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オーケストラ・アンサンブル金沢 第411回定期公演マイスター・シリーズ
2019年1月26日 (土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) コダーイ/ガランタ舞曲
2) ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調
3) (アンコール)チャイコフスキー/18の小品〜第18番「踊りの情景〜トレパークの誘い」
4) ラヴェル/マ・メール・ロワ(管弦楽版バレエ篇1912)
5) (アンコール)ビゼー/「アルルの女」第2組曲〜ファランドール
6) (アンコール)オッフェンバック/歌劇「ホフマン物語」〜舟歌

●演奏
ポール=エマニュエル・トーマス指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6, 松田華音(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

雪が降ったり止んだりの天候の中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演マイスター・シリーズを聞いてきました。昨年に比べれば大したことはありませんが,いつもより少し早めに家を出ることにしました。


音楽堂周辺の雪景色です。

登場した指揮者は,ポール・エマニュエル・トーマスさん。ピアノ独奏は,松田華音さんでした。どちらもOEKの定期公演初登場でした。プログラムはフランス音楽中心で,交響曲のない構成でしたが,バレエ音楽版の「マ・メール・ロワ」を中心に,オーケストレーションの妙味をじっくり味わわせてくれるような,素晴らしい内容でした。

個人的には,最後に演奏されたバレエ音楽版「マ・メール・ロワ」を聞けたのが大収穫でした。私が,最初にこの曲を聞いたのは,アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団によるLPレコードの演奏でした。その後,実演で「マ・メール・ロワ」を何回か聞いているのですが,どうもクリュイタンス盤で聞いた「好きな部分」が出てこないのです。つまり,最初にLPで聞いたのがバレエ音楽版で,実演で聞いたのが組曲版だったということです。今回演奏されたのは,念願のバレエ音楽版ということで,聞きたかった部分をしっかり堪能できました。

# ただし,後から調べてみると,2012年にマルク・ミンコフスキさん指揮でバレエ版を聞いていたことが分かりました。すっかり記憶から抜け落ちてしまっていました。

曲はまず,組曲版にはない,「前奏曲」で始まります。まずその最初の部分での精妙に色々な楽器の音がブレンドされた響きが◎でした。2本のホルンが高音で応答する部分を聞いて,「これがマ・メール・ロワの世界だ!」と思いました。鳥の声のような音が聞こえてきたり,ちょっとひんやりとした空気を保ちながら,童話の世界に引き込んでくれました。

第1場の「紡車の踊りと情景」では,じっくりとした響きと精妙さのある音の動きが両立しており,精緻な時計の内部を見るようでした。第2場は組曲版にもある「眠れる森の美女のパヴァーヌ」です。フルートのしっとりとした音や優雅な歩みを聞きながら,「いつまでもこの世界に留まっていたい」と感じました。

その後に続く「間奏」では,弦楽器がコルレーニョ(多分)でカタカタ音を慣らした後,高音がキューンと下降するような部分が出てきました。私がクリュイタンス指揮のLPを聞いて良いなぁと思ったのはこの部分です。実演で聞くとさらに良いですね。

第3場は「美女と野獣の対話」で,ファンタジーの気分とグロテスクな気分とが交錯します。途中からコントラ・ファゴットがドスの効いた野性味のある音で入ってくるのがユーモラスで,「ラヴェルらしいなぁ」と思わせる部分です。最後の方に出てくる,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんによる陶酔的なソロも大変魅力的でした。

第4場「親指小僧」では,オーボエのしっとりとした音をほのぐらいクラリネットの音が受け,どんどん森の中に入っていくような感じになります。ここでも鳥の声が出てきます。間奏曲では,次の曲へのイントロのような感じで,ハープやチェレスタなどが入りましたが,魔法を掛けるようなイメージを感じさせてくれました。

第5場「パゴダの女王レドロネット」では,キラキラとした音の伴奏の上にピッコロやフルートの軽快な音が乗って始まります。シロフォンやドラの音が入ったり,「いかにも中国」といったフレーズが出てくるので,常套的な感じになりそうですが,トーマスさん指揮OEKの演奏には,ミステリアスな美しさがあり新鮮でした。

次の間奏では,ミュートを付けたホルンの音,色々な楽器の絡み合いの後,ここでもヤングさんの魅惑的なソロが出てきます。そしてそのまま,終曲「妖精の園」の大団円へ。ヤングさんのヴァイオリン・ソロを中心にじっくりと精緻に各曲のキャラクターが描き分けられた後,美しさに満たされながら,最後の盛り上がりへとつながります。この最後の部分でのキラキラ感は,ラヴェルの作品の中でも特に鮮やかだと思います。石川県立音楽堂コンサートホールで聞くと,幸福感でいっぱいといった気分にさせてくれます。組曲版だと20分程度ですが,バレエ版だと30分ぐらいかかりますので,終曲での名残惜しさはいつも以上でした。

それにしても,この曲は,室内オーケストラ編成のOEKにぴったりの作品だと思います。各楽器のソリスティックな活躍をしっかり楽しむことができるので,改めてラヴェルの楽器の使い方の素晴らしさを実感しました。トーマスさんの指揮は,情緒的になるところはなく,冷静にラヴェルのスコアをクリアに再現している感じでした。あまり変わったことをせず,OEKの良さをしっかりと引き出してくれたのが良かったと思います。何より,「ざわざわした感じ」「キラキラした感じ」など,実演でないと本当の良さは楽しめない曲なのは,と思いました。

ちなみに,この曲の後,アンコール曲が2曲演奏されました。公演時間がやや短かったせいもあると思いますが,個人的には「マ・メール・ロワ」の気分で終わる方が良かったかなと思いました。ビゼーの「アルルの女」のファランドールとオッフェンバックの「ホフマンの舟歌」が演奏されたのですが...「これはまた別プログラム」としてもらった方が良かった気がしました。アンコールならば...同じラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」辺りの方が良かったと思いました。

2曲目に登場した松田華音さんのピアノ独奏による,ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調も素晴らしい演奏でした。この曲は,OEKは何回も演奏していますが,その中でも特に素晴らしい演奏だったのでは,と思いました。何より松田さんのピアノがお見事でした。第1楽章の冒頭部,パチンとムチの音が入った後,ピアノが入ってくるのですが,くっきりとした安定感としなやかさが両立したような素晴らしい音楽を聞かせてくれました。第2主題になると,ぐっとテンポを落とし,濃厚な情緒を感じさせてくれました。今回の演奏では,この辺で出てくる,ファゴットや小クラリネットによるジャズっぽい味付けが特に印象的でした。

この楽章では,中間部静か〜な雰囲気になった後,ハープの音が入り,ホルンが高音の弱音でソロを聞かせる聞き所があります。金星さんの演奏は「お見事!」でした。この曲は,オーケストラの楽器のソロも多いので,耳を凝らすと色々な音が聞こえてくるような面白さがありますね。楽章の最後は野性的にドンと終わりました。

第2楽章は比較的さらりと自然に演奏していたのですが,松田さんのピアノの音が素晴らしかったですね。ピアノの弦が振動しているのが分かるような,クリアでありながら夢見るような気分が感じられました。演奏前,ピアノの調律を非常に丁寧に行っていましたが,そのことが反映していたのかもしれませんね。演奏全体としても,繊細さと大胆さが両立したような面白さが出ていました。楽章の後半は,コールアングレがピアノ以上に活躍するような感じになります。水谷さんは,いつもどおり,しみじみとしていながらたっぷりとした演奏を聞かせてくれ,お見事でした。

第3楽章でも,オーケストラの各楽器がソリスティックに活躍します。ピッコロや小クラリネットなど高音の楽器とトロンボーンなど低音の楽器が唐突に出てきたりするのがラヴェルらしいところです。「ゴジラ」のテーマにそっくりなテーマの部分をはじめ,ガクガクとした独特のリズム感を強調しているのも面白いと思いました。

この曲(特に両端楽章)については,「オモチャ箱をひっくり返したよう」と言われることがありますが,印象としては,とてもきれいなオモチャ箱だと感じました。淡々とクールに演奏しても格好良い曲ですが,今回の演奏は,OEKの各楽器が,くっきり,しっかりとした音でソリスティックに活躍する部分も多く,スケールの大きさのようなものも感じました。

アンコールでは,松田さんはチャイコフスキーの小品を演奏しました。こちらの方は,力技でバリバリと聞かせる闊達な演奏。ラヴェルの時とは,一味違った名技性を見せてくれました。松田さんは,まだ若いピアニストです。これからのOEKとの再共演にまた期待したいと思います。

最初に演奏された,コダーイのガランタ舞曲は,複数の民族舞曲が連続的に演奏される曲で吹奏楽でおなじみのアルメニアン・ダンスやバルトークのルーマニア民俗舞曲などと似た構成です。トーマスさんは,OEKを明快に鳴らし,曲の魅力をストレートに伝えてくれました。この曲でも,最初の方でホルンが高揚感のある高音を聞かせてくれるのを始め,管楽器を中心としたソロが続々と出てきます。特にクラリネットの遠藤さんの長いソロがお見事でした。曲の最後の部分ではテンポが速くなり,明るく華やかに終了!...と思わせて,たっぷりとした間が。その緩急自在の起伏の大きさが,ハンガリー舞曲らしいところです。トーマスさんの指揮ぶりは熱狂的になりすぎることなく,しっかりと充実感のある響きで締めてくれました。

今回の公演は,OEKとしては比較的珍しいフランス音楽を中心としたプログラムでした。トーマスさんの指揮からは,それほど強い個性は感じなかったのですが,私としては,何よりもラヴェルの「マ・メール・ロワ」のバレエ版の全曲をしっかりと聞かせてくれたのが良かったと思います。この曲については,OEKの十八番として,また機会があれば再演を期待したいものです。

(2019/02/01)




公演の立看板


演奏会前のロビーコンサートには,チェロの大澤さんとソンジュン・キムさんが登場。1月29日の公演の宣伝をされていたようです(最後の部分しか聞けませんでした)。

サイン会もありました。

ポール・エマニュエル・トーマスさんの機関車のような感じのサイン


松田さんには,実は1年少し前にサインをいただいたことがあります。今回は同じCDの盤面の方にいただきました。


JR金沢駅もてなしドームの屋根にも雪が積もっていました。