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オーケストラ・アンサンブル金沢第407回定期公演マイスター・シリーズ
2018年10月13日(土) 14:00〜石川県立音楽堂コンサートホール

1) シューベルト/交響曲第5番変ロ長調 D485
2) モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調 K. 207
3) (アンコール)バッハ,J.S./無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番〜ガヴォット
4) ハイドン/交響曲第103番変ホ長調 Hob. I-103「太鼓連打」
5) (アンコール)モーツァルト/カッサシオンK.63〜アンダンテ

●演奏
ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-2,4-5
堀米ゆず子(ヴァイオリン*2-3)



Review by 管理人hs  

ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の10月のマイスター定期公演のプログラムは,シューベルトの交響曲第5番,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第1番,ハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」というウィーン古典派の作品集でした(シューベルトの5番も「古典派」と呼んでも良いでしょう)。9月の川瀬賢太郎さん指揮によるフィルハーモニー定期もウィーン古典派特集だったので,丁度セットになるような感じのプログラムでした。

スダーンさんとOEKの組み合わせについては,9月上旬に行われた岩城メモリアルコンサートで,その相性の良さは証明済みでしたが,今回のプログラムでは,さらにスダーンさんらしさが徹底した充実の音楽を聞かせてくれました。

最初に演奏された,シューベルトの交響曲第5番は,OEKのベーシックなレパートリーの1つで過去何回も演奏してきている曲です。今回の演奏は,基本的にテンポは速めでインテンポでしたので,コンパクトでかっちりとまとまった古典的な曲という印象が残りました。スダーンさんは,岩城宏之さんのことを尊敬していると,色々なインタビューで語っていましたが,少し通じる部分がある気がしました

第1楽章冒頭から,キビキビとした率直さがありました。大げさな表情の変化はなかったのですが,展開部でニュアンスが変化し,再現部になるとまた違った味わいが出てくるなど,シューベルトの曲らしい叙情味を要所要所に聞かせてくれながら,楽章全体,曲全体として,揺るぎない構築感を感じさせてくれるような素晴らしい演奏だったと思います。

第2楽章も速めのテンポで,少し潤んだ感じの柔らかな歌を聞かせてくれました。この楽章については,私にとっては「春の音楽」なのですが(この曲がOEKの第1回定期公演で演奏された,記念すべき春の一日を思い出すのです),オーボエの水谷さん,フルートの岡本さんによる落ち着いた味のある音楽を聞きながら,「晴れた秋」の気分にも合うなと思いました。

第3楽章のスケルツォもキリッと力強く締まった音楽でしたが,「張り切り過ぎていない」感じが良いなぁと思いました。トリオでは気分が一転し,ゆったりと田舎で遊ぶ感じになるのも「また一興」という感じでした。

第4楽章もここまでの楽章と同様の気分で,音楽の根底に若々しさを感じました。スダーンさんは,今回も「白のジャケット」を着用されていましたが,その雰囲気にぴったりでした(そういえば,山本直純さんは「赤いタキシード」がトレードマークでしたね)。しっかりとコントロールしつつも,締め付けすぎず,瑞々しさと自信とが自然に溢れてきました。

2曲目は,ベテランのヴァイオリン奏者,堀米ゆず子さんをソリストに迎えてのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第1番でした。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲については,圧倒的に3番と5番。その次に4番が演奏される機会が多いのですが,第1番を実演で聞くのは...初めてのような気がします。

CDなどでは,やはり3,4,5番の印象が強く,どういう曲か覚えていなかったのですが,今回,堀米さんによる演奏を聞いて,良い曲だなぁと思いました。堀米さんがOEKと共演するのは,20数年ぶりのことです。その音色には自然に円熟味が漂っており,モーツァルト19歳の時の作品を,味わい深く聞かせてくれました。

第1楽章の序奏部は,ホルンのハイトーンを含むメロディで始まりました。古典派の協奏曲には,意外にホルンにとってはさりげなくハードな曲が多いですね。気持ちの良い清新さを感じさせてくれる音でした。一方,堀米さんの音には,落ち着きのあるふくよかさがありました。大人の音だと思いました。

短調で始まる展開部でのフレーズの歌わせ方に,人生経験を感じさせる深さがあると思いました。響敏也さんによるプログラムの曲目解説には,「ヴァイオリン協奏曲で変ロ長調の作品は珍しい。地味な魅力がある」といった指摘がありましたが,確かにそういった印象がありました。

カデンツァは,恐らく,堀米さん自身によるものだったのではないかと思います。堀米さんの演奏したこの曲のCDを持っているのですが,同じだったと思います(多分)。

第2楽章のアダージョは音楽自体に深みがありました。やさしく風が流れていくような気分が素晴らしいと思いました。堀米さんの音には,ちょっとくすんだような,底光りするような美しさがあり,その音を聞くだけで深さを感じました。第3楽章は一転して急速なテンポになります。キリッとしまったOEKの演奏が鮮やかでした。堀米さんのヴァイオリンにも鮮やかさと力強さがありました。

曲全体として,ピリピリした感じがなく,暖かみが感じされるのが良いと思いました。両端楽章などは,速いパッセージや高音を鮮やかに聞かせてくれたのですが,そこには常に余裕がありました。この曲については,ギドン・クレーメルさんのヴァイオリンとクレメラータ・バルティカによるCDも持っているのですが,結構ギスギスした感じの演奏なので,個人的には今回の堀米さんの演奏の方が好みでした。

今シーズン,OEKはフォルクハルト・シュトイデさんとの共演で,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番も演奏しますが,この際,第2番もどなたかと演奏してもらい,「全集」にしてもらたいものです。

# その後,よくよく調べてみると,堀米さんが前回,OEKと共演した曲が第2番でした。ということで,今回の共演で「全集」は完結ですね。

この曲の後,バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータの中の有名なガヴォットがアンコールで演奏されました。非常にさらりとした演奏で,草書風の崩した味わいのある演奏でした。こういう演奏は,若手奏者にはできないなぁと思わせる,貫禄の演奏でした。

後半はハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」1曲のみでした。編成的には,実はこの曲がいちばん大きいので,今回のプログラムの場合,トリにぴったりでした(クラリネット2本も入るのでOEKの編成にほぼぴったりです)。何よりも,スダーンさんの作る音楽に折り目正しさと同時に力感が溢れ,壮麗さすら感じさせる気分の中で演奏会を締めてくれました。

この曲については,ニックネームが付けられているとおり,第1楽章冒頭などに出てくる「太鼓連打」がまず聞き所になります。英語だと「Drum Roll」となりますが,まさに本日の演奏はバロック・ティンパニによる,コロコロコロ...といった心地良いロールのクレシェンド,デクレッシェンドで始まりました(ちなみに,ミンコフスキさん指揮の録音では,かなり盛大に祝祭的に演奏しています)。第1楽章は,このロールにしっかり縁取られて,躍動感溢れる音楽を聞かせてくれました。

このドラムロールの後,ファゴットや低弦のユニゾンによるしっとりとした音楽が続くのですが,この部分での充実感も素晴らしいと思いました。主部に入ると,キリッとしまった音楽になります。ここでもティンパニがビシッとアクセントを打ち込むのが聞きものでした。木管楽器群がロングトーンで「パーン」と音を伸ばす部分があるのですが,その音の純粋さも素晴らしいと思いました。展開部での時折聞こえる不気味な表情など,「どこを取っても的確な音楽」という感じでした,

変奏曲形式の第2楽章も大変力強い歩みでした。その一方で,木管楽器が軽やかに活躍するなど,「山あり谷あり」の表情の豊かさもありました。サイモン・ブレンディスさんによる鮮やかなソロも大活躍でした。キレ良く,すっきりとした音楽がハイドンにぴったりでした。

第3楽章のメヌエットもゴツゴツとした感じで始まりましたが,トリオの部分は対照的に夢見るような心地良さ。少し間を置いて始まったので,気分がくっきりと変化し,クラリネットの音がとろけるように響いていました。

そしてホルンの野性味のある信号で始まる,推進力のある第4楽章。力強さと緻密さが共存した見事な音楽でした。終楽章に相応しい素材ががっちりと組み合わさった立体感が,壮麗さへと発展していくような立派さがありました。「スダーンさんが指揮する初の定期公演」に相応しい集中力の高さを特に感じました。さらには,改めて,ハイドンは良いなぁと思いました。どの曲を聞いても楽しめるというのは,実はとてもすごいのでは,と思っています。

アンコールでは,OEKの定期公演で,結構何回も演奏されているモーツァルトのカッサシオンの中の1つの楽章が演奏されました。実に味わい深く,時折,ユーモアや微笑みを湛えた表情を見せてくれる魅力的な演奏でした

というわけで,9月に続いて,スダーンさんとOEKの強い信頼感に結ばれたような充実の演奏を楽しむことができました。今後もスダーンさんの指揮する古典派音楽には特に注目したいと思います。,

PS.この日は,客演の首席チェロ奏者として,マルタ・スドゥラバさんが参加していました。コントラバスのルビナスさん,ヴィオラのグリシンさんと合わせて,クレメラータ・バルティカ出身のメンバーで低弦が支えられていた形になります。今回,とても低音が充実して感じられたのは,このこともあったのかなと思いました。

(2018/10/21)



公演の立看板


この日のプレコンサートは,ソンジュン・キムさんによる,バッハの無伴奏チェロの一部。10月25日に行われるリサイタルのPRも兼ねていました。実に良い音でした。

サイン会もありました。

スダーンさんには,先日行っていた中古音盤市で発見したブルックナーの交響曲第4番のCDにサインをいただきました。オーケストラは,モーツァルテウム管弦楽団です。


堀米さんには,公演パンフレットにいただきました。が,実は,堀米さんが前回OEKと共演した際にサインをいただいていました。次のとおりです。今回演奏した,モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第1番も収録されています。指揮はシャーンドル・ヴェーグ。オーケストラは,ザルツブルク・カメラータアカデミカ。奇しくも,スダーンさんのCDとザルツブルクつながりですね。