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オーケストラ・アンサンブル金沢第414回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2019年3月27日(水)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) モーツァルト/歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲, K.621
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第9番変ホ長調, K.271「ジュノム」
3) (アンコール),J.S.(ケンプ編曲)/シチリアーノ
4) ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調, op.55「英雄」

●演奏
ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4,リーズ・ドゥ・ラ・サール(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

3月下旬のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニーシリーズは,プリンシパル・ゲストコンダクター,ユベール・スダーンさん指揮による,ベートーヴェンとモーツァルトによるプログラムでした。昨年9月以来,スダーンさん指揮による,素晴らしく充実したウィーン古典派の音楽の数々を聞いてきましたが,特に後半に演奏された自信に溢れた「英雄」を聞いて,「スダーン指揮OEKは最強のコンビ」と確信しました。

最初に演奏された,モーツァルトの歌劇「皇帝ティートの慈悲」序曲から,引き締まった音と揺るぎない構築感を持った世界が広がっていました。冒頭バロック・ティンパニのカラッとした音を伴って始まった後,オーボエやフルートなどが彩りを加えつつ,硬質感のある聞き応えのある音が続きました。

 
楽器の配置は対向配置ではなく,下手から第1ヴァイオリン,第2ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラという並び

後半のベートーヴェンの「英雄」は,その世界がさらに拡大され,もしかしたら「現代のスタンダードのベートーヴェンはこれかも」と思わせるほどの説得力十分の演奏を聞かせてくれました。「英雄」については,岩城宏之さん,井上道義さん,山田和樹さんをはじめ,OEKは,創設30年の間に,色々な指揮者と印象的な演奏を聞かせてくれてきましたが,今回の演奏は,その中でも特に素晴らしい演奏だったのではないかと思います。

冒頭の和音2つの緊迫感には凄まじいものがありました。この曲でも,バロック・ティンパニの強く乾いた音がまず印象的でした。OEKの集中力の高さはいつもどおりなのですが,弛緩することのないベートーヴェンの世界には力感に加え,清潔感があり,古典音楽の世界にぴったりだと思いました。

もちろん曲想の変化に応じて,柔らかい響きが出てきたり,滑らかなメロディラインが出てきたりするのですが,ベースは,速いテンポでキビキビと引き締まった緊張感がありました。ゴツゴツとした力強さに加え,楽章後半に向け,自信に溢れた流れの良さが出てくるのも素晴らしいと思いました。私にとってのイメージどおりの「英雄」でした。

第1楽章の呈示部は繰り返しを行い,コーダの部分でのトランペットは,「メロディが途中で消える」というのも現在では標準だと思います。トランペットの方はキビキビとしたリズムのみが残る感じで,キリッとした雰囲気で楽章を締めてくれました。

第2楽章も速めのテンポで,暗く落ち込むようなウェットな感じはなく,比較的サラリと演奏していました。そのことによって,楽章内の部分と部分の間での明暗の対比や楽器の重なり合いによるテクスチュアの変化,アクセントの明確さなどが,鮮やかに浮かび上がっていました。楽章の途中で少し明るくなる部分やフガートになる部分も大げさにならないのに,クリアに描き分けられ,最後はコントラバスの深い音を中心にじっくりと締めてくれました。

第3楽章もキビキビとした快適なテンポ。中間部のホルンの重奏の部分も速めのテンポで生き生きとしたノリの良い音楽が続きました。柔らかさと野性味のあるホルンの音も良かったですね。

第4楽章も同様の勢いがありましたが,変奏曲形式ということで,次から次へと音の風景が代わり,前へ前へと進んでいきました。途中,フルートをはじめ,管楽器が次々と活躍する部分での,花がパッ,パッと咲いていくような感じも鮮やかでした。

この部分では,何とクラリネットがベルアップをしていました。マーラーの交響曲の演奏を観るようなデフォルメの効果があった気がしましたが,演奏自体がビシッと引き締まっているので,違和感というよりは「これが正解!」と思わせる説得力を感じました。

コーダの部分では,テンポが速くなるのではなく,平静さをしっかりキープした普通のテンポでした。その中から威厳のようなものが伝わってきました。見事なフィナーレでした。

スダーンさんのベートーヴェンは,以上のとおり非常によくまとまっており,部分部分がしっかりと組み合わさった構築感があるのですが,そのベースには,常に「熱」や「若々しさ」があります。その一方で,演奏全体に揺るぎのない自信が満ちており,安心して楽しむことができました。演奏後,コンサートミストレスのアビゲイル・ヤングさんとがっちりと握手をされていましたが,今回の演奏の集中力の高さは,ヤングさんをはじめとしたOEKメンバーとスダーンさんによるコラボレーションの力だと思いました。

スダーンさんとOEKによるベートーヴェンについては,既に2年前の楽都音楽祭でその片鱗を聞いていますが(2番と6番),是非,全曲を聞いてみたいものです。

さてこの演奏会ですが,前半に演奏された,リーズ・ドゥ・ラ・サールさんをソリストに迎えてのモーツァルトの「ジュノム」協奏曲も素晴らしい演奏でした。調性を調べてみると,え「英雄」と同じ「変ホ長調」。この辺のプログラミングもよく考えられているなぁと思いました。

リーズさんがOEKと共演するのは2回目でした。最初に登場した時はまだ10代でしたが,その後,ラ・フォル・ジュルネをはじめとして,世界的に活動の場を広げています。フランス出身のアーティストは皆さんそうなのですが,ステージに登場したリーズさんは,とてもファッショナブルな雰囲気がありました。その音や演奏にも,常に詩的なセンスがあると思いました。

第1楽章は全体的に軽快な音楽なのですが,カラッと晴れた感じというよりは,所々で憂いを感じさせるような,奥行きを感じました。脱力した感じで余裕たっぷりに聞かせてくれたのですが,その中に柔らかでウェットな空気感がありました。カデンツァの部分などでも,どこかロマンティックな気分を感じました。

第2楽章は短調の楽章で,さらに憂いに満ちていました。ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の第2楽章を思わせる,切々と思いが静かに積み重なっていくような深さがありました。リーズさんのピアノは,しっとりと思いを語っていく趣きがありました。その情の重なり合いが美しかったですね。

中間部ではかなりドラマティクな表現が出てきて,曲全体のクライマックスを作っているようでした。OEKの演奏は暗くなり過ぎることなく,ピアノにしっかり寄り添った詩的な演奏を聞かせてくれました。

第3楽章は,第1楽章以上に快速のテンポで演奏されました。リーズさんの見事な技巧に支えられたスピード感も素晴らしかったのですが,途中テンポをグッと落としたメヌエット風の部分での夢の世界に入り込んだような深さは全曲中の白眉だったと思いました。粋でセンスの良い演奏が大変魅力的でした。最後はまた元気を取り戻し,勢いよく駆け抜けるように全曲が締めくくられました。

アンコールでは,ケンプ編曲によるバッハのシチリアーノが演奏されました。もともとはフルート・ソナタの第2楽章です。バッハの作品の中でも特にメロディが美しい曲ではないかと思います。この演奏が少しグレン・グールドを思わせるような,トツトツとした感じがあり何とも言えない孤独感が伝わってきました。ただし,エキセントリックな感じはなく,健康的な美しさを持っていたのがリーズさんの演奏の魅力だと思いました。美しくもミステリアスな演奏ということで,これもまた,センスが良いなぁと思いました。一度,金沢でリサイタルも聞いてみたいものです。

それにしても,スダーンさんとOEKの組み合わせは素晴らしかったですね。もともと,モーツァルトとベートーヴェンはOEKの最も大切なレパートリーですので,「良くて当たり前」的なところもありますが,今回の演奏を聞いて,さらにスダーンさんへの信頼が高まりました。同じプログラムで東京公演も行われましたが,このコンビの演奏が聞けるのは「うらやましい」という声もありましたね。是非,このコンビの演奏を聞くために,少しでも多くの方に金沢に来てもらいたいものです。

(2019/03/31)



























公演の立看板



交流ホールの「セミナー」には,徳永ニ男さんらが来られていたようです。


開演前のロビーコンサート。今回はヤングさんとグリシンさんによる二重奏(間に合いませんでした)。

この日は,スダーンさんとリーズさんのサイン会がありました。


スダーンさんには,ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団を指揮されたモーツァルトの交響曲第39番他のCDにサインをいただきました。


リーズさんには,ラフマニノフのピアノ協奏曲全集の箱に頂きました。


実は,今月,この全集の指揮をされているファビオ・ルイージさんからもサインをいただいたので,指揮者とソリストのお2人から同月にサインを頂けたことになります。この録音,とても気に入っています。


音楽堂前には,楽都音楽祭の看板も出ていました。スダーンさんも出演されます。