよー」と客席を振り返る動作を見せ,しっかり拍手が入ったのを確認した後,「ノーノーノー...実はまだ続くんです」という動作を見せて,曲を再開。この時の,オーボエの水谷さんによる「引っかかりましたねヘッヘッヘー(私にはそう聞こえました)」という感じのユーモラスな演奏も最高でした。「川瀬さん,おぬしも人が悪いのぉ」と言いたくなるような役者ぶりでした。

さらに「今度こそおしまい」と思わせて,再度拍手が入ったのですが...再度「ノーノーノー」の動作。楽譜の指定がどうなっているのか知らないのですが,いつもより多めに騙された感じです。というわけで,今回のハイドンの90番にニックネームを付けるならば,「二度あることは三度ある」「三度目の正直」もしくは「人間不信」といったところでしょうか。大変楽しいパフォーマンスに1曲目から大きく盛り上がりました。

2曲目には,小山実稚恵さんのソロを交えてのモーツァルトのピアノ協奏曲第20番が演奏されました。小山さんについては,ラフマニノフの大曲などをバリバリ弾きこなすロマン派の大曲がレパートリーのメインのピアニストだと思っていたのですが,今回のモーツァルトもお見事でした。小山さんのモーツァルトには,シンプルなメロディをさらりと弾くだけで味が染み出ているようでした。さすがと思わせる演奏でした。小山さんは,演奏前後のにこやかで,少しはにかんだような雰囲気と演奏中の生命力溢れる力強さと落ち着きとのギャップがあるのですが,そのギャップもまた,魅力だと思います。

第1楽章は,まずOEKによる,やや無骨で筋肉質の音で始まりました。ホルンの響きなどにも野性味が感じられました。くっきりとしたシンコペーションのリズムも印象的でした。その後(テレサ・テンの「つぐない」のような感じで),ピアノが入ってきますが,まず,その染み渡る音にひかれました。弱音なのに高級感があり,全体として堅固が安定感がありました。カデンツァの前あたりでは,本領発揮という感じでバリバリ演奏されており,ベートーヴェンに通じる雰囲気があるなぁと思いました。この部分での音の迫力が特に素晴らしいと思いました。

この曲については,ベートーヴェンがカデンツァを書いており,ほぼデフォルトになっています。この日もこのカデンツァでした。曲全体にもベートーヴェンに通じる気分が漂っています。小山さんのしっかりとした強さのあるタッチは,そのムードにぴったりでした。

その一方で,第2楽章で聞かせてくれた軽みのある清潔感のある歌も印象的でした。音の純度が高く,朝の光の中で聞いているような音楽でした。中間部では,迫力のある短調の音が連続します。そのしっかりとした音の連続が自然に大きな盛り上がりを作っていました。そして,楽章の終結部では,しっかりとコントロールされた弱音が続きました。この弱音のドラマもお見事でした。

第3楽章は,前楽章からほとんどインターバルなしで始まりました。切れ味のあるピアノの音で始まることで,「一転して」といった感じの鮮やかなインパクトが伝わってきました。オーケストラの緊迫感も同様でした。その一方,時折出てくる,長調部分での軽やかさが素晴らしく,前向きな気分にさせてくれました。第1楽章同様,ベートーヴェンのカデンツァの後,全曲のフィナーレに向けて,堅固さとダイナミックさのある演奏が続き,堂々とした響きで全曲を締めてくれました。

小山さんは,アンコールで,バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻の第1曲のプレリュードを本当に美しいタッチで聞かせてくれました。一定のタッチが続いた後,次第に少しずつ情が入ってくるようなところがとても魅力的でした。小山さんのピアノについては,古典回帰,バロック回帰の新境地を築きつつあるのかもしれません。

後半のメインで演奏されたのは,クラシック音楽のコア中のコアである,ベートーヴェンの交響曲第5番でした。テンポはそれほど速い感じではなく,最終楽章などでは,じっくり,しっかりと音を鳴らし切りましょう,といったメッセージが指揮全体から伝わってきました。そして,実際,そのとおりの音が出ていました。

第1楽章は,冒頭の「運命のモチーフ」からスリムに引き締まっており,無骨だけれども新鮮さのある音を聞かせてくれました。間近で見ていると,やはりヤングさんの動きにピタリと合わせているようで,鋭く獲物に襲いかかる野獣といった趣きの集中力を感じました。音のアタックが強く,各楽器の音がクリアに聞こえて来ました。

OEKメンバーの個人技を聞かせる部分もしっかり作っていました。第1楽章の終盤,オーボエがカデンツァのように演奏する部分がありますが,この部分での加納さんの演奏など,協奏曲のカデンツァを思わせるようなボリューム感を感じました。

第2楽章はヴィオラからコントラバスにかけて低音楽器の豊かさと透明感が印象的でした。その後,力強いマーチのようになりますがこの部分でのトランペットの突き抜けてくる音も印象的でした。川瀬さんは,こういう部分だと高〜く手を上に伸ばしていましたが,そのとおりの音でした。楽章全体としては,包容力と優しさに包まれており,コーダの部分での名残惜しい情感も見事でした。間をしっかりと取ってじっくりと締めてくれました。

第3楽章は,表現力豊かなコントラバスのフレーズで始まった後,ホルンの強い響きが続きました。その後も力強くダイナミックな演奏が続きました。フーガの部分は急速で,ティンパニがクリアにアクセントを決めていました。

第4楽章に入ると,川瀬さんの師匠の広上淳一さんを思わせるような「ジャンプ」が入りました。この動きに合わせるように,オーケストラの音が全開になり,充実感がさらに高まりました。この部分では提示部の繰り返しも行っていました。熱気とボリューム感たっぷりの演奏だったので冗長な感じは全くしませんでした。

楽章全体としては朗々とした,エネルギーの動きを感じさせてくれるような演奏で,OEKの音がしっかりとコントロールされていました。曲全体の太い流れと細部での細かいニュアンスの変化とが両立した,見事な演奏だったと思います。要所要所では,パンチ力とスパイスがしっかり効かせていました。ピッコロのピリーッとした音,コントラ・ファゴットを含む低音の充実感など,曲全体が生気に溢れていました。

コーダの部分はややテンポが速くなり,これからOEKとの活動の機会が増えていく,川瀬さんへの期待感が高まっていくようなワクワク感を感じました。演奏後,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんは,疲れ切った感じで川瀬さんと握手をしていましたが,見ていて,音に対する集中度の高さとそこから出てくる熱量の高さが凄いと思いました。まさに全力投球の演奏でした。それでいて,音楽全体としては,がっちりと無骨にまとまった古典派の交響曲を聞いたなぁという実感が残りました。

この作品については,「今さら「運命」?」と思われることもあるかもしれませんが(ただし,トロンボーン3本とコントラファゴットが入るので,OEKは比較的演奏していないかもしれません),改めて,OEKの中心レパートリーとなる重要な作品だなぁと思いました。

演奏後,川瀬さんの「常任客演指揮者に就任しました」という挨拶があった後,アンコールで,シューベルトの「ロザムンデ」間奏曲第3番が演奏されました。この曲もOEKのアンコールの定番ですね。リラックスしながらもしっかりと暖かみのある音楽を聞かせてくれました。この曲では,中間部の木管楽器の活躍が聞きものですが,松木さん,加納さん,遠藤さんがそれぞれ伸び伸びとした演奏を聞かせてくれました。曲の終わりの部分では息の長い,ゆったりとした気分になり,さらに大きな間を取っていました。最初から最後まで川瀬さんらしさを堪能させてくれた気分に鳴りました。

今回の公演では,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンの3人の大作曲家の「持ち味」を聞かせつつ,その上に川瀬さんらしさ,小山さんらしさも楽しませてくれました。実は,OEKの10月の定期公演では,ユベール・スダーンさん指揮,堀米ゆず子さんのヴァイオリンで,ウィーン古典派の曲を中心としたプログラムが取り上げられます。ミンコフスキさん指揮による,フランス音楽なども楽しみですが,OEKで古典派の曲を聞き比べる楽しみも期待できそうです。

PS.大阪のザ・シンフォニー・ホールに来たのは...恐らく15年ぶりぐらいだと思います。日本初のクラシック音楽専用ホールとして1980年代前半に開館した後,とても良い感じでエイジングが進んでいると思いました。日常生活としっかりと切り離された,良い意味での「敷居の高さ」があるホールだなぁと思いました。

 
終演後。赤じゅうたんの向こうに並木が見えるのが良いですね。その後,JR福島駅まで歩き,大阪駅へ

以下,「大阪みやげ」に買った,OEK設立30周年記念グッズです。

 
クリアファイルを買うと,缶バッジ(色は選択可)ももらえました。

 
OEKオリジナルデザインの九谷焼小皿。この際2枚セットで購入。刺身の醤油皿として使うか,飾っておこうか迷っています。

PS2 演奏会に行くまでは,大阪の中之島付近を散策した語,国立国際美術館で,プーシキン美術館展を観ました。→その様子はこちらのブログに書きました。

(2018/09/30)





公演のチラシ。さすがに金沢での定期公演の時のような立看は出ていませんでした。

ホールの前には先日の台風通過の際に倒れたと思われる倒木が多数


ホールの正面。中之島の図書館を思わせるような立派な柱です。実は,昼間にkのホールに来たのは初めてのことでした。

この大階段も風格があります。


ホールの「表札」


ホールに入った正面の部分でプレコンサートの準備中。譜面が既に置いてありました。


第1ヴァイオリンのトロイさんとコントラバスの今野さんによる二重奏


配布用チラシの山。製本されてしまっているのが都会ならではですね。


1階がプレコンサートを聞く人たち。2階はレストランです。


販売コーナー。おなじみのOEK事務局の方々が「30周年記念グッズ」を販売中。


今後の公演チラシ。


オペラ版の紅白歌合戦というのが気になります。


ホールの案内図。ホール自体はエントランスフロアのさらに上階にあるので,かなり上る感じになります。


平面図


懐かしの朝比奈隆さんの写真が飾ってありました。