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ヴェルディ「リゴレット」公演
2018年11月25日(日) 14:00〜 金沢歌劇座

ヴェルディ/歌劇「リゴレット」(全3幕,イタリア語歌唱,日本語字幕付き)

演出:三浦安浩,総合プロデューサー:山田正幸

●演奏
鈴木織衛指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
合唱:金沢オペラ合唱団

●配役:
リゴレット:青山貴(バリトン)
マントヴァ公爵:アレクサンドル・バディア(テノール)
ジルダ:森麻季(ソプラノ)
スパラフチーレ:森雅史(バス)
マッダレーナ:藤井麻美(コントラルト)
ジョヴァンナ:東 園(メゾ・ソプラノ)
モンテローネ伯爵:李 宗潤(バリトン)
マルッロ:原田勇雅(バリトン)
ボルサ:近藤洋平(テノール)
チェブラーノ伯爵夫人:原田幸子(メゾ・ソプラノ)
公爵夫人付きの小姓:石川公美(ソプラノ)



Review by 管理人hs  

11月最後の日曜日の午後,金沢で全曲を上演するのが今回初となる,ヴェルディの歌劇「リゴレット」全曲を金沢歌劇座で聴いてきました。金沢では,ここ数年,全国のいくつかの公共ホールとの共同企画によるオペラを毎年のように行ってきましたが,今回の公演は,金沢独自企画とのことです。プログラムに書かれていた山田正幸プロデューサの言葉によると「遠慮なく作品を選べた」ということです。他ホールとの連携となると,どうしても有名作品に集中しがちなので,個人的には大歓迎です(費用面は気になりますが)。

「リゴレット」は,ヴェルディの出世作として知られていますが,今日の感覚からすると差別的な表現や役柄が出てくるせいもあるのか,国内ではなかなか上演されないとのことです。が,本日の公演を聴いて,主要キャストの重唱を中心に進んでいく,聴き応え十分の人間ドラマだと改めて実感しました。特にタイトルロールの青山貴さんの輝きのある威力十分の声,リゴレットの娘,・ジルダ役の森麻季さんの丁寧でしなやかな声は,それぞれの役柄にぴったりのはまり役と感じました。その他の役柄もキャラクターが分かりやすく,現代の演劇などに通じる「わかりやすさ」を感じました。

オペラの前奏が始まり(このオペラには独立した序曲はありません),金沢歌劇座の赤い幕が開くと,回り舞台と可動式ついたてを組み合わせたようなステージが登場しました。比較的簡潔なものでしたが,スムーズに色々な場面を作っていました。余談ですが,このオーソドックスな赤い幕も良いものですね。石川県立音楽堂コンサートホールだと,当然幕はないのですが,幕が開くという雰囲気には独特のワクワク感があります。



そして,この段階で,リゴレット,ジルダ,公爵の主役3人がステージに登場していました。「籠の中に閉じ込められた鳥」のような形でステージ中央にたたずむジルダを公爵が奪っていく,といった感じの無言の演技をしながら,これから起こるドラマを暗示していました。

第1幕はパーティのような場面で始まります。鈴木織衛さん指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,軽快な音楽が気分を盛り上げてくれたのですが...マントヴァ公爵役のアレクサンドル・バディアさんの歌唱が不安定でした。第2幕の最初に山田プロデューサが「最後までつとめますので...」という異例のエクスキューズが入りましが,ここ数日体調不良とのことで,無理を押しての出演だったとのことです。

今回の上演の唯一の問題点は(というかかなり大きな問題だったのですが...),この点だったと思います。特に第1幕の前半は,高音が出ない部分があったりして,先行き不安な感じでしたが,その後は,山田さんの言葉どおりの熱のこもった歌を聞かせてくれました。

この最初の場で重要なのが,悲劇の起点となるモンテローネ伯爵による「呪い」の言葉です。李宗潤さんの声には非常に威力がありました。その後,もう一度出番がありましたが,ドラマの要所要所でくさびを打ち込んでいる感じでした。

第1幕の第2場もまた,「リゴレット」らしい部分です。リゴレット役のバリトンの青山貴さんと殺し屋スパラフチーレ役のバスの森雅史さん(高岡市出身ですね)による,低音二人が絡む場です。このスパラフチーレは,数あるオペラの中でも,いちばんクールな役柄かもしれない,と思いました。ヴィオラとチェロによる,不思議に明るいけれどもとても不気味な音楽に乗ってニヒルに登場。目深に帽子をかぶったまま,グッと広がるような低音で存在感を示していました。

ちなみにカーテンコールのとき帽子を取って森さんがステージに登場すると,近くの席にいた女性2人組からは「やっぱりイケメンやねぇ」という言葉が聞こえてきました。最近,金沢でのオペラ公演では,森さんが出演する機会が多いのですが,着実にファンが増えているようです。

その後,主役リゴレットとジルダが絡む場になります。この部分も大変聴き応えがありました。今回の公演では,ジルダが登場シーンになると,ステージの天井からブランコが降りてきて,森麻季さんは,これに乗ったまま謡ったりしていましたが,ジルダの「揺れる気持ち」を象徴しているようで,効果的でした。

青山さんのリゴレットは,本当にお見事でした。青山さんの声には,イタリアオペラにぴったりの輝きがある上,全体の雰囲気がビシッと引き締まっているので,どの歌を聞いても充実感を感じました。リゴレットには,他人を傷つける道化の面と愛情たっぷり(過剰?)な父親の2面がありますが,この第1幕第2場では,第1場とは全く違った側面を見せてくれました。このキャラクターの二重性という点でも,現代の演劇に通じる部分があると思いました。

ジルダとリゴレットの重唱の部分は,このオペラの中で「いちばんしあわせ」な部分だったと思います。ずっと続いて欲しい部分でした。その後,公爵が侵入してきます。その別れの場では,公爵とジルダの双方が「Addio,Addio...」と連呼していましたが,この辺の過剰感もイタリア・オペラらしくて良いですね。

そして,ジルダのアリア「慕わしい人の名」に。コロラトゥーラ・ソプラノの名曲として有名な曲ですが,私自身,実演で聞くのは今回が初めてかもしれません。森麻季さんの歌には,丁寧さと同時に自然な流れの良さがあり,たっぷりと見せ場を楽しませてくれました。ゾクゾクさせるような高音もいつもどおり素晴らしいと思いました。

第1幕の最後は,公爵の家来たちが,ジルダを略奪する場です。この辺は,リゴレットがあまりにも簡単に策略に引っかかる点で,重大な場面ではあるのですが,少々コミカルな感じもしました。男声合唱の歌唱や動きからもそういう雰囲気を感じました。

合唱団は,今回は男声合唱のみでしたが,第2幕の最初の公爵の宮殿の場でも,軽妙な感じを出しており,大活躍でした。この場では,「ヴェルディあるある」的な楽しげな行進曲が出てきました。こういう部分があると嬉しくなりますね。

一方,リゴレットの方は娘を奪われ,哀愁と悲壮感を漂わせた雰囲気になります。怒りの気持ちと嘆願する気持ちが交錯する「悪魔め鬼め」での,青山さんの歌唱の深い表現が素晴らしいと思いました。

その後,宮殿内で公爵の私室で過ごしていたジルダが飛び出してきて,親娘が再会できるのですが...ジルダの方は,「日曜日に教会で見かけてから...」とこれまでの恋愛の一部始終を語るような歌を歌います。この部分での森麻季さんの歌の情感の豊かさも素晴らしいと思いました。

その後,リゴレットは公爵への復讐,ジルダは公爵への愛という形で道が二つに分かれてしまいます。そのことがドラマティックな重唱の中に表現されており,非常に聞き応えのある幕切れとなっていました。

第2幕と第3幕はそれぞれ30分程度で比較的短い幕なのですが,ここで休憩が入りました。予定時間は右の写真のとおりでした(実際もほぼこのとおりだったと思います)。

第3幕は,スパラフチーレの居る飲み屋兼宿屋の場。ここで,このオペラでいちばん有名な曲,「女心の歌」が出てきます。バディアさんの歌は,とても軽快で,弾むような感じの独特の歌い回しで歌っていました。このメロディは,幕切れまで何回か「公爵のテーマ」という感じで出てきます。最後の高音を出すのが非常につらそうでしたが,何とか歌い切ってくれました。

スパラフチーレは,リゴレットから「公爵を殺してくれ」という依頼を受けていたはずなのですが,公爵に惚れてしまったスパラフチーレの妹・マッダレーナの進言で,「今夜ここを訪れる別の人物」を殺害することに変更になります。

そして,これも有名な四重唱になります。リゴレット,ジルダ,公爵,マッダレーナの4人の思惑が絡まりつつ,音楽の方がワクワクと高まっていく感じが最高でした。最終的にはジルダが「予定変更」で殺害されてしまうことになるのですが,実はその「キャスティング・ボード」を握っていたのが,マッダレーナだったことになります。藤井麻美さんの声域はプログラムでは「コントラルト」と書かれていましたが,その重役に相応しい,聴き応えがありました。

そして,嵐の中で殺人が行われます。ロッシーニの「セビリアの理髪師」の最後の部分にも嵐(テンペスタと呼ばれる部分)が出てきますが,それと似たような気分がありました。この嵐の中で殺人が行われます。オーボエのロングトーン,稲妻を表現するようなフルートの音,男声合唱の不気味なハミング...と色々な要素を組み合わせて,ドラマのクライマックスを表現していました。

この部分をはじめ,鈴木織衛さん指揮OEKは,全編に渡り,雄弁で流れの良い音楽を聴かせてくれました。声楽部分だけではなく,ヴェルディならではのオーケストレーションも面白い名曲だと改めて思いました。

そして,最後の最後,自ら死を選んだジルダの思いと皆に見捨てられてしまったリゴレットの思いとが,悲痛さの中で交錯して幕となりました。オペラのストーリー的には,「リゴレットの悲劇」なのですが,ジルダ側から見ると,「ジルダの自立」とも言えるのかなとも思いました。ストーリーの細部については,よくよく考えると「どこか変?」といった部分もあるのですが,音楽の持つ迫力と合わせて聞くと非常に説得力があります。そして色々と深読みをしたくなる作品だなぁと感じました。

この作品では,虐げられた存在であるリゴレットと正反対のキャラとしてマントヴァ公爵が位置づけられており,何でも思いのままに楽々と生きている感じを出すことが作品の一つのポイントだと思うので,今回の「苦労している公爵」という点だけが,残念でした。機会があれば,「リベンジ」を期待したいものです。

いずれにしても,ヴェルディの名作の全曲をしっかりと味わうことができたことが良かったと思います。続いて,「オテロ」か「トロヴァトーレ」あたりの上演を期待したいと思います。公演に携わった多くの皆さんに感謝をしたいと思います。

 
地元の新聞等に取り上げられた記事が掲示されていました。

(2018/12/01)




公演のポスター


ロビーの雰囲気。能登のプリンの店が出店していました。


終演後,すっかり暗くなっていました。兼六園の入口付近もライトアップされていました。