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オペラ「ドン・ジョヴァンニ」富山公演 オペラ×ダンスの邂逅。
2019年1月20日(日) 14:00〜 オーバード・ホール(富山市)

モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全幕(新演出、英語字幕付、日本語上演)

総監督・指揮:井上道義,演出・振付:森山開次
演奏:オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)
合唱: Giovanni Ensemble Toyama 副指揮:辻 博之

●配役
ドン・ジョヴァンニ :ヴィタリ・ユシュマノフ
レポレッロ:三戸大久
ドンナ・アンナ:橋絵理
騎士長:デニス・ビシュニャ
ドンナ・エルヴィーラ:鷲尾麻衣
オッターヴィオ:金山京介
ツェルリーナ:小林沙羅
マゼット:近藤 圭
ダンサー:浅沼 圭、碓井菜央、梶田留以、庄野早冴子、中村里彩、引間文佳、水谷彩乃、南帆乃佳、山本晴美、脇坂優海香



Review by 管理人hs  

日曜日の午後,富山市まで遠征し,森山開次新演出,井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」をオーバード・ホールで観てきました。これまで金沢でOEKは,「フィガロ」「魔笛」「コジ・ファン・トゥッテ」を上演したことはありますが,「ドン・ジョヴァンニ」は未上演(金聖響さん指揮による「かなり大規模な落語版」ならば聞いたことはありますが)。モーツァルトの作品の中でも,特別な位置を締める名作だけれども,実演で観たことがなかったことので,今回,高速バスに乗って観にいくことにしました。

この日の上演は,10名のダンサーを随所で活用した日本語による上演という点に特徴がありました。総監督の井上さんと演出・振付の森山さんとしては,オペラに溢れるエネルギーを美しく表現し,普通のドラマを楽しむように分かりやすく作品に入り込めるようにしたい,という狙いがあったと思いました。その思惑どおりの完成度の高い上演になっていたと感じました。やはりこのオペラは不朽の名作だと思いました。

それを支えていたのは,まず何よりも,それぞれのキャラクターにぴったりの歌手の皆さんの歌唱力だったと思います。

今回の私の座席は,例によって「いちばん高い(場所にある)席」だったので,声がやや遠く感じる部分はあったのですが,すべての歌手の歌詞がとてもよく聞こえました。これはオーバードホールの残響が石川県立音楽堂コンサートホールほど長くないことによると思いますが,字幕なしでもストレスなく理解できました(今回,英語対訳の字幕も付いていたのが面白かったですね)。

今回の上演を最初から振り返ってみると,まず10人のダンサーたちの動きが,序曲の部分から大変印象的で,全曲を通じて大活躍でした。序曲の序奏部では大げさになりすぎることなく,端正な感じで進んだ後,主部に入って,ダンサーたちが踊り始め,一気に音楽も走り出します。このオペラに登場するドン・ジョヴァンニの相手方となる3人の女性をしっかりと提示するように順番に登場。衣装の色合いもそれぞれのキャラクターを示していたのかもしれません。ちなみに,この段階で小林沙羅さん演じるツェルリーナだけは,ダンサーに混ざって,軽快に踊っていました。

ドン・ジョヴァンニのヴィタリ・ユシュマノフさんは,ロシア出身の方ですが,井上さんが事前に広報用動画で語っていたとおり「日本語はペラペラ」。非常に流暢な日本語でした。ツェルリーナを誘惑したり,セレナードを歌ったりする場での柔らかな声に特にリアリティがありました。「お手をどうぞ」では,ユシュマノフさんの声がとろけるように柔らかく,男が聞いても(?)泣けてくるぐらい魅力的でした。ツェルリーナ同様に酔ってしまいました。この曲は単独でも頻繁に演奏されますが,オペラの流れの中で聞くと,また格別と思いました。

「セレナード」の方は,文語調の日本語で歌うと「明治時代の歌」のような,ちょっと現実離れしたような「いい感じ」になっていました。この曲の時の伴奏の,マンドリン伴奏+弦楽器少々という楽器のブレンドも,さすがモーツァルトといった感じでした。

レポレッロ役の三戸大久さんは,体型的にもユシマノフさんと良いコントラストで,この作品のコメディ的な部分をしっかり盛り上げていました。昨年5月の金沢の楽都音楽祭では,ドン・ジョヴァンニのアリアを聞きましたが,そのとき同様の余裕のある声が見事でした。

レポレロの歌う「カタログの歌」では,歌詞の内容を強調するかのように,ダンサーたちは,これ見よがしに「外付け乳房」を付けて登場。考えてみればかなりセクハラ的な歌詞を,うまくコメディ化して表現しているようでした。ただし,この曲の場合,日本語で歌うと結構重い感じになり(歌詞の情報量が少なくなる感じ),少々不気味な感じに響いていた所もあると思いました。

このオペラで,ドン・ジョヴァンニ同様にポイントとなるのが,3人のキャラクターの違うソプラノです。プログラム解説等に書いてあったとおり「女性の3つの側面」を見事に表現しており,オペラに立体感を作っていました。

ドン・ジョヴァンニに父親を殺害され,自分も口説かれたドンナ・アンナは,悲劇の女性といったムードがあります。橋絵理さんは,抜擢だったと思うのですが,その声には,気品と瑞々しさがあり,第2幕に出てくる長いアリアなどをたっぷりと楽しませてくれました。これから期待のソプラノだと思いました。

ドン・ジョヴァンニの元恋人のドンナ・エルヴィーラは,別の女性が騙されそうになると止めに入るような,ドン・ジョヴァンニにとっては天敵のような役柄です。鷲尾麻衣さんの歌唱には,天敵でありながら,どうしても忘れられず,ドン・ジョヴァンニの命乞いまでしてしまうような,母親的な暖かみのようなものを感じました。鷲尾さんの歌うモーツアルトは,OEKの定期公演でも聞いたことがありますが,その時同様のしっかりとした強さがある声は,このドンナ・エルヴィーラに合っていると思いました。

マゼットと結婚式を上げたばかりなのに,ドン・ジョヴァンニに誘惑されるツェルリーナ役は,井上さん指揮のオペラでは常連と言って良い小林沙羅さん。上記2人よりも軽い声で,登場しただけで爽やかな空気感が漂っていました。ツェルリーナは,マゼットを慰めつつも,実は手玉にとっているような感じもあるのですが,小林さんの癒やしに溢れた声を聞きながら,マゼットが惚れるのも当然も感じました。近藤圭さんの演じるマゼットの実直な感じも良いと思いました。

ツェルリーナの歌う「ぶってよマゼット」では,おなじみルドヴィート・カンタさんのチェロもオブリガードで優しい歌を聞かせてくれていました。ただし,この曲の歌詞については,やはりオリジナルどおり「バチ,バチ...」と始まるオリジナルの音の方がしっくり来るかなと思いました。

ツェルリーナの出番では,第2幕の「薬屋の歌」も良い曲ですね。小林沙羅さんに癒やされる近藤圭さんを見ながら「うらやましい...」などと思ってしまいました。

ドン・ジョヴァンニ以外の男声の方はやや影が薄くなるようなキャラクターになっているのですが,そのの中でドンナ・アンナの婚約者,ドン・オッターヴィオ役の金山京介さんのまっすぐ正面を見て歌うような誠実さに,妙に訴えかけてくる力があると感じました。もしかしたら日本語の力かなと思いました。

そして最初の最後に出てくる,騎士長役のデニス・ビシュニャさん。こちらはウクライナ出身。まさにオペラ全体の重石のようなスケールの大きな声を聞かせてくれました。

これらのキャストに加え,舞台セットが素晴らしかったですね。ホールに入った途端,シンメトリカルな荘重さと少し怪しげな雰囲気とが飛び込んできて,ワクワクさせてくれました。


ステージの奥には一段高いステージがあり,その両側から赤絨毯の敷かれた階段(写真を見ると,絨毯ではないようですね。ただし,イメージとしては赤絨毯の雰囲気でした)が2本伸び,それが客席まで続いていました。客席から登場するシーンがあったり,躍動感と荘重さとが両立した見事がセットでした。


オーケストラは,純粋なピットというよりは,客席に張り出した前方のステージと通常のステージの間のスペース入っている感じで,恐らく通常のホールでも上演できるような感じでした。

このように高低差と奥行きのある構成だったので,場面に応じて多彩な使い方をしていました。宴会の場でのゴージャス感や最後の地獄落ちの場面での,騎士長役の威圧感を見事に演出していました。モーツァルトの音楽は,それぞれのアリアも素晴らしかったのですが,各幕切れのアンサンブルの部分が特に面白いと思いました。今回,立体感のあるステージを使っていたのに加え,音楽にも立体感があり,観ていて「なんだかすごい世界が広がっているなぁ」という感じにさせてくれました。

特にこれまで,第2幕のクライマックスほどには注目してこなかった第1幕切れも,モーツァルトの才気が溢れるワクワクさせる音楽だと思いました。この幕切れで,ドン・ジョヴァンニは絶対絶命のピンチっぽくなるのですが,考えてみると結構あっさり逃げていますね。第2幕では,旦那様の服装に着替えて,ドンナ・エルヴィーラを誘ったレポレロが(この辺もやりとりは,実際に見るととても面白いですね),同じく絶対絶命のピンチになりますが,こちらは手品を使ったように脱出。この辺の「あっさり感」は,やはりオペラ・ブッファならではでしょうか。音楽がなかったら納得できない部分かもしれませんね。

第2幕の方は,幕が進むにつれて,今回の基調トーンの赤が濃くなり,照明が点き,ステージの雰囲気が段々と「夜の空気」になってくるのが良かったですね。ドン・オッターヴィオ,ドンナ・エルヴィーラ,そして,ドンナ・アンナとそれぞれにじっくりと聞かせる歌が続き,紅白歌合戦の終盤で実力演歌歌手の歌が続くような(変な例えですみません),子供の時間が終わって大人の時間になったような充実感を感じました。

第2幕の騎士長が来るのを待つ食事シーンでは,BGM3曲目として「フィガロの結婚」の中の「もう飛ぶまいぞ」が木管楽器で演奏され,「この曲は有名だ」という,初演時のプラハのお客さん向けサービスのようなセリフが入るのですが,今回については,まさに井上さん指揮による「一つ前のオペラ」が野田秀樹版「フィガロの結婚」でしたので,野田さんの名前をもじったようなセリフが入っていました。そして最後,騎士長がステージ奥から,大魔神といった雰囲気のリアルさのある衣装で登場。モーツァルトの音楽の力と相俟って,威圧感たっぷりでした。大道具全体がシンメトリカルでしたので,荘重な儀式を見るような感じがありました。

これだけでもすごいのですが,これに各場面に対応して,10人のダンサーによるモダンな感じのダンスが加わります。一種,「動く大道具」のような役割を果たしている部分もあり,場面展開をダンスで演出しているようでした。この場面でも,ダンサーたちがドン・ジョヴァンニを床下に引きずり込むような振付がされており,素晴らしい効果を上げていました。

オペラの最後の部分は,オリジナルだと「残された3人の女性」がこれからどうします,といったことを歌う部分があるのですが,今回はその部分はカットし,ドン・ジョヴァンニの地獄落ちを「しっかり確認する」という形で,スピーディーに結んでいました。オリジナル版も観たい気はしましたが,「この締め方で納得」という終わり方だったと思います。

やはり,このホールだと,オーケストラの音を聞くにはややデッドな感じは残ったのですが(だんだん耳が慣れてきましたが),それ以外については,非常に完成度の高い上演だったのではないかと思いました。森山さんは金沢にも縁のある方ですので,是非,他のオペラの演出・振付にも(驚くべきことに今回が初だったんですね)挑戦していって欲しいものです。

PS. 金沢から富山までは高速バスを使いました。せっかくなのでホールに到着するまでの写真を紹介しましょう。
 
金沢21世紀美術館前からバスに乗車。1時間少々で富山駅前に到着

 
上の地図の現在地のあたりから,「北2」まで地下通路を歩きました。結構長い地下通路ですね。

 
要所要所に看板がありました。富山といえば「ブラック」のようです。時計の時刻は13:10頃。14:00開演だったので,余裕たっぷりでした。

 
バスケットもブラックのようです。右の写真は終演後です。すっかり暗くなっていましたが,予想より早く,17:30前に終了していました。

(2019/01/26)




公演の立看板。実は最初見た時...プロレスの看板のようにも見えました。


オーバード・ホールの入口


ホールに向かう階段。後で気づいたのですが,ピアノの鍵盤のデザインになっていますね。


天井からはタペストリーが釣り下がっていました。


ホールの入口


ホールの1階から階上を眺めてみたところです。

ホールの上の階から下の階を眺めたところです。