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オーケストラ・アンサンブル金沢第408回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2018年11月1日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) クラウス/教会のためのシンフォニア 二長調, VB.146
2) モーツァルト/交響曲第40番ト短調, K.550(初稿)
3) メンデルスゾーン/キリスト, op.57
4) メンデルスゾーン/詩編42番「鹿が谷の水を慕いあえぐように」,op.42
5) (アンコール)バッハ,J.S./モテット「来たれ,イエスよ,来たれ」BWV.229〜アリア

●演奏
鈴木雅明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-4,リディア・トイシャー(ソプラノ*3-4),櫻田亮(テノール*3)
合唱:RIAS室内合唱団*3-5



Review by 管理人hs  

今年も早くも11月です。11月最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニー・シリーズは,OEK初登場となる鈴木雅明さんの指揮で,モーツァルトとメンデルスゾーンを中心としたプログラムが演奏されました。

鈴木さんといえば,バッハ・コレギウム・ジャパンの音楽監督として世界的に有名な方です。今回は,バッハよりは時代的には新しい古典派から初期ロマン派にかけての作品が取り上げられましたが,「さすが」という説得力十分の演奏を聞かせてくれました。特に演奏会の後半,今回のもう一つの目玉である,RIAS室内合唱団との共演で演奏されたメンデルスゾーンの宗教音楽は,知られざる名曲を再発掘してくれるような,素晴らしい演奏だったと思います。

演奏会の最初は,「スウェーデンのモーツァルト(何となくキダ・タローさんを思わせるキャッチフレーズですが...)」と呼ばれることもある,クラウスという作曲家のシンフォニアで始まりました。実質的には,序奏部とフーガとからなる序曲といった感じの作品でしたが,OEKの響きがすっかり「鈴木雅明仕様」に変わっていたのがすごいと思いました。初めて聞く曲でしたが,モーツァルトの作品を聞くような感じで,気持ちよく楽しむことができました。

楽器編成の方は,意外に大きなもので,クラリネットが入らない他は,ほぼフル編成でした。弦楽器の音は軽やかで透明。しかしサラサラと流れすぎる感じではなく,後半のフーガでは,しっかりと各声部が絡み合う壮麗さのある音楽を聞かせてくれました。ヴィブラートも控えめですっきりとした感じでしたが,極端に過激な古楽奏法という感じではなく,現代のオーケストラによる古典派音楽の演奏に相応しいバランスの良さを感じました。

この日のティンパニは,おなじみの菅原淳さんでした。そのバロック・ティンパニの引き締まった音も印象的でした。響きが軽くなる分,ビシッと曲の要所を引き締めているようでした。

続いて演奏されたのは,おなじみのモーツァルトの交響曲第40番でした。今回は,クラリネットが入らない初稿で演奏されました。そのこともあるのか,甘さの少ない,弦楽器を主体としたシリアスさが際立った演奏となっていました。視覚的にも,編成がかなり小さく見えました。今回の演奏で特徴的だったのは,そのテンポの速さです。どの楽章も大変速いテンポでした。第1楽章の冒頭から,低音がしっかり効いており,その上に,ピュアな哀しみがさらりと走り始める。そういった感じでした。

ただし,どの楽章も繰り返しをきっちりと行っていましたので(第4楽章の後半も繰り返すのは,かなり珍しいと思います),演奏時間的には30分ぐらい掛かっていたと思います。その結果,全4楽章を通じて,どこまで行ってもクールな哀しみがヒタヒタと迫ってくるような感じになっていました。「疾走する哀しみはとまらない」といった感じの演奏だったと思います。

その一方で,単純に走るだけの演奏ではなく,要所要所でテンポを落として,ドキッとするような陰影を感じさせてくれる部分がありました。第1楽章の第2主題で,テンポを落とす辺りは,フーッとリアルにため息が入るようでした。第1楽章の展開部での,弦楽器が美しく叫ぶような感じも印象でした。

第2楽章も速めのテンポで,淡々とした平静さの中に哀しみが滲んでいました。繰り返しもしっかりと行っていたので,老いることのない,みずみずしい音楽が,ずっと続いているような,エバーグリーンといった感じの音楽になっていました。

第3楽章も速めのテンポによる,キビキビとしたメヌエットでした。トリオでもテンポは速いままでしたが,水谷さんと岡本さんのオーボエとフルートがしっかり活躍することで,気分が鮮やかに変化していました。第4楽章へは,前楽章と同様のテンポ感で,ほとんどインターバルなしでつながっていました。音楽の流れの良さが素晴らしいと思いました。その一方で,シンコペーションのリズムの部分などに,独特の「押しの強さ」があり,ドキッとするような深さが後に残りました。中間部での,色々な楽器の音が飛び交う辺りもスリリングでした。

上述のとおり,第4楽章は後半部も繰り返しを行っており,「永遠に続く哀しみ」といった感じになっていました。テンポの速いエネルギッシュな動きが続いていましたので,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんなどには,「お疲れ様」と声を掛けたくなる雰囲気でした。

鈴木さんの指揮に接するのは今回が初めてだったのですが,大変エネルギッシュな指揮ぶりが印象的でした。透明感のある響きと,裏に秘めた熱さとのバランスがどの曲も素晴らしいと思いました。

後半は,どちらも初めて聞く,メンデルスゾーンの宗教曲2曲が演奏されました。タイトルだけを見ると,「難解そう?渋そう?」という印象を持ったのですが,さすがメンデルスゾーン。両曲とも,初めて聞いても「良い曲だなぁ」と実感できる作品でした。

オラトリオ「キリスト」については,構想としては,ヘンデルの「メサイア」同様,キリストの生涯を3部に分けて描くはずだったのですが,メンデルスゾーンが早逝してしまったため,「キリストの誕生」と「キリストの受難」までしかできていません。その点では「未完成」なのですが,音楽自体はしっかり完成していると思いました。それほど長い作品ではなく,ヘンデルの「メサイア」第1部の要素とバッハの「マタイ受難曲」の要素とが,うまく合わさったような充実感を感じました。

第1部は,いきなりソプラノのレチタティーヴォで始まりました。リディア・トイシャーさんの可憐な声を聞いて,「メサイア」第1部後半の「クリスマスのイメージ」が蘇ってきました。続く三重唱では,テノールの櫻田亮さんの,よく通る声が特に印象的でした。

合唱曲では,晴れやかさと落ち着きとを兼ね備えたRIAS室内合唱団が見事な声の力を聞かせてくれました。「室内」ということで,音量で圧倒するという感じではなかったのですが,その声はビシッと締まっており,十分なボリューム感と素晴らしい安定感がありました。特に輝きのある高音が印象的でした。底力を感じさせる声の連続でした。第1部最後のコラールでは,親しみやすさの中に深い感動をたたえて,しっとりと締めてくれました。

第2部の方は,「10分で楽しむマタイ受難曲」といった感じで,魅力的でドラマティックな音楽がしっかり詰め込まれていました。この曲ではテノールの櫻田亮さんによる,レチタティーヴォが大活躍で,受難曲での福音史家と同様の役割を果たしていました。その凜とした声が曲全体のトーンを作っている部分があると思いました。

合唱曲の方も,受難曲での使い方と似ており,民衆が「バラバを釈放せよ」と叫ぶなど,緊迫感のある審判の場となっていました。付点リズムの入る曲があったり,十字架という言葉をしっかり強調されていたり,ロマン派的な盛り上がりの中に,伝統的な宗教曲と同様の迫力が込められていると思いました。

終盤の「シオンの娘たちよ」で始まる合唱曲も大変魅力的でした。これは褒め言葉なのですが,そのまま,演歌としても歌えそうな,少しセンチメンタルな気分が親しみやすさがありました。合唱を支える,ヴァイオリンのピツィカートも魅力的でした。

この曲を受けて,最後は癒やしの気分のあるコラールで美しく締められていました。オーケストラは,ほぼフル編成で,その響きには,ロマン派音楽的な雰囲気もありましたので,バッハやヘンデルの作品以上に親しみやすい作品になっていたと思いました。

演奏会の最後に演奏された,同じくメンデルスゾーンの詩編42番「鹿が谷の水を慕いあえぐように」の方は,タイトル的にはさらに渋そうな感じでしたが,実際には大変聞きやすく,気持ちの良い作品でした。曲の編成は,「キリスト」と全く同じで,その取り合わせもぴったりでした。

1曲目の合唱曲から,深さと透明感に溢れた至福の世界が広がっていました。続くソプラノのアリアでは,ソプラノのリディア・トイシャーさんの見事な声を楽しむことができました。その清潔感と伸びやかさのある声は,前曲での櫻田さん同様,宗教曲にぴったりでした。加納さんのオーボエと絡むように歌われる曲がありましたが,どちらにも芯のある強さがあり,聞き応えがありました。

この曲では,第4曲と第7曲の合唱曲の中に「神を待ち望まん Harre auf Gott!」というフレーズがキャッチフレーズのように繰り返されます。この部分での澄んだ輝きのある声が素晴らしく,鮮やかに浮かび上がっていました。

途中,ソプラノと男声4人による五重唱の部分もあります。こういう編成の曲は比較的珍しいかもしれません(ロス・インディオス&シルヴィアといったところでしょうか)。この部分での輝きを持ちつつも室内楽的な気分も印象的でした。

最後の第7曲でも,輝きと晴れやかさがありました。迷いのない大人の声の世界が広がり,クライマックスに向かって力強く盛り上がって,全曲が締められました。オーケストラと合唱団が一体となった,晴れ渡ったような輝きが素晴らしく,「生きる勇気」を与えてくれるようでした。

この日は,後半に知名度の低い曲を持ってくる冒険的なプログラムでしたが,充実感のある響きで,見事に締めてくれました。最後にアンコールで,バッハの無伴奏のモテットの一部が清潔に演奏されました。メンデルスゾーンの雰囲気を壊さずに静かにクールダウンしてくれる,絶妙のアンコールだったと思いました。

今回,初めて鈴木雅明さんの指揮に接したのですが,予想したよりもエネルギッシュで,透明感と同時に根源的な力強さを持った音楽を聞かせてくれる方だと思いました。機会があれば金沢で,鈴木さんの指揮による,バッハの作品も(それと「メサイア」全曲も)聞いてみたいものだと思いました。

(2018/11/7)



公演の立看板


公演の案内

終演後,サイン会がありました。

鈴木雅明さんには,持参したバッハの宗教曲のベスト・アルバム(季節ごとのコラールなどが入ったCD)にサインをいただきました。


トイシャーさんには会場で販売していたCDにサインをいただきました。ミュンヘン・バッハ管弦楽団(あのカール・リヒターが指揮していた団体と同じでしょうか?)と共演したマニフィカトとカンタータのCDです。

櫻田さんには,パンフレットにサインをいただきました。