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オーケストラ・アンサンブル金沢メサイア全曲公演
2018年12月9日(日)15:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ヘンデル/オラトリオ「メサイア」(全曲)
2) (アンコール)きよしこの夜
3) (アンコール)讃美歌

●演奏
柳澤寿男指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:江口有香)*1-2
朝倉あづさ(ソプラノ*1),田中展子(メゾ・ソプラノ*1),志田雄啓(テノール*1),大塚博章(バス*1)
合唱:北陸聖歌合唱団



Review by 管理人hs  

「金沢でメサイアを歌い続けて70年(当公演のキャッチコピー)」となる北陸聖歌合唱団と,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,年末恒例のヘンデル作曲オラトリオ「メサイア」公演を石川県立音楽堂コンサートホールで聞いてきました。記念の年ということで,全曲が演奏されました。指揮は「メサイア」公演に登場するのは2回目の登場となる柳澤寿男さんでした。この日は「金沢でのメサイア演奏会 70年の記録」というリーフレットも配布されたのですが,それによると10年ぶりの登場ということになります。

# 柳澤さんの「やなぎ」の字は違った字体なのですが,環境依存文字のようなので,通常の「柳」にしておきました。

 
ステージ上には「70」の数字が投影されていたようですが...少々見にくかったかもしれません

北陸聖歌合唱団と柳澤さんのつながりは,過去の歴代指揮者の中でも特に強かったようで,今回の全曲演奏も見事な演奏でした。柳澤さんの作る音楽は,最初の序曲から正統的で,全曲を通じて,がっちりと引き締まった充実感を感じました。テンポ設定は中庸だったと思いますが,この曲の合唱部分によく出てくる,メリスマ風の細かい音の動きの続く部分などでは,妥協しないような速いテンポでした。合唱団の皆さんは大変だったと思いますが,その緊迫感が一つの聞き所になっていたと思いました。その一方,70年記念ということで,合唱団の人数は120名編成でしたので,スケール感を感じさせる余裕のある声を聞かせてくれました。

ソリストの方については,特に女声が充実していたと思います。ソプラノの朝倉あづささんは,70年記念公演には「外せない」ですね。プログラムのプロフィールを読むと,この公演に登場するのは27回目とのことで,平成になってからはほぼフル出演という感じだと思います。その声の雰囲気がずっと変わらないのは,本当に素晴らしいと思います。北陸聖歌合唱団の「メサイア」公演に無くてはならない存在だと改めて思いました。第1部では,イエスの誕生を描く,後半から登場し,クリスマス気分を合唱と一緒に可憐に盛り上げてくれました。

第17番の合唱「Glory to God」で,オルガンステージにトランペットが登場し,上の方からキラキラした音が「降ってくる」のも恒例です。この部分もクリスマスらしいですね。

その後,メゾ・ソプラノとソプラノが連続して歌う,第20番「He shall feed his flock like a shepherd」になります。田中展子さんの大船に乗ったような安定感のある声を朝倉さんが凜とした声で受けると,しみじみ良い曲だなと感じます。

今回は全曲演奏だったのですが,第1部の後に休憩が入るのではなく,第2部の途中に1回入るだけでした。2枚組CDの「メサイア」と同じような分け方だったと思います。その分,第1部と第2部,第2部と第3部に切り替わる部分が入ってしまうのですが,連続的に聞くことで,その空気感の違いが実感できました。特にクリスマス気分の溢れる第1部と受難を描いた第2部については,急に湿気を沢山含んだ曇り空(本日の金沢の空のことですが)に切り替わったようなコントラストを感じました。

第2部では,しっとりとした合唱曲に続いて出てくる,第23番「He was despised」が聞きものです。メゾ・ソプラノの田中展子さんは,メサイア公演初登場だと思いますが,上述のとおり,今回のソリスト4人の中で,特に素晴らしい声を聞かせてくれました。声にしっとりとした落ち着きと品の良い美しさがあり,どの曲を聞いても,美しいなぁと思いました。このアリアでも深さと同時に,厳しさが伝わってきました。

このアリアの中間部もそうなのですが,メサイアでは,オーケストラの伴奏部に付点音符が入った音型が連続する箇所が結構あるのですが,柳澤さん指揮は,この付点音符の部分については,例年に増して,厳しく引き締まった感じで演奏していたように思えました。このアリアでも,田中さんの声をドラマティックに引き立てていました。チェンバロの音もしっかりと聞こえ,鞭打つような感じがリアルに迫ってくるようでした。

その後,合唱曲の3連続で休憩となりました。休憩前の第26曲「We like sheep」は不思議な明るさのある曲ですが,最後,急に深〜く落ち込むような感じになり,じっくりとしめてくれました。

第2部の後半は,テノール独唱の曲が続きます。テノールの志田雄啓さんは,「メサイア」公演ではお馴染みの方で,全曲に渡って大らかな表現を聞かせてくれましたが,今回は全体的に高音部が苦しそうな感じだったのが,少々気になりました。

第2部の後半では,バスの独唱による第40曲「Why do the nations」も聞き所ですね。この公演に登場するのが今回が初のバスの大塚博章さんは,美しく安定感のある歌を聞かせてくれましたが,少々ソツがなさ過ぎるかな,と贅沢なことを感じました。OEKは,ここでもキレの良い,心地良いテンポ感のある演奏を聞かせてくれました。

そして,テノールのアリアに続いて,第2部最後のハレルヤ・コーラスへ。やはりこの部分での,テノールのアリアから連続して「ハレルヤ」に行く,何ともいえない「流れ」が良いですね。

ハレルヤ・コーラスでは,大げさに盛り上げることなく,クライマックスに向かって,内に秘めたエネルギーの充実感を高めていき,最後に感動のこもった声でしっかりと開放するような歌だったと思います。この曲の後,「ブラーヴォ」という声が入りましたが...少々場違いかなという印象を持ちました。

その後,第3部に入り,ソプラノのアリアになります。ソプラノの出てくる曲は,どの曲も良いのですが,特にこの曲(全曲演奏以外だとカットされることもあるのですが)が良いですね。この曲を聞くと,「メサイアも終わりに近づいてきたな,今年も終わりに近づいてきたな」と少ししんみりとした気分になります。

そして,バスの独唱にトランペットが絡む,第48曲「The trumpet shall sound」へ。大塚さんの立派な声とOEKの藤井さんの晴れやかなトランペットとがしっかり絡み合っていました。

全曲最後のアーメン・コーラスは,華やかな気分で始まった後,フーガの部分になると,一転して静かで敬虔な気分が広がりました。合唱全体とOEKが一体となって,染み渡るような清澄な気分を作っていました。最後は段々と力感がアップしていくのですが,この部分を聞きながら,「この部分には普通の市民の色々な願いが込められているのだな」と感じました。派手すぎず,実感のこもった声で,全曲をしっかりと締めてくれました。宗教音楽のクライマックスにぴったりの表現だったと思いました。

その後,例年どおり,全員で「きよしこの夜」。OEKメンバーが引っ込んだ後は,合唱団だけで賛美歌が歌われてお開きとなりました。

さすがに全曲公演となると,休憩時間を合わせると3時間コースになり,少々疲れましたが,70年記念に相応しい充実した公演だったと思います。配布された「70年の公演記録」をチェックしてみると...私にとっても今回が20回目の「メサイア」というキリの良い数でした。このペース(?)で行くと,10年後には「80年」,私にとっては「30回」となります。とりあえずは,その辺を目標に生きていこうかな,などと考える年末です。

(2018/12/15)




公演のポスター