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オーケストラ・アンサンブル金沢第412回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2019年2月16日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ワーグナー/ヴェーゼンドンク歌曲集, WWV91
2) メンデルスゾーン/劇付随音楽「夏の夜の夢」op.21, 61

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)
半田美和子(ソプラノ*2),藤村実穂子(メゾ・ソプラノ),進藤健太郎(語り*2)
合唱:オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団*2



Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の常任客演指揮者,川瀬賢太郎さん指揮による定期公演フィルハーモニー・シリーズを聞いて来ました。前半は,ワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」,後半はメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」全曲ということで,ドイツ・ロマン派の声楽入りの曲によるプログラムでした。オーケストラの定期公演としては,かなり珍しい構成だと思いますが,両曲とも「ロマンの香り」と「ドラマ」が伝わってくるような見事な演奏だったと思います。

特に,前半に演奏された,ヴェーゼンドンク歌曲集では,世界のオペラハウスで活躍するメゾ・ソプラノ,藤村実穂子さんの”素晴らしすぎる声”に圧倒されました。本当に見事な歌唱でした。これまでOEKと共演してきた歌手の中で,もっとも聞き応えのある歌を聞かせてくれた気がします。

まず声量が豊かで,曲のすべての部分で,クリアに声が聞こえてきました。無理に声を聞かせようという感じは無いのに,「これがワーグナーだ!」といった感じの濃いドラマがしっかりと伝わってきました。オーケストラの中に声が埋もれることなく,凜とした強さのある声から,憧れに満ちた包容力のある声まで,約20分間,ワーグナーの世界に浸らせてくれました。

第1曲「天使」は,オーケストラの深みのある音で始まりました。全曲を通じて,川瀬さん指揮OEKの演奏も,藤村さんにインスパイアされたように,表現力豊かな音楽を聞かせてくれたと思います。藤村さんの,よく通るけれどもほの暗さのある声が大変魅力的でした。この日のチェロは,クレメラータ・バルティカのマルタ・スドゥラバさんでしたが,曲の終結部での,しみじみとした音が,藤村さんの声にぴったりでした。

第2曲「止まれ」は,凜としたシリアスな声が見事でした。ワーグナーのオペラを聞いているようなドラマを感じました。歌唱全体に余裕があり,刺激的になり過ぎないのも良いと思いました。

第3曲「温室で」は,チェロ・パートのしみじみとした合奏で始まりました。こういった部分を聞くと,「トリスタン」の気分があるなぁと感じます。耳にしっかりと残る部分でした。藤村さんの声には,深い品格があり,静かな雰囲気の中からスケール感が感じられました。ほの暗く引き締まった声からには,どこか哲学的な気分も漂っているなぁと思いました。

第4曲「痛み」は,「太陽(Sonne)」という単語で始まったのですが,声を聞いた瞬間,「太陽だ」と感じました。夕陽がぐっと沈んでいくような暗く燃えるようなドラマがありました。途中,トランペットが突き抜けるように聞こえてくると,「ジークフリートのよう」などと連想してしまいました。

最後の曲「夢」には,デリケートな音の中から,静かな諦めが漂ってくるようでした。ここでも,藤村さんの声からは,オーケストラに負けないスケール感を感じました。

この歌曲集自体,「トリスタンとイゾルデ」と連動して作られている部分があるので,ワーグナーのオペラのエッセンスを聞いたような充実感が感じられました。こういう歌を聞くと,是非,藤村さんの出演するオペラを一度観てみたいものだと思いました。

後半は,メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の全曲がナレーション付きの演奏会形式で演奏されました。まず,音楽付きの戯曲を,どういう形でコンサートホールで演奏するかが注目でした。今回は,ステージ背後にスクリーンを用意し,蟹江杏さんによる現代的な感覚と素朴な感覚とが混ざったような,不思議な味わいのある版画を投影しながら演奏するという形を取っていました。シャガールを思わせるような浮遊する感じは,妖精が活躍するメルヘン的な気分を盛り上げていたと思いました。
 
今回,蟹江さんのイラストによる,ノートや絵葉書などを販売していたので記念にノートを購入。今回の公演の「最初のイラスト」がこの絵だったと思います。

物語の方は,無名塾の若手俳優,進藤賢太郎さんが,演出の田尾下哲さんによるオリジナル台本を朗読する形で進みました。進藤さんは,最初から最後まで登場するのではなく,メンデルスゾーンの音楽をしっかり聞かせながら,それを補う形でナレーションが入っていたのが,オーケストラの定期公演での上演としては,とても良かったと思いました。

ただし,シェイクスピアのオリジナルのストーリーをそのまま使うわけにはいかないので,大胆に省略されていました。物語の中心の「アテネの森の中での若い男女の四角関係」の部分がすっぽりとカットされ,妖精の王様オベロンと女王ティターニア,そして,オベロンの指示で色々な細工をする妖精パックのお話という形になっていました。演劇として,オリジナル版を観たことはないのですが...アンパンを食べたのにアンコが入っていなかったような感じで...個人的には少々残念でした。

川瀬さん指揮OEKの演奏は,序曲から素晴らしい演奏でした。じっくりと精妙な気分で始まり,妖精が出てくるぞーという気分になった後,爽やかな風が吹き抜けるような感じで音楽が進んでいきました。オーケストラの強弱の付け方が,本当にしなやかで,「今,妖精が通り抜けた?」といった味がありました。

この曲では,弦楽器の繊細な音も魅力的ですが,低音にオフィクレイドという楽器(通常はデューバで代用)が入っているなど,ちょっと野性味のある響きがするのも良いですね。劇の最後の方で再度出てくる,「ベルガマスク風」の踊りの部分での,弾んだようなリズムの若々しさも良いなぁと思いました。

続く「スケルツォ」は,OEKのアンコール・ピースの定番曲の一つですね。松木さんのフルートを中心に夢見るようなクリアな音楽を聞かせてくれました。

その後,ソプラノの半田美和子さんとメゾ・ソプラノの藤村実穂子さん,そして,OEK合唱団の女声合唱を加えた,「舌先裂けたまだら蛇」になります。子守歌風なシンプルさと陶酔的な美しさとが合わさった素晴らしい歌でした。半田さんの声からは,メルヘンの気分にぴったりの暖かみを感じました。

「夜想曲」では,冒頭のホルンの重奏をはじめ,オーケストラの音がしっかりと溶け合っており,夢の世界に誘ってくれるような心地よさを感じました。実演で聞くと,ファゴットもしっかり活躍しているんだなぁと実感できました。

組曲版では出てこない,「魔法が解ける」ような音楽が入った後,有名な(今の川瀬さんにぴったりの)「結婚行進曲」になりました。ドラマ中盤の曲ということで,大げさに盛り上がり過ぎることなく,穏やかに幸福感をかみしめるような感じで演奏されました。

その後,葬送行進曲やベルガマスク舞曲が出てくる劇中劇の部分になった後,序曲の最初の方が再現して,「妖精の活躍する時間」が戻ってきます。今回,実はナレーションを聞いているだけでは,ストーリーがよくつかめなかったのですが,この最後の部分の詩的なセリフは美しいなぁと思いました。曲全体がビシッと締められたように感じました。林田直樹さんが執筆されたプログラムの解説に書かれていた,次のようなセリフを言っていたと思います。
妖精たちよ,部屋という部屋に行き,眠れる人々を訪れて,安らぎと祝福を注ぐのだ。
ナレーターの進藤さんは,まだ若い俳優ということで,ちょっと硬い感じはしましたが,主要登場人物の声をしっかり描き分けており,好感が持てました。何よりとても聞きやすい声質で,音楽の美しさとマッチしていたのが良かったと思いました。蟹江杏さんの版画とともに妖精の活躍するメルヘンの気分をしっかりと伝えてくれました。音楽と美術が一体となった,「絵本の雰囲気」のある演奏だったと思います。

今回の定期公演では,なによりもまず,前半に登場した藤村実穂子さんの声が忘れられませんでした。川瀬さんと藤村さんは,つい先日の神奈川フィルの演奏会でマーラーの歌曲で共演されたそうです。機会があれば,是非,再度金沢での共演を期待したいものです。

(2019/02/22)




公演の立看

今回は終演後,川瀬賢太郎さん,進藤健太郎さんの,「ダブル・ケンタロウ」さんによるサイン会が行われました。立