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オーケストラ・アンサンブル金沢第409回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2018年11月29日(木)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヒンデミット/4つの気質:ピアノと弦楽オーケストラのための主題と変奏
2) ムストネン/九重奏曲第2番(弦楽合奏版・日本初演)
3) ラウタヴァーラ/カルトゥス・アルクティクス「鳥と管弦楽のための協奏曲」
4) シベリウス/劇付随音楽「ペレアスとメリザンド」組曲, op.46
5) シベリウス/アンダンテ・フェスティーヴォ, JS34

●演奏
オリ・ムストネン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
オリ・ムストネン(ピアノ)*1



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演初登場となる,オリ・ムストネンさん指揮によるフィルハーモニー定期を聞いてきました。ムストネンさんといえば,フィンランドを代表するピアニストという印象を持っていたのですが,実は,指揮者としても,さらには作曲家としても活躍の場を広げている方です。今回の定期公演は,そのすべてを聞かせてくれる充実の内容となりました。そして,チラシの宣伝文句に書かれていたとおりの「天才」的な雰囲気を持つアーティストだと改めて感じました。

プログラムは,最初に演奏されたヒンデミットの「4つの気質」以外は,すべてフィンランドの作曲家の作品。メインとなるシベリウスの「ペレアスとメリザンド」組曲とヒンデミットは,過去の定期公演で聞いたことはありますが,それ以外は,OEKが演奏するのは初めての作品。ということで,ムストネンさんのこだわりのプログラムと言えます。

最初に演奏された,ヒンデミットの「4つの気質」は,ピアノ協奏曲と変奏曲が合わさったような独特の作品です。古代ギリシャのヒポクラテスの時代から伝わる「人間の典型的な気質」を変奏曲として表現した作品なのですが,他のヒンデミットの曲同様,ややとっつきにくいところがありました。ただし,ムストネンさんのピアノの音には,独特の透明感のようなものがあり,苦み走っているけれども,後味がとても良い,といったムードを感じました。

ムストネンさんのピアノを聞くのは今回初めてでしたが,とても手を高く上げて演奏したり,独特の奏法だったと思います(専門的なことは分かりませんが)。速い部分での軽快な躍動感が素晴らしく,重苦しくなるところのない演奏でした。さり気なく演奏していましたが,その威圧的にならない機敏さが素晴らしいと思いました。ムストネンさんは,プロコフィエフの作品も得意としていますが,共通するムードがあると思いました。

ピアノの弾き振りの場合,座ったまま指揮というケースもありますが,ムストネンさんは立ったり,座ったりという形でした。そもそも,ピアノの置き方自体が変則的で,ステージに対して斜めに配置していました。


各変奏の方は,この日のコンサートミストレス,アビゲイル・ヤングさんの雄弁なソロとの絡みがあったり,どこか気まぐれなワルツの気分になったり,古典的なすっきりとした雰囲気になったり,文字どおり「4つの表情」(もっと多彩だったかもしれません)を伝えてくれました。

OEKとの共演ということで,暗い部分でも重苦しくならず,澄んだ世界が広がり,最後の部分では広々とした世界へとつながるよう終わりました。

ムストネンさんのピアノ演奏については,機会があれば,是非,別の作曲家の曲も聞いてみたいものです。天性のすごさのようなものを感じました。そして,何とも表現のしようがないのですが,「北欧的」な気分を伝えてくれるようなオーラを感じました。

続いては,ムストネンさん自身が作曲した九重奏曲第2番の弦楽合奏版が演奏されました。この版での演奏は,今回が日本初演とのことでした。聞く前はどういう作品なのか想像もできなかったのですが,とても魅力的な作品でした。4楽章構成の作品で,ヒンデミットよりも親しみやすい作品だと思いました。

第1楽章は不思議なリズムと和音を持つ楽章。楽章の切れ目は明確ではなく,どこかベートーヴェンの交響曲のスケルツォを思わせるような第2楽章につながっていました。この部分での明朗な透明感が素晴らしいと思いました。

第3楽章は,独奏ヴァイオリンと独奏チェロによる静謐な雰囲気を始めとして,やはりベートーヴェンの弦楽四重奏曲の緩徐楽章を思わせる,浮世離れしたような美しさと神秘的なムードがありました。しかも古くさい感じはなく,ベートーヴェンを現代的で新鮮な感性でバージョンアップさせたようなような,オリジナリティを感じました。急速なパッセージが連続する最終楽章では,この日のコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんのリードが光っていました。キラキラと光り輝くような音色とスピード感。そしてそれらが連続する陶酔感が素晴らしかったですね。

全曲を通じて,ムストネンさんの才気を感じさせるような作品だったと思います。この曲については,オリジナルがどういう編成だったのも気になります。機会があれば,オリジナル版も聞いてみたいものです。それと,ムストネンさんの他の作品も聞いてみたいものです。

後半は,指揮者としてのムストネンさんの魅力を味わうことができました。

最初に演奏された,ラウタヴァーラのカントゥス・アルクティクスは,鳥の鳴き声を収録した音源とオーケストラとが共演する独特の作品です。聞くのは2回目だったのですが,ムストネンさんの指揮で聞くと,非常に清々しく感じられました。編成自体は,この日演奏された曲の中ではいちばん大きく,通常の2管編成にトロンボーン1本,チェレスタ,ハープが加わっていました。

曲は3つの部分から成っていました。第1楽章「湿原」はフルート2本による旋律から始まり,大らかさとミステリアスな気分とが重なったような雰囲気で音楽が続いていきます。同じような音の繰り返しというのが,シベリウスなどに通じるのではないかと思いました

鳥の声だけの部分が続いた後,繊細な雰囲気のある第2楽章「メランコリー」へ。鳥つながりで言うと,シベリウスの名曲「トゥオネラの白鳥」につながるような,ほの暗い静謐なムードを感じました。

第3楽章は,「白鳥の渡り」というタイトルが付いており,鳥たちのざわめきを表現するような複雑かつキラキラ感のあるムードがありました。これは全曲を通じてだったのですが,音を聞いているうちに,ビジュアルが喚起されるところもありました。そして,最後の部分で,ティンパニとシンバルが盛大に入り,スケール感たっぷりの盛り上がりを聞かせてくれました。西村朗さんがOEKのために書いた曲に「鳥のヘテロフォニー」という名曲がありますが,その北極圏版といったところでしょうか。澄み切った音の絡み合いが印象的でした。

次に演奏された,シベリウスの「ペレアスとメリザンド」組曲もとても魅力的な作品でした。今年の夏に聞いた,ドビュッシーの同名のオペラの印象からすると,もう少し淡い感じの演奏を予想していたのですが,ムストネンさんの指揮には最初の曲から,グイグイと音楽を引っ張っていくような力強さがありました。「速い,強い,深い」の3拍子揃った演奏という感じでした。

その後の曲では,水谷さんの演奏するイングリッシュ・ホルンが大活躍していました。メランコリックだけれども明確な演奏が見事でした。「海辺にて」では,盛大に大太鼓が活躍したり,「庭園の噴水」では軽妙さのあるワルツの後,いかにもシベリウス的に盛り上がっていました。

アンコール曲としても時々演奏されることのある「間奏曲」は,爽やかで晴れやかな気分があり,北欧の明るい面を伝えてくれるようでした。ムストネンさんのピアノ演奏に通じるような躍動感も感じました。

最後の「メリザンドの死」は,重苦しい感じで始まった後,最後の方で,どこかシベリウスの交響曲第2番を思わせるような大きな盛り上がりを作り,その余韻を残すように静かに終了。OEKの音もとても良く鳴っていました。後から調べてみると,交響曲第2番が,1902年作曲の作品43,この曲は1905年作曲の作品46。かなり近い時期の作品だということが分かりました。

演奏会の最後には,シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」で締められました。この選曲は,「あらかじめ組み込まれたアンコール曲」的な位置づけだったと思いますが,本当に見事な演奏でした。他の曲同様,速めのテンポでくっきりと演奏され,有無を言わせぬ自信と誇り高さのようなものが伝わって来ました。そして,その音には光り輝くような壮麗さがありました。OEKの弦楽器の力強さと美しさに改めて感嘆した演奏でした。

今回の定期公演は,プログラム的には,知名度の低い曲が並んでいたので一見地味な印象を持ったのですが,実際には,多彩であると同時に,フィンランド的な風味で統一感のある見事なプログラミングになっていたと感じました。何よりも,ムストネンさんのマルチな才能をしっかり実感できたのが良かったと思います。ムストネンさんには,是非またOEKに客演して欲しいと思います。OEKメンバーとの室内楽公演なども期待したいと思います。

(2018/12/01)





公演の立看

終演後,ムストネンさんのサイン会がありました。

ヒンデミットの「4つの気質」とシベリウスの交響曲第3番を組み合わせたCDです。ヘルシンキ・フェスティヴァル・オーケストラの演奏。フィンランドの若手アーティストが集まったオーケストラのようです。



音楽堂入口にもクリスマスツリーが登場


終演後,ホテル日航金沢方面へ。松田聖子さんがディナーショーをやっていたようです。


建物内の噴水の飾りです。何をイメージしているのでしょうか。