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浅井隆宏ピアノリサイタル
2018年12月4日(火)19:00〜 金沢市アートホール

ハイドン/ピアノ・ソナタ第50番ニ長調 Hob.XVI:37
ブラームス/4つのバラード, op.10
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番変ホ長調,op.109
シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調, D.960
(アンコール)ブラームス/3つの間奏曲,op.117〜第1曲

●演奏
浅井隆宏(ピアノ)



Review by 管理人hs  

ピアニストの浅井隆宏さんのリサイタルが金沢市アートホールで行われたので,聞いてきました。浅井さんは,オーケストラ・アンサンブル金沢のヴァイオリン奏者,青木恵音さん,チェリストの富田祥さんとTrio RFR(アルファ)を結成し,第1回ベストオブアンサンブル in Kanazawa(BOE)」でグランプリを受賞するなど,室内楽の分野で活躍されていますが,金沢でソロ・リサイタルを聞くのは今回が初めてです。

今回聞きに行こうと思ったのは,何と言ってもプログラムの素晴らしさです。後半にシューベルトの最後のピアノ・ソナタ第21番。前半はハイドンのピアノ・ソナタ,ブラームスの4つのバラードop.10にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番。特にシューベルトとベートーヴェンの最晩年の作品の組み合わせというのに,惹かれました。


浅井さんは,大変立派な体格の方ですが,その雰囲気どおりの安定感のある音楽を聞かせてくれました。ピアノの音には力と輝きがあり,どの曲も聞き応えがありました。

最初に演奏されたハイドンのピアノ・ソナタは,第50番ということでしたが,ホーボーケン番号の方は37で,CDなどでは第37番となっていることが多い作品だと思います。全体で10分程度のコンパクトな曲で,第1楽章の最初の部分から元気よく,明快に聞かせてくれました。動じない落ち着きのある第2楽章に続き,第3楽章もクリアな演奏でした。平日の夜ということで,日常生活からコンサートホールへとすっと気分を切り替えてくれるようでした。

ブラームスの4つのバラードは,ブラームスの若い時代の作品ですが,音楽自体は非常に充実しています。浅井さんの演奏にも,落ち着いた語り口で叙事詩を読み聞かせるような大らかさを感じました。それぞれ独立した曲なのですが,ニ短調,ニ長調,ロ短調(ニ長調と同じ♯2つ),ロ長調という調性で並んでいますので,4曲を並べることで,ブラームスとしては,統一感とコントラストを出そうとしていたのではないかと思います。

第1曲はデリケート過ぎない大らかさがあり,ゆったりと物語が立ち上がってくるようでした。父親を殺した息子とその母親の対話という詩をテーマにしているということで,ついつい演奏を聞きながら,ドラマを探してしまいます。その点で,後半出てくる3連音符の繰り返しが特に意味深でした。第2曲は,「Frei aber froh(自由に,しかし喜ばしく)」というブラームスがモットーとしている言葉を音として組み込んだ曲で,前曲に比べると,伸びやかな歌を感じました。

第3曲はスケルツォ的な楽章でした。硬質のタッチで堅固にまとめられていました。第4曲は親しみやすいロマンスで,最後は静かに息をとじるような,幻想的な趣きがありました。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番は,今回のプログラムの中では,過去実演でも何回か聞いたことのある作品です,ソナタといいつつ,後半の変奏曲が半分以上の長さを占める独特の構成の作品です。第1楽章の冒頭から,誠実かつクリアな演奏で,大らかに幻想的な気分が広がっていくようでした。第2楽章は対照的に力強い堅固さがありました。

その後,変奏曲となっている第3楽章になりますが,やはりこの部分が特に聞きものでした。プログラムの解説によると,バッハのゴルトベルク変奏曲との関連性のある楽章とのことでした。浅井さんの演奏には,一本筋が通ったような安定感があり,多彩な変奏が続いた後に主題が再現してくると,「確かにゴルトベルクに似ているかも」と実感しました。特にクライマックスとなっていた第6変奏での,力強いトリルを中心とした盛り上がりが素晴らしいと思いました。

後半はシューベルトのピアノ・ソナタ第21番のみが演奏されました。この曲を実演で聞くのは2回目のことですが(前回は,ラ・フォル・ジュルネ金沢で聞いた,田部京子さんの演奏でした),やはり,シューベルトの晩年のソナタには,天国的と言っても良い魅力があると感じました。

浅井さんのテンポ設定は,第1楽章などは比較的速めで,個人的には,もう少し遅いテンポで,耽美的な雰囲気がある演奏が好みだったのですが,停滞することなく,美しく率直に音楽が流れるシューベルトも良いなぁと思いました。途中,少々音楽が止まりそうな部分はありましたが(やはり難曲なのだと思います),大曲をじっくりと味わうことができました。

この楽章については,時々テンポが遅くなり,遠雷のような不気味なトリルが低音に出てくる雰囲気がたまらく好きです。それに応えるような高音部の切なさも大変魅力的でした。
第2楽章以降も停滞することはなく,叙情的な気分の中から,時折,美しい音がキラリと光るような魅力的な音楽を聞かせてくれました。第2楽章は,比較的単調で,神秘的な気分を持った楽章です。どこか,かすかに見える光を求めて,とぼとぼ歩くような感じがあり,「冬の旅」と通じる「単調の美(勝手に作った言葉ですが)」のようなものがあると思いました。

プログラムの解説に「3オクターブに渡るCis音の響きの中で」と書いてあったので,演奏を見ていたのですが,確かに幅広く低音から高音へと腕を動かしていることが分かりました。こういうのが分かるのは実演ならではです。単調な雰囲気の中から,重厚な気分が出てきたり,少しずつ変化が出てきたり,実に味わい深い演奏だと思いました。

第3楽章のスケルツォは軽快なスピード感がありました。中間部での音の燦めきも大変美しいと思いました。第4楽章は,ちょっとギクシャクした感じのリズムとスーッと流れるような自然な動きが交錯する感じの不思議な魅力(この曲はこればかりですが)のある楽章です。途中,タランテラのリズムのようになるあたりの輝きのある高音の美しさも印象的でした。最後のコーダの部分だけ,急にテンポが速くなって,唐突に終わる感じはあるのですが,それもまた,若くして亡くなったシューベルトの性急さを体現しているようにも感じられました。

アンコールでは,ブラームスの最晩年のピアノ曲がさらりと演奏されました。この日の雰囲気にぴったりの選曲だったと思います。

というわけで,金沢では滅多に実演では聞くことのできない,シューベルトの21番を中心に,充実のプログラムを期待どおりに楽しむことができました。浅井さんには,今回のような路線で,金沢でリサイタルを定期的に行い,息長く,熟成していって欲しいなぁと思います。個人的には,シューベルトのピアノ・ソナタ第18番を一度,実演で聞くのが夢なので(この曲,何故か中学生の頃から大好きなのです),是非,浅井さんに期待したいと思います。

(2018/12/9)




公演のポスター


アートホールでの今後の公演


今回の公演パンフレットには,地元のお店の広告が掲載されていました。こういう「手作り感」も,楽しいですね。