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オーケストラ・アンサンブル金沢ファンタスティック・オーケストラコンサート Vol.3
池辺晋一郎が選ぶクラシック・ベスト100第5回
2019年4月13日(土) 14:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) ハイドン/交響曲第101番ニ長調「時計」〜第2楽章(一部)
2) ハイドン/弦楽四重奏曲ニ長調「ひばり」〜第1楽章(一部)
3) ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」〜第1楽章
4) ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調「春」〜第1楽章(一部)
5) ベートーヴェン/歌曲「アデライーデ」
6) ベートーヴェン/交響曲 第5番 ハ短調〜第1楽章(一部)
7) ベートーヴェン/交響曲 第7番 イ長調〜第4楽章(一部)
8) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調「皇帝」〜第2楽章
9) ベートーヴェン/「エグモント」序曲
10) バルトーク/ディヴェルティメント〜第1楽章(一部)
11) シェーンベルク/浄夜(弦楽六重奏版)〜第2楽章(一部)
12) ブラームス/交響曲 第1番 ハ短調〜第4楽章(一部)
13) ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調〜第3楽章
14) ブラームス/弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調〜第2楽章(一部)
15) ブラームス/歌曲「日曜日」(一部)
16) ブラームス/歌曲「子守唄」(一部)
17) シューマン/ピアノ五重奏曲 変ホ長調〜第1楽章(一部)
18) シューマン/交響曲 第3番 変ホ長調「ライン」〜第1楽章(一部)
19) ワーグナー/ジークフリート牧歌(一部)
20) ウェーバー/歌劇《魔弾の射手》序曲

●演奏
案内役:池辺晋一郎
松井慶太指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:会田莉凡)*1,6-9,10,12,18-20
古海行子*3-4,8,17,田島睦子*5,15-16(ピアノ),会田莉凡(ヴァイオリン*4,13),高橋洋介(バリトン*5,15-16)
オーケストラ・アンサンブル金沢メンバーによる室内楽*2,11,14,17



Review by 管理人hs  

ほぼ満開の桜の中,午後から石川県立音楽堂コンサートホールに出かけ,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のファンタスティック・オーケストラコンサートを聞いてきました。今回は,数年前からシリーズで行われている「池辺晋一郎が選ぶクラシック・ベスト100」の第5回,最終回でした。

このシリーズは,池辺さんがクラシック音楽の名曲の中から100曲を選び,抜粋を中心に20曲ずつ5回に分けて演奏するというものです。今回が最終回だったのですが,池辺さんのお話によると,「私は美味しいものは最後に取っておくタイプ」ということで,クラシック音楽の本流といっても良い,ベートーヴェン,ブラームス,シューマンなどの作品を中心に演奏されました。

このコンサートを聞くのは2回目です。一種「つまみ食い」的プログラムですなのが,大半が「良いところ」で終わってしまうこと,オーケストラ音楽だけでなく,器楽曲,室内楽曲,声楽曲もバランス良く含まれていることなど,通常の演奏会にない面白さが随所にあります。

途中で終わってしまう点については,そのことによって曲がかえって魅力的に聞こえる気がします。CMや映画の中で聞いて「良いなぁ」と感じる感覚と似ていると思います。ピアニストの古海行子さん,この日のゲスト・コンサートミストレストだった会田莉凡さん,バリトンの高橋洋介さんと,生きの良い若手奏者たちによるソロを聞けたのも良かったですね。

最初に取り上げられた作曲家はハイドンで,交響曲第101番「時計」の第2楽章,弦楽四重奏曲「ひばり」の第1楽章の抜粋が演奏されました。どちらもすっきりとした清澄な音楽が心地良い演奏でした。「時計」の方は,どんどん変奏されていく...前に終了,「ひばり」の方も,「これだけ?」という感じでしたが,どちらも一瞬にして清澄な空気感を感じさせてくれました。

ちなみに弦楽四重奏の方は,ヴァイオリンが会田さん,江原さん,ヴィオラがダニイル・グリシンさん,チェロがこの日のゲスト奏者,クァルテット・エクセルシオの大友肇さんでした。

その後は,ベートーヴェンの音楽が続きました。まず,昨年の高松国際ピアノコンクールで優勝した古海さんが登場し,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」の第1楽章が演奏されました。まず,曲の最初の部分の深々とした音とその後に続く勢いのある音楽の対比が素晴らしいと思いました。暖かみのある音色,力強いけれども粗くならないタッチなど,聞き応え十分の音楽を聞かせてくれました。最近,恩田陸さんの小説『蜂蜜と遠雷』の影響で,国内のピアノ・コンクールが注目されていますが,ハードなコンクールで優勝された方に相応しい演奏だったと思います。近い将来,是非,今度は,「全曲」を聞いてみたいものです。

続いて,会田さんと古海さんの共演によるベートーヴェンの「スプリング」ソナタの第1楽章が演奏されました。会田さんのすっきりとよく通る音と古海さんのマイルドで安心感のあるピアノがしっかり絡み合って音楽が進みましたが...「ここで止めるか?」という部分で終わっており,池辺さんの思惑どおり「もっと聞きたい」と思いました。

高橋洋介さんは,以前にも何回かOEKと共演していますが,その無理のない若々しい声はドイツリートにもぴったりだと思いました。のびやかさと同時にどこか控えめな感じのある「アデライーデ」でした(この曲は全曲でした)。

交響曲第5番と第7番については,OEKが何回も演奏している曲ということで,今回は短めの抜粋でした。第5番の第1楽章には,どんどん前に進んでいくノリの良さがありました。第7番は第4楽章の最後の部分だけ演奏されました。低弦のオスティナートが続いた後,グッと盛り上がっていく「聞き所」をしっかり楽しむことができました。

ピアノ協奏曲第5番は,第2楽章(全部)が演奏されました。この楽章は調性的に,「どこか異次元」といった気分がありますので,演奏会全体の中のオアシスのような空気を作っていました。古海さんのピアノには,しっとりした雰囲気と硬質な透明感とか一体になったような独特の気分がありました。しっかりと酔わせてくれるような演奏でした。第2楽章の最後の部分は,ホルンのロングトーンのまま第3楽章に入るのですが,その途中でおしまいというのも面白かったですね。

前半の最後は,「エグモント」序曲の全曲でした。OEKのよく練られた充実のサウンドで始まった後,各パートが雄弁に活躍する生き生きとした音楽が続きました。曲の終盤,コーダに入る前にギロチンが落ちてくるようなドラマティックな部分がありますが,この部分では独特のディミヌエンドになっており,哀愁が漂う感じになっていました。コーダの部分はのびやかで軽快。岡本さんのピッコロも爽快でした。

後半はロマン派以降の音楽になりました。最初は,バルトークのディヴェルティメントの第1楽章の抜粋でした。リラックスしたリズミカルな音楽で,ディヴェルティメントの雰囲気にぴったりでした。

シェーンベルクの「浄夜」は,弦楽六重奏版で演奏されました。弦楽合奏版で聞くよりも薄いテクスチュアに独特の透明感がありました。ただし,曲の方は,物語が動き始めたところで終了。池辺さんが語っていたとおり,「浄めかけられた夜」という感じでした。

続いて,ブラームス・コーナーに。まずは交響曲第1番の第4楽章の抜粋。いきなり有名なホルンのソロの部分から開始。朗々と演奏された金星さんのホルンの音には,アルプホルンの気分がありました。その後,岡本さんのフルート,トロンボーンのコラールと聞き所が続き,音楽が大きくバーンと盛り上がっていくところで終了。これは先を聞きたくなるなぁ,という終わり方でした。

次のヴァイオリン協奏曲の第3楽章の方は,その欲求不満(?)を解消するかのように全部演奏されました。会田さんの演奏にはどこかゴツゴツとした質感とテンションの高さがありました。凜とした演奏が印象的でした。

弦楽六重奏曲第1番の第2楽章については,池辺さんは「最高のメロディ」と語っていました。おなじみダニイル・グリシンさんの豊かな音量のヴィオラで始まった後,切ない気分を盛り上げるようなヴァイオリンへとつながっていました。

その後,「日曜日」「子守歌」という,シンプルな2曲の歌曲が続きました。高橋さんはすっきりとした中に豊かな情感を盛り込んだような,気持ちの良い歌を聴かせてくれました。

シューマンの曲では,まずピアノ五重奏曲の第1楽章の一部が演奏されました。軽快でリズミカル。春の気分のある演奏でした。途中に出てくる,チェロの独奏の甘い歌も大変魅力的でした。

交響曲では,第3番「ライン」の第1楽章の一部が演奏されました。池辺さんが,以前,「この曲が好き」と語るのを聞いたことがありましたので,抜かせない選曲と言えます(そういえば,池辺さんが「N響アワー」の司会をされていた時,まさにこの部分(3拍子なのに2拍子のように聞こえる冒頭部)を使っていましたね)。堂々とした気分も良かったのですが,その後に続く,憂いに満ちたメロディも魅力的でした。

ワーグナーでは「ジークフリート牧歌」が選ばれました。この辺は室内オーケストラということを考えての選曲だったと思いますが,初演時のエピソード(朝起きたらびっくり,という奥さんへのサプライズのプレゼント)どおりの朝の爽やかな空気が窓から入ってくるような演奏でした。

そして,演奏会の最後(全5回の最後,100曲目ということになります)は,ウェーバーの「魔弾の射手」序曲でした。この曲では,序奏部でのホルン重奏が有名ですが,個人的には,途中に出てくるクラリネットが演奏する流れるようなメロディも大好きです。遠藤さんのたっぷりとした演奏を聞きながら,どこか懐かしい気分になりました。コーダの部分の明朗な気分は,大トリに相応しい充実感がありました。

この日は,前半と後半のそれぞれ最後に聞き応えのある序曲を配していましたが,この構成も巧いと思いました。色々なつまみ食いをした後,最後に腹持ちの良い料理を食べたような満腹感を感じました。松井さんは大変長身の方ですが,その音楽にも包容力があり,深々とたっぷりと聞かせる部分と晴れやかに盛り上げる部分とのメリハリがくっきりと付けられていました。

池辺さんのトークのリラックスした気分と演奏とのバランスもとても良く,シリーズの最後を締めるのに相応しい演奏会だったと思います。会場のロビーには,「ベスト100」のリストがパネル化されて飾ってありました。改めてそのリストを眺めてみると,クラシック音楽入門に最適であると同時に,クラシック音楽になじんでいる聴衆にも新しい切り口を提示してくれた,とても面白いシリーズだったな,と感じました。





(2019/04/17)





公演の立看板





音楽堂の側面には音楽祭のフラッグが登場していました。


ホテル日航金沢の近くの神社の桜


ホテル日航金沢の中にも「桜」がありました。