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洋邦コラボレーションコンサート
2018年11月7日(水) 19:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) ペルト/タブラ・ラサ
2) 若林千春/ゆにわ/しまIV-b:独奏フルート,独奏チェロ,能管,小鼓と大鼓のために(初演)
3) ストラヴィンスキー/ミューズを率いるアポロ

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1,3
渡邊荀之助(能舞*1),奈良宗久(点前*1),山根一仁,アビゲイル・ヤング(ヴァイオリン*1),大井浩明(プリペアド・ピアノ*1),松木さや(フルート*2),細井唯(チェロ*2),鳳聲晴久(能管*2),藤舍呂英(小鼓*2),住田福十郎(大鼓*2)



Review by 管理人hs  

久しぶりに石川県立音楽堂に登場した,井上道義さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)メンバー等による,「洋邦コラボレーション」と題された演奏会を聞いてきました。井上さんは,OEK初代音楽監督の岩城宏之さん同様,クラシック音楽と邦楽とが一体になったような演奏会を何回か行って来ましたが,この日の演奏会は,井上さんの「やりたいこと(orやりのこしたこと)」をやり尽くした(もしかしたら,まだまだやり足りないかもしれませんが),総決算的な内容だったと思います。

演奏されたのは,茶道のお点前と能舞とペルトのフラトレスのコラボレーション,第1回是阿観作曲家コンクール優秀者の若林千春さん作曲による「ゆにわ/しま IV-b」という独奏フルート,独奏チェロ,能管,小鼓,大鼓のための作品(初演)。そして,ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」の3曲でした。特に前半の2曲は,通常のクラシック音楽のコンサートの雰囲気とは一味違う,シアターピース的な作品で,井上さんらしさが溢れていました。後半のストラヴィンスキーも素晴らしい作品の素晴らしい演奏でした。

最初に演奏されたペルトのタブラ・ラサは,2楽章構成の作品で,ステージ奥でOEKの弦楽合奏が静かで神秘的なムードを醸し出す中,山根一仁さんとアビゲイル・ヤングさんのヴァイオリンが,掛け合いをしていきます。繰り返しがとても多いので,次第に陶酔的な気分になっていく作品です。

その中で,上手側で渡邊荀之助さんが能を舞い,下手側で奈良宗久さんがお茶を煎れるお点前の動作をします。ステージの照明は暗目で,2人にスポットライトが当たるようになっていましたので,その動作にどんどん引き込まれていきました。ただし...その意味まではよく分かりませんでした。

第1楽章の後半で,照明が点滅し,その後,渡邊さんが奈落の底に落ちていったり(ステージの床の一部がエレベータのように下がっていくということですが),奈良さんの方は,茶道の道具を全部片付けてしまった後,第2楽章になって再度登場して,お茶を煎れる動作をしたり...なかなか難解でした。曲が終わった後,井上さんが,表現していたストーリーを解説してくれて,「そういうことだったのか」と了解できた部分もあったのですが...少々懲りすぎだったかもしれません。

渡邊さんが「奈落に落ちていった場」は,「おいしいものが欲しくて欲しくてたまらなくなって,地獄に落ちる」ことを表現していたとのことで,井上さんが1月に富山で上演する「ドン・ジョヴァンニ」の影響を受けている部分があると思いました。

第1楽章の後,音楽が止まったまま,奈良さんがお茶の道具を片付けてしまい,「一体どうなる?」と妙な緊張感が漂いました。ステージの方も舞台裏まで「そのまんま」見せ,広々とした雰囲気になりました。音楽の方は,第2楽章はさらにシンプルでゆっくりとした曲想になりましたが,井上さんによると「空」を表現していたということです。この時空の感覚がなくなるような感じはペルトの音楽ならではの魅力だと思いました。

次の若林千春さんの新曲は,音楽的にはさらに前衛的で,メロディが全くないような作品でした。が,武満徹の作品であるとか,能そのもののスタイルを思わせる雰囲気があり,とても楽しめました。この曲については,指揮者なしで,5人のみによる演奏でした。

最初,ステージ背後に並んだ,大鼓と小鼓が静かに応答しあうような和の雰囲気で始まった後,途中,独奏チェロの細井唯さんと独奏フルートの松井さやさんが入場してきて,特殊奏法満載の不思議で強烈な世界が続きました。チェロの方は不協和音というよりは,故意にギシギシ言わせるような音が続出していました(楽器に悪いのでは?と少々心配)。映画「ジョーズ」のテーマみたいな不気味な部分もありました。

フルートの方は息だけの音を使ったり,ウワオーという感じで半分声を出しながら演奏したり,伝統に刃向かうムードたっぷりの音楽が続きました。

ただし,このお二人による集中力のある演奏で聞くと,目が離せないという感じになり,強くひかれました。舞台奥の紗幕の後ろに,能に登場する邦楽器が3つ配置し,その前に少し距離を置いてチェロとフルートが,能のシテとワキといった感じで並んでいましたので,この舞台で能を表現しているように思いました。ステージの照明を落とし,大きな三角形をステージ上に投影していましたが,これも意味深でした。曲の終了間際,能管が「ピーッ」と強く音を出していたのも能に通じると思いました。

邦楽器と洋楽器のコントラストを聞かせる二重協奏曲という点では,武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」を思わせる要素もあると思いました。尺八がフルートに,琵琶がチェロに置き換わったようなイメージです。最初と最後が邦楽器中心で,中間部にチェロとフルートによる長いカデンツァが入っているようにも思えましたが,この構成もノヴェンバー・ステップスと似ていると思いました。何より「どういう楽譜になっているのだろう?」と思わせるほど不思議な音が続いていたのも同様でした。

プログラムの若林さんの曲目解説によると,「独奏フルートのための作品と独奏チェロのための作品を並列的に演奏し,それに能管,小鼓,大鼓を重層的に重ねた」とのことです。タイトル自体も謎だったのですが,今回のテーマの洋と邦のコラボというテーマに相応しい作品だったと思いました。この作品は,井上さんが主催している「是阿観作曲家コンクール」の第1回優秀作品に選ばれた作品です。2021年に上演を計画している新作能に向けた,3年計画のコンクールということで,今後どういう作品が登場してくるのか期待したいと思います。

後半はストラヴィンスキーのバレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」が,弦楽合奏で演奏されました。これは普通のクラシック音楽のコンサートのスタイルで演奏されましたが,井上さんの原点である,バレエを意識しての選曲となっていました。

実演で聞くのは初めての曲でしたが,ストラヴィンスキーの曲の中でも特に心地良い響きのする作品だと思いました。冒頭から,古代ギリシャの気分を伝えるような晴朗な気分にあふれていました。

楽器の配置は,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分け,ステージ奥にコントラバス2本が立っていました。さらにはギリシャの神殿を思わせるような柱二本がオーケストラの後ろに立っていたので,見た目にも見事なシンメトリーになっていました。

邦楽ホールだと,やや残響不足の部分はありましたが,その分,OEKならではの精緻な音楽を楽しむことができました。曲が始まってしばらくすると,アビゲイル・ヤングさんのヴァイオリン独奏が出てきました。この部分を聞きながら,「バーンスタインのセレナード(プラトンの「饗宴」をテーマにした,実質ヴァイオリン協奏曲)」と共通するムードがあるなぁと思いました。この公演のチラシの中で井上さんはヤングさんのことを「OEKの機関車」と書かれていましたが,「言い得て妙」ですね。

楽器の中では,4本のチェロが2パートに分かれているのが,見ていてよく分かりました(ルドヴィート・カンタさんも参加し,ソロを担当うしていました。)。単純に古典的なシンプルな曲というわけでなく,「色々裏に仕掛けがあり,実は複雑」という点では,プロコフィエフの古典交響曲に通じる点もあると思いました。

最後の方,「パ・ド・ドゥ」に当たる部分(多分)では,少しロマンの香りがするような艶っぽさがあったり,コーダでは,ジャズ風味のある浮き立つような感じになったり,聞いていて飽きることはありませんでした。最後の「アポテオーズ」は,ややシリアスな音楽になり,曲の最初の部分に静かに戻るような感じでした。この点でもシンメトリーな感じがしました。

演奏全体を通じて,「芸術の神アポロ」に対する素直な賛美,井上さんの「アートの世界」に対する信頼や演奏できることの喜びのようなものがストレートに伝わってきました。個人的にも一度実演で聞いてみたい作品だったので,「よくぞ取り上げてくださいました」と井上さんに感謝したくなりました。

今回の公演は,特に前半,色々と冒険的な試みをしており,「一体どうなるのだろう?」といったスリリングな面が色々とありました。「新しいアート」を作り出すことの楽しさと芸術の神への感謝の思いが伝わってくるような演奏会だったと思います。新作能の上演に向けての取り組みは,あと数年続くようなので,今後も井上さんとOEKの挑戦を注目していきたいと思います。

PS.井上さんが企画中の新作能ですが,石川県と台湾ではお馴染みの「当時,東洋一と言われた烏山頭ダムを台湾に建設した八田與一の奥さん」がテーマになるようです。井上さんのトークで,「奥さんは,八田與一の没後,後を追ってダムに投身自殺を図った」と語っていましたが,どこか泉鏡花などの物語にでも出てきそうな雰囲気もあると思いました。

(2018/11/11)



公演の立看板


公演の案内


邦楽ホール側の案内


終演後は,邦楽ホール側から帰宅