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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2018 レビュー・トップページ
いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2018
2018年4月29日〜5月5日 石川県立音楽堂,金沢市アートホール,JR金沢駅周辺,金沢市内各地

Review by 管理人hs  

2018年5月4日(金・祝)

本公演2日目は,アートホールからスタートだったのですが,少し時間があったので,まず,音楽堂前へ。オープニングコンサートにも登場した神谷紘美さんがマリンバで日本の曲を演奏しており,思わず聞き入ってしまいました。

ノースリーブで演奏していた神谷さんは「寒そうな格好ですみません。実際,寒いです」と語っていましたが,長い袖はマリンバ演奏に向かないとのことでした。

その後,金沢市アートホールへ。前日に続き吉野直子さんのハープを聞いてきました。


A21 11:30〜 金沢市アートホール
1) バッハ, J.S.(グランジャニー編曲)/無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番〜プレリュード
2) モーツァルト/ピアノ・ソナタ第15番ハ長調, K.545(ハープ版)
3) モーツァルト/ピアノ協奏曲第12番イ長調, K.(ハープ版)〜第2楽章
4) ドビュッシー(ルニエ編曲)/アラベスク第1番
5) ルニエ/いたずら小鬼の踊り
6) フォーレ/ハープのための即興曲変ニ長調
7) (アンコール)ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女

●演奏
吉野直子(ハープ)
いしかわミュージック・アカデミー弦楽四重奏団(吉江美桜,島方 瞭(ヴァイオリン),鈴村大樹(ヴィオラ),水野優也(チェロ))*3

今回の座席ですが,私の座った席からステージの方を見ると,写真のとおり,ちょうどハープの薄い面と向き合う形になりました。視覚的にはやはりハープの横側が見える方が良かったのですが,このぐらいの広さのホールだと,繊細な音までくっきりと聞こえました。

緑のドレスで登場した吉野さんの演奏には,どの曲にも,第1人者の貫禄が満ちていました。最初に演奏されたバッハでは,正確,繊細かつ華やかな演奏を楽しませてくれました。細部までくっきり聞こえるのが心地よく感じました。

吉野さんのトークによると,ハープは,ピアノの曲をそのまま弾けること多いとのことでした。続いて,今回の音楽祭のテーマに合わせてモーツァルトのピアノ曲が2曲演奏されました。

最初に演奏されたのは,おなじみK545のハ長調のソナタでした。第1楽章冒頭のお馴染みのメロディから,「ピアノそのままの」演奏で,ハープの機能はすごいと思いました。細かいトリルなどもさりげなく演奏していましたが,技巧的には大変難しいのではないかと思います。それを優雅に聞かせる「技を感じさせない技」が素晴らしいと思いました。

第2楽章は,前日に聞いた,フルートとハープのための協奏曲の第2楽章のイメージを彷彿とさせるものでした。高貴で澄んだ音の世界に浸ることができました。第3楽章も軽快かつ優雅に締めてくれました。他の曲でも同様なのですが,演奏後,すっと残響を止める動作が,実にハープらしくて良いな,と思いました。

続いて,同じくモーツァルト作曲のピアノ協奏曲第12番の第2楽章が演奏されました。この曲は,いしかわミュージック・アカデミー出身の若い奏者たちによる弦楽四重奏との共演でした。「こする弦」と「はじく弦」の共演ということになります。音量のバランスが素晴らしく,色々なものを超越した陶酔的な美の世界に浸ることができました。これは是非,全楽章聞きたかったですね(実はそうかと思って,この公演を選んだのですが,見間違いでした)。

その後は,モーツァルトから離れ,ハープらしさを感じさせる曲が数曲演奏されました。

ドビュッシーのアラベスク第1番も,もともとはピアノ曲ですが,アルペジオの雰囲気が,オリジナルのハープの曲のようにぴったりです。自然で繊細な美しさに溢れた演奏でした。

ルニエの曲は,ハープのオリジナル曲です。「小鬼の踊り」ということで...NHK朝ドラ「半分,青い。」で幼少のヒロインが描いたイラストのイメージなどをかってに想像してしまいました(よく分からない喩えで失礼しました)。ペダルも大変忙しいとのことですが,それを感じさせない演奏で,より自在で積極さを感じさせるような演奏だったと思います。

最後のフォーレの作品は,ハープ奏者にとって特に大切な曲とのことで,ハープの機能や音色の色々な面が出ている曲だと思いました。音量や音色のダイナミックレンジが広く,締めにぴったりの演奏でした。

アンコールでは,ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」が演奏されました。曲の中に出てくる,ちょっとした間がハープで演奏する際の呼吸感にぴったりでした。

その後,モナ・飛鳥さんの登場する,協奏曲の公演がコンサートホールであったのですが,申し訳ないのですがこれはパスをして,昼食を取りつつ,エリア公演を巡りました。

まずは「この写真を撮らないとガル祭に来た気にならない」鼓門下の吹奏楽。風は強めでしたが雨が降らなくてよかったですね。福井工大附属福井高校吹奏楽部が演奏中でした。


JR金沢駅コンコースでは,かがやきブラスという金管アンサンブルが楽器紹介中。JR金沢駅にぴったりのネーミングです。非常に楽しい解説をされていました。テューバの低音がどこまで出るかの実演をやっていました。


もてなしドーム下では子供向けイベントや楽器体験コーナーで盛況。その中で目についたのが「VRで指揮者体験」コーナー。専用眼鏡をかけると指揮台からの光景360度が見えるというもの。ラデツキー行進曲の映像は,私も(お客さんとして)収録に参加していたので,大人気もなく,やらせてもらいました。


音楽堂前に戻ると,何やら不思議なダンスが終わったところでした。いわゆる「ダンスがスンダ」状態です。写真で寝転んでいるのは山口将太朗さん。辻博之さんのピアノに合わせて激しく踊っていました。


音楽堂やすらぎ広場では,東園(ソプラノ)さん,谷口絵美(ヴァイオリン)さん,平尾祐紀子(ハープ)さんが公演中。平尾さんが「ハープの値段は...外車ぐらい(外車にも色々ありますが)」と興味深いトーク中。新人登竜門コンサート出身者が各所で大活躍していました。


交流ホールにも一度は行かねばと多い,半券を提示して北陸のジュニア・オーケストラ祭りへ。福井ジュニア弦楽アンサンブルによる充実のレスピーギ(全曲を演奏していました)の後ジャスタ・イン・トヤマ・ジュニアによる,おもちゃの交響曲。のんびり和んでしまいました。その後,退出。写真は鈴木織衛さん指揮石川県ジュニアオーケストラによる,モーツァルトの交響曲第40番の第1楽章(だと思います)。


その後,邦楽ホールへ。個人的に,今年のガル祭でもっとも注目していたアーティスト,ペーター・レーゼルさんが登場。

H22 14:20〜石川県立音楽堂邦楽ホール

1) モーツァルト/セレナード第13番ト長調, K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
2) モーツァルト/ヴァイオリンのためのアダージョ ホ長調, K.261
3) モーツァルト/ピアノ協奏曲第27番変ロ長調, K.595

●演奏
広上淳一指揮紀尾井ホール室内管弦楽団
ペーター・レーゼル(ピアノ*3), 坂口昌優(ヴァイオリン*2)

まずは,広上淳一指揮紀尾井ホール室内管弦楽団による,連日のアイネ・クライネ・ナハトムジークです。この聞き比べは,指揮者による違いが明確に分かって面白いですね。

編成は通常の編成より一回り小さい感じでしたが,第1楽章から。ずんとビートがしっかり効いていました。拍を刻まず大きな流れを作り,要所を締めるような指揮は,前日に聞いた交響曲第29番と同様でした。セレナードはこうでなければ,というリラックスした気分がしっかりと伝わってきました。

速めだけれどもどっしりとした感じのある第2楽章の後は,自然な優雅さと流れを持った第3楽章。そして,第4楽章は,じっくりと楽しませてくれました。要所要所で音と戯れているような雰囲気がありました。途中,下降する合いの手のような音型が何回か出てくるのですが,これを強調することで,楽しくはしゃいでいるような,いたずらっぽい雰囲気が出ていました。

ヴァイオリンのためのアダージョは,初めて聞く曲でした。坂口さんは,やや緊張していたような感じで(名手揃いのオーケストラを前にしての演奏ということで,当たり前かもしれません),少々のっぺりとした感じに聞こえましたが,とても丁寧に演奏しており,独特の幻想的な感じがしっかりと伝わってきました。こういう隠れた名品があったことを知ることができました。

その後,注目のペーター・レーゼルさんが登場し,ピアノ協奏曲27を演奏しました。大好きな曲の期待どおりの演奏でした。力んだところがないのに,すっと染み渡る充実感。ベテラン奏者ならではの円熟味を堪能できました。広上さん指揮紀尾井ホール室内管弦楽団の愛情に満ちたバックアップも素晴しいものでした。

第1楽章は,やや速めのテンポでザワザワと開始。まず,この衒いのないザワザワ感が良かったですね。自然に漂う陰影もこの曲のイメージどおりでした。

レーゼルさんのピアノは,地味といってよいほど自然でした。強く刺激的な音やデリケート過ぎる音はなく,シンプルな音だけが,しっかり染み渡るようでした。全体的に,向きになって演奏するようなところがなく,情感が自然ににじむような,達観したような演奏だったと思います。

オーケストラの中では,木管楽器が特に素晴らしいと思いました。甘くまろやかなオーボエ,非常に雄弁なファゴットなどレーゼルさんのピアノ同様に味わい深さを感じました。

カデンツァは,モーツァルト自身による通常のものだったと思います。唯一フォルテが出てくる部分があり,ハッとさせてくれました。それと同時に深くマイルドな気分が伝わってきました。

第2楽章もまた,じっくりとしっかり地に足の着いたような演奏でした。ピアノを叩くような感じはなく,楽章が進むにつれて,まろやかなタッチの中から次第に寂寥感がにじんでくるようでした。楽章の後半では,アドリブのような装飾音をかなり入れていましたが,浮ついた感じにはならず,しっかりとオーケストラの音と溶け合っていました。

第3楽章が始まると,前楽章とは全く違った気分にパッと切り替わりました。ピアノは,よく弾んでいましたが,とげとげしくなったり,これ見よがしのところはなく,平然とした雰囲気の中から,暖かみ味が出ていました。

レーゼルさんの演奏中の姿勢の変化はとても少なかったのですが,これはドイツのピアニストに共通しているようですね(ゲルハルト・オピッツさんもそうだったと思います)。その雰囲気どおりの演奏でした。

じっくりと,しかし,しっかりと盛り上げてくれたカデンツァの後,弦楽器がひっそりと入ってくる部分があるのですが,この部分が昔から大好きです。この日の広上さん指揮による演奏は大変デリケートな入り方で,「これだ!」と思いました。「あの世」に行ってしまう前に踏みとどまって,「この世」の喜びをかみしめている。そんな感じの演奏だったと思いました。

アンコールでは,何とK1のメヌエットが演奏されました。協奏曲第27番がモーツァルトのピアノ曲の最終形なら,原点となる曲と言えます。対比の妙を味わうことが出来る見事な選曲だったと思いました。とても短い曲だったのも良かったと思います。

続いてコンサートホールへ。一度,天満敦子さんのヴァイオリンを聞いてみたくと行ってみたのですが,まず,アマデウス室内オーケストラの演奏に強くひかれました。


C33 15:50〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ロッシーニ(ドゥチマル編曲)/歌劇「ウィリアム・テル」序曲〜フィナーレ
2) モーツァルト/セレナード第13番ト長調, K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
3) モーツァルト/セレナード第7番ニ長調, K.250〜ロンドー
4) モーツァルト/ディヴェルティメント へ長調, K.138
5) 小林亜星/旅人の詩
6) ポルムベスク/望郷のバラード
7) 小林亜星/北の宿から
●演奏
アグニエシュカ・ドゥチマル指揮アマデウス室内オーケストラ
天満敦子(ヴァイオリン*5-7)

アマデウス室内オーケストラは,1968年に今回の指揮者,アグニエシュカ・ドゥチマルさんが創設したポーランドの室内オーケストラです。と,さらりと書いてみたのですが,考えてみると...50年!創設者がこれだけ長く一つの団体を率いている例というのは,希有なことだと思います。

オーケストラといいつつ,管楽器メンバーはいないようで,そのこともあり「管弦楽団」という邦訳にはなっていないようです。その雰囲気ですが,今回のガル祭に登場した他のオーケストラとは,かなり違っていました。まず,メンバーが密着するように配置し,ステージ中央付近に集まっていました。そのこともあるのか,恐ろしいほど緊密感のあるアンサンブルを聞かせてくれました。特に細かい刻みの切れの良さが特徴的だと思いました。

まず,その精密なアンサンブルをアピールするかのように,ロッシーニのウィリアムテル序曲のギャロップの部分をドゥチマルさんが編曲したものが非常に切れ味良く演奏されました。このオケの名刺代わりの曲なのだと思いました。いきなりロッシーニが始まったので,会場の空気もすっとリラックスしたような気がしました。馬がギャロップするような刻みの心地よさが大変印象的でした。

続いては,この日2回目,音楽祭全体では3回目となる,「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が演奏されました。今回の音楽祭の「課題曲」のようなものですね。考えてみると,今年のガル祭は,「室内オーケストラ祭り」だったとも言えそうです。それぞれに特徴があり,面白い聞き比べとなりました。

演奏の方は,第1楽章から大変速いテンポで,すっきりとキビキビと演奏されました。少々せっかちな感じもしましたが,創業者指揮者の圧倒的な力が及んでいる感じで,その統率力の見事さを実感出来ました。

その後の楽章も大変明快に演奏されました。特に精度をアピールするような第4楽章のキレの良さが見事でした。

続いて,当初のプログラムには入っていなかった「ロンド」が演奏されました。この曲は,「ハフナー」セレナードの中の一つの楽章で,クライスラー編曲版でも有名な曲です。通常ヴァイオリン独奏+弦楽合奏で演奏される曲ですが,それを第1ヴァイオリンの合奏で聞かせるという趣向でした。この曲もお得意のレパートリーのようで,素晴らしい合奏力を聞かせてくれました

ディヴェルティメントK.138 もすっきりとキビキビとした演奏でした。この辺になると,少々ワンパターンかな,という気もしないでもありませんでしたがその弛緩のないアンサンブルは圧倒的でした。

ここで一旦,ドゥチマルさんは袖に引っ込み,ヴァイオリニストの天満敦子さんと一緒に再登場しました。天満さんの雰囲気には,いわゆる一つの...「大阪のおばちゃん」風の貫禄がありました。まず,モーツァルトから一転して,小林亜星の曲が演奏されました。これがまた天満さんの音にぴったりでした。民謡の「大漁節」か何かのようなメロディの曲で,日本人の琴線に触れるといった感じの曲でした。

その後,天満さんの代表曲である「望郷のバラード」が演奏されました。この曲については,高樹のぶ子さんが天満さんをヒロインのモデルとした『』という小説の中に登場します。その執筆に際してはOEKも協力をしています。そのつながりもあって今回,ガル祭に出演することになったのだと思います。

このバラードですが,小林亜星の作品に通じる部分がありました。サラサーテのチゴイナーワイゼンの中間部のようなムードが続き,後半はテンポアップするような構成でした。情念と熱さがしっかりこもった迫力ある演奏で,「さすが本家」といった年季を感じました。

そして最後は,小林亜星さんの代表曲「北の宿から」が演奏されました。ガル祭でこの曲を聞くとは予想していなかったのですが,東欧の音楽の持つほの暗い気分に通じるムードがあり,全く違和感は感じませんでした。

アマデウス室内オーケストラと天満さんについても,聞く前は「ミスマッチかな?」とも思ったのですが,実は旧知の仲で,息の合った音楽を聞かせてくれました。考えてみると,ポーランドの作曲家ショパンのピアノ協奏曲第1番の第1楽章の主題と「北の宿から」のメロディはそっくりですね。違和感がなくて当然なのかもしれません。

天満さんのしっかり歌うヴァイオリンは,文字通り演歌的な感じもしましたが,音楽には崩れたところはなく,とても気持ち良く響いていました。特に中低音の魅力のあるヴァイオリンだと思いました。

念願の 「望郷のバラード」をはじめ,小林亜星の演歌の世界と,東欧の音楽の親和性を感じた後半でした。

それにしても,マイクを持った天満さんには正真正銘の「大阪のおばちゃん」的迫力と押しの強さがありました。「ふざけているのでなく,声の調子が悪いのです」と断りがあったとおり,どらえもんのような声での勢いのよいトークは,大変個性的で,すっかり天満さんのファンになってしまいました。というわけで,終演後のサイン会にも参加してきました。



その後,邦楽ホールで,ヘンリク・シェーファー指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の公演を聞いてきました。シェーファーさんは,今回のガル祭では,基本的にOEKを指揮していたのですが,この公演だけはモーツァルテウム管弦楽団を指揮しました。こういう「相互乗り入れ」があるのも音楽祭ならではです。

H23 17:10〜 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調, K.488
2) モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調, K.543

●演奏
ヘンリク・シェーファー指揮ザルツブルク・モーツアルテウム管弦楽団
三浦友理枝(ピアノ*1)

この公演で演奏された曲は,個人的に,モーツァルトの交響曲とピアノ協奏曲の中でも特に好きな2曲でした。このプログラムを見た時,「これは聞かねばならない」と思い,参加することにしました。

ピアノ協奏曲第23番は,昨年に続いての登場となる三浦友理枝さんがソリストでした。

シェーファーさん指揮のオーケストラは,第1楽章の冒頭から,フレージングは短めで清潔感と前向きなエネルギーを感じさせてくれました。三浦さんのピアノもとても綺麗でしたが,先ほど聞いたレーゼルさんの円熟の極みのような演奏と比べると,どこか陰影や味わいが薄い気がしました。

第2楽章も淡泊な感じでしたが,その哀しみを湛えたようなモノローグはとても美しく,木管楽器の歌と相俟って,家族的な暖かさを感じさせてくれました。第3楽章は,その哀しみを振り切るようにきっぱりと気分が変わりました。歯切れの良い元気良さに生来の品の良さのような味が加わり,スピード感たっぷりの音楽を聞かせてくれました。

後半に演奏された交響曲第39番は,昨年秋にミヒャエル・ザンデルリンク指揮OEKによる充実感たっぷりの演奏を思い出しますが,この日の演奏も素晴らしいものでした。指揮者の前向きさがオケにしっかり伝わり,内側からエネルギーが湧き上がってくるようでした。それでいて全体の雰囲気は古典的ですっきりしていました。

第1楽章は序奏部からトランペットの祝祭的な音が印象的でした。モーツァルテウム管弦楽団では,オリジナル楽器のトランペットを使っているようですが,突出しすぎることなく気持ちの良い音を聞かせてくれました。ノンビブラート気味の弦楽器もとてもきれいでした。

主部に入ると,フレージングが短めで,キビキビとした力感のある音楽が続きました。ホールのデッドな響きのせいで優美さは薄かったのですが,ダイナミックな躍動感と熱さを感じさせてくれました。

第2楽章も弦楽器はノンヴィブラート気味で,長調なのに寂しげに響く,モーツァルト晩年ならではの世界に浸ることができました。デリケートさとダイナミックさ,長調と短調とが交錯する,陰影の深い演奏でした。

第3楽章は,速く若々しいテンポで,ノリ良く始まった後,トリオの部分でテンポがガラッと変わりました。素朴でゆったりとした別の曲が挿入されたようでした。クラリネットの演奏するメロディも遊びがあり,「これぞアマデウス」といったムードがありました。

第4楽章は,緻密で速く,軽やかな演奏でした。生き生きとした疾走感で楽しげに駆け抜けていくようでした。

この曲はもともと大好きな曲なのですが,その魅力をしっかりと表現してくれたような,晴らしい演奏でした。

この日は,邦楽ホールの最終公演で,家族と落ち合う約束だったのですが,まだ時間があったので,「せっかくなので」と,コンサートホールの公演も聞くことにしました。


C24 18:40〜 石川県立音楽堂コンサートホール
アマデウスが語る美しき魔笛

モーツァルト/歌劇「魔笛」(ハイライト,台本・構成:天沼裕子)

●演奏
天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
倉本絵里(夜の女王(ソプラノ))原璃菜子(パミーナ,パパゲーナ(ソプラノ))糸賀修平(タミーノ(テノール))高橋洋介(パパゲノ(バリトン)),松井永太郎(ザラストロ(バス)),武井雷俊(アマデウス)

今回の「魔笛」ハイライト公演ですが,「アマデウスが語る美しき魔笛」というサブタイトルが付けられていました。アマデウス役のナレーターが,「魔笛」作曲過程を説明しながら,登場人物と会話をしながら進めていくという形で(シナリオも天沼さんによるものでした),台詞は日本語,歌はドイツ語による「天沼版魔笛」となっていました。

今回はハイライト版での上演ということで,オーケストラの編成の中にトロンボーンが入っていなかったり(序曲は,トロンボーンのファンファーレの前で止めていました),すべてのキャストが揃っていなかったりしたのですが(3人の侍女は2人でした),新国立劇場オペラ研修所修了の生きの良い若手歌手が揃っており,大変充実した内容でした。特に金沢では滅多に聞くことのできない,「夜の女王」のアリアをしっかり楽しむことができたのが良かったですね。

何よりも天沼さんの「魔笛」に対する強い思いがしっかり伝わってきました。序曲の最初の和音の集中力が素晴らしく,「このまま全曲を聞いてみたい」という部分が沢山ありました。そして,「魔笛」に出てくる音楽は,名曲揃いだと改めて実感しました。

天沼さんによるシナリオは,オペラの中の各曲の作り方,特に調性へのこだわりを非常に細かく説明していたのが特徴でした。そのこともあり,60分コースの公演にしては,「長過ぎ?」と感じました。上述のとおり,次の公演が始まる前に家族と待ち合わせをしていたので,60分を超えたあたりから,「予定通り終わらないのでは?」と段々落ち着かなくなり,残念ながら途中で退出をしました。

この点については,やはり,1時間に収めるには内容が多過ぎた気がします。または,最初から90分コースと表示しておいて欲しかったと思いました。

いずれにしても内容自体は大変水準の高いものでしたので,新国立劇場研修所のメンバーを活用したオペラ公演については,次年以降のガル祭でも期待をしたいと思います。

さて次の公演ですが,無事20:00頃に家族と落ち合うことができました。次は「魔笛」に続いてのオペラで,金沢オリジナル版「フィガロの結婚」です。もちろんこの日最後の公演です。

20:10〜石川県立音楽堂邦楽ホール
米團治、モーツァルトを語り、演じる!

モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」(金沢オリジナル版)

語り:桂米團治
辻 博之(ピアノ・指揮) 音楽祭特別弦楽四重奏団(渋谷優花,大村一恵(ヴァイオリン),高田愛子(ヴィオラ),福野桂子(チェロ))
石川公美(伯爵夫人(ソプラノ)),木村綾子(スザンナ(ソプラノ)),表まり子(ケルビーノ(メゾソプラノ)),仲谷響子(マルチェリーナ(メゾソプラノ)),門田 宇(フィガロ(バリトン))

金沢オリジナル版「フィガロ」ハイライトは,いわゆる「オペ落語」ということになります。落語家の桂米團治さんがストーリーを語り,辻博之さんのピアノ・指揮による弦楽四重奏の演奏とともに石川公美さんをはじめとした,地元歌手たちが各役柄のアリアを歌うというものです。

「フィガロの結婚」は,一見初心者向けのオペラと思われがちですが,ストーリーや人間関係がかなり複雑なので,音楽の美しさは分かっても,コメディとしてすっきり楽しむのは意外に難しい作品かもしれません。それのオペラが,桂米團治さんの手にかかると,テンポの良い落語のように変身してしまいました。「熱狂の一日(ラ・フォル・ジュルネ,「フィガロの結婚」の中の台詞です)」の最後に美味しいお茶漬けをパパッと食べた感じで「これは行ける!」と思いました。

「フィガロ」のストーリーのポイントは,マルチェリーナとフィガロの関係だと思うのですが(歌舞伎によくある「実ハ」というやつですね),これを「落語的そのまんま」のしゃべりでうまく処理していたため,大変テンポ良く分かりやすいものになっていました。結婚式の部分は,音楽だけで間奏曲的に済ませたり,本当にうまく圧縮されていました。

その分,2幕最初の伯爵夫人のアリアやケルビーノの「自分で自分が分からない」など,各歌手のアリアが大幅にカットされていましたが,名曲揃いのオペラなので仕方がないところでしょうか。

また,伯爵のアリアというのが,意外にないことに気づきました。伯爵のいちばんの見せ場は,第4幕の暗闇の中でのドタバタが終わった後,「許せ」と夫人に頼む部分ですが,この部分は,何と米團治さんが,一声歌ってくれました。

伯爵がスザンナに変装していた夫人のヴェールを取って「嫁はんやないか!」と叫ぶあたり,妙に関西弁とマッチしていました。米團治さんの「許せ」を受けて,石川公美さん演じる伯爵夫人がしみじみとした情感で歌うあたりは,「本物」の雰囲気がしっかりと出ていました。モーツァルトの音楽があるからこそ納得できる部分ですね。

そして,モーツァルトのオペラならではの最後のアンサンブルにつながります。快適なテンポで進んだ後,最後は,しっとり+生き生きと締めてくれて,しっかりオペラを見た気分になりました。終演後,しっかりカーテンコールが続いていたのがその証拠です。

今回のような,弦楽四重奏+ピアノ+声楽という編成だと,音の感じが,どこかリヒャルト・シュトラウスの歌劇「ナクソス島のアリアドネ」を思わせる小粋な雰囲気になっていました。この邦楽ホール自身,ちょっと見世物小屋的な雰囲気がありますので,今回のような「コンパクトなオペラ」を上演するのにぴったりだと思いました。

というわけで,モーツァルト以外で実現できるのかは分かりませんが,同様のスタイルでの続編に期待したいと思います。

オペラには珍しく,序曲がアンコールで演奏されてお開きとなりました。

終演したのは9:30近くになっていましたが,すっかり元気になった本公演2日目でした。

PS. トークの中で米團治さんは,「父に頭が上がらない点ではモーツァルトと共通しています」と語っていましたが,確かにそうなんだろうな,と妙に納得してしまいました。さらには,「父は亡くなってからも,最近は毎日のように新聞に登場しています。米朝対談...」というのは,分かっていても面白いネタですね。私も見出しを見るたびに,落語のことを思い浮かべていました。