OEKfan > 演奏会レビュー
オーケストラ・アンサンブル金沢第413回定期公演マイスター・シリーズ
2019年3月9日(土)14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ハイドン/ヴァイオリン協奏曲ト長調, Hob.VIII-4
2) モーツァルト/交響曲第25番ト短調, K.183(173dB)
3) ロッシーニ/歌劇「セビリアの理髪師」序曲
4) ハイドン/交響曲第70番ニ長調, Hob.I-70
5) (アンコール)ハイドン/交響曲第96番ニ長調, Hob.I-96「奇蹟」〜第4楽章

●演奏
エンリコ・オノフリ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
エンリコ・オノフリ(ヴァイオリン*1),ロッセッラ・ポリカルド(通奏低音*1-3,5)



Review by 管理人hs  

この日の金沢はすっかり春になったような快晴。その中,午後からエンリコ・オノフリさん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演,マイスター・シリーズを聞いてきました。今シーズンのマイスター定期には,「コン・ブリオ」というキャッチフレーズが毎回入っています。今回演奏された,モーツァルトの交響曲第25番とハイドンの交響曲第70番には,共に第1楽章に「コン・ブリオ」という指示が入っていますので,このキャッチフレーズにぴったりのプログラムと言えます。演奏は,この両曲を中心に,精緻さと同時に前向きな熱気のある演奏の連続で,「春へのコン・ブリオ」といった趣きのある素晴らしい公演になっていました。


開演前のステージ。通奏低音のチェンバロを中心とした配置

オノフリさんが登場する公演には,毎回,どういう表現をするのか読めないスリリングさがあります。今回の場合も,お馴染みのモーツァルトの交響曲第25番がオノフリ流にガラッと変貌していました。初めて聞くハイドンの交響曲第70番については,「ハイドンはこんな変わった交響曲も作っていたのか」という新発見の喜びがありました。

まず最初にオノフリさんの弾き振りで,ハイドンのヴァイオリン協奏曲ト長調が演奏されました。演奏される機会の少ない作品ですが,バロック音楽の名残を残しながらも,ハイドンらしい朗らかさな美しさもある良い曲でした。

オノフリさんは,いつもどおり大変身軽な装い。軽快な足取りで登場しました。念入りにチューニングをした後,オーケストラ・パートによるキュッと引き締まった音楽が,気負い無く始まりました。オノフリさんのヴァイオリンは,バロック・ヴァイオリンということで,音色的にはややくすんだ落ち着いた感じがしました。軽やかなリズム感と浮遊感のある演奏には独特の語り口があり,音楽の流れにしっかりと乗っていました。カデンツァでは,その清潔感のある美音をしっかり楽しむことができました。

第2楽章では,通奏低音のロッセッラ・ポリカルドさんの演奏するチェンバロの上に深い呼吸を感じさせる音楽が続きました。この楽章では,オノフリさんはヴィブラート付きで演奏していたと思います。そのくっきりとした音楽にはラテン的な感覚もあるなぁと思いました。楽章の最後の方に出てくるコンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんとのデュオも絶品でした。

急速なテンポの第3楽章では,気持ち良く流れる歌が続きました。この部分では,オノフリさんのテクニックがお見事でした,急速なテンポでも乱れることなく,軽やかでクリアな音楽が続きました。音楽全体に熱気と愉悦感も加わり,ハイドンらしさをたっぷりと味わうことができました。

ちなみにこの日のオノフリさんは,マフラーをしていませんでした。以前はマフラーでヴァイオリンを固定していたと思うのですが,方針を変えたのでしょうか?

続いて,モーツァルトの交響曲第25番が演奏されました。冒頭からゴツゴツした雰囲気の中に十分なエネルギーが込められたような演奏となっていました。まず,印象的だったのが強弱の対比でした。各楽器とも,音を長く伸ばす時,クレッシェンド気味に音を膨らませるように演奏する箇所がよく出てきました。それが対位法的に絡み合うと,音がうねりまくるような感じになり,この曲の持つデモーニッシュな濃さがしっかりと強調されていました。

その一方,オーボエの音などには,いつも以上な清澄さがありました。まっすぐ伸びる水谷さんの音が印象的でした。少し明るさの見える第2主題では,いつも聞き慣れているのとは違う対旋律や通奏低音の音がしっかり聞こえてきたり,細かい音のバランスにもしっかり配慮をしていました。

この曲はホルンが4本入るのが特徴ですが,このホルンを最後列両端に2本ずつ分けていたのも独特でした。それと各楽章とも繰り返しをしっかりと行っており,上述のようなオノフリさんならではの「過剰感」が倍増している感じでした。その割りに(?)第1楽章の最後の部分などは,何事も無かったようにフッと嵐が静まるような感じで音楽がパタッと止まっていました。これもまた印象的でした。

第2楽章は速めのテンポで演奏され,通奏低音の上に各楽器が軽やかに乗っているような浮遊感がありました。ファゴットの音などが特にしっかりと聞こえてきましたが,嵐のような第1楽章と対照的な室内楽的な気分のある演奏でした。

第3楽章のメヌエットは,予想外に滑らかな演奏でした。どこかロマンティックな香りも漂うような感じもありました。中間部は,オーボエ,ファゴット,ホルンによる文字通りトリオでした。こちらも速めのテンポで,つかの間の明るさといったはかなさが感じられました。

第4楽章は急速なテンポによる,厳しさに溢れた楽章でした。スパッとした切り口が見えるような音の生々しさが印象的でした。第1楽章同様,随所で音楽に抑揚があり,予想が付かないような気分の変化が色々な場所に出てきました。ホルン4本の強奏も効果的で,オーケストラのサウンドに厚みを加えていました。楽章の最後は,ここでも荒々しいドラマをいきなり断ち切るような潔さがありました。

この曲は,これまで何回か聞いてきましたが,その中でも,特に印象的な演奏でした。

後半はロッシーニの「セビリアの理髪師」序曲で始まりました。オノフリさんの指揮のレパートリーも,バロック音楽から古典派,ロマン派へと拡大しているのかもしれませんね。この演奏を聞いてまず,「イタリアだなぁ」と思いました。冒頭からトランペットの音が明るく突き抜けて聞こえてきました。テンポは全体に速めでしたが,弦楽器のカンタービレに透明感がありしっかりと歌われていました。加納さんのオーボエをはじめとして,管楽器にもすっきりとした美しさが溢れていました。

独特だったのは,通奏低音が入っていたことです。主部(短調になる部分)が始まる部分で,チャッチャッチャッチャッ...と音が聞こえてくると,ちょっとヴィヴァルディの「冬」の第1楽章あたりと通じる雰囲気になるのが面白いな,と思いました。その後,大太鼓なども加わった,ロッシーニ・クレッシェンドになっていきますが,どこか軽やかでさらっとした感じがするのが,やはりラテン的だなぁと思いました。曲の最後の部分の,バタバタしたお祭り騒ぎの雰囲気もラテン的で良いなぁと思いました。

演奏会の最後は,ハイドンの交響曲第70番でした。未知の曲でしたが,まず,この曲の構成自体が独特でした。第1楽章は,トランペットやティンパニが力強く入り,祝典的な気分で開始。カラっとしたバロック・ティンパニの音が特に効果的で,独立した序曲のような感じがありました。ちなみに,この曲については,通奏低音無しでした。

第2楽章は,反対にちょっと不気味な気分が漂う,暗さと明るさが交錯するような楽章でした。静かだけれども,どこか弾むような気分がありました。精緻な音の動きが魅力的でした。

第3楽章は,強いアクセントの入る,異様に力強いメヌエットでした。ふんわりとしたトリオと好対照を作った後,楽章の最後の部分は,どこか豪華さもある気分で締められました。

第4楽章は,二重対位法を使った楽章ということで,繊細な音が少し続いた後,音が爆発して,後期の交響曲の展開部がいきなり始まったような充実感。引き締まった音による盛り上がりが素晴らしかったですね。曲の一番最後は,人を食ったように,ドドドドド...という感じで迫力たっぷりに終了。ハイドンの交響曲にも色々ありますが,特に個性的な曲だと感じました。

この曲のちょっと破格な雰囲気が,オノフリさんの指揮の,良い意味での少々エキセントリックな雰囲気とうまくマッチしていると思いました。コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんを中心としたOEKの音には,美しさと精緻さがありましたが,それにオノフリさんの「思い」がしっかりと加わり,ハイドンの技や工夫に命が吹き込まれていたように感じました。

アンコールでは,同じハイドンの交響曲第96番「奇蹟」の第4楽章が演奏されました。フルートの音が軽快に入って,微笑むような魅力的な曲でした。このアンコールはもしかしたら,「次回の予告」だったのでしょうか?とりあえず,次回はこの交響曲の全曲を聞いて見たいものです。

というわけで,相性抜群のオノフリさんとOEKには,ハイドンやモーツァルトを中心とした古典派交響曲シリーズを期待したいと思います。

(2019/03/15)




公演の立看



ロビーコンサートは,原田智子さんのヴァイオリン独奏。4月に行う,バッハの無伴奏によるリサイタルのPRを兼ねていましたが,演奏されたのは,テレマン。この曲集,一度生で聞きたいと思っているので,是非原田さんに期待しています。テレマンの後,バッハの無伴奏チェロ組曲の中の1つの楽章をヴァイオリンにアレンジした演奏。これも面白かったですね。

終演後,オノフリさんとポリカルドさんのサイン会がありました。


オノフリさんには,会場で購入したチパンゴ・コンソートのCDにいただきました。もともと手描き風のジャケットだったので,オノフリさんのサイン(金色)は元から入っていたように見えます。このCDでしが。絶品でした。


ポリカルドさんのサインは,とても読みやすいサイン。これから期待の若手チェンバロ奏者です。