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石川フィルハーモニー交響楽団第31回定期演奏会
2018年10月8日(月・祝) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調, op.18
2) (アンコール)ラフマニノフ/前奏曲op.32-12
3) チャイコフスキー/交響曲第5番ホ短調, op.64
4) (アンコール)チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜「ジゴーニュ小母さんと道化たち」

●演奏
花本康二指揮石川フィルハーモニー交響楽団*1,3-4
鶴見彩(ピアノ)*2-3
プレトーク:花本康二



Review by 管理人hs  

「体育の日」の午後,石川県立音楽堂コンサートホールで行われた,石川フィルハーモニー交響楽団の第31回定期演奏会を聞いて来ました。演奏されたのは,金沢を中心に活躍されているピアニスト,鶴見彩さんをソリストに迎えてのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とチャイコフスキーの交響曲第5番ということで,人気曲を組み合わせた,王道を行くようなプログラムでした。特にチャイコフスキーの方は,指揮の花本康二さんと石川フィルのつながりの強さを示すような,自信に溢れた名演だったのではないかと思います。

前半に演奏された,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は,超人気曲ですが,金沢では比較的実演で演奏される機会の少ない作品です。開演時間の13:15に石川県立音楽堂コンサートホールに行ったところ,既に長蛇の列ができていましたが,この曲目当てだった人も多かったのでないかと思います。

演奏の方も,この期待に応える,「さすが鶴見さん」という充実したものでした。鶴見彩さんについては,色々なアーティストとの共演がとても多いので,近年は「室内楽の人」という印象があったのですが,協奏曲の演奏でも,その実力は存分に発揮されていました。特に両端楽章での技巧が鮮やかで,各楽章の見せ場をしっかりと聞かせてくれました。

第1楽章冒頭の「鐘の音」のような部分は,しっとりと端正に始まりました。その後,オーケストラが力まずにゆったりと流れ始めると「ラフマニノフ!」といった気分になります。ラフマニノフならではの息の長いメロディについては,この曲の所々で,とても気持ちよく流れていました。

プレトークの時,花本さんは,第1楽章は浅田真央,第3楽章は(花本さんの世代では)伊藤みどりのフィギュアの曲としてお馴染みと語っていましたが,それを聞いたせいか,第1楽章の終盤などは,ソチ五輪の映像を思い出し(ステップ/シークエンスの部分),手拍子を入れてしまいたくなりました(花本さんは「今回は手拍子を入れないでください」と言われていましたが...そう言われるとかえって入れてみたくなりますね)。じっくりとテンポを落とした堂々とした歩みが印象的でした。

第2楽章の端正な叙情性は,室内楽で色々なアーティストとの共演が多い,鶴見さんのキャラクターにぴったりだと思いました。ピアノが伴奏に回り,フルート,クラリネットが叙情的に歌う辺り「ラフマニノフ!」という感じでしたが,「濃厚なロマン」という味わいは,やや控えめだったかも知れません。ピアノのカデンツァの後,弦楽器が出てくる部分の清冽な歌は素晴らしかったと思います。

続いて,インターバル少なめで,第3楽章に入ります。この部分で初めて,シンバル,大太鼓が加わり,オーケストラの音の厚みが増す部分が個人的には大好きです。鶴見さんの技巧も存分に発揮されていました。

プレトークの時にも紹介された第2主題は,やや響きが明るすぎる気がしましたが,この主題を中心とした,終盤の盛り上がりは素晴らしかったと思います。終盤,ティンパニの音が1発入った後,オーケストラが第2主題をうねるように歌い出す...この感じが大好きなのですが,イメージどおりの演奏でした。鶴見さんのピアノは精密かつ華麗で,最後の部分など,腕の動きが速く,「何本あるのだろう?」という感じでした。プレトークで話を聞いたこともあり,しっかりと伊藤みどりさんのパフォーマンスも蘇ってきてしまいました。この部分でも,オーケストラとピアノの一体感も素晴らしいと思いました。

アンコールでは,ラフマニノフの前奏曲が1曲演奏されました。キラキラ,繊細,憂鬱といった感じの曲で,鶴見さんの音の美しさが存分に発揮された素晴らしい演奏でした。

後半のチャイコフスキーの交響曲第5番は,ここ数年,何回も聞いている曲ですが,何回聞いても良い曲だなぁと実感させてくれる作品です。全体的なテンポ設定は,慌てる感じの部分はなかったのですが,オーケストラの音が常に引き締まっており,ピリッとした充実感を感じさせてくれました。円熟の演奏という印象を持ちました。

第1楽章は,停滞することなく,引き締まった音による序奏で始まりました。その後,主部で堂々とした歩みが始まりますが,チャイコフスキーならではの美しい主題が出てくる度に,しっかりとルバートを効かせて,どんどん深い世界へと誘われていくようでした。そして,今回の演奏では,曲想が盛り上がるたびに出てくるトランペットを中心とした金管楽器の輝きが素晴らしかったと思います。

プレトークの時,「この曲では,ホルンを2つのパートに分け,それぞれ互い違いになるような感じでオクターブの跳躍をさせている(この辺の記述は不確かですが...)面白い部分がある」と実演を交えて紹介されていましたが,プログラムに書かれていた「第3主題」の部分に出てきた気がしました。ちょっと苦しげな感じになるのが,良い味になっているなぁと思いました。

要所要所で「運命のモチーフ」が出てくるのですが,これを主に担当していたトランペット等の金管楽器の音が素晴らしく,「チャイコフスキー5番はこれでなくては」と改めて思いました。チャイコフスキーならではの,甘いメロディの歌わせ方も大変丁寧で,「チャイコフスキーはこうでなくては」と思いました。キビキビとした運びとの対比も鮮やかでした。

第2楽章は,低弦パートの深〜い音に続いて,ホルンの独奏が出てきました。これもまたお見事でした。イメージどおりの,穏やかかつまろやかな音でじっくりと聞かせてくれました。この見事なソロの後,オーケストラのテンションがさらにアップし,音楽全体の暖かみが増した気がしました。最後の方での,大きな間を取った後,平和な気分に戻るドラマも良いと思いました。

第3楽章は,丁寧さと流れの良さのある,のどかなワルツでした。途中,弦楽器がキビキビ動く部分などが,いかにもチャイコフスキーのバレエ音楽っぽく,好きな部分です。

第4楽章は,まず,冒頭の弦楽器の澄んだ音が素晴らしいと思いました。自信と威厳に満ちたバランスの良い音でした。ティンパニの強烈な一撃(これじゃないとという一撃でした)の後,力感のある主部に入っていきます。この辺でもテューバにしっかり支えられた金管セクションのまとまりの良い音が素晴らしく,充実のサウンドを楽しませてくれました。コーダに入る前の大きな間の部分では,少しパラパラと拍手が入ってしまいましたが,「これも仕方がないだろう」という感じの充実感のある響きでした。

コーダの部分も晴れやかでした。ここでもトランペットの音が大変爽快でした。最後の最後の部分は,慌てた感じになることなく,確信に満ちた「ジャジャジャジャン」で鮮やかに締めてくれました。

アンコールでは,「くるみ割り人形」の中の曲が演奏されました。組曲に入っていない「ジゴーニュ小母さんと道化たち」という気楽に楽しめる曲で,曲が始まった途端,「おっ」と思いました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による全曲バレエ公演では,小母さんの巨大なスカートの中に小さな子供たちが沢山潜んでいる,という癒やし系の曲だったと思います。音楽的にも,色々と聞かせどころが詰まっており,アンコールにぴったりの曲だと思いました。

連休最後の午後,台風一過の気持ちよい気候の中で,オーケストラ音楽を存分に楽しませてくれる内容だったと思います。


(2018/10/13)





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